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獣軍連邦潜入編
55.ぬいぐるみ(新)
しおりを挟む「クーちゃんに聞いたのが間違いだったな……。おいユストゥス、クーちゃんに恥じないだけのまっとうな男になれよ」
「……別に俺は、そこまで変態なつもりはないんだが……あれ?やっぱ俺の感覚がおかしいのか?」
ユストゥスはドゥシャンに睨まれてしきりに首を傾げている。いやでも、ユストゥスがまともになってもらっては困る。だって私におまんこしてもらわなければいけないのに、まともになったら今みたいな回数をしてくれなくなるのではないか。
「ドゥシャン、いいんだ。ユストゥスは今のままで十分だ。別に私は、ユストゥスに排泄を見られることぐらい、なんともない」
「待て待て、クウ。それじゃ俺がスカトロ好きみたいじゃねえか」
「すかとろ」
どういった言葉だろう。この話の流れだと、排泄を見ることを、すかとろというのだろうか。きょとんとした私に、ドゥシャンがこめかみを抑えた。
「お前さんどう考えてもこんな、まっさらで無垢なクーちゃんになんてことしてんだ」
「いや、だから違う!水を飲ませたのは、クウが脱水症状に陥らないようにしてただけだ!」
こんな慌てているユストゥスを見るのは珍しい。少し面白い。ただ、ユストゥスの主張は間違いではなかった。
水分をひとより多く取らなくてはいけないのは、魔肛持ちの弱点と言えば、弱点だろう。食事をほとんど口にしないことで、食物から得られる水分がまずない。それからひとえに……すぐさま濡れる魔肛の存在だ。魔肛持ちが魔肛から分泌している、天然のろぉしょんの主な成分は、体内の水分である。他の成分については、いまだに解明していない部分も多く、研究に研究を重ねている、らしい。
普通の人間が必要な水分量が2リットルだったか2.5リットルだったかで、液体としては1.5リットルほど飲めば、足りるらしい。それに比べて食事を取れない私たちは、3リットルは水を口から飲まなければならない。初めのころはその量の水を飲むことができず、苦労した記憶がある。
寮の部屋に常に水差しが置いてあるのは、いつでも少しずつ、水を飲めるようにするためだ。遠征任務の群青騎士にも、必ず水の魔石は持たせられる。私のトランクケースにもきちんと入っていたが、移動中は結局使ったことはなかったな。
私は特に、濡れやすい体質なのか、ユストゥスがいつも気遣ってくれるので忘れていた。……今は孤児院にいるのだから、自分で気をつけないといけないな。
でもユストゥスは忘れてはいないだろうか。記憶が曖昧だった今回とは違って、前回は明確に覚えているぞ。
思い出すとうっすらと頬が赤らむのを感じる。どうしたことだろうか。ドゥシャンの膝の上に座ったまま、内ももをすり合わせ、口元を手で覆ったまま、下からユストゥスをねめつける。
「でもユスお前、前にも外で、おちんぽ入れたまま私に排泄させただろう。なにが楽しいかと思ったが、そういうことか」
「あれはまた、違う理由があったんだよッ!クウがどの程度で、はずかしがるかと、おもっ……いや、……うん、まあ……ちょっとこの言い方だと、俺がド変態だな……。単に、ちょっとお嫁様の情緒の、成長具合をみたかっただけなんだが……」
言いながらユストゥスは、自分で頭を抱えていた。そんな変態狼を睥睨したドゥシャンはふん、と鼻を鳴らす。
「なあクーちゃん、こいつが嫌になったら、俺にいつでも言うんだぞ?もっとまともでいい相手紹介してやるからな」
「考えておきたいところだが、あの変態狼の相手ができるのは、私ぐらいだろうからな。仕方がないだろう、くふふ」
ユストゥスはド変態らしい。道理でいっぱい私の腹に何度も、白濁を入れてくれるわけだ。ちゃんと精液を絞ってやらねば、きっと夜泣きしてしまうに違いない。それは可哀想だからな!
