ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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彼と実家へ行くことになるなんて!? (3)

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 テーブルに父が既に座っていた。
 先ほどまでは甚平を着ていたはずなのに、スーツを着ている。
 ゴールデンウィークで仕事は休みなはず。
 普段は温和な父が、厳格に構えていた。

 まさか、これは本当に……

 横目でチラッと伺うと、彼も予想外にあらたまった空気に、少し面食らっている様子だ。
 父の真向かいに私が座ると、彼が私の横に座り、母がお茶を一人一人の前に置いて、彼の向かいに座った。

 実家でドレスを着ている私に、隣でスーツを着ている彼と、自分の家で正装をして畏まっている父と母。

 開け放された縁側の向こうでは、隣のおばさんが花に水をやりながら、こちらを伺っている。

「急に押しかけた上に、お昼までご馳走になることになって恐縮です」

 静まり返る中、彼が礼儀正しく謝った。

「いいえ、全然。何か事情があったんですってね」

 にこやかに答える母に、ジロリと彼を眺めるだけの父。
 私の胃がひっくり返りそうになる。

「そ、そのことなんだけど――」

「あら、いいわよ。それは後で。まず、食べましょ。藤原さん、仕事が終わったばかりでお腹が空いているでしょ?」

 母に遮られ、何もいい説明が考え付かない私は黙る。
「頂きます」と箸を取る彼に、父は無愛想ながらも「ま、ビールでも」と瓶ビールを差し出した。

「この後、運転するので」

「地ビールなんですが……そうですか、残念。このビールの開発には私も少し関わりましてね」

 断る彼に、父が嫌味のように呟く。

「お父さんたら。この人、地ビールが自慢なんですよ」

 母がホホホとマダムのように笑った。

「少しだけ頂きます」

 サッと彼がグラスを差し出す。
 私と母のグラスにもビールが注がれた後、「乾杯」と盛り上がりに欠けながら、コツンとグラスを当て合った。
 どう転ぶか分からない状況で、無難な会話も思いつかず、私は玉子焼きをお皿に寄せる。
 彼がビールを口にした。

「フレッシュな柑橘系の香り……それでいてしっかりした苦味があるエールですね」

ビールごときに、ソムリエのような感想を言う。

「まー」と母が感心する。

「そう、そうなんですよ。このビールは香りと苦味のバランスが絶妙にいい」

 父が身を乗り出す。

「日本ビアカップで金賞には及ばなかったものの、銀賞を受賞したことがあるビールなんですよ」

 父の顔が一気に緩み、得意になって地ビールの解説を始めた。
 生い立ちから原料の解説まで父が語ると、彼も過去にヨーロッパで飲んだビールと比べて味を褒める。
 話題は日本酒や洋酒まで及び、この場をやり過ごすことに神経を使う私をよそに、父と彼は盛り上がっていた。

 お酒にこだわる人なんだ。
 父に似た彼の新たな一面に、少し胸が緩む。

 お寿司も残り少なくなり、くだけた雰囲気の中で食事が一段落した頃――

「いやあ、今日は一緒に飲めないのが惜しい。今度来るときは、ぜひじっくりお酒を飲みたいもんですな」

 ホロ酔い気分の父が、「今度」と未来を示唆する言葉をポロっと漏らした。
 満腹になり油断していた私の胃に、緊張の一撃が走った。

 母がソワソワとお皿を片付け始める。
 手伝おうとすると、「いいから。あなたは座ってて」と母に主賓扱いされた。
 曖昧な説明で押し通せるとは思ってなかったけど、これは……

 不吉な予感が募る。
 母がコーヒーを出し終わるのを合図に、彼の出身地の話題で盛り上がっていた会話も止んだ。
 正座で座る母が肘で父を突くと、父もわざとらしく咳をしながら正座に座り直す。
 さあ重大な発表をしてちょうだい、といわんばかりに。

