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一
結婚相談所の倉木さん
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エリート揃いという広告につられて、高いお金を払って入会したのに。
よくよく調べてみると、高い費用の結婚相談所ほどモテないタイプが入会するらしく、それなりにモテる人は高いお金を払ってまで入会しない。そして、ハイクオリティーな男性会員を宣伝している相談所ほど、男性会員は少なく女性会員が多いとあった。
登録した結婚相談所がまさにそのケースだったようで、つくづく運が悪い。
クーリングオフで解約しようにも、既に遅し。
お金を騙し取られたような気分に、結婚相談所からのメールは読まずに全て無視していた。
その後、買い替えたばかりの携帯電話が壊れるなど不運は続き、倉木さんから電話がかかってきたのは、クマゾウの事件から4週間経った晩のことだった。
その晩、就職活動のための履歴書を書き込んでいた私は、気が滅入っていた。
「メールでご連絡した藤原晃成さんの件ですが、考えて頂けたでしょうか?」
気のせいか、倉木さんの事務的な声がハイテンションに聞こえる。
藤原晃成?
聞き覚えのない名前に「誰ですか、そのお方?」とローテンションで聞き返した。
「やはりお読みになってなかったんですね。この方は――」
それから、藤原晃成という華麗なる人物――二十九歳・会社経営者・高収入・長身・ルックスは芸能人並――を倉木さんは語りだした。経営コンサルティング会社を起業し、最近メディアでも取り上げられた人物だと、経歴を事細かく説明する。
要するに、凄い男が入会したので、見合いを申し込めと提案している? と思っていたら。
「その藤原さんが七瀬さんに、お見合いを申し込まれたんですよ」
倉木さんが宝くじの当選を発表するような勢いで言う。
「とにかく本社で写真をご覧になって下さい」
相手のプロフィールはメールで送られてきても、写真は結婚相談所でしか見れない。
「少し考えさせてください」と煮え切らない私に、倉木さんは写真を見ることをしつこく勧め、電話を切った。
これは私を陥れるための何かの罠?
携帯電話の画面に開かれた藤原晃成の紹介書を眺めながら、しばらく考えを巡らせていた。
最近上手くいかないことばかりで、どうもネガティブ思考だ。
藤原晃成という人物はサクラで、結婚相談所が私からさらにお金を巻き上げようとしているとか。
あることないことを考えてしまう。
心が殺伐としている証拠だ。このままではいけない。
藤原晃成なる人物が本物なら、運が上昇しているということだし、ツキは逃せない。
○十万円という高い入会金の元も取らないと。
翌日、最終出社日を終えた私は、白で統一されたスーツに身を包み、澄み切った境地で結婚相談所に挑んだ。
ところが――
「この方です!」
オフホワイトのブライダルな雰囲気のオフィスで、倉木さんに大袈裟なジェスチャーで見せられた写真には、見覚えがある男が映っていた。
忘れもしない、悪魔のような男。
クマゾウを蹴った、あの男だった。
「お断りします」
速攻でお見合いを断った。
よりにもよって、この男だったとは……
あの時の怒りが沸々と湧き上がる。
パソコンの画面から私を見据える男を睨んだ。
「……え? 今、何と?」
「私には勿体ない話で、せっかくなのですが、お断りします」
目が点になる倉木さんに、私はもう一度丁重に断った。
「でも、七瀬さんが提示されたご希望の条件を全てクリアされていますよね? 他を探してもこのような男性はめったにいないかと……」
倉木さんの営業スマイルが引きつる。
それから彼女は、こんなに好条件が揃った男がどんなにまれで、女性会員の見合い申込みが殺到している、ということを説明した。
「好条件の方をも選り好みしていると、後がありません」
という余計なアドバイスまで付け加えて。
それでも首を縦に振らない私に、倉木さんが眉を上げる。
「藤原さんは大勢の女性の申込を断られて、七瀬さんに申し込まれたんです。何が気に食わないんですか?」
何が気に食わないって。
この男のせいでクマゾウを失ったのが気に食わない。ずっと大切にしていた思い出の品だったのに。祖母の形見でもあり、お守りでもあったのに。
そんなことを倉木さんに言ったところで、分かってくれそうにない。
「以前会ったことがあって、嫌な思いをさせられたんです」
「お知り合いだったんですねー。だったら尚更です。これはチャンスですよ」
嫌な思いをさせられたという私の発言を無視して、倉木さんはチャンスなどとのたまう。
お見合いの日取りまで聞いてきた。
まるで、「あなたような女に藤原晃成のような男を断る権利はない」と言われているようだった。
なぜ私がこんな目に?