ひっそりと笑う私に、ドゥシャンはため息をつきながら頭を撫でてくれた。わしゃわしゃ、大きな手が耳を擦るのは気持ちがいい。にこにこしていると、むっとしたユストゥスが私に手を伸ばしてきた。
「おっさんは外で抱いても、親子にしか見られねえんだからクウ返せよ。……クウ、まだキスしたりねえだろ」
なぜだか気恥ずかしくて、手を押しやろうと思った私に、ユストゥスがそう先手をかけてきた。確かに、ユストゥスとはおまんこすることができなかったので、その分キスも足りない。そうだな、キスしたければユストゥスに近づかなければいけない。離れてはいられない。仕方ない。
「……」
ただまあやっぱりどうにも目が合わせられなくて、目を伏せたままぎゅっとユストゥスの指の、第一関節だけを握る。するとぐいっと腕を引っ張られた。ユストゥスの胸に抱き締められ、顎を持ち上げられる。そして私の唇を男の指がなぞり……。
「っただいま!」
先ほどカーテンを開けるときに、鍵も開けたのだろう。息を切らせながら飛び込んできたアーモスに、私はわけもわからずユストゥスを突き飛ばしていた。別に、なにをこんな……いまさらキスなど、ドゥシャンにもアーモスにも散々見られているのに。とりあえず私は誤魔化すために振り返った。結構強く突き飛ばしたせいか、ユストゥスがむせているが気にしない。
「おっおかえりアーモス!……なにを買ってきたのだ?」
アーモスの手には、オレンジ色の布に黄色のリボンと、きれいにラッピングされた包みがあった。両手で抱えているが、重くはなさそうだ。アーモスの顔下半分は包みで隠れている。アーモスは座ったままのドゥシャンに財布を返すと、ふぁさ、とふさふさでボリュームのある尾を振った。
「クーちゃん!おにーたんはクーちゃんのために、いろんな店を回ってきたんだぜ。本当は同じものが売ってたらよかったんだけど、売ってなかったから」
少し悔しそうだったが、アーモスは拳を握りつつ晴れやかに笑う。
「クーちゃんは大型獣人だし、持ってた小型のよりは、やっぱ大型用の方がいいかと思ってさ。いろいろあったけど、……まあ悔しいけど、絶対喜ぶだろうなってのを買ってきた」
「私に?」
「そうそう!開けてみて」
私はその場に腰を下ろすと、満面の笑みのアーモスに勧められるままに、恐る恐るリボンをほどき、包みを解く。はらりと花が綻ぶように包みを開けば、すぐさま中身が姿を現した。
「……」
まるで膝を抱えるような形で入っていたそれの、脇に手を差し入れ、持ち上げる。灰色の柔らかい手足がひょろっとしていて、先っぽには木でできた小さな白い爪がついている。尾はもふもふで手触りがいい。灰色と白で作られた胸毛もふさふさで、ぴんと立った耳が誇らしげだ。でも何より、目つきの悪さが、だれかに、似ている。
「クーちゃんにプレゼント!まあ、スポンサーはドゥシャンだけどな。いやほんっと、最初見た時ふてぶてしくて、かっわいくねえぬいぐるみ!って思ったんだよそれ。クーちゃんには熊のぬいぐるみも似合いそうな気もしたし、俺の、おにーたんの狐のぬいぐるみもいいなあって、思ったんだぜ?でも、だいたいのそういうおもちゃ取り扱ってる店見てさ、どうしてもその狼のぬいぐるみなら、クーちゃんが喜ぶんじゃないかって思っちまったら、もうそれしか選択肢がなくて」
へへんと胸を張ったアーモスを見て、それからドゥシャンを見る。私の無言の問いかけに、ドゥシャンはゆっくりと優しく瞬きしながら頷いてくれた。ぎゅっと胸に抱き締める。ひくひくと、喉が跳ねた。目元が滲んで前が良く見えない。
私の。わたしのもの。
実家にいた時のものも、私の物など一つもなかった。今だってない。フルオーダーの群青騎士の装備品は、あくまで借りものだ。そして寮内のものも、私の物は一つとしてない。うまのぬいぐるみは壊してしまったが……今回の任務で持たされたものもすべて、私の物ではない。
