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第8話:庭に咲く令嬢たちと、寡黙な来訪者
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その朝、庭はいつも以上に鮮やかに色づいていた。
ラベンダーの柔らかな紫、風咲きの明るい黄色、ミントの葉が太陽を受けてきらめく。
リリアはカゴを片手に、ひとつひとつ花を摘みながら深呼吸をした。
「今日は、絶対に大丈夫」
カゴの中には朝摘みのハーブ。テーブルには焼きたてのスコーンと三種のジャム、そしてローズヒップとレモンバームを合わせた特製ティー。
庭には天蓋つきのテーブルを三つ、白いクロスが風に揺れている。
そこへ、音も華やかに馬車が現れた。
「リリアさん、準備できてる? さっそく令嬢方が来たみたいだよ」
カリムが駆け寄ってくると、門の前には彩り豊かなドレス姿の少女たちが優雅に降り立った。
「まぁ、本当におとぎ話みたい」
「このラベンダー、香水の原料になりそう」
「噂は本当だったのね、ここが“花の隠れ家”かしら」
前列に立つ金髪の令嬢が、リリアに微笑みかける。
「ごきげんよう、リリアさん。お招きありがとう。今日は私たちの“とっておき”を、楽しませてね」
「こちらこそ、ようこそいらっしゃいました。精一杯おもてなしいたします」
背筋を伸ばして一礼しながらも、リリアの内心は少しだけ震えていた。
目の前の令嬢たちは皆、城下町の有力な家の娘たち。王都の社交界でも知られる“麗しの三花姫”と称される存在だという。
けれど、花と紅茶は、誰にでも平等に香りを届ける。
リリアは一杯ずつ丁寧に紅茶を注ぎ、スコーンとともに三種のジャムを差し出した。
「こちらは“赤実のソナラ”のジャム。甘酸っぱくて紅茶との相性が良いです。
真ん中は蜜りんご、最後は“ブルーフラワー”からとった天然の紫色のコンフィチュールです」
「まぁ、すてき。宝石みたい」
「どれから食べるか迷ってしまうわ」
令嬢たちは華やかに笑い、ティーカップを傾けながら感嘆の声を漏らす。
「この香り……市販のハーブティーとはまるで違うわ」
「こんな庭が自宅にもあったらいいのに」
なかでも、リリアが用意したティースタンドが思わぬ好評を博した。
「この三段のお皿の配置、すごく“可愛い”わね」
「上からジャム、スコーン、果実と……色のバランスが計算されてる!」
令嬢たちは自前のスケッチ帳を取り出し、器や盛りつけを熱心に描き写していく。
まるで、前世の“女子会映えタイム”のようだった。
(……よかった。本当に、喜んでもらえてる)
リリアは胸をなで下ろし、ほっと笑みを浮かべた。
だがそのとき、視線の隅に、ひとつの影が映った。
門の外。花壇越しに、ひとりの男が静かに立っている。
灰色の髪を風に揺らし、庭の様子を見つめる彼の姿は、どこか物語から抜け出たようだった。
リリアは思わず立ち上がり、戸口まで駆け寄る。
「ごめんなさい、今日は貸切なんです。また明日以降にいらして下さい」
その男――グレイヴァン・リオステルは静かに頷き、低く抑えた声で応えた。
「今日は貸切なんだな。ご令嬢たちのお茶会中に訪問してすまなかった。また来る」
それだけを言い残し、彼は庭に背を向けて歩き去った。
リリアはその背中を、しばらく見つめていた。
(……姿を見ただけなのに、こんなにドキドキするなんて)
「ねえ、リリアさん」
金髪の令嬢が、いたずらっぽく声をかけてきた。
「このお庭、定期的に“貸し切り”できるようにしてくれたら嬉しいわ。社交界の会話の“新しい場”になるもの」
「はい、もちろん。私にできることなら、喜んで」
「そのときは、今日の紅茶をぜひまたお願いね。あと、できれば……」
彼女は目を細め、さりげなく門のほうをちらりと見た。
「さっきの方も、またお招きして。なかなか、絵になるお方だったもの」
「え……?」
「無口だけど優しそうな方、って、わかるのよ。私たち、そういうのには敏いんだから」
リリアの頬がかすかに赤くなる。胸の奥に、小さな想いが芽吹いたような感覚。
