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第三章 暴風のコロッセオ
第118話 アルフェのルームメイト
しおりを挟む僕たちが入寮する平民寮の一階は共有スペースがメイン、二階は一年生、三階は二年生、四階は三年生の部屋という構成になっている。
アルフェが入る二○一号室は階段を上ったすぐそばにあり、僕たちの二○六号室は奥の角部屋に位置している。僕たちの角部屋の向こうにはさらに部屋が続いており、廊下を挟んだ部屋が二〇部屋ほどあるようだ。
階段脇に貼られている見取り図版を見るに、僕たちの二○六号室だけは少し広めのようだな。ホムがホムンクルスだと伝えていたので、きっと大柄だと思われたのだろう。
「さて、早速挨拶といこうか」
「うん」
二○一号室の扉の前に立つと、鍵が開いているのがわかった。ウルおばさんの言う通り、中にファラがいるのだろう。
ノックをしてみるが中からの返事はない。
「留守かな……?」
「鍵が開けっぱなしなのは不用心だね。まあ、寮だしその心配はないのかもしれないけど」
アルフェと顔を見合わせながら、ドアノブに手を掛ける。扉を開くと、湯気と石鹸の匂いがした。
部屋に備え付けのお風呂があるのだろうかと思いながら中に入ると、手前の開け放たれた扉から尻尾が覗いた。
「ん……?」
左右に揺れ動く尻尾の方を見ると、僕の気配に気づいたのか、尻尾の持ち主が素早く顔を覗かせた。
「にぎゃーーーーー!!」
真っ裸のファラが悲鳴を上げ、尻尾を逆立てている。
「ぎにゃーにゃーっ!」
顔を真っ赤にして悲鳴を上げるファラの剣幕に、僕も慌てて入り口に引き返す。
「何事ですか、マスター!?」
「待て、入るな!」
ファラの剣幕にホムが入ってこようとしたが、ひとまず外に押し出して扉を閉めた。
「フーッ! フーッ!」
叫んだ余韻もあってか、荒い息遣いが扉の向こうから聞こえてくる。とにかく謝罪しておかなければ。
「タイミングが悪くてすまない。あとで出直すことにする」
「いや、そこで待っててくれ。すぐに着替える!」
出直すつもりだったが、ファラは幾分か慌てた様子で僕たちを引き止めた。
* * *
「さっきはすまなかった……」
程なくして、着替えを終えたファラが扉を開いた。猫人族というだけあり、頭頂部にはその象徴である猫の耳がある。肩より少し短く切りそろえた黒髪と同じ色の耳は、湯上がりということもあってか、しっとりと濡れたような毛艶を見せている。
「ファラ・イルミンスールだ」
ホムの衣服と少し似た、給仕の制服のようなデザインの服に身を包んだファラは、落ち着いた声音で名乗ると、僕をじっと見つめた。
「……しかし、なんだ……。思ってたより小さいな。ハーフエルフと聞いていたが、もう成長が止まっているのか?」
どうやら僕が先に部屋に入ったことで、アルフェと勘違いしているようだ。
「いや、僕はリーフで彼女がアルフェだ。こちらこそ、すまなかった」
「お着替えしてたのに、ごめんね」
慌てて訂正し、アルフェを紹介すると、アルフェも謝罪しながら少し緊張した面持ちで頭を下げた。
「ごめんはあたしの方。鍵を閉め忘れたせいで驚かせて、ごめん」
アルフェの緊張が伝わったのか、ファラが眉を下げて謝罪する。猫耳と尻尾が下がっているところから、ファラの謝罪の気持ちが伝わってきた。
「いや、僕がもっときちんと確認すべきだった」
共同生活においては、第一印象も大事だろう。念には念を入れて謝罪すると、ファラは目を瞬き、ぱっと表情を変えた。
「はい! じゃあ、この件はこれでおしまい! ぱーっと水に流そうぜ! 風呂だけに」
小気味よい音を立てて手を叩き、ファラが笑顔を見せる。
「ふふっ、ファラちゃんって面白いんだね」
「……ははっ、ウケたみたいだな」
ファラが見せた明るい笑顔に、アルフェも緊張を解いたようだ。その場の空気が一瞬にして和らいだ。
「それで、改めて……キミがアルフェで――」
「よろしくね、ファラちゃん」
「うん、よろしく。それで、こっちが――」
ファラの視線がホムへと向く。ホムはその視線に恭しく頭を垂れ、ファラに挨拶した。
「ホムと申します」
「ホムっていうのか、変わった名前だな」
ファラは不思議そうに目を瞬いている。恐らく初めてホムンクルスを目の当たりにしているので、ホムがそうだと気がついていないのだろう。
