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十
引っ越し
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九月半ばになり、ようやく涼しくなってきたこの頃。
幸せなはずなのに、ため息をつくことが多くなった。
藤原晃成との結婚の話は進んでいない。
それというのも常務とマダムを納得させため、藤原晃成は私の友人ということになったからだ。
普通はあんな場面で、友人であっても恋人の前で彼女を連れ出したりしない。
しつこく追求しようとするマダムを、巧と藤原晃成は仲の良い友人を演じ、何も支障がないことを見せつけて切り抜けたそうだ。
つまり、表向き私と巧が恋人で、真の婚約者である藤原晃成が私と友人関係という、おかしなことになった。
そのため、藤原晃成の会社インテネクサスと日本MF信託銀行が提携したプロジェクトが軌道に乗るまで、婚約を公にするのは保留になった。
そして、この件を機に、私は色々と考え込むことが多くなった。
彼との関係、結婚や巧との関係など色々。
立ち止まって考えてみると、過去半年、私は成り行きに流されるままここまできた。
火事の被害に遭ってから、彼に請われるまま同居し、プロポーズされ婚約し……
彼と結婚したい。その気持ちは、今も変わらない。
ただ彼との結婚を考える度に、落ち着かない感覚を覚える。
それはまるで、高所恐怖症のような、確かな土台に立ってない感覚と同じで――
そう感じるのは、やっぱり交際0日で同棲を始めたから?
立て続けに起こった不運に流されるように、同棲を始め、私は今も彼に依存している。
そんな中、私は彼と婚約した。
じっくり温めることなく、急激に進展した彼との関係に不安を覚えているのは確かだ。
だから彼との将来にいまいち自信が持てないのかもしれない。
最近、そう結論づけることが多くなった。
少し肌寒い秋の風が吹く、ある晩のことだった。
「……以前話したアパートだけど、やっぱり引っ越そうと思うの。ワンルームマンションは、二人で住むには限界があるし」
いつものように屋上で、彼とワインを飲んでいた私は切り出した。
「だったら、新居にするマンションを探して、一緒に移り住むか?」
彼が理に適った提案をする。
彼と新居を探す……
結婚するのだから、普通はそうなる。でも――
「否定的に捉えて欲しくないんだけど……」
私は改まったように、彼の腕を解いて体を起こす。
「晃成と出会ってから、成り行きに任せてここまできたという感じがするの。失業して、火事に遭った所為で、晃成に依存することになって…… それには感謝しているんだけど、結婚も延びたことだから、これを機会にもう一度一人暮らしに戻って、地に足をつけたいの」
急に結婚に進むことに不安を感じたこと、その不安を解消するために一人になってみたいことを、聞こえ良く言ってみた。
「ダメだ」
彼がキッパリ言う。
いつもと違う威圧的な彼の態度に、ちょっとたじろいだ。
「そんな大ごとのように考えないで? 二駅先のアパートに引っ越すだけなんだから、会おうと思えば、いつでも会えるし」
彼が私に答えず、立ち上がる。
フェンスまで歩くと、私を振り返った。
「こっちに来ないか? もう怖くないんだろ?」
私は迷った。
高所恐怖症は治りつつあると言っても、彼が私に触れているとき限定のようなものだし、一人の時高所は避けている。
今、彼と離れてソファーに座っているだけでも、心許ないのに。
首を振る私を、彼が迎えに来る。
「晃成に触れてないとダメみたい」
弱音を吐く私に、彼は何だか嬉しそうだ。
私の手を繋いで、フェンスまで導く。
「君に夜景をもっと見せたかったんだ」
フェンスから下を覗いて体が硬直する私を、彼が背後から抱きしめる。
肌寒い風に当てられる中で、彼の体温が私に安心感を与えた。
「綺麗……」
遥か下の地面にキラめく光に、生まれて初めて心から感動する。
でも、話をはぐらかされたような……と思っていると、
「――君は平気なのか?」
と彼が聞く。
「何を?」
高所恐怖症のことを言っているのではないと思い、彼を見上げた。
「こんな事を毎晩できなくても?」
こんな事って何? と聞く間もなく、彼が私の唇を塞いだ。
キスを毎晩できなくてもってこと? と質問の意味を考える私の思考を、彼のキスが邪魔をする。
やがてキスをねだるように、私の腕が彼に絡まった。
長い長いキスの後、彼が唇を離す。
「君と暮らすようになってからだ。仕事を終えて帰るのが楽しみになったのは。以前は帰るのも面倒になって、会社で仮眠を取ることが多かった」
彼が珍しく本音を語り出す。
私は意表を突かれ、彼を見つめた。
婚約までしているけど、まだ付き合いが短いせいか、お互い本心を表に出すことを避けている気がしていた。
「毎晩、君と過ごす甘いひとときや君を抱きしめながら眠る心地良さ……それら全て味わったら、離せなくなるのは当然だろ」
彼の語尾が強まる。
彼が言ったことを後悔したように、顔を背けた。
あたかも全身が痺れた。
こんなにも彼に思われていたなんて――
彼が完敗したように、ため息をつく。
「しかし……無理に引き止めても、後々尾を引くだけだ。結婚するまで、別々に暮らしてもいい」
彼が私の意思を尊重してくれている。引き止めたいにも関わらず。
ジンとした熱い感情が込み上げて来る。
でも、私はその熱い感情を伝える術を知らなかったし、彼の思いにどう甘えたらいいかも分からなかった。
「ありがとう……」
彼の胸にコツンと頭を埋める。
私の口から出た声は、思ったよりぎこちなかった。
「ただ条件がある」
私を優しく抱擁する彼が、鋭く釘を刺す。
「俺以外の男を入れないこと。もちろん、君の親友もだ」
幸せなはずなのに、ため息をつくことが多くなった。
藤原晃成との結婚の話は進んでいない。
それというのも常務とマダムを納得させため、藤原晃成は私の友人ということになったからだ。
普通はあんな場面で、友人であっても恋人の前で彼女を連れ出したりしない。
しつこく追求しようとするマダムを、巧と藤原晃成は仲の良い友人を演じ、何も支障がないことを見せつけて切り抜けたそうだ。
つまり、表向き私と巧が恋人で、真の婚約者である藤原晃成が私と友人関係という、おかしなことになった。
そのため、藤原晃成の会社インテネクサスと日本MF信託銀行が提携したプロジェクトが軌道に乗るまで、婚約を公にするのは保留になった。
そして、この件を機に、私は色々と考え込むことが多くなった。
彼との関係、結婚や巧との関係など色々。
立ち止まって考えてみると、過去半年、私は成り行きに流されるままここまできた。
火事の被害に遭ってから、彼に請われるまま同居し、プロポーズされ婚約し……
彼と結婚したい。その気持ちは、今も変わらない。
ただ彼との結婚を考える度に、落ち着かない感覚を覚える。
それはまるで、高所恐怖症のような、確かな土台に立ってない感覚と同じで――
そう感じるのは、やっぱり交際0日で同棲を始めたから?
