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第三章:ウィリアム邸でのひだまり家族 編
断章:王への裏切り
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──断章──
ウィリアム家の墓が整然と並ぶ、なだらかな丘の上。
その最上部には、黒曜石で造られた重厚な墓標が静かに空へとそびえ立っていた。
周囲の墓とは一線を画すその威容は、初代当主ユリウスの眠る場所である。
だが、その墓の下にあるのは空っぽの石棺だった。
その丘の近くにある、とある森の最奥。
ここが、本当の彼の墓となる。
美しい黒曜石で築かれた墓の隣には、控えめな墓標がそっと添えられている。
それは、初代当主にとっての最愛の者の墓だった。
手記の記述から男であるということは判明しているが、その名の記録は何処にも残っていない。
代々、その手記には当主たちが保持魔術を掛けている。
約、千年前のこと。
八十二歳となったユリウスは、森の奥に佇む小さな墓標の前に立っていた。
その背筋は未だに真っすぐだったが、手には深い皺が刻まれ声もしわがれている。
かつて凛々しくあった身体は、今では動かすたびにぎしりと軋む音を立てていた。
伯爵という位はとうに他者へと譲り、もはや当主ではなかった。
三十二年前に養子にした弟の子、ラルクも既に四十七歳を迎えている。
風に揺れる木々のざわめきが、耳に優しく届く。
『この墓に眠るのは、私にとっての最愛の者だ』
ユリウスは、横に並び立つラルクへとそう告げた。
『……ユリウス、様』
息を引き取る直前、彼はそう呟いた。
病に蝕まれた灰色の瞳は奇跡的にわずかに開き、青い瞳と視線が重なる。
その時のことを、忘れることなど決してないだろう。
老いた青年の亡骸は、ウィリアム伯爵家の紋章があしらわれた魔馬車で、この地に運ばれた。
美しい装飾の石棺に納められた彼は、数年後或いは数ヶ月後、ウィリアム伯爵家の初代当主であるユリウスのすぐ傍らで眠るということになる筈だ。
『伯父上の墓は、この墓標の隣に立てるということで本当に良いのですね?』
あの時、ラルクは戸惑いを隠さずにそう尋ねた。
『あぁ、そうして欲しい』
『そして、なだからな丘の上に築く墓標には伯父上の遺体を納めないと?』
『そのようにして貰えれば、思い残すことはない』
数日前に交わしたやり取りを、静寂の中で思い返す。
まさか自分の墓がウィリアム伯爵領に築かれるなど、思ってもいなかっただろう。
そう考えながら、老いたユリウスは小さく息を吐き自嘲気味に笑う。
それは、叶わぬ恋だった。
決して実ってはいけない関係である。
彼の心には、いつも王の影があった。
彼はそのことに、気がついてさえいなかったかもしれない。
それでも、彼はユリウスへと心を許した。
脳裏に蘇るのは、薬草畑の隅で純白の花を差し出した日のことである。
『ユリウス様、ありがとうございます』
その花を受け取ったときに、少しだけ微笑んだ時のあの表情。
『君の、笑った顔が好きだ』
それ以上のことを言うことは、出来なかった。
青年は、若き伯爵と指を絡め合うようなことは決して望まない。
だから、それよりも先に進むことは出来なかった。
『ユリウス様は、不思議な方ですね』
ある日、青年はそう言って笑う。
『それは、どのような意味でだろうか』
そう問い返しても、ただ微笑むばかりだった。
『ユリウス様は、いえ、なんでもありません……』
本当は、ユリウスへとその手を伸ばしたかった。
けれど、それは決して許されない願いだった。
「……ノア」
老いたユリウスは、優しくその名を呼び。
小さな墓標を見つめる眼差しは、愛しさと悔い、そして安らぎに満ちている。
