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第1章 魔犬
16.執事のジョルジュ
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ベルナー家の執事ジョルジュは戸惑っていた
長年ベルナー侯爵家で執事として仕えていたジョルジュは、寄る年には勝てず体力に限界を感じて本館の執事を一人前になった息子に託した
いよいよ引退というとき、サニー王妃より声がかかり、5年前よりリオルドの所持する別邸の執事として働いている
別邸は本館ほどの忙しさは無いものの、兵士達の詰所や宿舎があり、その管理や手配など特殊な仕事も行わなければならない
大変な日々ではあるが、西の森の魔物から国を守ることに、間接的にでも貢献できているのではないかとレイモンドは内心誇らしい気持ちを抱えていた
リオルドが妃を別邸に住まわすつもりだと言い出した時ジョルジュは驚いた
別邸は西の森が近いこともあり時に魔物が近づくことがある。そのために兵士が駐在し、大きな事件が起きたことは過去に一度も無いのだが、やはり妃は城にいた方が安全だろう
もうひとつの理由としては…別邸がリオルドにとって特別な思い入れのある場所だということだ
サニー王妃はまだ小さなアーノルドとリオルドをよくこの別邸に連れてきていた
二人はいつも仲良く庭を駆け回り、少し大きくなるとクリスも一緒に来るようになった
三人は何をするにも一緒で、探検をしたり水浴びをしたり本を読んだり子どもらしく仲良く遊んでいた
ただ、ジョルジュだけはこの時からリオルドが友情とは異なる熱を含んだ視線をクリスに向けていることに気づいていた
リオルドがクリスの代わりに弟を身代わり妃として迎えると聞いた時、ジョルジュは胸が押し潰される思いだった
ーーーリオルド様はあの小さな時のまま、クリス様への想いを捨てきれずにいるのだ
リオルドを気の毒に思うと同じように、身代わりとなった妃を憐れにも思った。一生リオルドに愛されることは無いだろうに籠の鳥で人生を終える方なのだ
せめて別邸では心穏やかに過ごしてほしい
優秀な執事であるジョルジュは身代わり妃がどのようなものを好むのか、サニー王妃に手紙を書き尋ねることにした
返事はこないかもしれないと考えていた
それが、手紙を出して7日後に国王軍に属する騎士直々に馬を走らせ、急いで返事を持ってくるとはジョルジュにも予想することは出来なかった
ーーーそれほどまでに、サニー様もリオルド様の結婚を危惧していらっしゃるのだろう
ジョルジュは騎士から手紙を受け取ると、急いで自室に戻り王家の印章のついた手紙の封を開けた
* * *
親愛なるジョルジュへ
そちらはお変わりないですか?
私は変わらず多忙な日々を過ごしています
ユウトのこと、気にかけてくれてありがとう
あなたを別邸の執事に推薦して良かったと心から思っています。
優秀なあなたのこと、身代わり妃の話も把握しているのでしょうね。王家として恥ずべきことと思っています
ユウトは基本的には優しく穏やかな子です
花を見たり、美味しいお菓子を食べたり、本を読んだりすることが好きなようです
また、聞けば気さくに話してくれると思います
是非、ユウトに声をかけてあげてくださいね
ジョルジュ、ここからは本音で話しましょう
問題は愚息リオルドです
私はあの愚息が別邸でユウトに何かしないかと不安でなりません
クリスを妃にと言い出した時も頭を悩ませましたが、比では無いのです
そこで、ジョルジュに命じます
一週間に一度近況報告の手紙を私にください
時間が取れたら急ぎそちらに顔を出すつもりでいます
サニー
* * *
ーーー事態は思ったより深刻なようだ
ジョルジュは手紙を封筒に戻すと鍵付きのチェストに入れてしまいこんだ
サニー様の手紙を読む限り、身代わり妃は良い青年はのようだ
しかし、リオルド様は受け付けないのだろう
何かしないかと不安とはなんだ?
