『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ

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第15話:心を守るために、できること

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 庭にレティシア・ヴェルメルの残した香水の匂いは、もうとっくに風に消えていた。
 けれどリリアの胸の中には、まだその言葉の余韻が居座っていた。

 ──あなたのような、“何も持たない娘”が彼の隣に立てるとでも思ってるの?

 紅茶の香りに混ざって、ひとつひとつの言葉が再び胸を突く。

(……私、本当に、何も持ってないのかな)

 グレイヴァンが来てくれる理由が、自分にはわからなかった。
 紅茶の味が気に入ったから? それとも……ほんの、気まぐれ?

 考えれば考えるほど、怖くなる。

 けれど、その思いの渦の中で、ふと小さな“記憶”が浮かんだ。

 ——静かな夕暮れ。ラベンダーのそばで彼が言った言葉。

 『こういう場所を、大事にしてる人は、強いなと思う』

 そのとき、彼は目を伏せていたけれど、あれは嘘じゃなかった。
 あのひとことで、リリアは確かに救われていた。

(だったら……私は、私が信じてきたものを、守ろう)

 紅茶も、花も、この庭も。
 そして、ここで紡いできた、誰かとの静かな時間も。



 数日後の午後。
 いつもより風が強く、花が揺れている。

 リリアは棚に並ぶ茶葉を眺めながら、その中からあるブレンドを選び取る。

(あの日、彼が「思い出したくなる」と言ってくれたお茶)

 その香りが、きっと彼の記憶のどこかに残っているなら。
 今日という日が、また心に残るように——そう願いを込めて、ポットに湯を注いだ。



 門が開く音に、心が跳ねた。

 現れたのは、いつものように静かな影。

 「……こんにちは、グレイヴァンさん」

 リリアの声が、少しだけ震えた。

 彼は変わらぬ無口さで庭を歩き、席に座ると、リリアがそっと紅茶を差し出した。

「……あの日と、同じ香りです。覚えていますか?」

 彼は一口飲み、少しだけ目を細める。

「……ああ。……“やさしい”味だ」

 たった一言。けれど、その声が、ほんのわずかにあたたかくなっていた気がした。

 それだけで、胸がじんとあたたかくなる。

「この前……ヴェルメル令嬢が来て、変なこと言ってなかったか」

 唐突に彼が切り出した。

 リリアは目を見開いた。まさか、知っていたのか。

「……聞いたのか。騎士団のほうにも、妙な話が入っていたから」

「それは……」

「俺は、誰の意向も気にしない。選ぶときは、自分で決める」

 その言葉は、まるで槍のように真っ直ぐだった。

 リリアは目を伏せ、紅茶の湯気にかくれるように、唇を引き結んだ。

(それが……私、だったらいいのに)

 言葉にはできない。けれど、彼の言葉は確かに——少しだけ、リリアの心を守ってくれた。



 その日の夕方。

 リリアはいつものように片づけをしながら、ふと空を見上げた。

 夕焼けの空がオレンジに染まっている。
 胸の中に、そっと芽吹いたひとつの想い。

(私も、強くなりたい)

 見下されても、奪われそうになっても、大事なものを守れる強さが欲しい。
 それは、恋のためだけじゃない。
 この庭で過ごす“誰かの時間”を守るために。

 リリアはそっと手を握りしめた。

 そして、風に揺れるラベンダーの香りの中、ひとつの決意が静かに心に根を張った。
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