それはまだ、名前のない気持ちだった。
けれど確かに、花のようにそこに根を下ろし始めていた。
ラベンダーの柔らかな紫、風咲きの明るい黄色、ミントの葉が太陽を受けてきらめく。
リリアはカゴを片手に、ひとつひとつ花を摘みながら深呼吸をした。
「今日は、絶対に大丈夫」
カゴの中には朝摘みのハーブ。テーブルには焼きたてのスコーンと三種のジャム、そしてローズヒップとレモンバームを合わせた特製ティー。
庭には天蓋つきのテーブルを三つ、白いクロスが風に揺れている。
そこへ、音も華やかに馬車が現れた。
「リリアさん、準備できてる? さっそく令嬢方が来たみたいだよ」
カリムが駆け寄ってくると、門の前には彩り豊かなドレス姿の少女たちが優雅に降り立った。
「まぁ、本当におとぎ話みたい」
「このラベンダー、香水の原料になりそう」
「噂は本当だったのね、ここが“花の隠れ家”かしら」
前列に立つ金髪の令嬢が、リリアに微笑みかける。
「ごきげんよう、リリアさん。お招きありがとう。今日は私たちの“とっておき”を、楽しませてね」
「こちらこそ、ようこそいらっしゃいました。精一杯おもてなしいたします」
背筋を伸ばして一礼しながらも、リリアの内心は少しだけ震えていた。
目の前の令嬢たちは皆、城下町の有力な家の娘たち。王都の社交界でも知られる“麗しの三花姫”と称される存在だという。
けれど、花と紅茶は、誰にでも平等に香りを届ける。
リリアは一杯ずつ丁寧に紅茶を注ぎ、スコーンとともに三種のジャムを差し出した。
「こちらは“赤実のソナラ”のジャム。甘酸っぱくて紅茶との相性が良いです。
真ん中は蜜りんご、最後は“ブルーフラワー”からとった天然の紫色のコンフィチュールです」
「まぁ、すてき。宝石みたい」
「どれから食べるか迷ってしまうわ」
令嬢たちは華やかに笑い、ティーカップを傾けながら感嘆の声を漏らす。
「この香り……市販のハーブティーとはまるで違うわ」
「こんな庭が自宅にもあったらいいのに」
なかでも、リリアが用意したティースタンドが思わぬ好評を博した。
「この三段のお皿の配置、すごく“可愛い”わね」
「上からジャム、スコーン、果実と……色のバランスが計算されてる!」
令嬢たちは自前のスケッチ帳を取り出し、器や盛りつけを熱心に描き写していく。
まるで、前世の“女子会映えタイム”のようだった。
(……よかった。本当に、喜んでもらえてる)
リリアは胸をなで下ろし、ほっと笑みを浮かべた。
だがそのとき、視線の隅に、ひとつの影が映った。
門の外。花壇越しに、ひとりの男が静かに立っている。
灰色の髪を風に揺らし、庭の様子を見つめる彼の姿は、どこか物語から抜け出たようだった。
リリアは思わず立ち上がり、戸口まで駆け寄る。
「ごめんなさい、今日は貸切なんです。また明日以降にいらして下さい」
その男――グレイヴァン・リオステルは静かに頷き、低く抑えた声で応えた。
「今日は貸切なんだな。ご令嬢たちのお茶会中に訪問してすまなかった。また来る」
それだけを言い残し、彼は庭に背を向けて歩き去った。
リリアはその背中を、しばらく見つめていた。
(……姿を見ただけなのに、こんなにドキドキするなんて)
「ねえ、リリアさん」
金髪の令嬢が、いたずらっぽく声をかけてきた。
「このお庭、定期的に“貸し切り”できるようにしてくれたら嬉しいわ。社交界の会話の“新しい場”になるもの」
「はい、もちろん。私にできることなら、喜んで」
「そのときは、今日の紅茶をぜひまたお願いね。あと、できれば……」
彼女は目を細め、さりげなく門のほうをちらりと見た。
「さっきの方も、またお招きして。なかなか、絵になるお方だったもの」
「え……?」
「無口だけど優しそうな方、って、わかるのよ。私たち、そういうのには敏いんだから」
リリアの頬がかすかに赤くなる。胸の奥に、小さな想いが芽吹いたような感覚。
それはまだ、名前のない気持ちだった。
けれど確かに、花のようにそこに根を下ろし始めていた。
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