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四
彼と実家へ行くことになるなんて!? (3)
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テーブルに父が既に座っていた。
先ほどまでは甚平を着ていたはずなのに、スーツを着ている。
ゴールデンウィークで仕事は休みなはず。
普段は温和な父が、厳格に構えていた。
まさか、これは本当に……
横目でチラッと伺うと、彼も予想外にあらたまった空気に、少し面食らっている様子だ。
父の真向かいに私が座ると、彼が私の横に座り、母がお茶を一人一人の前に置いて、彼の向かいに座った。
実家でドレスを着ている私に、隣でスーツを着ている彼と、自分の家で正装をして畏まっている父と母。
開け放された縁側の向こうでは、隣のおばさんが花に水をやりながら、こちらを伺っている。
「急に押しかけた上に、お昼までご馳走になることになって恐縮です」
静まり返る中、彼が礼儀正しく謝った。
「いいえ、全然。何か事情があったんですってね」
にこやかに答える母に、ジロリと彼を眺めるだけの父。
私の胃がひっくり返りそうになる。
「そ、そのことなんだけど――」
「あら、いいわよ。それは後で。まず、食べましょ。藤原さん、仕事が終わったばかりでお腹が空いているでしょ?」
母に遮られ、何もいい説明が考え付かない私は黙る。
「頂きます」と箸を取る彼に、父は無愛想ながらも「ま、ビールでも」と瓶ビールを差し出した。
「この後、運転するので」
「地ビールなんですが……そうですか、残念。このビールの開発には私も少し関わりましてね」
断る彼に、父が嫌味のように呟く。
「お父さんたら。この人、地ビールが自慢なんですよ」
母がホホホとマダムのように笑った。
「少しだけ頂きます」
サッと彼がグラスを差し出す。
私と母のグラスにもビールが注がれた後、「乾杯」と盛り上がりに欠けながら、コツンとグラスを当て合った。
どう転ぶか分からない状況で、無難な会話も思いつかず、私は玉子焼きをお皿に寄せる。
彼がビールを口にした。
「フレッシュな柑橘系の香り……それでいてしっかりした苦味があるエールですね」
ビールごときに、ソムリエのような感想を言う。
「まー」と母が感心する。
「そう、そうなんですよ。このビールは香りと苦味のバランスが絶妙にいい」
父が身を乗り出す。
「日本ビアカップで金賞には及ばなかったものの、銀賞を受賞したことがあるビールなんですよ」
父の顔が一気に緩み、得意になって地ビールの解説を始めた。
生い立ちから原料の解説まで父が語ると、彼も過去にヨーロッパで飲んだビールと比べて味を褒める。
話題は日本酒や洋酒まで及び、この場をやり過ごすことに神経を使う私をよそに、父と彼は盛り上がっていた。
お酒にこだわる人なんだ。
父に似た彼の新たな一面に、少し胸が緩む。
お寿司も残り少なくなり、くだけた雰囲気の中で食事が一段落した頃――
「いやあ、今日は一緒に飲めないのが惜しい。今度来るときは、ぜひじっくりお酒を飲みたいもんですな」
ホロ酔い気分の父が、「今度」と未来を示唆する言葉をポロっと漏らした。
満腹になり油断していた私の胃に、緊張の一撃が走った。
母がソワソワとお皿を片付け始める。
手伝おうとすると、「いいから。あなたは座ってて」と母に主賓扱いされた。
曖昧な説明で押し通せるとは思ってなかったけど、これは……
不吉な予感が募る。
母がコーヒーを出し終わるのを合図に、彼の出身地の話題で盛り上がっていた会話も止んだ。
正座で座る母が肘で父を突くと、父もわざとらしく咳をしながら正座に座り直す。
さあ重大な発表をしてちょうだい、といわんばかりに。
「……まさか結婚の挨拶をしに来た、なんて思ってないよね?」
恐る恐る私は聞いた。
数秒の遅れがあって、「あら、違うの?」と母がボソッと聞き返す。
「勘違いさせたみたいだけど、付き合ってもないし」
チラッと彼の反応を伺った。
父と母の視線も、事実を確認するように彼に移る。
「確かに、付き合っていません」
彼があっさり否定した。
ちょっとでも答えに困るとか、少しでも未来をほのめかすとか、そんなことを私は期待していたのかもしれない。
告白して振られたわけでもないのに、ズキっと胸が痛んだ。
「そんなこったろうと思ったよ」
しんみりした空気を一蹴するように、父が笑いながら足を崩す。
「でも、ドレスに着替えたじゃない」
母はまだ姿勢を崩さない。
「着替えが他になかったから、ドレスに着替えただけ。藤原さんがスーツ着ているのに、ジャージじゃおかしいと思って。ドレスに着替えただけで、勘違いしたの?」
