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新規任務準備編
34.群青魔道騎士団団長
しおりを挟む言われた通り、薬は馬車の中で飲んだ。味は、何というか、薄い葡萄水でも飲んでいるようだった。おいしくない。これで本当に匂いが変わるのだろうか。自分で脇の匂いを嗅いだりしてみたが、全くわからなかった。
本部は寮からは馬車で20分程度の距離にある。馬車の窓の外を眺めながら私は時間を過ごした。ここのところ、1人で行動することはなかったから、少し晴れ晴れとしたような、寂しいような気分だ。
御者は外部の者で、群青騎士の生態については知らない者らしい。バレるようなことはするつもりはないが、少し気を引き締めた。この辺りは貴族街で、歩いている者はほぼいない。大きな道を馬車や騎乗した者ばかりが行き交っている。
しばらくすると、群青魔道騎士団の本部の建物が見えてきた。シンボルカラーの群青色のタイルが一部使われた建物と、その周囲をぐるりと壁が覆っている。門の両側に立った門兵が、私が乗る馬車の進行を止めることなく門を開いた。
建物自体の色合いは灰色に群青と少し派手だが、中は意外に質素な造りになっている。考えてみれば、群青騎士は寮に住んでいるし、訓練所も併設している。ここでは完全に書類業務だけなのだろう。
私も何度か手続きで来たことはあるが、報告書も郵送していて、最近はくることはなかった。
「一輪隊所属の、クンツ・リンデンベルガーだ。報告書を出しに来た」
「それであれば、中にどうぞ」
玄関で馬車を降りて、そこに立っていた兵士に告げれば、すぐに中に通された。群青騎士は魔力の登録をしているので、本部の出入りは特に問題が起こることはない。
受付まで向かって、もう一度声をかける。すると、やたら腰の低い中年の男が私に駆け寄ってきた。
群青色の服を着ているが、騎士服とは形が違う。事務方の人間なのだろう。うっすらと感じる魔力で、その男が貴族だということが察せられた。
「ああ、すみませんわざわざ届けていただいて!申し訳ないのですが、オノフリオ・ゲーアハルト団長がお待ちになってます。こちらの会議室へどうぞ」
「団長が?……わかった。頼む」
バルタザールとエリーアス様が私に薬を飲ませたことといい、少しだけ不穏な空気を感じてしまい、手に力が入る。だが、努めて表面上は何事もないようにふるまった。男に案内されて、建物の奥へと進む。……この辺りはあまり入った記憶がない。
「こちらです」
「案内ありがとう」
男に礼をいい、私はすぐにドアをノックした。一拍置いて、「一輪隊所属の、クンツ・リンデンベルガーです」と声をかける。すぐさま入るように声が返ってきた。
「失礼します」
入室し、まっすぐ団長の前に向かうと、左手を胸に当てて敬礼をする。
この部屋には初めて入った。バルタザールの寮監室より広いし、どれもこれも重厚で品が良さそうに見える。執務机と、それとは別に2対のソファーとローテーブルの応接セット、壁際には本がぎっしりと詰まった本棚がある。執務机もバルタザールのものより大きかった。
それはこれを使用する団長が巨漢だからかもしれない。私を優に超える2m弱程度の身長に、ぱつぱつの胸板。しっかりと止められた詰襟。騎士服が窮屈そうに見える。その胸にはいくつもの勲章が輝いていて、違和感に囚われた。通常業務で勲章をつけることなど、まずありえない。誰か来客があったのだろうか。
あと、ちらりと目の端に入ったソファーにぐったりと倒れた2人の男も気になる。が、それを口にできる立場ではない。
「久しいな、リンデンベルガー」
「ご無沙汰しております」
「まあ楽にしたまえ」
目じりと口元に皺を刻みながら、にこやかに笑みを浮かべるゲーアハルト団長に、私は両手を後ろに回し、姿勢をピンと伸ばして立った。後ろ手に持ったままの報告書を渡す相手は、おそらく団長だろう。
いつどのタイミングで……と悩んでいると、背後から「リンデンベルガー?!」と大きな声が上がった。……振り返ってよいだろうか?そわっと視線だけで団長に問いかけると、苦笑しながらゆっくりと頷かれた。
「はい。なにか」
振り返ると、ソファーに倒れていた男の1人が、立ち上がって私に詰め寄ってきた。身長は私より低い。目の下に隈を作った人相の悪い、がりがりの……ああいや、ほっそりとした若い男で、私も何度か顔を合わせている。副団長の1人、ドマニリア・ランド様だ。
「クンツ・リンデンベルガーって、お前、どうして四聖隊に来なかった!」
「一輪隊に、配属になりましたので……?」
「後から変更するよう通達したはずだ!」
そんな話は聞いていない。え、私は四聖隊に編隊されるのか?……もしかして、呼ばれたのはその話か?
