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第29話「夜明けの集積所」
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夜明け前の風は、鋭い刃のように肌を刺すほど冷たかった。
だが、フィオーレの心には熱があった。
クラリスが——あの笑顔が、まだこの世界にあると信じている限り、止まるわけにはいかなかった。
馬車が止まったのは、王都南外れにある、忘れられたような貨物集積所。
赤錆びた鉄の外壁。人の気配を感じさせない無言の巨大倉庫。周囲に灯りはなく、ただ霧だけが濃く立ち込めていた。
「ここが“第七集積所”……」
フィオーレは息を整える。
その隣で、レオナードは静かに剣を腰に手繰り寄せると、部下のリオンに合図を送った。
「東から団員を配置、正面の警備を引きつけろ。俺たちは西側裏口から侵入する」
「了解!」
数分後。
倉庫裏、細い金属扉の鍵を外したレオナードが手でフィオーレを制する。
「ここからは俺が先に行く。何があっても、君は俺の後ろに」
「……はい。でも、私は目を逸らしません」
彼女の言葉に、レオナードは一瞬だけ目を細めた。
「それでこそ、君だ」
暗がりの倉庫に、ふたりは足を踏み入れた。
中には、巨大な荷台がいくつも並び、鉄の檻がいくつか……そして、その一番奥で、鎖に繋がれた影がうずくまっていた。
「……!」
駆け出すフィオーレの足が、思わず音を立てた。
その音に反応したように、影が顔を上げる。
「……お、お嬢様……?」
声が震えていた。
それでも、確かに聞き慣れた声。
「クラリス……!」
鎖に繋がれ、手足に傷を負いながらも、クラリスは必死に体を起こそうとしていた。
「無事……で、よかった……です」
「こっちの台詞よ……!」
抱きしめようとしたその瞬間、背後で鋭い音が響いた。
——ギィィィィン!!
金属同士がぶつかる、甲高い音。
レオナードの剣が、背後から襲いかかった男の刃を受け止めていた。
「っ、こいつ……!」
男は仮面をつけていた。目元だけを覗かせた仮面は、歪んだ線で縁取られている。
「……団長が、こんなところに来るとはな」
声は低く、どこか爛れたような気配があった。
「貴様……この倉庫の管理者か」
「さあ、どうかな。俺たちはただの“運び屋”さ。依頼された物を届けるだけだ」
「人を、“物”と呼ぶか」
レオナードの声が静かに低くなる。
そして一瞬の隙を突いて剣が閃いた。
数合の斬撃の応酬。仮面の男の動きは素早く、狡猾だった。
だが、レオナードは一度も足を退かなかった。
まるで、フィオーレとクラリスを守ることだけが、この世界の意味であるかのように。
「フィオーレ!」
「はい!」
彼女は鍵束を奪い、鎖を外す。
クラリスがようやく自由を取り戻すと、泣きそうな顔でフィオーレの胸に飛び込んできた。
「お嬢様……わたし……生きて帰れると、思ってませんでした……!」
「帰るの。ちゃんと、屋敷に。あの大好きな紅茶を淹れて、一緒に笑い合うのよ……!」
そのときだった。
仮面の男が最後の一撃を放とうと、跳躍した。
だが——その剣が降りるより早く、レオナードの足が踏み込み、剣が真っすぐに彼の仮面を打ち砕いた。
甲高い音とともに、仮面が割れ、男は無言のまま地に倒れた。
——静寂。
しばらく、ただ風の音だけが響いていた。
「……終わったの?」
クラリスの小さな声に、フィオーレは頷いた。
「ええ、もう大丈夫。あなたは……助かったのよ」
そのあと、騎士団が倉庫を制圧し、運び込まれた“被害者たち”の記録や、薬物の痕跡を回収。
アシュベル商会の裏に潜んでいた“人身売買と薬の取引”は、ついに王都に知られることとなった。
事件は終わった。
けれど、それはまだ“始まり”に過ぎなかった。
その商会の背後には、さらに大きな影が潜んでいるという情報が、クロウからレオナードに届けられるのは——この翌日のことだった。
その夜。
クラリスの部屋に付き添ったあと、フィオーレは自室で月を見上げていた。
そこへ、ノックの音。
「……入って」
扉を開けて入ってきたのは、もちろん彼だった。
「無事で、よかった」
「あなたも……本当に。ありがとう、レオナード様」
ふたりは静かに見つめ合った。
言葉は少なくとも、心は通じ合っていた。
「ねえ、知ってる?」
フィオーレがふと囁く。
「恋って、ただ“好き”っていう気持ちだけじゃないのね」
「……ああ、俺もそう思う」
「誰かを守りたいって思ったとき、その人のことがどれだけ大事か、ようやく分かるの」
レオナードは、彼女の手をそっと取った。
そこには、剣も肩書きもなかった。
ただ、一人の男として、彼女の隣に立つ姿があった。
「これからも、君を守る。その覚悟は……もう揺るがない」
「わたしも。あなたとなら、どんな闇の中でも進んでいけるわ」
夜風が、カーテンを揺らした。
ふたりの間に流れる空気は、温かく、そして確かな強さを秘めていた。