まさか、暴力とか…?いや、まさかリオルド様に限って…
あぁ…でもリオルド様はクリス様が結婚してからかなり荒れていらっしゃった
討伐でこちらに顔を出されるときも無表情でクスリと笑うこともなく帰っていかれる
私が知るリオルド様では無くなってしまったのかもしれない…
ジョルジュは悲しい気持ちを抑え、自分に何が出来るのか自問自答しつつ、執事の仕事に戻っていった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
確かに私の知るリオルド様では無くなってしまったようだ
それだけは間違いない
王家の紋章をつけた馬車は門をくぐり、敷地内の道を通って邸宅の前に到着した
使用人達は一斉に頭を下げ主が馬車から降りるのを待つ
従者が馬車の扉を開け、主が降り立った時ジョルジュは頭が真っ白になった
にこやかに微笑んだリオルドが妃を抱き抱えながら降りてきたのだ
「ジョルジュ、久しぶりだな。これから宜しく頼むよ」
「リオルド様、勿論でございます」
心の中は激しく動揺していたものの、なんとか執事魂で平静を装う
ーーーリオルド様からこんなに気安く話しかけられたのも何年振りだろうか
お妃様のご様子はどうだろうと覗いて見るものの、恥ずかしいのか抱き抱えられたまま両手で顔を覆っている
リオルド様より一回り小さく、少し長めの艶のある黒髪であるということしかわからない
ジョルジュの目線に気づいたリオルドが抱き抱えたユウトの髪に顔を沈めてキスをした
「愛らしい妃だろう?恥ずかしがりやなんだ」
「あ…はい。左様でございますか」
ジョルジュも使用人達も目を疑った
一体我が主はどうしたというのだろう
今までなら、使用人達を一瞥することもなくジョルジュと挨拶を交わすと急ぎ自室へ消えていった
それが今日は妃を抱き抱え、デレデレと鼻の下を伸ばし、聞いてもいないのに惚気話を始めたのだ
唖然とする一同を知ってから知らぬかリオルドの惚気はまだ続く
「甘えたがりで私から離れたがらないんだ」
「ずっと照れていて可愛いだろう」
「寝る時も抱き締めてやらないと寝れないんだ」
「いつもいい匂いがする…」
「もういいよ!」ジョルジュ達が見ると、リオルドの腕の中で顔を覆っていた妃が耳まで真っ赤にしてプルプルと震えている。指の隙間から潤んだ黒い瞳が見えて「宜しくお願いします」と声変わりをしていない少年のような声がした
ーーーこれはこれは。クリス様も可愛らしかったがユウト様は…
ジョルジュが身代わり妃をじっと見ていると、取られてたまるかとばかりにリオルドが邸宅の中に足早に入っていった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なんで同じ部屋なの?」
ーーーあんなにほっぺたを膨らませてむくれるとは実に愛らしい生き物だ
リオルドは怒っているユウトを満足そうに眺めていた
使用人の前ではユウトは決して自分を無下にしないだろうと予測していたリオルドは、馬車を降りる時に大袈裟に検証してみた
案の定、ユウトは顔を赤く染めプルプルと震えていたが、降ろせなどと暴れたりはしない
城にいる時から二人きりの時は反抗的だが、人前では大人しく“リオルド様”と呼び、夫としてのリオルドを立てていることには気がついていた
だから敢えてジョルジュの前で切り出した
「俺達二人の寝室の用意は出来ているか」と。
「夫婦が別室で寝ていたらおかしいだろう?別邸には続き部屋なんてないんだ」
「それは…そうかもしれないけど。でも突然そんな、ね、メイ?」
ユウトにぎゅうっと腕を組まれたメイは、リオルドの冷たい視線を浴びながら気まずそうに進言する
「そうですね。夫婦が同室なのは仕方がないですが、ユウト様はまだ馴れていないので...もう一つ簡易ベッドを入れて見るのはどうでしょう?」
「メイ、それいいね!」
助け船を出されたユウトは組んだ腕の力を更にぎゅうっと強めメイにさらにくっつく
