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十一
母の到来
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何日も高熱に魘された。
風邪だと思っていたら、肺炎で入院した。
「何でもっと早くに連絡をくれなかったの? 会社も解雇されてただなんて。無職だったのなら、実家に帰ってくればよかったでしょ?」
カーテンで仕切られた病室の一角で、お見舞いに来てくれた母が私をなじる。
連絡をしなかったのは、母が心配し過ぎるから。それに真実を言うと、田舎に戻ってこい攻撃がすごい。
田舎は私にとって、ちょっと息が詰まる。
と言う本音は言わず、言葉を変える。
「ごめん。心配かけたくなかったから。就職活動もこっちでした方が都合がいいし」
この際だからと、火事に遭ったことも「ついで」という形でさらっと伝えた。
あまりにショックだったのか、母が言葉に詰まる。
無言でナイフを手に取ると、リンゴを剥き始めた。
リンゴを私に食べさせると、部屋から出て行く。
「お父さんと話して、しばらくこっちに滞在することにしたから」
母が戻ってくるなり、宣言する。
咳が出て、リンゴを詰まらせる私の背中を、母がさすった。
「看病なんていいよ。私一人で大丈夫」
咳の合間に、私は断る。
母がいると、私の自由が……
「いいえ。そういうわけにはいきません。ほら、咳が止まらないじゃない。帰れるわけないでしょ。巧ちゃんも忙しいでしょうに」
「でも……」
一人にしてほしいという私に、母は断固として譲らなかった。
その後、母は病院の簡易ベッドを借りると、文字通り二十四時間、私を付きっきりで看病した。
そして、退院したのが、一週間前のこと。
スプリングクラー事件に見舞われたアパートは、母が大家さんに抗議をし、違約金もなく引き払った。次のアパートを探す余力はなく、私はウィークリーマンションに身を寄せている。
「熱もないし、そろそろ外に出たいんだけど……」
ほぼ彼のワンルームマンションと変わらない大きさの部屋で、母と四六時中いることに疲れた私は言った。
彼のことが頭を離れない。
スマートフォンは壊れたままだ。彼の電話番号を覚えていない私は、連絡しようがなかった。
「まだ無理よ。咳がまだ残っているじゃない。肺炎は再発が恐ろしい病気なんだから。もう少し安静にしていなきゃ」
部屋の片隅にあるキッチンで野菜を刻んでいた母が、私に言い聞かせる。
「でもスマートフォンを早く買いに行かないと、明々後日が初出勤なのに、困るじゃない。着ていく服も買わないといけないから」
私はマスクをすると母のジャケットを羽織り、「じゃ、行ってくるから」と強行突破した。
ヒンヤリと気持ちがいい十月の空気を、スーハーと吸う。
自由は素晴らしいと、解放感を味わった。
「さて、と……」
私は呟いた。
とにかくスマートフォンだ。スマートフォンをどうにかしないと。
壊れたスマートフォンを握り締めたのはいいけど、スマートフォンなしでは携帯ショップがどこにあるのか分からない。とりあえず駅に向かって、駅員さんに聞く。駅から歩いて五分と掛らない携帯ショップに向かった。
「ここまで水没してしまっていると、データの復旧は不可能です」
携帯ショップの大学生っぽい店員が、大人しい声で残酷な宣告をする。
スプリングクラーが作動した時、何故私は持っていたスマートフォンを離してしまったのか……
私は一番安いスマートフォンを買った。
これで今年に入って五度目だ。スマートフォンを変えるのは。
一度目は買い替え時期だったためで、二度目は失業直後に、私の不注意で失くした。三度目は火事で燃え、四度目は不良品だったため、無料で新しいスマートフォンと交換してもらった。
と思い出したところで、私はあることを思い当たった。
彼の電話番号を初めに知ったのは、倉木さんのメールではなかったかと。
私はいてもたってもいられず、その場で立ち止まると、倉木さんのメールを探し始めた。
でも見当たらない。検索しても引っかからなかった。彼の電話番号が書かれた、肝心のあのメールがどこにも。
私は駅のベンチに座ると、深いため息をついた。
そう言えば、あのメールは迷惑メールボックスに入ったままだった。
だから、今頃は消えているわけで。
お手上げだ。
もうこうなったら、彼のマンションで待ち伏せし直接会うしか方法はない。
でも今はまだ、彼に会えない。
咳がなくなるまで、体調が万全に戻るまで、待たないと。