——新たな敵が待つとしても。
——また誰かを守る戦いが来るとしても。
ふたりはもう、迷わない。
絆は、恋を超えて、強く、深く、結ばれていた。
だが、フィオーレの心には熱があった。
クラリスが——あの笑顔が、まだこの世界にあると信じている限り、止まるわけにはいかなかった。
馬車が止まったのは、王都南外れにある、忘れられたような貨物集積所。
赤錆びた鉄の外壁。人の気配を感じさせない無言の巨大倉庫。周囲に灯りはなく、ただ霧だけが濃く立ち込めていた。
「ここが“第七集積所”……」
フィオーレは息を整える。
その隣で、レオナードは静かに剣を腰に手繰り寄せると、部下のリオンに合図を送った。
「東から団員を配置、正面の警備を引きつけろ。俺たちは西側裏口から侵入する」
「了解!」
数分後。
倉庫裏、細い金属扉の鍵を外したレオナードが手でフィオーレを制する。
「ここからは俺が先に行く。何があっても、君は俺の後ろに」
「……はい。でも、私は目を逸らしません」
彼女の言葉に、レオナードは一瞬だけ目を細めた。
「それでこそ、君だ」
暗がりの倉庫に、ふたりは足を踏み入れた。
中には、巨大な荷台がいくつも並び、鉄の檻がいくつか……そして、その一番奥で、鎖に繋がれた影がうずくまっていた。
「……!」
駆け出すフィオーレの足が、思わず音を立てた。
その音に反応したように、影が顔を上げる。
「……お、お嬢様……?」
声が震えていた。
それでも、確かに聞き慣れた声。
「クラリス……!」
鎖に繋がれ、手足に傷を負いながらも、クラリスは必死に体を起こそうとしていた。
「無事……で、よかった……です」
「こっちの台詞よ……!」
抱きしめようとしたその瞬間、背後で鋭い音が響いた。
——ギィィィィン!!
金属同士がぶつかる、甲高い音。
レオナードの剣が、背後から襲いかかった男の刃を受け止めていた。
「っ、こいつ……!」
男は仮面をつけていた。目元だけを覗かせた仮面は、歪んだ線で縁取られている。
「……団長が、こんなところに来るとはな」
声は低く、どこか爛れたような気配があった。
「貴様……この倉庫の管理者か」
「さあ、どうかな。俺たちはただの“運び屋”さ。依頼された物を届けるだけだ」
「人を、“物”と呼ぶか」
レオナードの声が静かに低くなる。
そして一瞬の隙を突いて剣が閃いた。
数合の斬撃の応酬。仮面の男の動きは素早く、狡猾だった。
だが、レオナードは一度も足を退かなかった。
まるで、フィオーレとクラリスを守ることだけが、この世界の意味であるかのように。
「フィオーレ!」
「はい!」
彼女は鍵束を奪い、鎖を外す。
クラリスがようやく自由を取り戻すと、泣きそうな顔でフィオーレの胸に飛び込んできた。
「お嬢様……わたし……生きて帰れると、思ってませんでした……!」
「帰るの。ちゃんと、屋敷に。あの大好きな紅茶を淹れて、一緒に笑い合うのよ……!」
そのときだった。
仮面の男が最後の一撃を放とうと、跳躍した。
だが——その剣が降りるより早く、レオナードの足が踏み込み、剣が真っすぐに彼の仮面を打ち砕いた。
甲高い音とともに、仮面が割れ、男は無言のまま地に倒れた。
——静寂。
しばらく、ただ風の音だけが響いていた。
「……終わったの?」
クラリスの小さな声に、フィオーレは頷いた。
「ええ、もう大丈夫。あなたは……助かったのよ」
そのあと、騎士団が倉庫を制圧し、運び込まれた“被害者たち”の記録や、薬物の痕跡を回収。
アシュベル商会の裏に潜んでいた“人身売買と薬の取引”は、ついに王都に知られることとなった。
事件は終わった。
けれど、それはまだ“始まり”に過ぎなかった。
その商会の背後には、さらに大きな影が潜んでいるという情報が、クロウからレオナードに届けられるのは——この翌日のことだった。
その夜。
クラリスの部屋に付き添ったあと、フィオーレは自室で月を見上げていた。
そこへ、ノックの音。
「……入って」
扉を開けて入ってきたのは、もちろん彼だった。
「無事で、よかった」
「あなたも……本当に。ありがとう、レオナード様」
ふたりは静かに見つめ合った。
言葉は少なくとも、心は通じ合っていた。
「ねえ、知ってる?」
フィオーレがふと囁く。
「恋って、ただ“好き”っていう気持ちだけじゃないのね」
「……ああ、俺もそう思う」
「誰かを守りたいって思ったとき、その人のことがどれだけ大事か、ようやく分かるの」
レオナードは、彼女の手をそっと取った。
そこには、剣も肩書きもなかった。
ただ、一人の男として、彼女の隣に立つ姿があった。
「これからも、君を守る。その覚悟は……もう揺るがない」
「わたしも。あなたとなら、どんな闇の中でも進んでいけるわ」
夜風が、カーテンを揺らした。
ふたりの間に流れる空気は、温かく、そして確かな強さを秘めていた。
——新たな敵が待つとしても。
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