「簡易ベッドなど入れたら、それこそ不仲と言っているようなものだ」
メイは戦場で良く見たリオルドの絶対零度の視線が自分に降りかかっていることに気付き、心の中でユウトに詫びた
「リオルド様、その通りです。失礼いたしました。メイと致しましてはユウト様が安心してお休みできればそれで構わないのです」
「わかった。もう下がれ」
メイは中々離れないユウトの手を「大丈夫ですから」と言って何とか引っ剥がし、一礼して部屋から出ていった
天蓋付きの大きなベッドに座ったリオルドは、メイに置いていかれて茫然と立ち尽くしたユウトにベッドに座るように命じた
ユウトはトコトコと歩いてくるとベッドの端のギリギリ落ちるか落ちないかの角に軽く腰を降ろしてリオルドを見た
「ベッドは広いんだ。そんなに心配なら端と端で眠ればいい」
「僕、ソファーに寝るよ」
ーーーそうきたか。でもそうはさせない、ベッドで共に寝るのは俺に馴れさせる為の第一歩だからな
「妃をソファーに寝かすわけにはいかない。それならおれがソファーで寝よう」
「いやっ…王子をソファーに寝かすわけにはいかないよ!」
やっぱりそうだ、ユウトならそう答えると思っていた
「俺をソファーで寝かせたくないなら、一緒にベッドで寝るんだな」
ユウトは下を向き、顔を赤くしたかと思うとすぐ青くした
先程まで怒りに燃えていた瞳が僅かに曇る
「変なことはしないよね?約束してくれたもんね?」
その言葉に、リオルドは胸をナイフで貫かれたような痛みを感じ言葉を失った
ーーーユウトはまだあの出来事から立ち直っていない
「あの一件は本当に悪かったと思っている。お前が嫌がるようなことは絶対にしない」
「…うん、分かった。じゃあ…いいよ」
ユウトは基本心根が優しい。反省した人間をいつまでも怒っているようなことはしない。俺はそこにつけ込むつもりだ
数々の戦地を経験し、負け戦を強引にひっくり返してでも勝利を収めてきた騎士団長は、その美しい見た目に反し策士でありひどく狡猾な男なのだ
「ひとつ、許しが欲しい」
「許し…?」
「もちろん、嫌がることはしない。ただ、一応は夫と妃なんだ。このままギクシャクしているのは良くないと思うわないか?」
「それは…最初から思ってる。出来れば友人のようになれたらいいなって」
その返事を聞いて、リオルドは戦地で敵が罠にかかった時のように気持ちが昂るのを感じた
「俺も同じだ。理解し合えればと考えている」
「そうなんだ!正直、僕のことはどうでもいいと思っているのかと思っていたよ?」
「そんなことはない。ほら、すれ違っているだろう?だから、一つ試してみたいんだ」
「うん、何を?」
「夜、一つ気持ちが近づくことをするのを許して欲しい。毎日一つだけだ」
ユウトは首を傾げた「ごめん、もうちょっと分かりやすく説明してくれないかな?」心底わかないという顔をしている
「例えば、今日なら同じベッドで眠るだ」
「うん」
「それがクリア出来たら次の日は5cm距離を縮めてみる。そんな風にお互いに馴れていくんだ。友人として」
「……友人として?でもさ、それ毎日だと結構進んじゃうんじゃないかな?」
ーーー気づいたか、ユウトは馬鹿な訳じゃない。想定内だ
「それがそうでもないんだ。嫌ならNOと言える、そうしたら前の日と同じことをするだけで、進まない。大体俺は殆どここにはいないから、あまり進まない」
「うーーーん」
ユウトの今一煮え切らない態度にリオルドは内心イライラした。悟られないように微笑み、最後にもうひと押しする
「ユウト、これから俺達は長い年月一緒にいるんだ。関係は良好な方がいいと思わないか?俺はその為に努力したいと思っている」
「努力……うん、そうだね。努力もしないで諦めるのは良くない。…無理な時は断れるなら僕も頑張ってみるよ」
「ユウトありがとう」
リオルドは立ち上がるとベッドの端に座ったユウトのところに行き、軽く抱き締めた
「これは友情のハグだ」
