ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

文字の大きさ
54 / 60
十一

母の到来

しおりを挟む
 何日も高熱に魘された。
 風邪だと思っていたら、肺炎で入院した。

「何でもっと早くに連絡をくれなかったの? 会社も解雇されてただなんて。無職だったのなら、実家に帰ってくればよかったでしょ?」

 カーテンで仕切られた病室の一角で、お見舞いに来てくれた母が私をなじる。
 連絡をしなかったのは、母が心配し過ぎるから。それに真実を言うと、田舎に戻ってこい攻撃がすごい。
 田舎は私にとって、ちょっと息が詰まる。

 と言う本音は言わず、言葉を変える。

「ごめん。心配かけたくなかったから。就職活動もこっちでした方が都合がいいし」

 この際だからと、火事に遭ったことも「ついで」という形でさらっと伝えた。
 あまりにショックだったのか、母が言葉に詰まる。
 無言でナイフを手に取ると、リンゴを剥き始めた。
 リンゴを私に食べさせると、部屋から出て行く。

「お父さんと話して、しばらくこっちに滞在することにしたから」

 母が戻ってくるなり、宣言する。
 咳が出て、リンゴを詰まらせる私の背中を、母がさすった。

「看病なんていいよ。私一人で大丈夫」

 咳の合間に、私は断る。
 母がいると、私の自由が…… 

「いいえ。そういうわけにはいきません。ほら、咳が止まらないじゃない。帰れるわけないでしょ。巧ちゃんも忙しいでしょうに」

「でも……」

 一人にしてほしいという私に、母は断固として譲らなかった。
 その後、母は病院の簡易ベッドを借りると、文字通り二十四時間、私を付きっきりで看病した。

 そして、退院したのが、一週間前のこと。
 スプリングクラー事件に見舞われたアパートは、母が大家さんに抗議をし、違約金もなく引き払った。次のアパートを探す余力はなく、私はウィークリーマンションに身を寄せている。

「熱もないし、そろそろ外に出たいんだけど……」

 ほぼ彼のワンルームマンションと変わらない大きさの部屋で、母と四六時中いることに疲れた私は言った。
 彼のことが頭を離れない。
 スマートフォンは壊れたままだ。彼の電話番号を覚えていない私は、連絡しようがなかった。

「まだ無理よ。咳がまだ残っているじゃない。肺炎は再発が恐ろしい病気なんだから。もう少し安静にしていなきゃ」

 部屋の片隅にあるキッチンで野菜を刻んでいた母が、私に言い聞かせる。

「でもスマートフォンを早く買いに行かないと、明々後日が初出勤なのに、困るじゃない。着ていく服も買わないといけないから」

 私はマスクをすると母のジャケットを羽織り、「じゃ、行ってくるから」と強行突破した。
 ヒンヤリと気持ちがいい十月の空気を、スーハーと吸う。
 自由は素晴らしいと、解放感を味わった。

「さて、と……」

 私は呟いた。
 とにかくスマートフォンだ。スマートフォンをどうにかしないと。
 壊れたスマートフォンを握り締めたのはいいけど、スマートフォンなしでは携帯ショップがどこにあるのか分からない。とりあえず駅に向かって、駅員さんに聞く。駅から歩いて五分と掛らない携帯ショップに向かった。

「ここまで水没してしまっていると、データの復旧は不可能です」

 携帯ショップの大学生っぽい店員が、大人しい声で残酷な宣告をする。
 スプリングクラーが作動した時、何故私は持っていたスマートフォンを離してしまったのか……

 私は一番安いスマートフォンを買った。
 これで今年に入って五度目だ。スマートフォンを変えるのは。
 一度目は買い替え時期だったためで、二度目は失業直後に、私の不注意で失くした。三度目は火事で燃え、四度目は不良品だったため、無料で新しいスマートフォンと交換してもらった。
 と思い出したところで、私はあることを思い当たった。

 彼の電話番号を初めに知ったのは、倉木さんのメールではなかったかと。
 私はいてもたってもいられず、その場で立ち止まると、倉木さんのメールを探し始めた。
 でも見当たらない。検索しても引っかからなかった。彼の電話番号が書かれた、肝心のあのメールがどこにも。

 私は駅のベンチに座ると、深いため息をついた。
 そう言えば、あのメールは迷惑メールボックスに入ったままだった。
 だから、今頃は消えているわけで。

 お手上げだ。
 もうこうなったら、彼のマンションで待ち伏せし直接会うしか方法はない。
 でも今はまだ、彼に会えない。
 咳がなくなるまで、体調が万全に戻るまで、待たないと。

 予定も何もない真っ白なスマートフォンのカレンダーに、今日から一週間後の土曜日「彼と話す」という予定を入れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】平凡OL(β)ですが、同期の末っ子御曹司(α)に溺愛されています

神無月りく
恋愛
日本外食産業の一翼を担う『川嶋フーズ』で秘書としてOL黒田鞠花(くろだまりか)は、同期で社長令息の川嶋隼人(川嶋はやと)に入社以来恋に似た憧れを抱いていた。 しかし、そもそもの身分が違う上に自分はβで、彼はα。 ただの同期以上の関係になれないまま、五年の月日が流れた。 ある日、Ωのヒートに巻き込まれて発情した彼を介抱するため一夜を共にし、それがきっかけで両思いだったことが発覚して交際がスタート。 意外に庶民的でたまに意地悪なスパダリ彼氏に溺愛され、順調にデートを重ねて幸せな日々を送っていた鞠花だったが、自分の母親からαの交際を反対されたり、彼の運命の番を自称するΩ令嬢が登場したりと、恋路を妨げる波乱に見舞われるように…… ※ムーンライトノベルズ(小説家になろう)様で同一作品を連載中ですが、こちらが若干先行公開となっております。 ※一応R18シーンには☆マークがついています。 *毎週土日および祝日の不定時に更新予定(ただし、1月1日~5日までは連日更新)。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーンにも投稿しています》

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...