魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
53 / 176
第1章 偽りの騎士

第9話 まさかの戦い 5

しおりを挟む
 ウロボロスもまたグングニル改12を構えた。構えた、そう思ったのだが、どうやら違うようだ。握る右手はだらんと垂れ下がっており、あれでは、ただ持ち直しただけではないか。

「聖リリス帝国四大将軍、聖天騎士団二番席次ルーチェ。参ります」
「いつでもどうぞ。せめて、我が君を楽しませられるくらいは頑張ってくださいね」

 風が吹く。優しく、穏やかに。でも決して、それは自然のものではなかった。そう証明するかのように、やがて風は明確な意思によって暴風となり、ルーチェの周りを吹き荒れる。そしてトルネードと化してその姿を覆い隠した。

「風よ、刃となりて勝利へ導け」

 刹那、ルーチェは風と共に忽然と消えた。右にも左にもいない。見落としたというのか、この俺が。いや、よく見るとラピッド・アイの魔法が切れていたらしい。急いでかけ直して辺りを再確認すると、既に第一刀が振り下ろされる直前だった。

「エアリアル――!」
「――上ですか」

 俺と違い、ウロボロスは生粋の戦士だ。ラピッド・アイなんか無くても音速の一刀すら見切れてしまう。だから見逃さない。しっかりと上空を見上げ、その姿を捉えていた。
 ルーチェの周囲には風の槍が7本、全てウロボロスに向けられる形で浮いていた。それらが一気に降り注いだのである。これに対し、ウロボロスは小さく溜め息を漏らしながらシールドを展開して受け止める構えを取る。

「ランスロット、ファイア!」
「遅いですね、えぇ、全く話になりません」

 防御態勢は完璧。事実、7本の槍はシールドに阻まれてへし折れ、霧散していった。最初の攻防はこちらの圧倒的な勝利だ。いくら数で攻めようとも勝敗は火を見るよりも明らか。例えば、小石をいくつ投げれば戦車を破壊できるだろう。そのくらい無謀な勝負を強いているのだからこの結果は必然だ。

「……え?」

 魔法の力で全ての動きを捉える俺ですら見逃したというのか。見ると、ウロボロスもまた同様に驚かされたのだろう。その目が微かに見開かれて、ゆっくりと後方へ向く。あの瞬間、槍が7本落下したあの瞬間だ。あの時既に、ルーチェはウロボロスの背後を取っていた。そしてシールドが槍を受け止めるのとほぼ同時に、槍を突き出して来ていたのだ。
 この緊急事態に対して、ウロボロスはグングニル改12で突きを防ぎにかかる。本来ならばこれで正解だ。こんな裏をかかれた時に、魔法やスキルなんて悠長に選んでいる暇は無いのだから。

「駄目だ、ウロボロス!」

 でも、今、このルールにおいては致命的に駄目。ウロボロスとルーチェのステータス差は圧倒的だ。小石と戦車とで例えたが、それですら不適切な気がするくらいだ。そんな常軌を逸したパワーを有するウロボロスが、その手に握る槍で受け止めたらどうなってしまうだろう。
 互いの武器が触れ合った。たったそれだけで、まるで子どもがダンプカーにでも跳ねられたようにルーチェの体は大きく舞い上がり、何度も地面にバウンドしながら吹き飛んでいった。勝敗は決した。これは意図していないとはいえ、立派な反撃である。

「も……申し訳ありません!」

 ルーチェの技は凄まじかった。大げさなくらいのパフォーマンスからの高速移動、そして渾身の一撃に見えてしまう攻撃をカモフラージュにして、背後に回ってからの不意打ち。見事という他にない。敗北の悔しさよりも、ただただ感動だけを覚えてしまっている。

「どうしましょう……栄光あるオラクル・ナイツの名に泥を塗ってしまいました。この罪、万死に値します……!」

 それに対し、ウロボロスはあらゆる面で優れていた。それが決定的な敗因だ。こちらが有している絶対的な有利条件。圧倒的なステータスの差。これを逆手に取られて勝敗が決まってしまったのだ。自刃したくなるくらいの後悔を覚えるのは当然だろう。俺だってそうしたくなってしまうだろう。でも、それを認めることは絶対にできない。
 どこから取り出したのか、短刀を腹に突き立てようとしたウロボロスの両手を掴んで止める。間一髪だった。こんな短刀でも、本気で死ぬと決意すれば、死んでしまう可能性もあっただろうから。

「いいか、ウロボロス。こんな負け方があるなんて俺ですら思いもしなかった。ひとつ大きな収穫があったじゃないか」
「しかし……全力を出して敗北したのならまだしも、これでは……!」
「悔しい話だけど、向こうの方が上手だったということさ。これをバネにしてくれれば、それでいいよ。後の事は任せてくれ」
「我が君……申し訳ありませんでした」

 何とか納得してくれたようだが、それでもウロボロスは酷く項垂れていた。無理もない。俺がプレッシャーをかけ過ぎたのも悪かったし、何より互いに驕り高ぶり過ぎていたのが悪かった。本当にいい勉強になったと思うしかない。
 さて、こちらの負けだ。向こうの要望を飲まなければ。そう思ってルーチェを見ると、ボロボロの体を引きずるようにしながらも、不思議そうな顔をして首を傾げていた。

「何を……言っているんですか? 私は……まだ、一撃を入れていません。勝敗は着いていませんよ」
「な……何を言っているんだ? こちらは反撃してしまったも同然。お前の勝ちだ」

 この一戦は間違いなく大きな財産になる。これだけの収穫があれば欲深くいく必要もない。そう思っていたのに、こいつは何を言っているんだ。目的のためならば騎士という役職すら馬扱いしていたというのに、しかもこちらが負けを認めているというのに、それでもまだ戦うと言うのか。馬鹿な。あのルールが無ければ勝ち目なんて無いと骨身に染みてわかったはずだろうに。
 困惑していると、ウロボロスは顔を上げて小さく笑った。なんだ、あの笑みは。これまで見たことのない、惚れてしまいそうなくらい凛々しい表情をしていた。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

処理中です...