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二
いざお見合いへ
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新緑が眩しい昼下がりだった。
豪華な噴水が流れるホテルのラウンジで、私はコーヒーを飲みながら、ぎこちなく会話を交わしていた。
……お見合いの立ち合いに来た倉木さんと。
「帰ります」
バカバカしくなって腰を浮かした私を、地味な紺のスーツに身を包んだ倉木さんが慌てて止める。
「藤原さんはもうすぐ着くそうですから」
約束の時間から一時間が経とうとしているのに、藤原晃成は一向に現れなかった。
仕事が長引いて、しかも渋滞に巻き込まれたらしい。
日曜日なのに、わざわざ仕事をして立ち寄るなんて、お見合いをなめきっている。
ハイスペックの男は、お見合いに遅れていいとでも思っているとか?
「……お忙しい方のようですね。 結婚後、家族との時間をどう考えているのか、私からお伺いましょうか」
大げさな溜息をつく私に、倉木さんが余計な気を回す。
「結構です。今後、二度と会うことはありませんから」
ニッコリ微笑んだとき。
彼は現れた。
周りの女の子達の視線をさらいながら、悠々と。
遅れたからと言って、息を切らすこともなく、髪一本乱すこともなく、彼の視線は既に私に注がれていた。
「遅れて申し訳ありません」
謝って、私の向かいに座る。
その声は甘い言葉を囁くのが似合いそうだった。
そんな魅惑的な彼がなぜお見合いを?
クマゾウを蹴るだけでは飽き足らず、こうやって私に嫌がらせをしているとか?
ありえなさすぎた。
ウェイトレスの女の子が、頬をピンク色に染めながら彼の注文を取る。
「ゴールデンウィーク早々の渋滞だったそうで、大変でしたね。こちらが――」
紹介し始めた倉木さんが、私を見てギョッとした。
涼しげな態度の彼に対して、私は怒りのオーラをメラメラと燃やしていた。
「お、お二人は既に顔見知りだそうで。紹介は飛ばしますね。いつお会いになったんですか?」
タジタジになりながらも、倉木さんがその場を盛り上げようとする。
藤原晃成が思い出すように、目を細め私を眺めた。
「一か月前の早朝」
忘れたとは言わせない。
私は重々しく口を開いた。
「東尋岬で――」
記憶を引き出すように、ヒントを与える。
この地名で思い出したらしく、
「――ああ、あの時の。道理で見たことがあると……」
と私の怒りの眼光をよそに、彼が自己満足するように一人で頷く。
私が誰だか思い出せなくて気になるから、お見合いを申し込んだだけだったのでは……?
怒りのオーラを増長させる私の前で、ウェイトレスが媚びた笑顔でコーヒーを彼の前に置いた。
「……そこでお二人の間に、何か起こったんですか?」
お見合いらしからぬ空気の中、倉木さんが「お二人」を意味深に強調して、あくまでも「お見合い」を進めようとする。
藤原晃成が素知らぬ顔で、コーヒーを口にした。
「クマのマスコットを蹴ったでしょ?」
思い出せ。自分がした悪質な行為を。
真っ当な正義を振りかざす思いだった。
「……クマのマスコット?」
一瞬の動揺も見逃すまいと見守る私の前で、彼が眉を潜める。
「そう。クマのマスコット」
真剣そのものという私の隣で、笑う所だと勘違いした倉木さんが愛想笑いをした。
「祖母が作ってくれたお守りで、大切な物だったんだけど?」
「そんなもの蹴った覚えはない」
彼の無関心に私を見る目が、不可解なものを見る目つきに変わった。
私は愕然とした。
覚えがない?
クマゾウを無残にも日本海の荒波に蹴り落としておきながら、何も記憶にないと?