一瞬体を固くしたユウトが友情と聞いて少しずつ力を緩めていくのが腕の神経を介して如実に伝わってくる
ーーーゆっくりだ、信頼を勝ち取ってから完全に俺のものにする。はやく俺の元に堕ちてこい…俺は元来我慢強くは無いんだ
ユウトは急に背中がゾワゾワした気がして、リオルドの腕の中で身震いした
長年ベルナー侯爵家で執事として仕えていたジョルジュは、寄る年には勝てず体力に限界を感じて本館の執事を一人前になった息子に託した
いよいよ引退というとき、サニー王妃より声がかかり、5年前よりリオルドの所持する別邸の執事として働いている
別邸は本館ほどの忙しさは無いものの、兵士達の詰所や宿舎があり、その管理や手配など特殊な仕事も行わなければならない
大変な日々ではあるが、西の森の魔物から国を守ることに、間接的にでも貢献できているのではないかとレイモンドは内心誇らしい気持ちを抱えていた
リオルドが妃を別邸に住まわすつもりだと言い出した時ジョルジュは驚いた
別邸は西の森が近いこともあり時に魔物が近づくことがある。そのために兵士が駐在し、大きな事件が起きたことは過去に一度も無いのだが、やはり妃は城にいた方が安全だろう
もうひとつの理由としては…別邸がリオルドにとって特別な思い入れのある場所だということだ
サニー王妃はまだ小さなアーノルドとリオルドをよくこの別邸に連れてきていた
二人はいつも仲良く庭を駆け回り、少し大きくなるとクリスも一緒に来るようになった
三人は何をするにも一緒で、探検をしたり水浴びをしたり本を読んだり子どもらしく仲良く遊んでいた
ただ、ジョルジュだけはこの時からリオルドが友情とは異なる熱を含んだ視線をクリスに向けていることに気づいていた
リオルドがクリスの代わりに弟を身代わり妃として迎えると聞いた時、ジョルジュは胸が押し潰される思いだった
ーーーリオルド様はあの小さな時のまま、クリス様への想いを捨てきれずにいるのだ
リオルドを気の毒に思うと同じように、身代わりとなった妃を憐れにも思った。一生リオルドに愛されることは無いだろうに籠の鳥で人生を終える方なのだ
せめて別邸では心穏やかに過ごしてほしい
優秀な執事であるジョルジュは身代わり妃がどのようなものを好むのか、サニー王妃に手紙を書き尋ねることにした
返事はこないかもしれないと考えていた
それが、手紙を出して7日後に国王軍に属する騎士直々に馬を走らせ、急いで返事を持ってくるとはジョルジュにも予想することは出来なかった
ーーーそれほどまでに、サニー様もリオルド様の結婚を危惧していらっしゃるのだろう
ジョルジュは騎士から手紙を受け取ると、急いで自室に戻り王家の印章のついた手紙の封を開けた
* * *
親愛なるジョルジュへ
そちらはお変わりないですか?
私は変わらず多忙な日々を過ごしています
ユウトのこと、気にかけてくれてありがとう
あなたを別邸の執事に推薦して良かったと心から思っています。
優秀なあなたのこと、身代わり妃の話も把握しているのでしょうね。王家として恥ずべきことと思っています
ユウトは基本的には優しく穏やかな子です
花を見たり、美味しいお菓子を食べたり、本を読んだりすることが好きなようです
また、聞けば気さくに話してくれると思います
是非、ユウトに声をかけてあげてくださいね
ジョルジュ、ここからは本音で話しましょう
問題は愚息リオルドです
私はあの愚息が別邸でユウトに何かしないかと不安でなりません
クリスを妃にと言い出した時も頭を悩ませましたが、比では無いのです
そこで、ジョルジュに命じます
一週間に一度近況報告の手紙を私にください
時間が取れたら急ぎそちらに顔を出すつもりでいます
サニー
* * *
ーーー事態は思ったより深刻なようだ
ジョルジュは手紙を封筒に戻すと鍵付きのチェストに入れてしまいこんだ
サニー様の手紙を読む限り、身代わり妃は良い青年はのようだ
しかし、リオルド様は受け付けないのだろう
何かしないかと不安とはなんだ?