予定も何もない真っ白なスマートフォンのカレンダーに、今日から一週間後の土曜日「彼と話す」という予定を入れた。
風邪だと思っていたら、肺炎で入院した。
「何でもっと早くに連絡をくれなかったの? 会社も解雇されてただなんて。無職だったのなら、実家に帰ってくればよかったでしょ?」
カーテンで仕切られた病室の一角で、お見舞いに来てくれた母が私をなじる。
連絡をしなかったのは、母が心配し過ぎるから。それに真実を言うと、田舎に戻ってこい攻撃がすごい。
田舎は私にとって、ちょっと息が詰まる。
と言う本音は言わず、言葉を変える。
「ごめん。心配かけたくなかったから。就職活動もこっちでした方が都合がいいし」
この際だからと、火事に遭ったことも「ついで」という形でさらっと伝えた。
あまりにショックだったのか、母が言葉に詰まる。
無言でナイフを手に取ると、リンゴを剥き始めた。
リンゴを私に食べさせると、部屋から出て行く。
「お父さんと話して、しばらくこっちに滞在することにしたから」
母が戻ってくるなり、宣言する。
咳が出て、リンゴを詰まらせる私の背中を、母がさすった。
「看病なんていいよ。私一人で大丈夫」
咳の合間に、私は断る。
母がいると、私の自由が……
「いいえ。そういうわけにはいきません。ほら、咳が止まらないじゃない。帰れるわけないでしょ。巧ちゃんも忙しいでしょうに」
「でも……」
一人にしてほしいという私に、母は断固として譲らなかった。
その後、母は病院の簡易ベッドを借りると、文字通り二十四時間、私を付きっきりで看病した。
そして、退院したのが、一週間前のこと。
スプリングクラー事件に見舞われたアパートは、母が大家さんに抗議をし、違約金もなく引き払った。次のアパートを探す余力はなく、私はウィークリーマンションに身を寄せている。
「熱もないし、そろそろ外に出たいんだけど……」
ほぼ彼のワンルームマンションと変わらない大きさの部屋で、母と四六時中いることに疲れた私は言った。
彼のことが頭を離れない。
スマートフォンは壊れたままだ。彼の電話番号を覚えていない私は、連絡しようがなかった。
「まだ無理よ。咳がまだ残っているじゃない。肺炎は再発が恐ろしい病気なんだから。もう少し安静にしていなきゃ」
部屋の片隅にあるキッチンで野菜を刻んでいた母が、私に言い聞かせる。
「でもスマートフォンを早く買いに行かないと、明々後日が初出勤なのに、困るじゃない。着ていく服も買わないといけないから」
私はマスクをすると母のジャケットを羽織り、「じゃ、行ってくるから」と強行突破した。
ヒンヤリと気持ちがいい十月の空気を、スーハーと吸う。
自由は素晴らしいと、解放感を味わった。
「さて、と……」
私は呟いた。
とにかくスマートフォンだ。スマートフォンをどうにかしないと。
壊れたスマートフォンを握り締めたのはいいけど、スマートフォンなしでは携帯ショップがどこにあるのか分からない。とりあえず駅に向かって、駅員さんに聞く。駅から歩いて五分と掛らない携帯ショップに向かった。
「ここまで水没してしまっていると、データの復旧は不可能です」
携帯ショップの大学生っぽい店員が、大人しい声で残酷な宣告をする。
スプリングクラーが作動した時、何故私は持っていたスマートフォンを離してしまったのか……
私は一番安いスマートフォンを買った。
これで今年に入って五度目だ。スマートフォンを変えるのは。
一度目は買い替え時期だったためで、二度目は失業直後に、私の不注意で失くした。三度目は火事で燃え、四度目は不良品だったため、無料で新しいスマートフォンと交換してもらった。
と思い出したところで、私はあることを思い当たった。
彼の電話番号を初めに知ったのは、倉木さんのメールではなかったかと。
私はいてもたってもいられず、その場で立ち止まると、倉木さんのメールを探し始めた。
でも見当たらない。検索しても引っかからなかった。彼の電話番号が書かれた、肝心のあのメールがどこにも。
私は駅のベンチに座ると、深いため息をついた。
そう言えば、あのメールは迷惑メールボックスに入ったままだった。
だから、今頃は消えているわけで。
お手上げだ。
もうこうなったら、彼のマンションで待ち伏せし直接会うしか方法はない。
でも今はまだ、彼に会えない。
咳がなくなるまで、体調が万全に戻るまで、待たないと。
予定も何もない真っ白なスマートフォンのカレンダーに、今日から一週間後の土曜日「彼と話す」という予定を入れた。
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