心臓が嫌な音を立てる。命令なら聞かざるを得ない。でも、可能なら、今の一輪隊にいたい。あの寮で暮らしたい。
その思いを口にする前に、ソファーの方から否定する声が飛んだ。
「それはバルタザールから、理由有りで却下されてた」
「あん?!聞いてねえぞ俺は!」
「言ったら怒るだろうから、こっちで了承しておいた」
「ちゃんと言えよルカリオ!」
ランド様は忙しなくソファーに戻ると、ぐったりとソファーに沈み込んでいた、もう一人の男の首を掴んで、ぐらぐらと揺らした。
ルカリオ・マルツィオ様もランド様と同じく、副団長だった。この方も、目の下には真っ黒に隈がある。たれ目で温和な笑みが特徴的な、中肉中背の中年男性だ。この2人は、ゲーアハルト団長の懐刀とも呼べる人物だった。
団長に、2人の副団長。普段はよほどのことがない限り、この方々が揃うことはない。それぞれ本当に忙しい方だと聞いている。私がこの場にいていいか戸惑うほどだ。
「リンデンベルガー、報告書を見せてもらえるか?」
「っ失礼しました。こちらです」
あまりの2人のやり取りに思わず呆然としてしまった。慌てて団長にもってきていた報告書を差し出す。封筒から出し、中を読み始めた。私の背後で言い争うソファーの2人も気になるが、私は団長の様子を伺った。私が読むよりも早く書類に目を通すと、団長は「ドマニ」とランド様を呼ばれた。
「エリーがあちこち突いていた理由が、ここにあるぞ。読め」
「はぁああああ???あいっつ!!俺に報告もなしに、好き勝手しやがって!!」
足を踏み鳴らしながら近づいてきたランド様は、私を追い越して、団長の机にあろうことか尻半分乗せながら手を差し出した。それを咎めることなく、団長は報告書を差し出す。読んでいるかわからないほどの速さで、ぱらぱらと書類を捲り、ランド様は盛大に顔をしかめた。
「なんだこりゃ。散々子供返せって言ってたが……これがあの、いけ好かねえ野郎の抗議内容かよ。はっ、くだんねー。お前幼女なのか?」
「いえ。違います」
幼女かどうかで聞かれれば、回答はすぐにできる。私は成人男子だ。
「違うよな。リンデンベルガーだもんな。四聖隊のやつと目元が似てる。で、どうする。向こうは正式ルートでの抗議だ」
私の否定に、うんうんと頷いたランド様は、団長を見やった。やはり、抗議が入っていたのか。ランド様の言葉に、団長は悠然と笑って見せた。
「どうもしない。しかし、エリーの悪戯には困ったものだ。君を渡さないように、とまあうちの優秀な副団長が、2人でこうして頭を抱えるぐらいには、全ての物事をかき回してしまった。不思議と、つじつまが合うようにはなってるんだが……それでもまあ、王宮にバレて大目玉だ。書類の改ざんが多くてなあ。エリーはしばらく本部に詰めて、事情説明してもらわにゃならん。やることだらけだ。……獣群連邦の外交官殿には、最終的には諦めてもらう。元々リンデンベルガーの騎士は、他国に渡すわけにはいかない存在だ。<防壁>は、我が国を守るためにいる。そうだな」
「はい。その通りです」
リンデンベルガーは盾である。それは群青騎士でも変わらない。一番に優先して守るべきは自国民だ。ゆっくりと頷くと、団長は引き出しから一枚の紙を取り出してサインをし、丸印を押した。そしてそれを差し出される。
「そこで、クンツ・リンデンベルガー。貴殿に群青騎士として、獣群連邦への潜入捜査を命ずる」
その言葉に、一瞬耳鳴りがした気がした。思わず団長を見つめる。団長はぎしりと椅子の背もたれに寄り掛かりながら、手を組んだ。
「実は我が国とかの国との間では、長年にわたる懸念事項があってな。獣群連邦からの幼子の『輸入』が後を絶たない。その見返りに、我が国でも、作成が極端に制限されている、大型魔具の輸出が確認されている。そのルートを潰したい。幸いに、リンデンベルガーは試薬を飲めば、彼らには幼女に見えるのだろう?」
「つまり……私に、幼女になりきれ、と?」
「そうだ」
重々しく頷かれたが、待ってほしい。どう考えても、私に幼女は難しいのではないか。幼女の振る舞いなど知らない。幼少のころから、剣しか握って来なかった。
「は……まてまてまて!フリオ!その話、俺は聞いてねえぞ!リンデンベルガーを外に出すのは反対だ!だってこいつらは!」
