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二章 潜入
十.欲望の舞台
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「どうされました? お召し物を」
年増女が重ねて促す。
総二郎はお志津に頷きかけ、着物の帯を解いていく。
着物を脱ぎ、晒にふんどしのみという姿になると、年増女が体のあちこちに触れて確認をした。
「これでいいかね?」
「すみませんね。余計なものを持って入られないように、用心でございますので」
甲賀衆の隠形術により、総二郎はでっぷりと腹の突き出た、だらしのない体つきになっている。
年増女はそれに気づくことなく、肌襦袢を総二郎に渡した。
とても頼りない生地であり、向こうが透けて見えるほどの薄さである。
「ありがとうございます」
総二郎は襦袢を身につけ、腰を紐で縛る。
「あの、お連れ様も……」
「こちらは私の妾だ。何も余計なものは持っていないが」
総二郎の言葉に、年増女は静かに首を横に振る。
「申し訳ありません。これも決まりですので。お連れ様もお召し替えを」
「そうですか……」
これ以上は怪しまれると判断し、総二郎はお志津に向き合った。
震えるばかりで帯も外せぬお志津に、穏やかな眼差しで肩を撫でる。
「そういうことだそうじゃ。すまないが、少し我慢するのじゃ」
「だっ……旦那様……私……あっ……」
総二郎に帯を解かれ、お志津はぎゅっと目をつむって恥ずかしさに耐えている。
さりげなく年増女の視界を塞ぎ、総二郎はお志津の肌が見られないように配慮していた。
振り袖が肩から滑り落ち、お志津は肌襦袢姿にされる。
「随分と、初心なお妾さんでございますねぇ……」
僅かに不信感の籠もった口調で、年増女が言った。
「であろう? こやつは生娘のまま、とっくりと躾けておる最中なのですよ。ふふふ、私の趣味でございましてな」
「あらまあ……物好きなものでございますね」
「ほれ、もたもたしてもおれぬ。早う着替えて行くのじゃ」
「あぁ……旦那様ぁ……」
お志津が本気で恥ずかしがっていることで、逆に信用されたようだ。
興味深そうに眺めながら、年増女はクスクスと笑っていた。
肌襦袢の腰紐を解かれ、お志津は生まれたままの姿にされる。
「これでよろしいですかな」
「では、失礼して……。お妾様、申し訳ありませんが、手を下げていただいてよろしいですか?」
「はい……」
お志津は震えながら、両手を腰の横に下ろした。
気の毒に思えるほど、顔は真っ赤に染まっている。
日頃の男装姿では分からないが、お志津の体つきはとても女らしい曲線を描いていた。
「よろしゅうございます。それにしても旦那、えらく可愛い娘を手懐けておられますねえ。人買いなんぞしなくても、この娘だけで充分なのでは」
「はははっ、それはそれ、これはこれでございますよ」
「おほほ、お盛んなことで。では、こちらを」
年増女から襦袢を受け取り、総二郎はお志津に着せてやった。
肌の透ける頼りないものであるが、お志津は安堵の息を吐いて、体を手で隠している。
その初々しい姿に、年増女は感嘆の溜め息を漏らした。
「いやあ、旦那。これほどの上玉は私もなかなかお目にかかれませんよ。うちの市で売りに出せば、相当な高値で捌けると思いますが」
「そうでありましょう? だが、手放すつもりなどはございませんよ。儂の秘蔵の娘でございますからな」
「すごいお人でやんすねえ。どうやって落としたのか、感心してしまいますわ。さ、それでは舞台のほうへお進みください」
「ありがとうございます」
総二郎は財布からたっぷりと銭を取り出して、年増女の手に握らせた。
うやうやしく受け取り、年増女が奥の間へ続く扉を開ける。
お志津は総二郎に縋り付きながら、顔を伏せて歩を進めた。
荒れ果てた建物の割に、奥の間はしっかりとした造りになっている。
中央に行灯の置かれた舞台があり、段状になった観客席は明かりがなく薄暗い。