「違うわよ。それと、あんたは昔から驚かせるのが、好きだったじゃない? ほら、びっくりパーティーとか。千夏の誕生日に、周りにまで誕生日を忘れた振りをさせて。手が込んでたわよ。沢田さんの奥さんもそれを覚えてて、結婚の挨拶もびっくりさせるつもりよ、なんて脅かすものだから……」
やっぱりあの時か。
玄関先で聞こえた母と近所のおばさんの会話を思い出した。
「それは小学生のときでしょ。結婚の挨拶なんかで驚かせるほど、非常識じゃないわよ」
私と母のやり取りに、彼から笑いが漏れる。
「この間もねえ」
ちょっと聞いてよという手振りで、母が彼に話しかける。
「高所恐怖症なのに東尋岬にふらっと行って、地元の人に救助されて帰ってきたのよ。たまげたのなんのって。近所中で話題になってたのよ。ねえ、お父さん」
「わしは近所の噂など知らんぞ」
父はすっかりリラックスして、「わし」と言葉が普段通りに戻っている。
「それは僕の不注意で――」
説明しようとする彼の袖を掴み、私は目配せをして止めた。
私とのことは一切言わないで、とヒソヒソと彼に顔を近づけて囁く。
「本当に付き合ってないの?」
私と彼を交互に眺めながら、母が聞いた。
「付き合ってない。本当に、正真正銘」
「これ以上無理には聞かないけど…… 会社の経営者っていうから、巧ちゃんの紹介で付き合っているのかと思ったわ」
母はまだ納得しきれないようだ。
「巧って、今朝ラインを送ってきた――?」
彼がすかさず聞く。
「そう。幼馴染で大学も一緒だったから、今でも親友なの」
私が言うと、何故か彼が含み笑いをする。
「巧君は、あのチェリーホールディングスを創立した佐倉権三郎のお孫さんよ。この子の前の彼氏は巧ちゃんの従兄弟で、元はと言えば巧ちゃんの紹介で付き合ったのよね」
「そんな余計な説明はいいから」
母に元彼のことを引き出され、心臓が飛び上がった。
「そう言えば、千夏から何か聞いてる?」
避けられない話題だし、私は覚悟を決めて聞いた。
「何かって、何?」
「結婚とか――?」
「何? 千夏にそういう話があるのか?」
父が慌てる。
千夏はまだ父と母に言ってない?
「あー違う違う。結婚の話はまだないの?って聞きたかったの」
「なんだ」と父が安堵する。
「全然よ。あの子ももうすぐ二十五歳になるというのに、何やっているのかしら。付き合っている人がいるとも聞いたことないし」
母がため息をつく。
千夏は私から何か言ってくるのを待っているのだろうか?
「勘違いして、ごめんなさいね。私ったらせっかちで、失礼なことを……」
母がペコペコ頭を下げ、彼も「こちらこそ、突然お邪魔して」と頭を下げる。
お昼を過ぎて、私と彼は東尋岬に向かった。
先ほどまでは甚平を着ていたはずなのに、スーツを着ている。
ゴールデンウィークで仕事は休みなはず。
普段は温和な父が、厳格に構えていた。
まさか、これは本当に……
横目でチラッと伺うと、彼も予想外にあらたまった空気に、少し面食らっている様子だ。
父の真向かいに私が座ると、彼が私の横に座り、母がお茶を一人一人の前に置いて、彼の向かいに座った。
実家でドレスを着ている私に、隣でスーツを着ている彼と、自分の家で正装をして畏まっている父と母。
開け放された縁側の向こうでは、隣のおばさんが花に水をやりながら、こちらを伺っている。
「急に押しかけた上に、お昼までご馳走になることになって恐縮です」
静まり返る中、彼が礼儀正しく謝った。
「いいえ、全然。何か事情があったんですってね」
にこやかに答える母に、ジロリと彼を眺めるだけの父。
私の胃がひっくり返りそうになる。
「そ、そのことなんだけど――」
「あら、いいわよ。それは後で。まず、食べましょ。藤原さん、仕事が終わったばかりでお腹が空いているでしょ?」
母に遮られ、何もいい説明が考え付かない私は黙る。
「頂きます」と箸を取る彼に、父は無愛想ながらも「ま、ビールでも」と瓶ビールを差し出した。
「この後、運転するので」
「地ビールなんですが……そうですか、残念。このビールの開発には私も少し関わりましてね」
断る彼に、父が嫌味のように呟く。
「お父さんたら。この人、地ビールが自慢なんですよ」
母がホホホとマダムのように笑った。
「少しだけ頂きます」
サッと彼がグラスを差し出す。
私と母のグラスにもビールが注がれた後、「乾杯」と盛り上がりに欠けながら、コツンとグラスを当て合った。
どう転ぶか分からない状況で、無難な会話も思いつかず、私は玉子焼きをお皿に寄せる。
彼がビールを口にした。
「フレッシュな柑橘系の香り……それでいてしっかりした苦味があるエールですね」
ビールごときに、ソムリエのような感想を言う。
「まー」と母が感心する。
「そう、そうなんですよ。このビールは香りと苦味のバランスが絶妙にいい」
父が身を乗り出す。
「日本ビアカップで金賞には及ばなかったものの、銀賞を受賞したことがあるビールなんですよ」
