魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第5話 怪現象だ 4

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 まだ森の中だ。辺りには開けたスペースなんて見当たらない。茂みにでも隠れているのだろうか。そう思ったが、フェンリスの様子を見れば、キョロキョロしているだけで何も見付けていないらしい。つまり敵はいないということだ。なぜならフェンリスの優れた知覚能力は凄まじく、対象の呼吸や心臓の鼓動すら完璧に認識する。例え森の中であろうとも、それこそ目に見えなくても絶対に見逃さないのだから。

「カルマ、周囲の一斉調査を」
「了解じゃ」

 物理的な痕跡が一切ないとなると、魔法で透明化して姿を隠した可能性が考えられる。小賢しい真似をしてくれたようだが無駄だ。魔法の感知すら可能なファントム・シーカーからは逃れられまい。
しかし調査開始から数分後、カルマは渋い表情をして首を振った。

「何も引っかからぬ」

 ファントム・シーカーにも引っかからないとなると、余程の高位魔法やスキル、希少なアイテムを使っているのだろうか。
 魔法やスキルの痕跡を全く残さないというのはとても難しいというより、ほぼ不可能と言っていいレベルだ。暗殺や密偵の方面に俺クラスまでとことん鍛え上げて、ようやくシャットアウトできるかどうかだから。そうなると戦闘面はおろそかになってしまうから大抵のプレイヤーは鍛えようとは思わない。もっとも、そういう戦闘とは全く関係のない方面の戦力を持つためにも配下というシステムがある訳で、まだ見ぬ敵本人でなくとも、その配下が潜んでいる可能性は十分にあり得る。ただそうなると、俺クラスの敵がこの世界にいるということになるのだが。

「……フェンリスとカルマの二重探知から逃れる敵、か」

 基本的に考えにくい。この情報からいる、いないを判断したのではなく、そんな高等技術を持っているのならヴェルの時に相応の抵抗をしてきたはずだ。だが奇襲や暗殺というものは、そういう想定外のことをして初めて成立するのもまた事実か。
 頭をこの世界からドミニオンズの最強クラスの戦闘を想定するように切り替える。本気で奇襲をしかけようとするのなら、これまでの常識や正攻法の発展形は勿論、一度でも前例のある奇策はトッププレイヤーには通用しない。上位を走るためにはその手の対策は必要不可だからな。もっとも、奇襲を仕かける側の奴らはそのことをよく理解していて、必ずといっていい程に新種を見せてくれる。魔法やスキル、アイテムをあれやこれやと組み合わせ、これまでの常識を覆してくれる。だからこそ最大級の警戒をするのなら、ここで安堵するなどあってはならない。

「ただ……」

 そう、ただ、である。もしも敵がそんな高等な罠を張っていなかった場合、他に考えられるだろう。偵察兵を囮に俺たちをここへ釣り出したのかもしれない。もしもそうなら、せっかく復興した村やオラクル・ラビリンスが攻め込まれる危険があるか。ならばこちらも手を打たせて貰う。
 村やオラクル・ラビリンスの防御を固めるためにアザレアへ連絡を入れようとした時、フェンリスが俺の手を掴む。

「待ってください、魔王様。あの人たち、魔法陣を展開し始めましたよ」
「魔法陣……? カルマ、解析してみてくれるか?」
「わかったのじゃ」

 一体何の魔法を使うつもりなのだろう。転移の魔法だろうか。もしも囮役ならこちらの尾行に気が付いているはずで、時間稼ぎをして逃げるということもあり得る。それならそれで逆に好都合だ。転移魔法の追跡など造作もない。プロテクトがかかっていたら秘蔵のアイテムを使ってでもこじ開けてくれる。
 そんな風に色々と考えていると、作業が終わったらしい。魔法陣が色味を失い消滅するのを待ってからカルマは結果を教えてくれた。

「魔王様、解析が終わったのじゃ。あれはワシらの世界には無い魔法のようじゃぞ」
「ドミニオンズには無い魔法か……どんな感じのものだ?」
「多数の文字配列をどこかへ送っておる。恐らく、メッセージ機能じゃろうな」

 妙だな。わざわざこんなに歩いてから連絡を入れるだと。確かに危険な場所から離れたいという気持ちはわかるけど、こんな遠くに来る必要があるのか。まさか本当に俺たちを釣り出すことだけが目的だったのだろうか。文字だけで陽動成功とでも連絡を入れているのだろうか。もしもそうなら一本取られた形になるが。

「我が君、メッセージ機能がこの世界には無いのではありませんか? 魔法で代用しているのならば有効範囲があって、ここまで移動したのも頷けます」

 ウロボロスがひとつの可能性を提示してくれる。なるほど、有効範囲か。あっても不思議ではないな。だが、そうなるとまたまた好都合だ。その範囲がどのくらいかは知らないが、この近くに本隊がいるのは確実ということになるのだから。

「うーん……どうしたものか」

 ただ、結局はどれも想像でしかない。奴らの狙いが何なのかは実際に聞いてみなくてはわからない。それならいっそ、あの偵察兵を捕らえてしまおうか。いや、駄目だ。何らかの非常用の連絡手段があれば本隊に逃げられてしまう。あくまでもあいつらは餌だ。泳がせておかなくては本命に逃げられかねない。

「如何なさいますか、我が君?」

 見えない敵への対策と、あの偵察兵の扱いをどうするか決めることが求められている。しかも余り時間をかけていては、奇襲をかけられる可能性があるというオマケ付きだ。
 よし、決めた。余り時間が無い場合に限り取る最低の手段。強硬突破だ。見えない敵だろうと何だろうと、敵の得意とするフィールドがあろうがなかろうが、勇んで踏み込んでくれよう。できれば被害を全く出さないスマートな方法で切り抜けたかったが仕方ない。
 そこさえ決まってしまえば後はもうトントン拍子である。
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