辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ

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第三章:ウィリアム邸でのひだまり家族 編

07:さぁ、後は食すのみ!

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終わりかけの夕刻の光が差し込む時刻。
屋敷の者たちの動きもやや落ち着き、厨房では仕入れた食材の香りが漂った。
調理台の上には、買い込んだものがずらりと並べられている。

「エドワルド伯爵に、あの市場で会ったそうだな」

ユリウスは護衛からその報告を受けた時、それなりの衝撃を受けていた。

「はい、初めとても驚きました」

リュカの目の前にあるテーブルの上では、白い磁器の小皿に、乾燥オレンジの輪切りがひとつ置かれている。

「リュカ様、これはさっきの市場でいただいたものです。香りを楽しむだけでも、ちょっと気持ちが晴れますよ」

リュカは訝しげに覗き込み、慎重に小皿を手に持ち鼻先へと近づける。

「良いにおい。これ、食べていい?」
「勿論、良いですよ。今、スプーンをお出ししますね」

乾燥オレンジの甘く澄んだ香りも少し楽しみながら、リュカはパクリと食べる。

「おいしい」

そのテーブルから少し離れた所では、アルバートが月露葡萄の房を木の作業台に広げていた。

「さて、では早速、取って置きの食事の準備を進めていきますか」

赤紫色の葡萄を六つの果物皿へと取り分けて移し冷蔵魔具へと納めた後、残りは小鍋に移され少量の水と白ワインを加えて火にかけられた。
沸騰の手前で弱火にし、果皮がしんなりと溶けていく様をアルバートはじっと見守る。
さらに、レモンマートルの葉を布巾の上に広げるとそれを細かく刻み、少し前に仕込んだ鴨肉の表面に丁寧にすり込んだ。

その後、熱したフライパンへに並べられた銀鱗のスナッパーは皮目から焼きつける音が、じゅわ、と弾ける。
小皿には湯気を上げるバターソースが控えており、焼き上がった白身の隣にはレモンマートルを一片だけ添える予定だ。
その間、鉄板焼き用の調理魔具の前ではエリックとノアが腕まくりをし、まな板の上で野菜をザクザクと切っていき、海鮮や肉には下処理を施して手際よく焼くための準備を進めていた。

「よし、やりましょう!」

ホタテ、イカ、海老などの海鮮と鶏のもも肉は重ならぬよう熱した鉄板の上で並べられる。

「今の段階で、美味しそうですね」

とうもろこしの輪切りや玉ねぎ、キャベツなどはほんのり焦げ目がつき、赤と緑のピーマンは、ふわりと香りを立たせ始めている。
その隣には、リュカとユリウスの父子で摘んだ茄子もさり気なく置かれていた。

「ノア様の作物も、順調に育っていますね」

エリックはそれに目をやりながら隣のノアへと声かける。

「はい、とうもろこしが育つのも楽しみです」
「とうもろこし、良いですよね。俺も、好きです」

厨房の中では食材が焼ける匂いが漂い、鍋と鉄板の音が静かに交差していた。

「こうして間近で、料理姿をゆっくり見るというのも良いものだな」

リュカの隣にはユリウスが腰を下ろし、その後ろ姿を堪能しながら見守った。
魔術によって黒になっていたノアの髪は、既に赤茶色へと戻されていた。
目も、いつもの見慣れた灰色へとなっている。

『何事もなく、無事に戻ってきて安堵した』

そう告げたユリウスによって帰って早々に抱きしめられ、足元ではリュカもぎゅっとノアの服を握りしめていた。

『……ノア、おかえり』

背後で控えているハワードは、その父子の様子を見ながら微笑んだ。

「それでは、いただきましょうか!」

目の前に広がる白磁の大皿には香ばしく焼かれた銀鱗スナッパーが横たわり、傍らに添えられたレモンマートルの葉が、ほのかな柑橘の香りを際立たせている。

「……おいしそう」

リュカもその光景を見ながら、思わず感嘆の声をあげる。

「いただきます」

鉄板で焼かれたホタテや海老、イカは、軽く炙られたピーマンや玉ねぎ、輪切りのとうもろこしは、彩りよく盛り付けられており、湯気の合間から甘く芳しい香りが立ち上がっていた。
その傍には、月露葡萄の房をそのまま盛った果物皿と、丁寧に煮詰められた葡萄ソースを添えたデザート皿が並んでいる。
リュカは皮ごと食すことができるその葡萄を、まずは口に入れて顔を綻ばせた。

「皮ごと食べる葡萄なんて、あったのですね」

ノアもその葡萄を食し、その絶妙な甘さを堪能する。

「他の葡萄より値が張るが、最近ではその人気も高いものになっている」

アルバートからの事前の誘いにより、テーブルにはユアンも腰を下ろしていた。
エリックはユリウスから一番離れた席で、びくびくしながら箸を手にもつ。
こんな日が訪れるとは、思ってもいないことだった。
テーブルの上には市場で買い込んで調理したもの以外に炊飯魔具を使用して調理した、炊き立ての米を白くふわりとよそった深皿が人数分用意されていた。

「今日は、ユアン様の故郷の主食である米も、せっかくなので炊きました。結構、こういう料理に合うので俺は好きですね」
「これが、ご飯というものなのですね」
「箸の使い方は、私が教えよう」