父の顔が一気に緩み、得意になって地ビールの解説を始めた。
生い立ちから原料の解説まで父が語ると、彼も過去にヨーロッパで飲んだビールと比べて味を褒める。
話題は日本酒や洋酒まで及び、この場をやり過ごすことに神経を使う私をよそに、父と彼は盛り上がっていた。
お酒にこだわる人なんだ。
父に似た彼の新たな一面に、少し胸が緩む。
お寿司も残り少なくなり、くだけた雰囲気の中で食事が一段落した頃――
「いやあ、今日は一緒に飲めないのが惜しい。今度来るときは、ぜひじっくりお酒を飲みたいもんですな」
ホロ酔い気分の父が、「今度」と未来を示唆する言葉をポロっと漏らした。
満腹になり油断していた私の胃に、緊張の一撃が走った。
母がソワソワとお皿を片付け始める。
手伝おうとすると、「いいから。あなたは座ってて」と母に主賓扱いされた。
曖昧な説明で押し通せるとは思ってなかったけど、これは……
不吉な予感が募る。
母がコーヒーを出し終わるのを合図に、彼の出身地の話題で盛り上がっていた会話も止んだ。
正座で座る母が肘で父を突くと、父もわざとらしく咳をしながら正座に座り直す。
さあ重大な発表をしてちょうだい、といわんばかりに。
「……まさか結婚の挨拶をしに来た、なんて思ってないよね?」
恐る恐る私は聞いた。
数秒の遅れがあって、「あら、違うの?」と母がボソッと聞き返す。
「勘違いさせたみたいだけど、付き合ってもないし」
チラッと彼の反応を伺った。
父と母の視線も、事実を確認するように彼に移る。
「確かに、付き合っていません」
彼があっさり否定した。
ちょっとでも答えに困るとか、少しでも未来をほのめかすとか、そんなことを私は期待していたのかもしれない。
告白して振られたわけでもないのに、ズキっと胸が痛んだ。
「そんなこったろうと思ったよ」
しんみりした空気を一蹴するように、父が笑いながら足を崩す。
「でも、ドレスに着替えたじゃない」
母はまだ姿勢を崩さない。
「着替えが他になかったから、ドレスに着替えただけ。藤原さんがスーツ着ているのに、ジャージじゃおかしいと思って。ドレスに着替えただけで、勘違いしたの?」
「違うわよ。それと、あんたは昔から驚かせるのが、好きだったじゃない? ほら、びっくりパーティーとか。千夏の誕生日に、周りにまで誕生日を忘れた振りをさせて。手が込んでたわよ。沢田さんの奥さんもそれを覚えてて、結婚の挨拶もびっくりさせるつもりよ、なんて脅かすものだから……」
やっぱりあの時か。
玄関先で聞こえた母と近所のおばさんの会話を思い出した。
「それは小学生のときでしょ。結婚の挨拶なんかで驚かせるほど、非常識じゃないわよ」
私と母のやり取りに、彼から笑いが漏れる。
「この間もねえ」
ちょっと聞いてよという手振りで、母が彼に話しかける。
「高所恐怖症なのに東尋岬にふらっと行って、地元の人に救助されて帰ってきたのよ。たまげたのなんのって。近所中で話題になってたのよ。ねえ、お父さん」
「わしは近所の噂など知らんぞ」
父はすっかりリラックスして、「わし」と言葉が普段通りに戻っている。
「それは僕の不注意で――」
説明しようとする彼の袖を掴み、私は目配せをして止めた。
私とのことは一切言わないで、とヒソヒソと彼に顔を近づけて囁く。
「本当に付き合ってないの?」
私と彼を交互に眺めながら、母が聞いた。
「付き合ってない。本当に、正真正銘」
「これ以上無理には聞かないけど…… 会社の経営者っていうから、巧ちゃんの紹介で付き合っているのかと思ったわ」
母はまだ納得しきれないようだ。
「巧って、今朝ラインを送ってきた――?」
彼がすかさず聞く。
「そう。幼馴染で大学も一緒だったから、今でも親友なの」
私が言うと、何故か彼が含み笑いをする。
「巧君は、あのチェリーホールディングスを創立した佐倉権三郎のお孫さんよ。この子の前の彼氏は巧ちゃんの従兄弟で、元はと言えば巧ちゃんの紹介で付き合ったのよね」
「そんな余計な説明はいいから」
母に元彼のことを引き出され、心臓が飛び上がった。
「そう言えば、千夏から何か聞いてる?」
避けられない話題だし、私は覚悟を決めて聞いた。
「何かって、何?」
「結婚とか――?」
「何? 千夏にそういう話があるのか?」
父が慌てる。
千夏はまだ父と母に言ってない?
「あー違う違う。結婚の話はまだないの?って聞きたかったの」
「なんだ」と父が安堵する。
「全然よ。あの子ももうすぐ二十五歳になるというのに、何やっているのかしら。付き合っている人がいるとも聞いたことないし」
母がため息をつく。
千夏は私から何か言ってくるのを待っているのだろうか?
「勘違いして、ごめんなさいね。私ったらせっかちで、失礼なことを……」
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