そこにはもう幾人もの客が並んでいて、連れの女を抱き寄せながら思い思いに寛いでいた。
「はい、ごめんなさいよ」
他の客に挨拶をしながら、総二郎は端の席に向かう。
お志津をしっかりと抱き寄せ、尻に手を撫でているふりをしながら、狭い通路を歩いていった。
薄物一枚しか身に着けていないお志津の肌を、なるべく他の客に見られないための心遣いだ。
「どれ、この辺にするとしますかな」
座布団にあぐらをかいた総二郎は、お志津を横抱きにして膝の上に座らせる。
こうしていれば、お志津の大事なところは他から見えづらくなる。
お志津は羞恥に身を震わせながら、ひたすら総二郎にしがみついていた。
「大丈夫か、お志津」
「恥ずかしかったです……。まさかこんなことになるなんて……」
「よく耐えたな。えらいぞ」
お志津を抱き締めて、総二郎は頭を撫でてやる。
他の客は、自分の女に夢中で、総二郎たちを気にかけてはいない。
周囲では下卑た笑い声が響き、中にはもぞもぞと蠢いて始めてしまっている者もいた。
そんな中で、総二郎は赤子を抱くようにお志津を抱えながら、じっと舞台を注視している。
客席や舞台周りに、何人かの浪人の姿があった。
この市の用心棒を務める者であろう。
舞台の下手側、入り口に近いところに、ただならぬ雰囲気を漂わせる浪人者がいた。
他の者とは違い、かなりの遣い手であることが一目で分かる。
一瞬目が合い、その浪人者は恐ろしい殺気の込められた視線を向けた。
総二郎は素知らぬ風で視線を逸らし、お志津の体を撫で回しながら耳元に口を近づける。
「一人、相当な腕の者がいる。灰の着物に、藍色の袴の者だ。あれには近づくな。俺がやる」
「はい……分かりました……」
そうしているうちに、舞台に行灯が並べられて、一層明るくなった。
反対に客席のほうは、さらに暗さが増していく。
総二郎は周囲に気取られぬようにしながら、腹の詰め物から小刀を抜き出す。
さも楽しんでいるように見せかけて、お志津の胸元にそっと滑り込ませた。
いよいよ、闇の市が始まりを迎えようとしていた。
年増女が重ねて促す。
総二郎はお志津に頷きかけ、着物の帯を解いていく。
着物を脱ぎ、晒にふんどしのみという姿になると、年増女が体のあちこちに触れて確認をした。
「これでいいかね?」
「すみませんね。余計なものを持って入られないように、用心でございますので」
甲賀衆の隠形術により、総二郎はでっぷりと腹の突き出た、だらしのない体つきになっている。
年増女はそれに気づくことなく、肌襦袢を総二郎に渡した。
とても頼りない生地であり、向こうが透けて見えるほどの薄さである。
「ありがとうございます」
総二郎は襦袢を身につけ、腰を紐で縛る。
「あの、お連れ様も……」
「こちらは私の妾だ。何も余計なものは持っていないが」
総二郎の言葉に、年増女は静かに首を横に振る。
「申し訳ありません。これも決まりですので。お連れ様もお召し替えを」
「そうですか……」
これ以上は怪しまれると判断し、総二郎はお志津に向き合った。
震えるばかりで帯も外せぬお志津に、穏やかな眼差しで肩を撫でる。
「そういうことだそうじゃ。すまないが、少し我慢するのじゃ」
「だっ……旦那様……私……あっ……」
総二郎に帯を解かれ、お志津はぎゅっと目をつむって恥ずかしさに耐えている。
さりげなく年増女の視界を塞ぎ、総二郎はお志津の肌が見られないように配慮していた。
振り袖が肩から滑り落ち、お志津は肌襦袢姿にされる。
「随分と、初心なお妾さんでございますねぇ……」
僅かに不信感の籠もった口調で、年増女が言った。
「であろう? こやつは生娘のまま、とっくりと躾けておる最中なのですよ。ふふふ、私の趣味でございましてな」
「あらまあ……物好きなものでございますね」
「ほれ、もたもたしてもおれぬ。早う着替えて行くのじゃ」
「あぁ……旦那様ぁ……」
お志津が本気で恥ずかしがっていることで、逆に信用されたようだ。
