ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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彼とようやく… (3)

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 人影がない夜の歩道を、彼と手を繋いで歩いていた。
 赤く点滅する、車が通らない交差点の信号が、見慣れない幻想的な雰囲気を醸し出す。
 私と彼しかいない静かな世界に浸っていた。

「……プレゼントされた下着、着るつもりなのか」

 突如、彼が唐突な質問で、静寂を破る。

「え?」

 一気に現実に引き戻された。

「あいつから下着をもらっただろ」

 淡々と聞きながらも、彼は眉間に皺を寄せている。
 やっぱり彼に聞かれていた。
 巧をあいつ呼ばわりする彼に、プレゼントを快く受け取るべきじゃなかったと後悔した。

「どうして、君のサイズをあいつが知っているんだ?」

「学生時代、巧の家族割引で買える安い下着に目が眩んで、つい教えたの。でも、誤解しないで。巧にとって、女性の下着は単なる会社の商品で、変な下心は全くないから」

 私の言い訳に納得したのかしていないのか、彼は何も言わなかった。
 沈黙のまま、異様に明るい二十四時間営業のドラッグストアを通り過ぎて、閉店したお洒落なカフェの前を通り過ぎる。
 下着を最低限しか揃えていないから入用だった、なんてふところ事情は明かしたくない。
 これ以上どう弁明しようかと頭を悩ませていると、

「――で、その下着を着るのか?」

 と、彼が聞いてきた。
 思わず顔がカァーと熱くなる。
 下着を着るのかって。
 まだキスもろくにしていない彼に、そんな質問をされるなんて。

「……着ない」

 そんな自分の発言さえ、恥ずかしくなる。
 今こここで彼にあのことを伝えないと。

「藤原さんのマンションに行く前に 、話があるんだけど」

 私は立ち止まると、彼の手を離した。
 夜風が強く吹き、ザワっと道路沿いの木の枝を揺らす。
 急に態度を改めた私を、彼は興味深そうに見守っていた。

「藤原さんとはまだ出会ったばかりだし、お互いのことをまず知ることを優先して、信頼関係を築き上げるべきだと思うの」

 私は堅い正論を言ってのけた。

「――それは、俺も思っていたことだ」

 彼も真剣な面持ちで言う。

「付き合ったなりに、藤原さんのマンションに泊まらせてもらうことになったけど……つまり……体の関係は待って欲しいの。ゆっくり時間を掛けて、関係を深めていけたらいいなと……」

 言っている途中で、大きなトラックが通る。
「体の関係」と言う部分が、トラックの音に掻き消されたことに気づかなかった。

「そうだな。将来のことも考えて、気長に行こう」

 彼が思いがけず、将来という言葉を使う。
 結婚相談所で出会ったのだから、当然と言えば当然かもしれない。
 でも、私はその一言で、浮かれてしまった。
 私の気持ちを彼が受け止めてくれている。

「ありがとう」

 私は胸を撫で下ろした。
  
 ――ところが。
 胸をときめかしながら彼の後に続いて、細長いマンションに足を踏み入れた私はある疑問を感じた。

 セキュリティがしっかりした二重のエントランスドアに続いて、和モダンなロビーがある。
 砂利と石のオブジェまで置かれたロビーの向こう側には内廊下あって、奥に玄関のドアが二つ並んでいた。
 外からの印象では、中が広そうな建物ではなかった。
 その空間をロビーや二つの部屋で区切ってしまうと、各部屋の広さがそんなに……

 彼が右側のドアの鍵を開ける。
 彼に促され中に入るなり、いきなり窓際に置かれたベッドが目に飛び込んできた。

 玄関脇にはカウンターで仕切られたキッチン、反対側にはトイレとバスルームと思しきドア。
 全ての生活を一部屋だけで完結させるこの空間は、まさかの――

「ワンルームマンションだったなんて」

 衝撃的な事実に、開いた口が塞がらなかった。
 高収入だから、てっきり巧のように3LDKのマンションに住んでるものだと……

「ああ、言い忘れた。仕事から帰ると、寝るだけだからな。余計なものがないワンルームの方が都合がいい」
 
 背後でドアを閉める彼が、上の空のように呟く。
 そして、私の身体に背後から腕を回すと、首筋に唇を這わせた。
 肩からバッグが滑り落ち、力なく彼の腕に陥る私の唇を彼が防いだ。
 何度も唇を重ね、キスをさらに深くして、私の身体を強く抱きしめる。
 彼の抱擁に溶け込む私を、いつの間にか彼が靴を脱がせ、お姫様抱っこした。

 ――ベッドのきしむ音で我に返る。 

「話が違う」

 彼の胸に手を当てて、私に覆い被さる彼を止めた。
 ブツッと急に音楽が止まるように、その場の空気が急激に冷める。

「何の話だ?」

 私の真上で彼が聞いた。
 彼の両手は私の顔に両脇に添えられ、私の太ももは彼の膝に挟まれている。
 彼の整った目が熱を帯び、私を見つめていた。 

「関係をゆっくりと進めて行きたいっていう話。体の関係は気長に待ってくれるんじゃなかったの? マンションに入る直前、そういう話をしたじゃない」

「……あれはセックスの話だったのか?」 

 体勢を変えずセックスとはっきり言う彼に、私は居心地の悪く身じろぎする。

「……じゃなかったら、何の話だと?」

「単なる信頼関係のことを言っているのかと……」

 とにかく、このポジションはちょっと……
 暫しの間があって、彼が私から身体を起こした。

「ごめんなさい。曖昧な言い方をしてしまって」
 
 私は身体を起こし、ベッドの上で改まる。
 ベッドが私と彼の間で、不自然に揺れた。

「やっぱり、今からでも巧のマンションに戻った方が――」

 ベッドから降り立つ私の手首を彼が掴む。

「その必要はない」

「――え?」

 振り返る私に、彼が宣言する。

「君がその気になるまで、手を出さないと誓う。だから――」

 彼の私を見る熱い眼差しに、ドキッとした。

「ここにいてくれないか」

 彼が私を引き寄せ、優しく抱きしめる。

 これは我儘?
 ワンルームマンションという密室で、彼に無理難題を押し付けているのは、十分承知している。
 それなのに、彼と一緒にいたかった。

「大丈夫だ。抱きしめる以上のことは、何もしない――」

 彼が私の耳元にそっと囁く。
 甘い痺れが身体を駆け巡った。
 野宿した夜に感じた痺れと同じ――
 酔いしれるように目を閉じ、私は頷いた。
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