それもこれも、目の前の画面に映る男のせいだった。
あの事件以来、悪いことばかり私に降りかかる。
高所恐怖症は治るどころか、さらに悪化した。
もしかすると、クマゾウを失くしたから悪運が続いているのではないか、とさえ私は思っていた。
このままでは私の気が済まない。
当の本人に、私が納得できるように理由を説明してもらわないと。
クマゾウを蹴った理由を。
高所恐怖症が悪化するに至った理由を。
私にお見合いを申し込んだ理由を。
強いては、私が失業して、同時に彼氏に振られて、元カレと妹が婚約して、訳のわからない結婚相談所に登録して、私が今お見合いを押し付けられている理由を――
藤原晃成とのお見合いは、二日後の日曜日に決まった。
よくよく調べてみると、高い費用の結婚相談所ほどモテないタイプが入会するらしく、それなりにモテる人は高いお金を払ってまで入会しない。そして、ハイクオリティーな男性会員を宣伝している相談所ほど、男性会員は少なく女性会員が多いとあった。
登録した結婚相談所がまさにそのケースだったようで、つくづく運が悪い。
クーリングオフで解約しようにも、既に遅し。
お金を騙し取られたような気分に、結婚相談所からのメールは読まずに全て無視していた。
その後、買い替えたばかりの携帯電話が壊れるなど不運は続き、倉木さんから電話がかかってきたのは、クマゾウの事件から4週間経った晩のことだった。
その晩、就職活動のための履歴書を書き込んでいた私は、気が滅入っていた。
「メールでご連絡した藤原晃成さんの件ですが、考えて頂けたでしょうか?」
気のせいか、倉木さんの事務的な声がハイテンションに聞こえる。
藤原晃成?
聞き覚えのない名前に「誰ですか、そのお方?」とローテンションで聞き返した。
「やはりお読みになってなかったんですね。この方は――」
それから、藤原晃成という華麗なる人物――二十九歳・会社経営者・高収入・長身・ルックスは芸能人並――を倉木さんは語りだした。経営コンサルティング会社を起業し、最近メディアでも取り上げられた人物だと、経歴を事細かく説明する。
要するに、凄い男が入会したので、見合いを申し込めと提案している? と思っていたら。
「その藤原さんが七瀬さんに、お見合いを申し込まれたんですよ」
倉木さんが宝くじの当選を発表するような勢いで言う。
「とにかく本社で写真をご覧になって下さい」
相手のプロフィールはメールで送られてきても、写真は結婚相談所でしか見れない。
「少し考えさせてください」と煮え切らない私に、倉木さんは写真を見ることをしつこく勧め、電話を切った。
これは私を陥れるための何かの罠?
携帯電話の画面に開かれた藤原晃成の紹介書を眺めながら、しばらく考えを巡らせていた。
最近上手くいかないことばかりで、どうもネガティブ思考だ。
藤原晃成という人物はサクラで、結婚相談所が私からさらにお金を巻き上げようとしているとか。
あることないことを考えてしまう。
心が殺伐としている証拠だ。このままではいけない。
藤原晃成なる人物が本物なら、運が上昇しているということだし、ツキは逃せない。
○十万円という高い入会金の元も取らないと。
翌日、最終出社日を終えた私は、白で統一されたスーツに身を包み、澄み切った境地で結婚相談所に挑んだ。
ところが――
「この方です!」
オフホワイトのブライダルな雰囲気のオフィスで、倉木さんに大袈裟なジェスチャーで見せられた写真には、見覚えがある男が映っていた。
忘れもしない、悪魔のような男。
クマゾウを蹴った、あの男だった。
「お断りします」
速攻でお見合いを断った。
よりにもよって、この男だったとは……
あの時の怒りが沸々と湧き上がる。
パソコンの画面から私を見据える男を睨んだ。
「……え? 今、何と?」
「私には勿体ない話で、せっかくなのですが、お断りします」
目が点になる倉木さんに、私はもう一度丁重に断った。
「でも、七瀬さんが提示されたご希望の条件を全てクリアされていますよね? 他を探してもこのような男性はめったにいないかと……」
倉木さんの営業スマイルが引きつる。
それから彼女は、こんなに好条件が揃った男がどんなにまれで、女性会員の見合い申込みが殺到している、ということを説明した。
「好条件の方をも選り好みしていると、後がありません」
という余計なアドバイスまで付け加えて。
それでも首を縦に振らない私に、倉木さんが眉を上げる。
「藤原さんは大勢の女性の申込を断られて、七瀬さんに申し込まれたんです。何が気に食わないんですか?」
何が気に食わないって。
この男のせいでクマゾウを失ったのが気に食わない。ずっと大切にしていた思い出の品だったのに。祖母の形見でもあり、お守りでもあったのに。
そんなことを倉木さんに言ったところで、分かってくれそうにない。
「以前会ったことがあって、嫌な思いをさせられたんです」
「お知り合いだったんですねー。だったら尚更です。これはチャンスですよ」
嫌な思いをさせられたという私の発言を無視して、倉木さんはチャンスなどとのたまう。
お見合いの日取りまで聞いてきた。
まるで、「あなたような女に藤原晃成のような男を断る権利はない」と言われているようだった。
なぜ私がこんな目に?
それもこれも、目の前の画面に映る男のせいだった。
あの事件以来、悪いことばかり私に降りかかる。
高所恐怖症は治るどころか、さらに悪化した。
もしかすると、クマゾウを失くしたから悪運が続いているのではないか、とさえ私は思っていた。
このままでは私の気が済まない。
当の本人に、私が納得できるように理由を説明してもらわないと。
クマゾウを蹴った理由を。
高所恐怖症が悪化するに至った理由を。
私にお見合いを申し込んだ理由を。
強いては、私が失業して、同時に彼氏に振られて、元カレと妹が婚約して、訳のわからない結婚相談所に登録して、私が今お見合いを押し付けられている理由を――
藤原晃成とのお見合いは、二日後の日曜日に決まった。
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