興味深そうに眺めながら、年増女はクスクスと笑っていた。
肌襦袢の腰紐を解かれ、お志津は生まれたままの姿にされる。
「これでよろしいですかな」
「では、失礼して……。お妾様、申し訳ありませんが、手を下げていただいてよろしいですか?」
「はい……」
お志津は震えながら、両手を腰の横に下ろした。
気の毒に思えるほど、顔は真っ赤に染まっている。
日頃の男装姿では分からないが、お志津の体つきはとても女らしい曲線を描いていた。
「よろしゅうございます。それにしても旦那、えらく可愛い娘を手懐けておられますねえ。人買いなんぞしなくても、この娘だけで充分なのでは」
「はははっ、それはそれ、これはこれでございますよ」
「おほほ、お盛んなことで。では、こちらを」
年増女から襦袢を受け取り、総二郎はお志津に着せてやった。
肌の透ける頼りないものであるが、お志津は安堵の息を吐いて、体を手で隠している。
その初々しい姿に、年増女は感嘆の溜め息を漏らした。
「いやあ、旦那。これほどの上玉は私もなかなかお目にかかれませんよ。うちの市で売りに出せば、相当な高値で捌けると思いますが」
「そうでありましょう? だが、手放すつもりなどはございませんよ。儂の秘蔵の娘でございますからな」
「すごいお人でやんすねえ。どうやって落としたのか、感心してしまいますわ。さ、それでは舞台のほうへお進みください」
「ありがとうございます」
総二郎は財布からたっぷりと銭を取り出して、年増女の手に握らせた。
うやうやしく受け取り、年増女が奥の間へ続く扉を開ける。
お志津は総二郎に縋り付きながら、顔を伏せて歩を進めた。
荒れ果てた建物の割に、奥の間はしっかりとした造りになっている。
中央に行灯の置かれた舞台があり、段状になった観客席は明かりがなく薄暗い。
そこにはもう幾人もの客が並んでいて、連れの女を抱き寄せながら思い思いに寛いでいた。
「はい、ごめんなさいよ」
他の客に挨拶をしながら、総二郎は端の席に向かう。
お志津をしっかりと抱き寄せ、尻に手を撫でているふりをしながら、狭い通路を歩いていった。
薄物一枚しか身に着けていないお志津の肌を、なるべく他の客に見られないための心遣いだ。
「どれ、この辺にするとしますかな」
座布団にあぐらをかいた総二郎は、お志津を横抱きにして膝の上に座らせる。
こうしていれば、お志津の大事なところは他から見えづらくなる。
お志津は羞恥に身を震わせながら、ひたすら総二郎にしがみついていた。
「大丈夫か、お志津」
「恥ずかしかったです……。まさかこんなことになるなんて……」
「よく耐えたな。えらいぞ」
お志津を抱き締めて、総二郎は頭を撫でてやる。
他の客は、自分の女に夢中で、総二郎たちを気にかけてはいない。
周囲では下卑た笑い声が響き、中にはもぞもぞと蠢いて始めてしまっている者もいた。
そんな中で、総二郎は赤子を抱くようにお志津を抱えながら、じっと舞台を注視している。
客席や舞台周りに、何人かの浪人の姿があった。
この市の用心棒を務める者であろう。
舞台の下手側、入り口に近いところに、ただならぬ雰囲気を漂わせる浪人者がいた。
他の者とは違い、かなりの遣い手であることが一目で分かる。
一瞬目が合い、その浪人者は恐ろしい殺気の込められた視線を向けた。
総二郎は素知らぬ風で視線を逸らし、お志津の体を撫で回しながら耳元に口を近づける。
「一人、相当な腕の者がいる。灰の着物に、藍色の袴の者だ。あれには近づくな。俺がやる」
「はい……分かりました……」
そうしているうちに、舞台に行灯が並べられて、一層明るくなった。
反対に客席のほうは、さらに暗さが増していく。
総二郎は周囲に気取られぬようにしながら、腹の詰め物から小刀を抜き出す。
さも楽しんでいるように見せかけて、お志津の胸元にそっと滑り込ませた。
いよいよ、闇の市が始まりを迎えようとしていた。
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