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九
婚約 (2)
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「この前言っていたアパートの件だけど、実はもう契約を済ませてしまったの。だから、しばらく離れて暮らそうと思っているんだけど」
ベッドの上で、彼と裸のまま抱き合ったまま、私は言った。
「いつ契約したんだ?」
彼が体を起こす。
「先週の金曜日。もう敷金と礼金、家賃も払って、いつでも入居できる状態なの」
「だとしても、違約金を払えば、キャンセルできる」
自身も家主である彼が、当然のごとく言う。
「え? アパートに住めば済む話だし、違約金を払うつもりは……」
私もシーツを身体に覆いながら、起き上がる。
「引っ越しする必要はない。違約金は俺が払う」
「そんなつもりじゃ……ここを出ていくのは、契約を済ませてしまったからという理由ではなくて、元々火事の件で、私が落ち着くまで居候させてもらう話だったからなの。保険金も入って、一応落ち着いたから、そろそろ出て行こうかなと」
「婚約したんだ。そんな気兼ねはいらないだろ」
彼はベッドから立ち上がると、パジャマを羽織り、ノートパソコンを取り出す。
「そうなんだけど……」と反論しかけ、仕事をし始めた彼を見て止めた。
私もベッドから立ち上がると、パジャマを着る。
バスルームで歯を磨くと、デスクでパソコンの画面に集中する彼の額に、おやすみのキスを落とす。立ち去ろうとした私のウェストに彼が腕を回し、私を膝の上に乗せた。
「大手の銀行から契約が取れそうなんだ」
嬉しそうに、彼が言う。
彼が仕事の話をすることは滅多にない。
プライベートと仕事を分けたいからなのか、話しても私には分からないと思っているからなのか。
「へえ」
言ってしまってから、もっと気が利いた返し方はできなかったのかと、と心の中でぺチッと自分の頬を叩く。
「その銀行が海外進出するの?」
彼の会社について知っている限りの浅い知識を基に、私は質問をした。
やっぱり幼稚な質問だったのか、彼が笑みを浮かべる。
「うちの会社は企業の海外進出を支援するだけではなく、既に進出している企業のニーズにも対応しているんだ。詳しいことは企業秘密で言えないが、この銀行は既に海外にいくつか支店があって、問題を抱えている支店のサポートを依頼したいらしい」
大手の銀行がクライアントになると、会社の信頼度がグンと上がるのだろうな、と私なりに分析する。
「……そう言えば、結婚式の具体的なプランを話し合わないとな。式を挙げず、入籍するのもありだが――」
彼が話題を変える。
結婚式という言葉に、高所に立っているような、足元が頼りないソワソワした感覚を覚えた。
「その話は後にしない? まだ夜中だし」
そう言うと、私は彼の膝から立ち上がり、ベッドに向かう。
たかが結婚式のプランを話し合うだけで、感じたあの感覚は何?
彼のキーボードを打つ音が、部屋の中に聞こえ始める。
自分でも答えがわからないまま、私は眠りに落ちた。
ベッドの上で、彼と裸のまま抱き合ったまま、私は言った。
「いつ契約したんだ?」
彼が体を起こす。
「先週の金曜日。もう敷金と礼金、家賃も払って、いつでも入居できる状態なの」
「だとしても、違約金を払えば、キャンセルできる」
自身も家主である彼が、当然のごとく言う。
「え? アパートに住めば済む話だし、違約金を払うつもりは……」
私もシーツを身体に覆いながら、起き上がる。
「引っ越しする必要はない。違約金は俺が払う」
「そんなつもりじゃ……ここを出ていくのは、契約を済ませてしまったからという理由ではなくて、元々火事の件で、私が落ち着くまで居候させてもらう話だったからなの。保険金も入って、一応落ち着いたから、そろそろ出て行こうかなと」
「婚約したんだ。そんな気兼ねはいらないだろ」
彼はベッドから立ち上がると、パジャマを羽織り、ノートパソコンを取り出す。
「そうなんだけど……」と反論しかけ、仕事をし始めた彼を見て止めた。
私もベッドから立ち上がると、パジャマを着る。
バスルームで歯を磨くと、デスクでパソコンの画面に集中する彼の額に、おやすみのキスを落とす。立ち去ろうとした私のウェストに彼が腕を回し、私を膝の上に乗せた。
「大手の銀行から契約が取れそうなんだ」
嬉しそうに、彼が言う。
彼が仕事の話をすることは滅多にない。
プライベートと仕事を分けたいからなのか、話しても私には分からないと思っているからなのか。
「へえ」
言ってしまってから、もっと気が利いた返し方はできなかったのかと、と心の中でぺチッと自分の頬を叩く。
「その銀行が海外進出するの?」
彼の会社について知っている限りの浅い知識を基に、私は質問をした。
やっぱり幼稚な質問だったのか、彼が笑みを浮かべる。
「うちの会社は企業の海外進出を支援するだけではなく、既に進出している企業のニーズにも対応しているんだ。詳しいことは企業秘密で言えないが、この銀行は既に海外にいくつか支店があって、問題を抱えている支店のサポートを依頼したいらしい」
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「……そう言えば、結婚式の具体的なプランを話し合わないとな。式を挙げず、入籍するのもありだが――」
彼が話題を変える。
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「その話は後にしない? まだ夜中だし」
そう言うと、私は彼の膝から立ち上がり、ベッドに向かう。
たかが結婚式のプランを話し合うだけで、感じたあの感覚は何?
彼のキーボードを打つ音が、部屋の中に聞こえ始める。
自分でも答えがわからないまま、私は眠りに落ちた。
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