「君に出会えて、私は幸福だった」
誰も、答える筈がない独り言。
だが、その言葉に反応をする者がいた。
「へぇ、それは良かったね」
突如、背後から明瞭な生気ある声が聞こえる。
若い男の声だった。
それが、誰のものかユリウスは瞬時に理解する。
「君は、遠くから彼のことを見守って欲しいという王の願いを歪めて、何度も彼に無断で会いに行った」
振り返ると、そこには金の髪を風にわずかに揺らす男が立っていた。
この国で大魔術師と呼ばれている男、ヴォルフである。
大災厄の終息に、大いに貢献した者でもあった。
「ユリウス、久しぶりだね」
ヴォルフは歳月の影を一切感じさせない容貌でそこにいる。
のばされた髪は、昔と変わらず艶やかなまま。
外気へと晒されている肌は透き通るように美しく滑らかだった。
「……何故、お前がここにいる」
ユリウスは、思わず息を呑む。
「彼がこの墓を見れば、ひと目で誰のものなのか分かる筈だ。そして、君の裏切りにも気づくだろう。周りに咲いている純白の花、その存在が全てを物語っている」
ヴォルフは、花々へと目を向ける。
「この花たちは、僕が彼に贈った祝福による影響で咲いている。彼が亡き後も、尚、それは続いているということだね」
ユリウスの青い瞳は、驚きに見開かれていく。
「……王は、もうこの世にはいない」
掠れた声で、絞り出すように言葉を発する。
「彼らの命の核は、巡る」
ヴォルフは淡々とした声で告げた。
「君は、彼の運命の相手なんかじゃない」
「……そんなことは、承知の上だ」
「まさか、自分の従兄弟にこんな形で、彼のことを横取りをされるなんて思わなかったよ」
その言葉に、ユリウスは顔を伏せる。
「私は、彼と結ばれた訳ではない。ただ、その隣にいたかっただけだ」
「でも、彼の心の中には、君という存在は深く残った」
墓標の周りに咲いている花々は、二人の前でひっそりと揺れた。
「……ヴォルフ、お前はなぜ歳を取らない?」
「僕は、普通じゃないからね」
軽やかな声音と共に、かつて青年の師でもあった魔術師は背を向ける。
「君は、来世でもきっと罪を重ねるだろう」
最後にそう言い残し、ヴォルフの姿はその場から搔き消える。
その場に残ったユリウスは、風に揺れる白い花を見つめ立ち尽くした。
それから、千年後。
なたらかな、森の奥。
風すら遠慮するような静寂の中に、ひっそりと佇む小さな墓所があった。
「ここが、初代当主が眠る本当の場所だ」
ユリウスはそう言って、隣にいる恋人と共に足を止める。
濃い緑の木立に守られるようにして佇むふたつの墓標。
そのひとつ、名も刻まれぬ小さな墓の周囲には、可憐な白い花が途切れることなく咲き続けている。
だがそれは、触れればすり抜ける幻のような花だった。
風にそよぐその花びらに、そっと手を伸ばす。
けれど、その指先は何も掴むことが出来なかった。
「この花々は、魔術で出来ているのですか?」
問いかけるその声に、ユリウスは静かに首を横に振る。
「ずっと枯れることなく存在する、不思議な花々だ」
何も言わずに揺れる花たちを見つめながら、ユリウスはそう呟いた。
「ユリウス様、この場所は少し寂しい場所ですね」
沈黙が、木々の葉擦れと共に優しく流れていく。
「……あぁ、そうだな」
ぽつりと零された声に、ユリウスは頷いた。
その横顔には、長い歳月の重みと今を生きる穏やかさが宿っている。
やがて、二人はそっと視線を交わす。
「そろそろ、帰ろう」
静かな誘いに、恋人は小さく頷いた。
「はい、そうしましょう」
その声は、森の静寂に溶けていく。
「ユリウス様が隣にいてくださって、良かったです」
そう呟いた声が、木々に囲まれた空間の中で響いた。
二人は寄り添いながら墓標から背を向けて歩き出す。