私はゆっくりと、ユストゥスを見上げる。ユストゥスもアーモスやドゥシャンと同じように、私に優しく微笑んでくれた。頬を涙が伝うのがわかる。私はぎこちなく、微笑み返した。
私の反応をみたユストゥスが、わずかに目を見開いたが、私は手元のかわいい狼を眺めることに夢中になっていて、気づかなかった。
あれも、わたしのものであって、わたしのものではない。
ユストゥスは群青騎士団の備品だ。それにナマモノだ。持っていけるわけがない。でも、このぬいぐるみは、わたしだけのものだ。何をしてもいい。愛でてもいいし、抱き締めてもいいし、それに……。
リンデンベルガーの騎士は、最後、皆が1人で名誉を胸に旅立つ。家ではいなくなった騎士の数だけ、年に一度、燃花祭と言って、鎮魂のために暗闇で光る夜花を燃やした。それで暗い足元を照らしながら歩いて、天のどこかにあるという、幸せの国にたどり着くという。
私の分の花はいらないから、代わりにこれを燃やしてくれないだろうか。
ああでも、実家に頼んでも却下されそうだ。燃花祭のときに違うものを燃やした話は聞かない。それなら、ユスに燃やしてもらえばいいか。そうすればきっと寂しくない。ふふふ。私だけ特別だと、他のリンデンベルガーの騎士に恨まれてしまうかな。
「……ふふ、かわいくないぬいぐるみだな。ありがとうアーモス。とても嬉しい。ドゥシャンもありがとう」
ぐっと涙をぬぐって2人に礼を告げる。こんな素晴らしいものをもらえるなんて思ってもみなかった。つんとした鼻先にちゅっとキスを落として、私は丁寧に袋に包み直す。
「えっあれ、しまっちゃうの?気に入らなかった?」
アーモスは不思議そうに戸惑いを見せた。私はゆっくりと首を横に振る。
「いや、またツェルリリに取られてしまったら、多分今度は、彼女にひどいことをしてしまうと思うから……ユス」
「ん?」
「お前が持っていてくれないか。それで、私がここに来た時に触らせてくれれば、それでいい」
私のだいじなものはすべて、ユストゥスに持っていてもらおう。そうすればきっと、私に何があっても、何も心配はいらない。そう言って立ち上がった私が、狼のぬいぐるみが入った袋を差し出すと、すうっとユストゥスの目が細められた。
何かを見透かすような瞳を向けられて、私は口を噤む。な、なんだどうした。その目はなんだ。
私が竦んだのを察したのか、ユストゥスは大きく息を吐くと「おっさん」とドゥシャンを呼んだ。
「結局手紙書けてねえよな。アーモスと一緒に、詰め所戻っててくんねえ?ちょっとクウと話がある。話が終わったらそっちに連れてく」
「は?お前さんいったい何を……」
「クウがこんな泣き方するときは何かあるんだ。吐かせる」
ひゅっと喉が鳴った。私はゆっくりと首を横に振る。
なにって、なんだ。何もない。ただ、わたしの宝物を、ユストゥスに持っていて欲しいだけだ。
ドゥシャンは私とユストゥスを交互に眺め、がりがりと頭を掻いた。ゆっくりと立ち上がり、わずかに頭を屈める。ドゥシャンの身長だと、この部屋でもまっすぐに立てないのだ。本当に大きいな、ドゥシャンは。そんなことを現実逃避に考えてしまう。
「あんまり帰すのが、遅いと院長先生が気になさる。……なるべく早くな」
「わかってる」
「えっ?なにどゆこと?」
「知らん。あとで話は聞く」
アーモスは不思議そうな顔をしたが、ドゥシャンに追い立てられて、2人で出ていってしまった。ぱたんと扉が閉じ、なにやらアーモスが、ドゥシャンに食って掛かっている声が遠ざかっていく。私の耳にはすぐに2人の声は聞こえなくなったが、ユストゥスはもうしばらく待ってから口を開いた。
「俺は預からない」
「なぜ!私の記憶のかけらは持ってくれているのに」
「あれはお前が持ってたら危ないから、俺が持ってるだけだ。手紙には、その大猩々の子には言い聞かせるって書いてあった。持っていけ」
せっかく私が包み直したのに、ユストゥスはあっさりリボンをほどいて、中から取り出したぬいぐるみを押し付けてくる。