「……まさか結婚の挨拶をしに来た、なんて思ってないよね?」

 恐る恐る私は聞いた。
 数秒の遅れがあって、「あら、違うの?」と母がボソッと聞き返す。

「勘違いさせたみたいだけど、付き合ってもないし」

 チラッと彼の反応を伺った。
 父と母の視線も、事実を確認するように彼に移る。

「確かに、付き合っていません」

 彼があっさり否定した。
 ちょっとでも答えに困るとか、少しでも未来をほのめかすとか、そんなことを私は期待していたのかもしれない。
 告白して振られたわけでもないのに、ズキっと胸が痛んだ。

「そんなこったろうと思ったよ」

 しんみりした空気を一蹴するように、父が笑いながら足を崩す。

「でも、ドレスに着替えたじゃない」

 母はまだ姿勢を崩さない。

「着替えが他になかったから、ドレスに着替えただけ。藤原さんがスーツ着ているのに、ジャージじゃおかしいと思って。ドレスに着替えただけで、勘違いしたの?」

「違うわよ。それと、あんたは昔から驚かせるのが、好きだったじゃない? ほら、びっくりパーティーとか。千夏の誕生日に、周りにまで誕生日を忘れた振りをさせて。手が込んでたわよ。沢田さんの奥さんもそれを覚えてて、結婚の挨拶もびっくりさせるつもりよ、なんて脅かすものだから……」

 やっぱりあの時か。
 玄関先で聞こえた母と近所のおばさんの会話を思い出した。

「それは小学生のときでしょ。結婚の挨拶なんかで驚かせるほど、非常識じゃないわよ」

 私と母のやり取りに、彼から笑いが漏れる。

「この間もねえ」

 ちょっと聞いてよという手振りで、母が彼に話しかける。

「高所恐怖症なのに東尋岬にふらっと行って、地元の人に救助されて帰ってきたのよ。たまげたのなんのって。近所中で話題になってたのよ。ねえ、お父さん」

「わしは近所の噂など知らんぞ」

 父はすっかりリラックスして、「わし」と言葉が普段通りに戻っている。

「それは僕の不注意で――」

 説明しようとする彼の袖を掴み、私は目配せをして止めた。
 私とのことは一切言わないで、とヒソヒソと彼に顔を近づけて囁く。

「本当に付き合ってないの?」

 私と彼を交互に眺めながら、母が聞いた。

「付き合ってない。本当に、正真正銘」

「これ以上無理には聞かないけど…… 会社の経営者っていうから、巧ちゃんの紹介で付き合っているのかと思ったわ」

 母はまだ納得しきれないようだ。

「巧って、今朝ラインを送ってきた――?」

 彼がすかさず聞く。

「そう。幼馴染で大学も一緒だったから、今でも親友なの」

 私が言うと、何故か彼が含み笑いをする。

「巧君は、あのチェリーホールディングスを創立した佐倉権三郎のお孫さんよ。この子の前の彼氏は巧ちゃんの従兄弟で、元はと言えば巧ちゃんの紹介で付き合ったのよね」

「そんな余計な説明はいいから」

 母に元彼のことを引き出され、心臓が飛び上がった。

「そう言えば、千夏から何か聞いてる?」

 避けられない話題だし、私は覚悟を決めて聞いた。

「何かって、何?」

「結婚とか――?」

「何? 千夏にそういう話があるのか?」

 父が慌てる。

 千夏はまだ父と母に言ってない?

「あー違う違う。結婚の話はまだないの?って聞きたかったの」

「なんだ」と父が安堵する。

「全然よ。あの子ももうすぐ二十五歳になるというのに、何やっているのかしら。付き合っている人がいるとも聞いたことないし」

 母がため息をつく。

 千夏は私から何か言ってくるのを待っているのだろうか?

「勘違いして、ごめんなさいね。私ったらせっかちで、失礼なことを……」

 母がペコペコ頭を下げ、彼も「こちらこそ、突然お邪魔して」と頭を下げる。

 お昼を過ぎて、私と彼は東尋岬に向かった。
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