永い時の果てに、ようやく訪れた春がそこにあった。
──断章・了──
ウィリアム家の墓が整然と並ぶ、なだらかな丘の上。
その最上部には、黒曜石で造られた重厚な墓標が静かに空へとそびえ立っていた。
周囲の墓とは一線を画すその威容は、初代当主ユリウスの眠る場所である。
だが、その墓の下にあるのは空っぽの石棺だった。
その丘の近くにある、とある森の最奥。
ここが、本当の彼の墓となる。
美しい黒曜石で築かれた墓の隣には、控えめな墓標がそっと添えられている。
それは、初代当主にとっての最愛の者の墓だった。
手記の記述から男であるということは判明しているが、その名の記録は何処にも残っていない。
代々、その手記には当主たちが保持魔術を掛けている。
約、千年前のこと。
八十二歳となったユリウスは、森の奥に佇む小さな墓標の前に立っていた。
その背筋は未だに真っすぐだったが、手には深い皺が刻まれ声もしわがれている。
かつて凛々しくあった身体は、今では動かすたびにぎしりと軋む音を立てていた。
伯爵という位はとうに他者へと譲り、もはや当主ではなかった。
三十二年前に養子にした弟の子、ラルクも既に四十七歳を迎えている。
風に揺れる木々のざわめきが、耳に優しく届く。
『この墓に眠るのは、私にとっての最愛の者だ』
ユリウスは、横に並び立つラルクへとそう告げた。
『……ユリウス、様』
息を引き取る直前、彼はそう呟いた。
病に蝕まれた灰色の瞳は奇跡的にわずかに開き、青い瞳と視線が重なる。
その時のことを、忘れることなど決してないだろう。
老いた青年の亡骸は、ウィリアム伯爵家の紋章があしらわれた魔馬車で、この地に運ばれた。
美しい装飾の石棺に納められた彼は、数年後或いは数ヶ月後、ウィリアム伯爵家の初代当主であるユリウスのすぐ傍らで眠るということになる筈だ。
『伯父上の墓は、この墓標の隣に立てるということで本当に良いのですね?』
あの時、ラルクは戸惑いを隠さずにそう尋ねた。
『あぁ、そうして欲しい』
『そして、なだからな丘の上に築く墓標には伯父上の遺体を納めないと?』
『そのようにして貰えれば、思い残すことはない』
数日前に交わしたやり取りを、静寂の中で思い返す。
まさか自分の墓がウィリアム伯爵領に築かれるなど、思ってもいなかっただろう。
そう考えながら、老いたユリウスは小さく息を吐き自嘲気味に笑う。
それは、叶わぬ恋だった。
決して実ってはいけない関係である。
彼の心には、いつも王の影があった。
彼はそのことに、気がついてさえいなかったかもしれない。
それでも、彼はユリウスへと心を許した。
脳裏に蘇るのは、薬草畑の隅で純白の花を差し出した日のことである。
『ユリウス様、ありがとうございます』
その花を受け取ったときに、少しだけ微笑んだ時のあの表情。
『君の、笑った顔が好きだ』
それ以上のことを言うことは、出来なかった。
青年は、若き伯爵と指を絡め合うようなことは決して望まない。
だから、それよりも先に進むことは出来なかった。
『ユリウス様は、不思議な方ですね』
ある日、青年はそう言って笑う。
『それは、どのような意味でだろうか』
そう問い返しても、ただ微笑むばかりだった。
『ユリウス様は、いえ、なんでもありません……』
本当は、ユリウスへとその手を伸ばしたかった。
けれど、それは決して許されない願いだった。
「……ノア」
老いたユリウスは、優しくその名を呼び。
小さな墓標を見つめる眼差しは、愛しさと悔い、そして安らぎに満ちている。
「君に出会えて、私は幸福だった」
誰も、答える筈がない独り言。
だが、その言葉に反応をする者がいた。
「へぇ、それは良かったね」
突如、背後から明瞭な生気ある声が聞こえる。
