ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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彼とドライブすることになるなんて!? (1)

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 舗装が剥がれた一車線の砂利道を通り、素掘りトンネルを通り抜け、いくつかの急カーブを曲がると、やがて道路は両脇を樹木に囲まれた真っ直ぐな道に変わった。
 子供の頃、家族でよく来た場所だ。
 懐かしさに浸っていたとき、

「ここら辺はよく来るのか?」

 と彼が聞いてきた。

 運転席を見ると、観察されていたのか、彼の視線が私から離れる。

「両親がアウトドア好きで、子供の頃よく家族でハイキングをしに来たの」

 普通に話しかけられたことに、少し安堵しながら私は答えた。

「それで、ここら辺の地理に詳しいわけだ」

 合点がいったように、彼が頷く。
 それから何も言うことが思いつかず、私の視線が窓に戻った時。

「高所恐怖症なのに、ハイキングはできるのか?」

 彼がまた私に聞いた。

「ここのハイキングコースは穏やかな坂しかないから大丈夫。遠くを見渡せるような見晴らしのいい場所もないし」

 彼に視線を戻して質問に答えた。

「決め手になる景色がないから、ハイキングの醍醐味に欠けて人気がないんだけどね」などの一般情報も付け加えて。
 でも、やっぱり頷くだけの彼に会話が途切れる。

「――藤原さんはあの日、どうして東尋岬にいたの?」

 今度は私が聞いてみた。
 あまり立ち入ったことは聞かなように、当たり障りのない質問を選んで。
 クマゾウを取り返した後は、無関係になる相手だ。

「出張帰りにたまたま近くに来たから寄ってみただけだ。高い場所が好きなんだ。高所恐怖症の君とは違って」

 思いがけず、からかうように、彼が私に笑みを投げかけた。
 その笑みが、私の中でちょっとしたセンセーションを巻き起こす。

 ――危険すぎる。

 血が全身に駆け巡り、心臓にトキメキを引き起こすのを、私は必死で食い止めた。
 彼にしたらちょっとした笑みだろうけど、愛に飢えた女性にとっては魅力的過ぎる。
 私でなかったら、その笑みだけで恋に落ちていたところだった。
 フゥーと額の汗を拭う私を、彼が訝しげに眺める。

「どうして結婚相談所に登録したの?」

 私は唐突に聞いた。立ち入ったことは聞かないと決めていたのにも係わらず。
 これは、彼に会ってから最大の謎だった。
 収入・容貌、共に最高級。
 いい人そうだし、何もしなくても、彼に自ら身を投げる女性は幾らでもいそうだ。
 やっぱり不躾な質問だったのか、彼が迷惑そうな顔をした。

「――仕事関係以外、出会いがない。結婚相談所を使うと、効率良く相手を見つけられるだろ」

 慎重に間をおいた後、彼が答えた。

「仕事関係でしか出会いがないって、仕事上なら出会いがあるってこと? それだったら、別にわざわざ結婚相談所を利用しなくても……」

「仕事とプライベートは分ける主義なんだ。仕事関係での恋愛沙汰はビジネスに支障を来す。先日も取引先の女社長の誘いを断ったために、商談がこじれた。結婚して身を固めようと思ったのも、今後、同じような問題を繰り返さないためだ」

 キッパリ断言する彼の言葉が、私を唖然とさせた。
 同じ問題を繰り返さないために結婚する? それは、つまり――

「それって、女性除けのために結婚するってこと?」

 批判を混じえ確認する私に、それのどこが悪いとばかりに彼が肯定する。

 結婚を何だと思って……

 いい人だと思っていた藤原晃成の印象が一気に崩れた。
 代わって、非常識だという印象が私の中に植え付けられる。
 いくらルックスと収入が良くても、私ならこんな非常識な男性はごめんだ。

 と、そう思ったとき。
 ふと、非常識な印象を与えることこそ狙いなのではないか、と抜け目のなさそうな彼の横顔を見て思いついた。
 本音を暴露することで、私に全く興味がないということを間接的に伝えているとも取れる。
 所詮、彼と私はほぼ初対面。
 しかもお見合いという神経を使う場で出会った以上、なおさら物を直接言うのははばかれる。
 かくいう私もビジネスマンの彼に魅力的に映らないように、派手なアニマル柄のワンピースを着てお見合いに臨んだ。寒いからと、かなり普段着っぽいジャケットと合わせて。
 態度等で本音をチラつかせるのがポイントだ。
 そういうことならと一人で頷き、私も言った。

「実は、私が結婚相談所に登録したのは、元彼以上の男と結婚するためなの。それというのも、妹が私の元彼と結婚することになって……」

 妹と元カレの結婚式で惨めにならないために、元カレに見劣りしないようなルックスと収入のいい男を結婚相談所で手っ取り早く見つけ結婚しようとしている、ということを自虐的なノリで言ってみた。
 私もあなたに気はないから安心して、ということが伝わるように。
 クマゾウ拾いに付き合わせているのは私だし、変に気を使わせたくない。
 今度は彼が呆気に取られたように、一言呟いた。