まさか、暴力とか…?いや、まさかリオルド様に限って…
あぁ…でもリオルド様はクリス様が結婚してからかなり荒れていらっしゃった
討伐でこちらに顔を出されるときも無表情でクスリと笑うこともなく帰っていかれる
私が知るリオルド様では無くなってしまったのかもしれない…
ジョルジュは悲しい気持ちを抑え、自分に何が出来るのか自問自答しつつ、執事の仕事に戻っていった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
確かに私の知るリオルド様では無くなってしまったようだ
それだけは間違いない
王家の紋章をつけた馬車は門をくぐり、敷地内の道を通って邸宅の前に到着した
使用人達は一斉に頭を下げ主が馬車から降りるのを待つ
従者が馬車の扉を開け、主が降り立った時ジョルジュは頭が真っ白になった
にこやかに微笑んだリオルドが妃を抱き抱えながら降りてきたのだ
「ジョルジュ、久しぶりだな。これから宜しく頼むよ」
「リオルド様、勿論でございます」
心の中は激しく動揺していたものの、なんとか執事魂で平静を装う
ーーーリオルド様からこんなに気安く話しかけられたのも何年振りだろうか
お妃様のご様子はどうだろうと覗いて見るものの、恥ずかしいのか抱き抱えられたまま両手で顔を覆っている
リオルド様より一回り小さく、少し長めの艶のある黒髪であるということしかわからない
ジョルジュの目線に気づいたリオルドが抱き抱えたユウトの髪に顔を沈めてキスをした
「愛らしい妃だろう?恥ずかしがりやなんだ」
「あ…はい。左様でございますか」
ジョルジュも使用人達も目を疑った
一体我が主はどうしたというのだろう
今までなら、使用人達を一瞥することもなくジョルジュと挨拶を交わすと急ぎ自室へ消えていった
それが今日は妃を抱き抱え、デレデレと鼻の下を伸ばし、聞いてもいないのに惚気話を始めたのだ
唖然とする一同を知ってから知らぬかリオルドの惚気はまだ続く
「甘えたがりで私から離れたがらないんだ」
「ずっと照れていて可愛いだろう」
「寝る時も抱き締めてやらないと寝れないんだ」
「いつもいい匂いがする…」
「もういいよ!」ジョルジュ達が見ると、リオルドの腕の中で顔を覆っていた妃が耳まで真っ赤にしてプルプルと震えている。指の隙間から潤んだ黒い瞳が見えて「宜しくお願いします」と声変わりをしていない少年のような声がした
ーーーこれはこれは。クリス様も可愛らしかったがユウト様は…
ジョルジュが身代わり妃をじっと見ていると、取られてたまるかとばかりにリオルドが邸宅の中に足早に入っていった
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なんで同じ部屋なの?」
ーーーあんなにほっぺたを膨らませてむくれるとは実に愛らしい生き物だ
リオルドは怒っているユウトを満足そうに眺めていた
使用人の前ではユウトは決して自分を無下にしないだろうと予測していたリオルドは、馬車を降りる時に大袈裟に検証してみた
案の定、ユウトは顔を赤く染めプルプルと震えていたが、降ろせなどと暴れたりはしない
城にいる時から二人きりの時は反抗的だが、人前では大人しく“リオルド様”と呼び、夫としてのリオルドを立てていることには気がついていた
だから敢えてジョルジュの前で切り出した
「俺達二人の寝室の用意は出来ているか」と。
「夫婦が別室で寝ていたらおかしいだろう?別邸には続き部屋なんてないんだ」
「それは…そうかもしれないけど。でも突然そんな、ね、メイ?」
ユウトにぎゅうっと腕を組まれたメイは、リオルドの冷たい視線を浴びながら気まずそうに進言する
「そうですね。夫婦が同室なのは仕方がないですが、ユウト様はまだ馴れていないので...もう一つ簡易ベッドを入れて見るのはどうでしょう?」
「メイ、それいいね!」
助け船を出されたユウトは組んだ腕の力を更にぎゅうっと強めメイにさらにくっつく
「簡易ベッドなど入れたら、それこそ不仲と言っているようなものだ」
メイは戦場で良く見たリオルドの絶対零度の視線が自分に降りかかっていることに気付き、心の中でユウトに詫びた