心の拠り所だったクマゾウを失い、崖の上に一人取り残された私は動けず、地元の人に救助されるまで何時間も恐怖を味わったというのに。
そのせいで、高所恐怖症は悪化。
さらには、お守りだったクマゾウを失って、仕事を失い、同時に彼氏に振られるし、妹は元カレと結婚するしで、私の人生は急転落したというのに。
覚えがないと。
心の拠り所であり、今まで悪運から守って来てくれたであろうクマゾウを失った私に、彼の答えはあまりにも短く残酷だった。
豪華な噴水が流れるホテルのラウンジで、私はコーヒーを飲みながら、ぎこちなく会話を交わしていた。
……お見合いの立ち合いに来た倉木さんと。
「帰ります」
バカバカしくなって腰を浮かした私を、地味な紺のスーツに身を包んだ倉木さんが慌てて止める。
「藤原さんはもうすぐ着くそうですから」
約束の時間から一時間が経とうとしているのに、藤原晃成は一向に現れなかった。
仕事が長引いて、しかも渋滞に巻き込まれたらしい。
日曜日なのに、わざわざ仕事をして立ち寄るなんて、お見合いをなめきっている。
ハイスペックの男は、お見合いに遅れていいとでも思っているとか?
「……お忙しい方のようですね。 結婚後、家族との時間をどう考えているのか、私からお伺いましょうか」
大げさな溜息をつく私に、倉木さんが余計な気を回す。
「結構です。今後、二度と会うことはありませんから」
ニッコリ微笑んだとき。
彼は現れた。
周りの女の子達の視線をさらいながら、悠々と。
遅れたからと言って、息を切らすこともなく、髪一本乱すこともなく、彼の視線は既に私に注がれていた。
「遅れて申し訳ありません」
謝って、私の向かいに座る。
その声は甘い言葉を囁くのが似合いそうだった。
そんな魅惑的な彼がなぜお見合いを?
クマゾウを蹴るだけでは飽き足らず、こうやって私に嫌がらせをしているとか?
ありえなさすぎた。
ウェイトレスの女の子が、頬をピンク色に染めながら彼の注文を取る。
「ゴールデンウィーク早々の渋滞だったそうで、大変でしたね。こちらが――」
紹介し始めた倉木さんが、私を見てギョッとした。
涼しげな態度の彼に対して、私は怒りのオーラをメラメラと燃やしていた。
「お、お二人は既に顔見知りだそうで。紹介は飛ばしますね。いつお会いになったんですか?」
タジタジになりながらも、倉木さんがその場を盛り上げようとする。
藤原晃成が思い出すように、目を細め私を眺めた。
「一か月前の早朝」
忘れたとは言わせない。
私は重々しく口を開いた。
「東尋岬で――」
記憶を引き出すように、ヒントを与える。
この地名で思い出したらしく、
「――ああ、あの時の。道理で見たことがあると……」
と私の怒りの眼光をよそに、彼が自己満足するように一人で頷く。
私が誰だか思い出せなくて気になるから、お見合いを申し込んだだけだったのでは……?
怒りのオーラを増長させる私の前で、ウェイトレスが媚びた笑顔でコーヒーを彼の前に置いた。
「……そこでお二人の間に、何か起こったんですか?」
お見合いらしからぬ空気の中、倉木さんが「お二人」を意味深に強調して、あくまでも「お見合い」を進めようとする。
藤原晃成が素知らぬ顔で、コーヒーを口にした。
「クマのマスコットを蹴ったでしょ?」
思い出せ。自分がした悪質な行為を。
真っ当な正義を振りかざす思いだった。
「……クマのマスコット?」
一瞬の動揺も見逃すまいと見守る私の前で、彼が眉を潜める。
「そう。クマのマスコット」
真剣そのものという私の隣で、笑う所だと勘違いした倉木さんが愛想笑いをした。
「祖母が作ってくれたお守りで、大切な物だったんだけど?」
「そんなもの蹴った覚えはない」
彼の無関心に私を見る目が、不可解なものを見る目つきに変わった。
私は愕然とした。
覚えがない?
クマゾウを無残にも日本海の荒波に蹴り落としておきながら、何も記憶にないと?
心の拠り所だったクマゾウを失い、崖の上に一人取り残された私は動けず、地元の人に救助されるまで何時間も恐怖を味わったというのに。
そのせいで、高所恐怖症は悪化。
さらには、お守りだったクマゾウを失って、仕事を失い、同時に彼氏に振られるし、妹は元カレと結婚するしで、私の人生は急転落したというのに。
覚えがないと。
心の拠り所であり、今まで悪運から守って来てくれたであろうクマゾウを失った私に、彼の答えはあまりにも短く残酷だった。
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