「いやだ。お前が持っていてくれユス。その方が安心だから」
「なにが安心なんだ、言ってみろ」
「ツェルリリに取られる心配がない」
「取られない。大丈夫。だから持ってけ」
ユストゥスは引いてくれなかった。私はぐっと奥歯を噛み締める。理由を話さなければ、持っていてくれないなんて、ひどい。でもいざというときには、燃やしてもらわないと困るのだから、最初から言うべきなのか。そう思うと力が抜けた。
それらの反応全て、ユストゥスに見られている。視線を床に落としたままぼそぼそと理由を口にした。
「私がどこか行ってしまった時に、お前にはこれを燃やしてもらいたいのだ」
「どこかにって……」
「いつ、なにがあるか、わからないだろう。リンデンベルガーの騎士は、自分の物は持たない。持たせてもらえない。未練になる。でも、お前が燃やしてくれると約束してくれたら、未練にはならないし、私には旅の同行者ができる。いざというときは連れていきたい」
どうだ。理由は言ったぞ。でも反応がない。恐る恐る視線を上げると、ユストゥスは目を閉じたまま、強く拳を握りしめていた。わずかにその手が震えている。大きく深呼吸して、ゆっくりと目を開いた。ふっと力なく笑う。
「……わかった。約束する」
その答えに、私もほっとした。
「でも、ぬいぐるみは持っていけ。……ああでも、ちょっと貸せ」
言うが早いか、ユストゥスは私の手元からひょいっとぬいぐるみを取ると、部屋の端に向かい、そこに無造作に置かれていたナイフを手にする。
「な、なにをする気だ?」
「マーキング。布は……まあこれでいいか」
ユストゥスは私が鼻水と涙で汚したシャツの、無事だった背の部分を躊躇なくナイフで破って、布状にする。それからその上に、自分の尾の毛束の一部をそぎ落とした。それをくるっと丸めて棒状にし、それを狼のぬいぐるみの首に巻き付ける。……私がここに来るときにしていたような恰好だ。
「大人の雄の匂いがすれば、おそらくその子も手を出さないだろ。ほら、匂い嗅いでみろ」
「ん」
鼻先にぬいぐるみの首元を押し付けられて、私はすうっと吸い込んだ。……本当だ、ユストゥスの匂いがする。私はぎゅっとそのぬいぐるみを抱き締めた。ふつふつと湧き上がってくる喜びに、口元が緩む。が、ユストゥスの立派な尾が損なわれていて、そちらが心配になってしまった。ユストゥスの毛は根元は白で表面が灰色なので、表面を削ると若干その部分だけ白が目立つ。
「尾は元に戻るか?」
「大丈夫だ。気になるならグルーミングしてくれ。俺が元気になる」
「ぐるーみんぐ」
「毛を梳かしてくれるだけでいいから。獣人の番はな、互いの毛をグルーミングするんだよ」
ほら、とブラシを手渡された。その上で私はユストゥスの胴を跨ぐように座らされる。その状態で背に腕を回されて、身体を密着させられた。腹でぬいぐるみが潰されつつ、ユストゥスの男らしい喉仏や顎ばかりが目に入る。
「……尾があまり見えないのだが」
「そこは感覚で頑張れよ。ほら早く、俺を元気にしてくれ。キスもしようぜお嫁様。あと俺のことを旦那様って呼んでみろ」
なぜだかユストゥスから不貞腐れている空気が出ている。こんなに要求されたのは初めてかもしれない。唇を触られて反射的に口を開くと、すぐに唇が重ねられる。ついばむようなキスも好きだし、喉を犯される深いキスもいい。
何度も角度を変えながらキスを続けていると、やんわりと尻……ではなく、尾を揉まれた。それに慌ててブラシの存在を思い出して、そっと手を動かす。……本当にちゃんと梳かせてるかわからないなこれは。
「クウ」
「なんだユス」
「愛してる」
「……知ってる。でも私は嫌いだ、だんなさ……っんぅ」
言葉を遮るように深く、強く抱き締められた。いつもと同じで、でも少し違う気がするキスを続けながら、私はうっとりと目を閉じた。
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