「リオルド様、その通りです。失礼いたしました。メイと致しましてはユウト様が安心してお休みできればそれで構わないのです」
「わかった。もう下がれ」
メイは中々離れないユウトの手を「大丈夫ですから」と言って何とか引っ剥がし、一礼して部屋から出ていった
天蓋付きの大きなベッドに座ったリオルドは、メイに置いていかれて茫然と立ち尽くしたユウトにベッドに座るように命じた
ユウトはトコトコと歩いてくるとベッドの端のギリギリ落ちるか落ちないかの角に軽く腰を降ろしてリオルドを見た
「ベッドは広いんだ。そんなに心配なら端と端で眠ればいい」
「僕、ソファーに寝るよ」
ーーーそうきたか。でもそうはさせない、ベッドで共に寝るのは俺に馴れさせる為の第一歩だからな
「妃をソファーに寝かすわけにはいかない。それならおれがソファーで寝よう」
「いやっ…王子をソファーに寝かすわけにはいかないよ!」
やっぱりそうだ、ユウトならそう答えると思っていた
「俺をソファーで寝かせたくないなら、一緒にベッドで寝るんだな」
ユウトは下を向き、顔を赤くしたかと思うとすぐ青くした
先程まで怒りに燃えていた瞳が僅かに曇る
「変なことはしないよね?約束してくれたもんね?」
その言葉に、リオルドは胸をナイフで貫かれたような痛みを感じ言葉を失った
ーーーユウトはまだあの出来事から立ち直っていない
「あの一件は本当に悪かったと思っている。お前が嫌がるようなことは絶対にしない」
「…うん、分かった。じゃあ…いいよ」
ユウトは基本心根が優しい。反省した人間をいつまでも怒っているようなことはしない。俺はそこにつけ込むつもりだ
数々の戦地を経験し、負け戦を強引にひっくり返してでも勝利を収めてきた騎士団長は、その美しい見た目に反し策士でありひどく狡猾な男なのだ
「ひとつ、許しが欲しい」
「許し…?」
「もちろん、嫌がることはしない。ただ、一応は夫と妃なんだ。このままギクシャクしているのは良くないと思うわないか?」
「それは…最初から思ってる。出来れば友人のようになれたらいいなって」
その返事を聞いて、リオルドは戦地で敵が罠にかかった時のように気持ちが昂るのを感じた
「俺も同じだ。理解し合えればと考えている」
「そうなんだ!正直、僕のことはどうでもいいと思っているのかと思っていたよ?」
「そんなことはない。ほら、すれ違っているだろう?だから、一つ試してみたいんだ」
「うん、何を?」
「夜、一つ気持ちが近づくことをするのを許して欲しい。毎日一つだけだ」
ユウトは首を傾げた「ごめん、もうちょっと分かりやすく説明してくれないかな?」心底わかないという顔をしている
「例えば、今日なら同じベッドで眠るだ」
「うん」
「それがクリア出来たら次の日は5cm距離を縮めてみる。そんな風にお互いに馴れていくんだ。友人として」
「……友人として?でもさ、それ毎日だと結構進んじゃうんじゃないかな?」
ーーー気づいたか、ユウトは馬鹿な訳じゃない。想定内だ
「それがそうでもないんだ。嫌ならNOと言える、そうしたら前の日と同じことをするだけで、進まない。大体俺は殆どここにはいないから、あまり進まない」
「うーーーん」
ユウトの今一煮え切らない態度にリオルドは内心イライラした。悟られないように微笑み、最後にもうひと押しする
「ユウト、これから俺達は長い年月一緒にいるんだ。関係は良好な方がいいと思わないか?俺はその為に努力したいと思っている」
「努力……うん、そうだね。努力もしないで諦めるのは良くない。…無理な時は断れるなら僕も頑張ってみるよ」
「ユウトありがとう」
リオルドは立ち上がるとベッドの端に座ったユウトのところに行き、軽く抱き締めた
「これは友情のハグだ」
一瞬体を固くしたユウトが友情と聞いて少しずつ力を緩めていくのが腕の神経を介して如実に伝わってくる
ーーーゆっくりだ、信頼を勝ち取ってから完全に俺のものにする。はやく俺の元に堕ちてこい…俺は元来我慢強くは無いんだ
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