立て続けに起こった不運に流されるように、同棲を始め、私は今も彼に依存している。
そんな中、私は彼と婚約した。
じっくり温めることなく、急激に進展した彼との関係に不安を覚えているのは確かだ。
だから彼との将来にいまいち自信が持てないのかもしれない。
最近、そう結論づけることが多くなった。
少し肌寒い秋の風が吹く、ある晩のことだった。
「……以前話したアパートだけど、やっぱり引っ越そうと思うの。ワンルームマンションは、二人で住むには限界があるし」
いつものように屋上で、彼とワインを飲んでいた私は切り出した。
「だったら、新居にするマンションを探して、一緒に移り住むか?」
彼が理に適った提案をする。
彼と新居を探す……
結婚するのだから、普通はそうなる。でも――
「否定的に捉えて欲しくないんだけど……」
私は改まったように、彼の腕を解いて体を起こす。
「晃成と出会ってから、成り行きに任せてここまできたという感じがするの。失業して、火事に遭った所為で、晃成に依存することになって…… それには感謝しているんだけど、結婚も延びたことだから、これを機会にもう一度一人暮らしに戻って、地に足をつけたいの」
急に結婚に進むことに不安を感じたこと、その不安を解消するために一人になってみたいことを、聞こえ良く言ってみた。
「ダメだ」
彼がキッパリ言う。
いつもと違う威圧的な彼の態度に、ちょっとたじろいだ。
「そんな大ごとのように考えないで? 二駅先のアパートに引っ越すだけなんだから、会おうと思えば、いつでも会えるし」
彼が私に答えず、立ち上がる。
フェンスまで歩くと、私を振り返った。
「こっちに来ないか? もう怖くないんだろ?」
私は迷った。
高所恐怖症は治りつつあると言っても、彼が私に触れているとき限定のようなものだし、一人の時高所は避けている。
今、彼と離れてソファーに座っているだけでも、心許ないのに。
首を振る私を、彼が迎えに来る。
「晃成に触れてないとダメみたい」
弱音を吐く私に、彼は何だか嬉しそうだ。
私の手を繋いで、フェンスまで導く。
「君に夜景をもっと見せたかったんだ」
フェンスから下を覗いて体が硬直する私を、彼が背後から抱きしめる。
肌寒い風に当てられる中で、彼の体温が私に安心感を与えた。
「綺麗……」
遥か下の地面にキラめく光に、生まれて初めて心から感動する。
でも、話をはぐらかされたような……と思っていると、
「――君は平気なのか?」
と彼が聞く。
「何を?」
高所恐怖症のことを言っているのではないと思い、彼を見上げた。
「こんな事を毎晩できなくても?」
こんな事って何? と聞く間もなく、彼が私の唇を塞いだ。
キスを毎晩できなくてもってこと? と質問の意味を考える私の思考を、彼のキスが邪魔をする。
やがてキスをねだるように、私の腕が彼に絡まった。
長い長いキスの後、彼が唇を離す。
「君と暮らすようになってからだ。仕事を終えて帰るのが楽しみになったのは。以前は帰るのも面倒になって、会社で仮眠を取ることが多かった」
彼が珍しく本音を語り出す。
私は意表を突かれ、彼を見つめた。
婚約までしているけど、まだ付き合いが短いせいか、お互い本心を表に出すことを避けている気がしていた。
「毎晩、君と過ごす甘いひとときや君を抱きしめながら眠る心地良さ……それら全て味わったら、離せなくなるのは当然だろ」
彼の語尾が強まる。
彼が言ったことを後悔したように、顔を背けた。
あたかも全身が痺れた。
こんなにも彼に思われていたなんて――
彼が完敗したように、ため息をつく。
「しかし……無理に引き止めても、後々尾を引くだけだ。結婚するまで、別々に暮らしてもいい」
彼が私の意思を尊重してくれている。引き止めたいにも関わらず。
ジンとした熱い感情が込み上げて来る。
でも、私はその熱い感情を伝える術を知らなかったし、彼の思いにどう甘えたらいいかも分からなかった。
「ありがとう……」
彼の胸にコツンと頭を埋める。
私の口から出た声は、思ったよりぎこちなかった。
「ただ条件がある」
私を優しく抱擁する彼が、鋭く釘を刺す。
「俺以外の男を入れないこと。もちろん、君の親友もだ」
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