そう告げたユリウスは、ノアの前で滑らかな動作で箸を何度か動かした。

「この屋敷で、米を食べることになるとは思いませんでした」

久々に食べる炊いた米は案外美味しく、ユアンはそれとバターの香りが漂うホタテなどを組み合わせながら食していく。

「要望があれば、ユアン様のためにご飯系統のものも作りますよ」
「そこまで、していただく必要はありません」

エリックはそのやり取りを正面で少し聞きながら、木製の酒器に入っているキンキンに冷えたビールを喉へと流し込む。

「その持ち方で、合っている」

ノアはユリウスの教えに倣い、箸を少しぎこちないながらも構える。
白いご飯をひと口食べると炊き立ての湯気がふわりと鼻をくすぐり、口に入れた瞬間、柔らかな甘みがじんわりと広がった。

「すごく、優しい味ですね」

思わず笑みがこぼれるノアの顔に、リュカも嬉しそうに頷いて自分の箸を動かした。 
小さな手でホタテを持ち上げ、アルバート特製の淡い甘辛ダレにちょんとつけると、ご飯の上にのせて頬張った。

「これ、おいしい」
「リュカ、ゆっくり食べるんだぞ」

ユリウスは息子の様子を少し見守りながら、自身も箸を滑らせて魚を口に運ぶ。
ノアはリュカに倣ってイカをタレにくぐらせて、ご飯の上に乗せ少し置いてから口に運んだ。 
炊きたての米に染み込んだ旨味が、口の中でとろりと広がる。

「こんな斬新な食べ方も、あるんですね」

その表情には、新しい食の世界に出会った純粋な喜びが表れていた。

「この日のために、炊飯魔具を導入した甲斐があったな」
「ユリウス様、色々とありがとうございます」

ユリウスの言葉に、ノアは箸を止めて顔を上げて穏やかに微笑んだ。

「ユアン様の故郷では、ご飯と生魚を組み合わせた食べ方もあるんですよ」

アルバートのその発言にノアは目を瞬いた。

「生魚を、食べるのですか?」
「えぇ、俺も最近食べたんですが、意外にも美味でしたね」

ユアンはその他にもダシにつけた白身の魚を乗せたご飯に香りが良い三つ葉などを置き、出汁を掛ける食べ方も好きである。
余り行儀の良い食べ方ではないが、故郷では庶民がよくやるやり方だった。

「追加で焼くことも出来るので、遠慮なく言って下さいね」

心地よく箸が進んでいく中で、ユリウスはあることをノアの耳元で囁いた。

「……ノア、今夜は後で朝の続きをやらないか」
「は、はい……」

その意味を察した頬はわずかに朱がさし、甘い雰囲気が少し漂う。

「アルバートさん、俺も一緒に焼きますよ」

途中でノアは席を立ち、続いてエリックも立ち上がる。

「俺も、お手伝いさせて下さい」

三人は再び食材を調理し始め、新しく良い匂いが漂い始める。
白い湯気と笑顔が交差するその空間には、賑やかなぬくもりに満ちていた。


──その夜


寝室の天蓋付きベッドは、紺のレース越しに薄い月光に照らされる。
その中では、重なり合う影があり相手を貪りながら絡み合っている最中だった。
互いの吐息と甘い呻きが、しんとした部屋で響く。

「んっ……ふ、ノア…っ」

ユリウスの声は、抑えきれぬ欲望に震えていた。

「…んっ……っ…」

朝、途中で中断された口淫の続きを、ノアは淫らに再開しているところである。

「最後は、それを食すのか」

それにこくりと頷いたノアは、ユリウスの熱く脈打つ部分を巧みに舌で愛撫し、舌先を焦らすように這わせる。

「くっ……」

ノアは、ユリウスのものを愛しげに見つめながら、全てを味わうかのように深く喉奥まで呑み込んでいく。

「気持ち良すぎて、死にそうだ」

ユリウスの声は掠れ、汗で濡れた額から滴る雫が、ノアの頬を滑り落ちる。

「……ふっ、ん」

時折、ユリウスの反応を確かめながら、丹念に口での奉仕を続けた。

「……お前の今後が、末恐ろしくなることがある」

その動きは、ユリウスの理性を更に溶かすような熱を帯びている。

「…っ……出そうだ、嫌なら顔を離せ」

熱を持った口内には、欲望を開放した白濁の液が放たれ、ノアはそれをごくりとゆっくり飲み込んだ。

「……ユリウス様のもの、美味しいです」

そう呟くノアの声は甘く、まるで媚薬のようにユリウスの耳を犯した。

「ユリウス様、今夜は俺のことを美味しく食べて下さいね」

青年のすらりとした指は、ユリウスの頬にそっと触れる。

「んっ…ふっ……」

互いの唇が離れると、糸を引くような唾液が二人の間で光った。

「今夜は余程、私の理性を消し去りたいようだな」

ユリウスの声に、ノアは満足げな顔をして再び唇を重ねた。
二人の身体は、ひとつにになる為により密着しベッド上で激しく揺れ合う。

「あっ……んっ…」

淡い月光が差し込む中では、汗と熱と欲望が混ざり合っていった。


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