「最悪だな」

 その言葉だけを聞いたなら、元彼と妹が結婚することが最悪だと同情しているとも取れるし、私の行動が最悪だと批判して言っているとも取れる。

「でしょ? 妹と元彼が結婚するなんて」

 まさか後者ではないだろうと、私は言った。ところが。

「いや、そうじゃなくて。普通、そんな理由で結婚しないだろ」

 彼が容赦なく、真顔でその場のノリを打ち壊す。
 私の顔から笑みが消え去った。
 彼に合わせて暴露したのに、そんな理由でって……

「自分のことを棚に上げて、よくそんなことが言えるわね」

 思ったことををはっきり口にした。

「女性と問題を起こさないために結婚するなんて、あなたこそ常識外れで最悪じゃない」

 本音は間接的に伝えるというお見合いのマナーは、彼が無視した以上、もはや存在しなかった。

「君ほどじゃない」

 私の反論に眉ひとつ動かさず、彼が返す。
 目が点になった。
 私ほどじゃないって。

「私の結婚する理由のどこが、あなたの理由より最悪なのよ?」

実際に彼の理由が私の理由よりましだったら、それは世の中間違っている。

 どうでもいいことに、ムキになってしまった。

「妹の結婚式で見栄を張るためだけに、結婚しようとしているところがだ」

「結婚式だけじゃないわよ。妹と元カレとは一生親戚として、付き合うことになるんだから。一生つきまとう問題が解決できるなら、結婚する価値は十分でしょ。それより、女性除けのために結婚するっていう理由の方が酷過ぎ。結婚は魔除けじゃないんだから」

 会話はあらぬ方向へと向かう。

「大体、元カレを基準に結婚相手を選ぶのも、軽すぎるだろ。ルックスと収入が元カレより良ければそれでいいのか」

「勿論、私が結婚してもいいと思うほど好きになれる相手というのが前提よ。元カレよりいい男を探して、さらにフィーリングがぴったりくる人を見つけられるなら一石二鳥でしょ?」

「そちらこそ――」と反撃しようとした、まさにその瞬間。

 サッと何か大きな物体が道路に飛び込んできた。
 咄嗟に、彼がハンドルを切る。
 衝突を免れた車は道路脇へと逸れ、体勢を整える間もなく、あっという間に傾き止まった。

「大丈夫かっ」

 彼が真青になって、私を見た。
 助手席を下に傾いている車の中で、私はドアに押し付けられていた。

「――今飛び込んできたの、何?」

 ドキドキする胸に手を当て、息を整える。

「イノシシだ」

 私の様子を見守りながら、彼が答えた。

「イノシシ?」

 ここら辺で育ったけど、イノシシなんて見たことも聞いたこともない。
 そんなものが、よりにもよって何でこんな時に……

「怪我はないか?」

 体を起こそうとする私の背に、彼が手を貸そうと、ごく自然な動作で腕を回した――
 途端に置かれた状況を忘れさせるような、言いようのないこそばゆさが走る。

「だ、大丈夫だから」

 慌てて彼の腕から体を離した。
 彼がバツが悪そうに顔を逸らす。
 気を取り直すように息を付くと、車のドアを開けて外に出た。

 差し出された彼の手を断り、運転席のドアから脱出すると――
 BMWでもポルシェでもない高級車っぽい車は、自然に出来た溝のような窪に三十度の角度ではまっていた。
 助手席側の前輪と後輪がスッポリ溝に落ちてしまっている。

「駄目だな。これは」

 木の枝を脱輪したタイヤにかませようと試みた彼があきらめる。
 ポケットからスマートフォンを取り出すなり、舌打ちをした。

「圏外だ。君のは?」

 私の携帯電話もシグナルバーは、見事にゼロだった。
 首を振る私に、彼が大きく溜息を漏らす。

「他の車が通るのを待つしかない」

 こんな事態になるなんて……

 それから一時間が経過。
 車は一つも通らなかった。
 道路脇で車が通ることを念じながら立つ私に対して、彼はというと、後方の倒れた木の幹に座ってパソコンで何か作業をしていた。

 それからさらに三十分が経過。
 やっぱり車は一つも通らなかった。
 地元の人間でもめったに使わない裏道を使ったのが、裏目に出てしまった。
 私がこの道を提案しなければ、イノシシに遭遇することもなかったのに……
 事故の責任を感じる。
 だからと言ってどうすることも出来ず、夕焼けに染まる空に途方に暮れていた。

「これ以上待っても無駄だ。暗くなる前に、場所を移動した方がいい」

 彼がパタンとパソコンを閉じた。
 私に近づくと、スマートフォンの地図で現在地を見せた。

「この道路は山を迂回していて、徒歩で移動するには時間が掛かり過ぎる。ハイキングコースで下山すると、どのくらい時間が掛かる?」

「ここからだと、多分四十分から五十分……」

「案内してくれるか?」という彼の言葉で、私は彼とハイキングコースへ向った。
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