声を上げたランド様が両手で机を叩いたが、団長は気にも留めなかった。まっすぐこちらを見ている。
「外交官殿はリンデンベルガーを、誘拐された子供として引き取るつもりのようだ。彼は普段から身寄りのない子供を引き取って、国運営の孤児院に入れている。彼自身は仕事熱心な上、こちらに籍を置いているから、怪しい動きは見られない。が、その孤児院で、ひっそりと子供が、姿を消すらしい。その消えた子供の行方を捜すのが今回の任務だ。突き止めるだけでいい。残りはこちらでやろう」
「任務、ですか」
「そうだ」
にんむ。任務か。
「はっ。拝命いたします」
胸に手を当てて敬礼する。私はリンデンベルガーの騎士だ。任務というからには、引き受けない理由はない。
団長から命令書を受け取り、さっと読んだ後にその命令書に魔力を通す。すると目の前で霞のように命令書が消えていった。これも魔具の一種で、任務中は見ようと思えば、いつでも呼び出せる。
「いやあ良かった!ここ一週間ぐらい、うるさかった外交官殿が静かになり、魔具の輸出経路が判明すれば万々歳だ。……あ、君、バッドステータスついてるぜ。俺が消しておいてあげよう!」
背後から近づいてきたマルツィオ様に、肩を抱きながら叩かれる。ふわり、と緑の光の粒が舞った。バットステータスは味覚を失うというものだったはずだが、それが戻るということは、匂いも元に戻ったのだろうか。自分では少しもわからない。
「それから、これは必要だろ。終わったら、飲んで抜け出してくるといい」
そう言って手渡されたのは、先ほど私が飲んだ、一口サイズの液体の入った小瓶だった。それをぎゅっと握り、息を吐く。……エリーアス様、全部知られているらしいぞ。
「あの、今回の件はエリーアス様は悪くないのです。私が、依頼したことで、すべての責任は私にあります。あまりあの方を責めないでいただきたい、です」
「責任という言葉は、自分で責任が取れるようになってから、口にするべきだ。事実はどうであれ、上司は部下の分も責任を取るものでな。私も含めて、の話だがな。いや、ここまで胃が痛いのは久々だ。少し、エリーはやりすぎた」
苦笑を浮かべたゲーアハルト団長は、引き締まった腹筋を撫でた。苦々しい表情を浮かべたままのランド様は、がりがりと頭を掻く。
「……はあああ、ほんっとエリーアスの野郎、なんだって俺になんも……ちっ、決まっちまったもんはしゃあねえ。こいつの飯はどうする。エリーアスみてえに現地調達は出来ねえぞ。魅了も忘却も使えねえ」
「ああそれなら、彼は獣人の専用奴隷がいたから、彼を後で送ろう。人族の入国は結構厳しいからね、あの国」
副団長2人が、私のことで話をしている。それをどこか遠くに感じた。……ユストゥス。私はあいつがどうしてこの国に、エリーアス様の専用奴隷になったのか、知らない。ベッカーと旧知ということしか知らない。こんなことがきっかけで国に戻れても嬉しいのだろうか。わからない。でも断った方が、あいつに危険はないはずだ。
「大丈夫です。私も現地調達します」
そう声をかけると、2人の副団長はぴたりと止まった。
「無理だろうリンデンベルガー。お前たちはそこまで器用じゃねえだろうが」
「一応潜入捜査だ。怪しまれるわけにはいかないぜ」
すぐさま言い返されてしまう。良い言い訳が浮かばなくて、私は肩を落とした。
「面倒なことに、本日も外交官殿がこちらに来ている。名目上、引き渡しに時間がかかっているといったが、随分とまあ鼻息あらくてな。今日そのまま向こう側に引き渡すぞ」
マルツィオ様のその言葉に、私は一度目を閉じた。小さく息を吐いて目を開けると軽く頷く。薬を握った手が震えていることは、気にしないようにした。
着替えと必要なものは別の部屋に用意した、とマルツィオ様に退出を促された。団長に一礼して、踵を返すと「リンデンベルガー」とランド様に声をかけられる。足を止めた私の肩を、ランド様が強く叩いた。
「はい」
「この任務は、普段俺たちが戦ってる討伐や戦場とは違う。無理に命を使うんじゃねえ。わかったな」
「わかりました。必要な時に使います」
私の答えに、ランド様は舌打ちしたが、それ以上は何も言わず、私がマルツィオ様と一緒に部屋を出るのを見送った。
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