ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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引っ越し (1)

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 丘の上に建てられたアパートは、それはそれは不便だった。

 駅もスーパーも広告の通り、徒歩十五分以内にあるのはあるけど、坂道を登ってアパートに戻るのが苦痛だ。
 スプリングクラーに目が眩んで、坂道のことは目を瞑ってしまったのがいけない。
 日常的に運動をしている私でも、いちいち坂道を登ってアパートに戻るのは面倒臭かった。
 
「行きはヨイヨイ帰りはツライ」

 独り言を言いながら、スーパーと百均ショップで買い物をした後、重い買い物袋を両手に、坂道を登る。
 牛乳が半額だったからと、二パックも買うんじゃなかったと後悔した。
 お米も持ち帰るのが不可能で、買うのを断念した。
 息切れをしながら階段を登り、二階の自分の部屋の鍵を開ける。
 出迎えたのは、下駄箱の上にちょこんと飾られたビスコドール。

「ただいま、ビスコ」

 挨拶をしながら、買い物袋をドサっと下ろす。
 以前は不気味だったビスコドールだけど、火事という災難を共に切り抜けてからは、愛称で呼ぶほど愛着が湧いている。彼のマンションでは気を使って、ビスコを紙袋に入れたまま部屋の片隅に置いたままだった。

 玄関のすぐ横にあるキッチンで、買った物をカウンターに出していく。
 包丁にまな板、お鍋にフライパンに……
 お玉と菜箸を買い忘れたことに気づく。ついでに、サランラップとアルミホイルも。

 引っ越しして、二日目。足りないものばかりだ。
 家具付き・家電付きのアパートだけど、冷蔵庫と電子レンジが備わっているだけで、基本的なキッチン用具は全くない。
 家具もテーブルに椅子、ソファー、コーヒーテーブルという基本的な家具が備わっているだけだ。 
 ベッドはないため、布団を床に敷いて寝ている。

「また百均ショップに行くしかない」

 自分に脱力すると、再び外に出た。
 実はこれで今日、三回目だ。買い物に出かけるのは。
 一回目は食器類に絞り買い物をした。
 二往復で終わらせるつもりだったのに、私としたことが。

 ところが、三往復では終わらず、次々に買わなければならないものを思い付き、四往復、五往復と、増えていく。
 六往復した時には、足がガクガクしていた。

 もうヘトヘトなのに、私はワインを買ってしまうなんて……
 お昼ご飯も食べず、買い物に必死になっていた私は、階段を上っている途中、目眩を覚えた。
 拍子に、階段を踏み外す。階下へと、思いっ切り転げ落ちてしまった。

「痛っ」

 左の足首に激痛が走る。
 動かしてさらに激痛が走るところを、何とか足をついて自分の部屋に戻った。
 奇跡的に無事だったワインを抱え、買い物袋を引きずりながら。
 左の足首を恐る恐る検証してみた。
 素人判断だけど、ただの捻挫だ。とにかく冷やさないと。
 と思ったけど、氷はまだ作ってない。

 こんな引っ越したなりで、私は怪我をするなんて。

 歯痒さを感じながら、ハンカチを水で濡らして、足首に当てる。
 彼は引越しする前に、シンガポールに出張に行ったきりで三日後まで帰らない。
 心細くなって、足を挫いたことを、ラインで巧に知らせた。 

『病院に行ったのか?』

 巧から直ぐにラインで返事があった。

『まだ行ってないけど、大丈夫』と返信する。 

 不幸中の幸いで、巧の会社で働き始めるのはまだ一ヶ月先のことだ。
 捻挫だから冷やして安静にすれば何とかなるだろうと、踏んでいた。

『今タクシーを手配したから、病院にちゃんと行っとけよ』と、しばらくして巧からラインが届く。

 忙しいのにそこまでしてくれるなんて、とちょっと感動する。
 十分後にタクシーが来て、私は病院に向かった。
 案の定、捻挫と診断され、湿布をもらって家に帰る。

 精神と体力を共に消耗し、ぐったりとソファーに横たわった。
 何か食べないといけないのに、食べるものがない。
 今夜は豪勢にラザニアを作って、一人で引っ越し祝いをしようと計画していたから、ラザニアの材料しか冷蔵庫になかった。それに、牛乳とワインと。
 牛乳くらい飲んでおこうと考えていた時、

『食料買い込んだから、今からそっち行く』

 と巧からラインが届く。
 程なくしてドアベルが鳴り、ドアを開くと、巧が両手一杯にスーパーの袋を抱えて立っていた。

「買い物に行けないだろうと思ってさ。アイツも海外出張でいないんだろ?」

 張っていた気が緩み、涙が出てくる。

「泣くなよ」 

 買い物袋をドサっと玄関に置き、巧が私の頭をポンポン叩く。
 ふと玄関に飾られたビスコ・ドールに気づくと、巧がビクッとした。
 私は涙を拭いながら、笑った。

「アイツに俺を部屋に入れるなって、言われているんだったな。俺はこれで帰るわ。無理するなよ。ラインを送ってくれたら、いつでも助けにきてやるから」

 帰りかけた巧の服をぎゅっと握る。

「も、もうちょっとだけいて?」

 私は懇願した。

「相当弱ってんな。じゃあ、これ一緒に食べるか?」

 巧がスーパーの袋の中から、ポテトチップスを取り出す。

「あ、これ新発売の! 気になってたんだ。何か飲む? ワインがあるけど」

「お前は座ってろよ。俺がする」

 急に元気になって、びっこを引きながらキッチンに向かった私を、巧が止める。

「大丈夫、このくらい」

 ワイングラスが置かれた棚に爪先立ちして、手を伸ばした時――
 グラっとバランスが崩れた。

「危なっ」

 悲鳴をあげる私を、巧が支える。
 でも支えきれずに、二人で床に共倒れしてしまった。

「痛……」

 私の下で、巧が呻く。私は巧から体を起こそうとした。その瞬間だった。
 ガチャっと玄関のドアが開いて、突如、藤原晃成が現れたのは。
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