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第三章:ウィリアム邸でのひだまり家族 編
断章:捨てたもの
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──断章──
およそ千年前。
西の辺境の地にある故郷へと戻って来た青年は、全てを捨てたかった。
故郷も大災厄を免れることは出来なかったが、それでも、以前よりかは確実に復興していた。
潰れた酒場は建て直され、そこでは兄夫婦が商売を再開していた。
「こんなに早く、戻ってくるとは思わなかった」
「……色々、あったからね」
「そうか」
王より渡された高価なものを使用して建てた、町外れの小さな家。
そこだけが青年の全てとなった。
「ここで、暮らすのか?」
「うん」
「たまには、酒場にも顔を出せよ」
「ありがとう、兄さん」
ある日、青年は家の直ぐ傍に薬草畑を作り始めた。
その場所は青年にとっての、小さな大切な世界となった。
一生、働かずに暮らせるだけの財産はあったが、青年は薬草畑で収穫したものを、酒場を営んでいる兄を通して売るということを生涯の営みとした。
「お前の作っている軟膏、よく効くって評判だぞ」
青年にとって血の繋がった家族である兄でも、閉じた心を開けることは出来なかった。
子を持つ父となった兄は、王城であったことを何も語らぬ青年のことをよく気にかけた。
「……ノア、これから先でも、楽しいことはきっとある」
「うん、ありがとう、兄さん」
兄がどれほど心を砕いても、青年の心に再び光が灯ることはなかった。
あれほどまでに大切にしていた魔術書は、全て視界に入らない場所に押し込め、魔術師であるヴォルフの弟子となった後から書き記していた手記も、全てを遠くへ遠ざけた。
薬草畑にある小さな家を訪ねてきた魔術師でも、青年の心を開くとは出来なかった。青年は、魔術師からそっと渡された杖を彼の元へと投げ返した。
魔術師は酷く傷ついた顔をしながら何も言わずに去り、その後、青年の元を訪れることはなかった。
魔術は、共に居たかつて王子だった男のことを思い出すものだった。
青年が途中から加わった大災厄を止めるための旅。
その旅の記憶には、魔術師の横には必ず彼がいた。
青年は全てを捨てて、全く別の自分へとなりたかった。
ある日、そんな青年の元を訪ねてきたのは、北西の地を治める若き伯爵だった。
何度か訪れる内に、それが王命であることを告げる。
「遠くから、この地と共に見守っていて欲しいと……」
若き伯爵は未婚であり、ふたりは静かに交流を続けた。
そうして、青年には新しく捨てたいものが出来た。
「君に、この花を……」
「……ありがとうございます、ユリウス様」
伯爵は白色の可憐な花を青年へと差し出した。
青年はその花を押し花にして大切に保管した。
捨てたいものばかりが心に溜まり、それでも、死を選ぶことはしなかった。
それは、この国の王妃が最も望んでいることである。
だからこそ、その選択だけは取らなかった。
「君が笑った顔は、何よりも綺麗だ」
青年は時折、若き伯爵の前でだけ寂しげに少し微笑むようになった。
「……ユリウス様」
捨てたいものは日々溜まり、それでも若き伯爵だった者から最期に手を握りしめられたとき、かつて青年だった彼の心は救われた。
伯爵は最期まで妻を娶らず、血縁関係のある弟の子を跡継ぎとした。
「……君は、今までよく頑張った」
青年の意識は穏やかな闇の中へと落ちていき、これで終わると思っていた。
次に目覚めたとき、青年は子となっていた。
生まれたのは、同じ酒場である。
その酒場は、かつてと同じ名前で営み続けているようだった。
「アラン、それがお前の名前だぞ」
赤子として生まれた青年は、日々順調に成長した。
「アラン、貴方はもう直ぐお兄ちゃんになるのよ」
そうして、年月が経つにつれ青年は過去との違いを明確に感じるようになる。
魔術を愛する心はなくなり、強き心を手に入れた。
王を愛した心もなくなり、新しき自分となった。
生まれ直した青年は、全てを捨てられたと思った。
そう安堵したとき、青年はふと気がついた。
生まれた弟が、成長するにつれて、かつての青年の面影を色濃く表わす顔立ちになっているということに。
名前は元から、かつての青年と同じものだった。
「ノアったら、またアランと喧嘩をしたの。もう、しょうがないわね」
「……あぁ、もう、うるさないな」
「ちょっと、母親に向かってうるさいとは何よ?」
「だって、アランが……」
「全く、貴方たちが喧嘩をしなくなるのは、いつなのかしら」
弟の唇から出る声は、かつての青年のものだった。
目の色は、生まれた時から確かにかつての青年と同じ灰色をしていた。
青年の今の瞳は、父と同じ赤茶色だった。
魔術に興味を持たないということと几帳面ではないという以外は殆ど全てが、かつての自分のままだった。
成長する度に、ある疑惑は確信へと変わる。
「兄さん、この料理を運べば良いの?」
「あぁ、向こうのテーブルに運べ、それとこの酒もな」
「はいはい、全く人使いが荒いんだから」
その弟は青年とって大切な存在だった。
青年はあのことを考えるのをやめ、弟のことを過去と切り離して扱った。
その弟は、自分の命に代えてでも守りたい大切な存在だった。
「……ノア、お前、また皿を割ったのか」
「ごめん」
「怪我はしてないか?」
「うん、大丈夫」
「それなら、良い。片付けは俺がやる」
成長し文字をちゃんと書けるようになった弟の筆跡は過去の自分と全く同じものでもあり、それを見ても、青年にとっては大切な弟であるということには変わりなかった。