「マスターから賜った大切な名前です」
「ああ、ごめん。別にけなしたんじゃないんだよ」
ホムが気を利かせて名前の由来を説明するが、表情が比較的乏しいので怒っているように見えたらしい。ファラは顔の前で手を合わせると、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「ホムは別に怒ってるわけじゃない。僕が錬成時に感情を抑制したせいで、そう見えてしまうだけなんだ」
「……錬成? 抑制?」
「そう。ホムの名の由来は、ホムンクルスからきている。僕の従者であり、大切な家族だ。アルフェともどもよろしく、ファラ」
「はぁー、なるほど。そういうことか……」
僕の説明で納得がいった様子のファラは、感心したように僕とホムを見比べている。
「ちっこいのにしっかりしてるよな。なんだかママみたいだな」
「リーフはすごく大人だし、格好良くて頼りになるんだよ。アルフェ、リーフが大好きなの!」
ファラが僕を褒めたのが嬉しかったのか、アルフェが笑顔で語りかける。僕の話になると、アルフェの頬は薔薇色に染まり、目が一段と輝くのは相変わらずのようだ。
「……ああ、その目を見てりゃわかるよ。じゃあ、あたしも頼りにさせてもらおうかな」
にっと八重歯を見せて笑うファラに、アルフェもすっかり打ち解けた様子だ。どんなルームメイトか心配ではあったが、この様子なら大丈夫そうだな。
「困った時はお互い様だ。僕も頼りにさせてくれ」
「おうよ!」
ファラは自信満々に胸を張り、手のひらで叩いた。
「それにしても、ファラちゃん、お洒落だね!」
「ああ、これか? ディアンドルっていう故郷の民族衣装なんだ。あたしの故郷のアルダ・ミローネでは、給仕はみんなこの服を着るんだ」
なるほど、ホムと同じ給仕の衣装が元になっているようだ。
「まあ、動きやすいし、あたしらの世代にとっちゃあ作業着みたいなもんだな」
「お洒落で動きやすいなんて、最高だね」
「だろ? アルダ・ミローネはビールとグルメの街で、こういう衣装の人間がゴロゴロいるんだぜ。街のほとんどが酒と料理自慢の店ってんで有名なんだ」
ファラの口ぶりから、彼女が故郷を誇りに思っていることが良く伝わってくる。民族衣装と制服を兼ねているようだから、店ごとに特徴的なデザインがあったりするのだろうな。酒はともかく、料理自慢の店が連なっているというのも興味深い。アルフェとホムと一緒に、一度訪れてみたいものだ。
「ファラちゃんのディアンドル、ホムちゃんに似合いそうだよね。ワタシも着てみたいな」
「おっ! なら、たまに交換してみるか?」
「うん!」
「ありがとうございます」
ノリの良いファラは、アルフェの申し出に笑顔で応じ、ホムにも笑いかけた。ホムもファラに慣れてきたのか、僕にだけ分かるような微笑を浮かべて相槌を打った。
「……さて、いつまでも立ち話もなんだよな。とりあえず窓側のベッドをあけてあるから、そっちを使うといい」
「いいの?」
ファラが示すように、部屋の奥――窓側のベッドにはシーツや枕などの寝具が畳んで置かれており、全く手つかずのままだ。
「朝はちょっと苦手なんだ。この部屋、窓が東向きだから眩しくてさ……って、なんか押しつけたみたいで悪いな」
「ううん、全然!」
ファラがふと気づいて申し訳なさそうに耳を下げたが、アルフェは嬉しそうに首を横に振った。
「ワタシ、お日様が好きだから、窓側で嬉しいよ、ありがとう」
「あたしたち、上手くやっていけそうだな」
好意的なアルフェの返答に、ファラが笑顔で握手を求める。
「うん。ファラちゃんがルームメイトで良かった」
アルフェも笑顔でその握手に応じた。
「じゃあ、挨拶もできたし、僕たちも部屋に行こうか、ホム」
「長居してしまって申し訳ございませんでした、ファラ様」
「いいっていいって! 別に邪魔だとか思ってないし!」
ホムの慇懃な物言いに恐縮したのか、ファラが首を竦める。
「あ、そうだ、六時から食堂で夕食なんだ。席をとっておくから、一緒に食べないか?」
「うん、さんせーい!」
すっかりいつもの調子に戻ったアルフェが、笑顔で挙手する。
「リーフも、ホムちゃんも、みんな一緒に食べようね」
「そうだね。じゃあ、また後で」
僕もホムも、それに同意し、二○一号室を後にした。
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