若い男の声だった。
それが、誰のものかユリウスは瞬時に理解する。
「君は、遠くから彼のことを見守って欲しいという王の願いを歪めて、何度も彼に無断で会いに行った」
振り返ると、そこには金の髪を風にわずかに揺らす男が立っていた。
この国で大魔術師と呼ばれている男、ヴォルフである。
大災厄の終息に、大いに貢献した者でもあった。
「ユリウス、久しぶりだね」
ヴォルフは歳月の影を一切感じさせない容貌でそこにいる。
のばされた髪は、昔と変わらず艶やかなまま。
外気へと晒されている肌は透き通るように美しく滑らかだった。
「……何故、お前がここにいる」
ユリウスは、思わず息を呑む。
「彼がこの墓を見れば、ひと目で誰のものなのか分かる筈だ。そして、君の裏切りにも気づくだろう。周りに咲いている純白の花、その存在が全てを物語っている」
ヴォルフは、花々へと目を向ける。
「この花たちは、僕が彼に贈った祝福による影響で咲いている。彼が亡き後も、尚、それは続いているということだね」
ユリウスの青い瞳は、驚きに見開かれていく。
「……王は、もうこの世にはいない」
掠れた声で、絞り出すように言葉を発する。
「彼らの命の核は、巡る」
ヴォルフは淡々とした声で告げた。
「君は、彼の運命の相手なんかじゃない」
「……そんなことは、承知の上だ」
「まさか、自分の従兄弟にこんな形で、彼のことを横取りをされるなんて思わなかったよ」
その言葉に、ユリウスは顔を伏せる。
「私は、彼と結ばれた訳ではない。ただ、その隣にいたかっただけだ」
「でも、彼の心の中には、君という存在は深く残った」
墓標の周りに咲いている花々は、二人の前でひっそりと揺れた。
「……ヴォルフ、お前はなぜ歳を取らない?」
「僕は、普通じゃないからね」
軽やかな声音と共に、かつて青年の師でもあった魔術師は背を向ける。
「君は、来世でもきっと罪を重ねるだろう」
最後にそう言い残し、ヴォルフの姿はその場から搔き消える。
その場に残ったユリウスは、風に揺れる白い花を見つめ立ち尽くした。
それから、千年後。
なたらかな、森の奥。
風すら遠慮するような静寂の中に、ひっそりと佇む小さな墓所があった。
「ここが、初代当主が眠る本当の場所だ」
ユリウスはそう言って、隣にいる恋人と共に足を止める。
濃い緑の木立に守られるようにして佇むふたつの墓標。
そのひとつ、名も刻まれぬ小さな墓の周囲には、可憐な白い花が途切れることなく咲き続けている。
だがそれは、触れればすり抜ける幻のような花だった。
風にそよぐその花びらに、そっと手を伸ばす。
けれど、その指先は何も掴むことが出来なかった。
「この花々は、魔術で出来ているのですか?」
問いかけるその声に、ユリウスは静かに首を横に振る。
「ずっと枯れることなく存在する、不思議な花々だ」
何も言わずに揺れる花たちを見つめながら、ユリウスはそう呟いた。
「ユリウス様、この場所は少し寂しい場所ですね」
沈黙が、木々の葉擦れと共に優しく流れていく。
「……あぁ、そうだな」
ぽつりと零された声に、ユリウスは頷いた。
その横顔には、長い歳月の重みと今を生きる穏やかさが宿っている。
やがて、二人はそっと視線を交わす。
「そろそろ、帰ろう」
静かな誘いに、恋人は小さく頷いた。
「はい、そうしましょう」
その声は、森の静寂に溶けていく。
「ユリウス様が隣にいてくださって、良かったです」
そう呟いた声が、木々に囲まれた空間の中で響いた。
二人は寄り添いながら墓標から背を向けて歩き出す。
永い時の果てに、ようやく訪れた春がそこにあった。
──断章・了──
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