──断章・了──
およそ千年前。
西の辺境の地にある故郷へと戻って来た青年は、全てを捨てたかった。
故郷も大災厄を免れることは出来なかったが、それでも、以前よりかは確実に復興していた。
潰れた酒場は建て直され、そこでは兄夫婦が商売を再開していた。
「こんなに早く、戻ってくるとは思わなかった」
「……色々、あったからね」
「そうか」
王より渡された高価なものを使用して建てた、町外れの小さな家。
そこだけが青年の全てとなった。
「ここで、暮らすのか?」
「うん」
「たまには、酒場にも顔を出せよ」
「ありがとう、兄さん」
ある日、青年は家の直ぐ傍に薬草畑を作り始めた。
その場所は青年にとっての、小さな大切な世界となった。
一生、働かずに暮らせるだけの財産はあったが、青年は薬草畑で収穫したものを、酒場を営んでいる兄を通して売るということを生涯の営みとした。
「お前の作っている軟膏、よく効くって評判だぞ」
青年にとって血の繋がった家族である兄でも、閉じた心を開けることは出来なかった。
子を持つ父となった兄は、王城であったことを何も語らぬ青年のことをよく気にかけた。
「……ノア、これから先でも、楽しいことはきっとある」
「うん、ありがとう、兄さん」
兄がどれほど心を砕いても、青年の心に再び光が灯ることはなかった。
あれほどまでに大切にしていた魔術書は、全て視界に入らない場所に押し込め、魔術師であるヴォルフの弟子となった後から書き記していた手記も、全てを遠くへ遠ざけた。
薬草畑にある小さな家を訪ねてきた魔術師でも、青年の心を開くとは出来なかった。青年は、魔術師からそっと渡された杖を彼の元へと投げ返した。
魔術師は酷く傷ついた顔をしながら何も言わずに去り、その後、青年の元を訪れることはなかった。
魔術は、共に居たかつて王子だった男のことを思い出すものだった。
青年が途中から加わった大災厄を止めるための旅。
その旅の記憶には、魔術師の横には必ず彼がいた。
青年は全てを捨てて、全く別の自分へとなりたかった。
ある日、そんな青年の元を訪ねてきたのは、北西の地を治める若き伯爵だった。
何度か訪れる内に、それが王命であることを告げる。
「遠くから、この地と共に見守っていて欲しいと……」
若き伯爵は未婚であり、ふたりは静かに交流を続けた。
そうして、青年には新しく捨てたいものが出来た。
「君に、この花を……」
「……ありがとうございます、ユリウス様」
伯爵は白色の可憐な花を青年へと差し出した。
青年はその花を押し花にして大切に保管した。
捨てたいものばかりが心に溜まり、それでも、死を選ぶことはしなかった。
それは、この国の王妃が最も望んでいることである。
だからこそ、その選択だけは取らなかった。
「君が笑った顔は、何よりも綺麗だ」
青年は時折、若き伯爵の前でだけ寂しげに少し微笑むようになった。
「……ユリウス様」
捨てたいものは日々溜まり、それでも若き伯爵だった者から最期に手を握りしめられたとき、かつて青年だった彼の心は救われた。
伯爵は最期まで妻を娶らず、血縁関係のある弟の子を跡継ぎとした。
「……君は、今までよく頑張った」
青年の意識は穏やかな闇の中へと落ちていき、これで終わると思っていた。
次に目覚めたとき、青年は子となっていた。
生まれたのは、同じ酒場である。
その酒場は、かつてと同じ名前で営み続けているようだった。
「アラン、それがお前の名前だぞ」
赤子として生まれた青年は、日々順調に成長した。
「アラン、貴方はもう直ぐお兄ちゃんになるのよ」
そうして、年月が経つにつれ青年は過去との違いを明確に感じるようになる。
魔術を愛する心はなくなり、強き心を手に入れた。
王を愛した心もなくなり、新しき自分となった。
生まれ直した青年は、全てを捨てられたと思った。
そう安堵したとき、青年はふと気がついた。
生まれた弟が、成長するにつれて、かつての青年の面影を色濃く表わす顔立ちになっているということに。
名前は元から、かつての青年と同じものだった。
「ノアったら、またアランと喧嘩をしたの。もう、しょうがないわね」
「……あぁ、もう、うるさないな」
「ちょっと、母親に向かってうるさいとは何よ?」
「だって、アランが……」
「全く、貴方たちが喧嘩をしなくなるのは、いつなのかしら」
弟の唇から出る声は、かつての青年のものだった。
目の色は、生まれた時から確かにかつての青年と同じ灰色をしていた。
青年の今の瞳は、父と同じ赤茶色だった。
魔術に興味を持たないということと几帳面ではないという以外は殆ど全てが、かつての自分のままだった。
成長する度に、ある疑惑は確信へと変わる。
「兄さん、この料理を運べば良いの?」
「あぁ、向こうのテーブルに運べ、それとこの酒もな」
「はいはい、全く人使いが荒いんだから」
その弟は青年とって大切な存在だった。
青年はあのことを考えるのをやめ、弟のことを過去と切り離して扱った。
その弟は、自分の命に代えてでも守りたい大切な存在だった。
「……ノア、お前、また皿を割ったのか」
「ごめん」
「怪我はしてないか?」
「うん、大丈夫」
「それなら、良い。片付けは俺がやる」
成長し文字をちゃんと書けるようになった弟の筆跡は過去の自分と全く同じものでもあり、それを見ても、青年にとっては大切な弟であるということには変わりなかった。
──断章・了──
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