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第1章 偽りの騎士
第13話 ウロボロスとカルマの 3
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そう、今はさっさと体を綺麗にして、話を聞いて、あれこれと言い聞かせて、さっさと寝せないといけないのだ。のんびりしてまた倒れられたら溜まったものではない。
カルマはシャンプーを泡立たせると、頭頂部から黄金色の髪の毛先まで、入念に泡を馴染ませていく。そして頭皮マッサージをするように、自分の髪ではここまで気を遣わないだろうというくらい優しく、丁寧に洗っていく。
「……そんなに気を遣わなくても良いですよ、カルマ?」
「む、バレてしまったかのう」
普段はここまで丁寧にやらないのを無理にしたからだろう。どこか動きがぎこちなく、ウロボロスに悟られてしまう。しかし、だからといってカルマは手を止めたりしない。急がせるために始めたことだが、先ほど自分に言い聞かせたように、ウロボロスには言葉では言い表せない程の恩がある。今はその恩に多少なりとも報いる数少ない好機と言っていい。ゆっくりとする時間は無いものの丁寧にやりたいと、カルマは努めて気を払うのを止めない。
「……ありがとうございます、カルマ」
その心遣いを感じ取ったウロボロスは、それ以上は何も言わず、黙って目を閉じて身を委ねる。
会話は無い。浴場には湯が溜まっており、湯の継ぎ足しも無い。しゃわしゃわと、優しく髪を洗う音だけが静かに鳴り響く。
「……のう、ウロボロス」
この優しい静けさにもっと浸っていたい。そう思いながらも、先に破ったのはカルマだった。ふと気付いたのだ。これは甘えや逃げの類だと。いつも戦場で見慣れている大きな背中は、改めてよく見ると、とても女性らしくて小さい。そんな当たり前のことを、いつも守られながら見ていたはずなのに気付けなくて、頼ってばかりで。このままではまた縋ってしまう。また倒れさせてしまう。それだけは絶対に嫌だと、思いをぶつけることにした。
「主は……自分が大切ではないのか?」
優しかったはずの手付きに力まで篭ってしまったのだろう。髪が引っ張られてウロボロスは痛みを感じる。しかし痛がったりはしない。その思いが言葉以上に、痛い程に伝わってくるから。
ウロボロスは少しの間、思案する。何て答えるべきなのだろうと。ありがとう、ごめんなさい。いや、違う。そんな気持ちを口にしては同じことの繰り返しだ。きっとまたカルマを苦しめてしまうだろう。なら素直な気持ちを言うことにした。どう転ぶのかわからないものの、今一番求められている答えだろうから。
「私は……我が君のことが一番大切です。その次に大切なのは貴女たち。自分自身が割り込むなど、考えたこともありませんでした」
「ワシらは……まだ頼りないかのう? まだ主に守られねばならないかのう?」
カルマは言葉だけでなく全身までも酷く震わせた。
強くなった。オラクル・ナイツの称号を得て、守られるだけのお荷物ではなくなったのだと、隣に立てるだけ強くなったと、そう思ったのに。それなのに、ウロボロスはまだ自分たちを優先させていたなんて。
「いえ、とても頼りにしているつもりですよ」
「ならばもっと頼ればよかろうに……なぜ、お主はそうのじゃ。なぜ、こんなにも頼りたくなってしまうのじゃ。なぜ、そんなに強いのじゃ……っ!」
これはお湯の音ではない。もう滴るほどの汗もかいていない。それでも、ぽたり、ぽたりと雫が垂れ落ちる音がする。
ウロボロスは今、ようやく理解した気がしていた。自分は馬鹿だなぁ、とも思っていた。強く、もっと強く。そう願い努力しているのは自分だけではないのだと、もう理解していたつもりだったのに。あれだけの痛みを伴って学んだことなのに、まだ、こんなにも見えていなかったのだ。
「これを口にするのは少々恥ずかしいのですが……貴女になら聞いて貰いたいと心から思えます。どうか聞いて頂けないでしょうか?」
返答は無い。だからといってもう一度聞いたり、後ろを振り返ったりするのははばかられた。カルマなら頷いてくれている。そう信じて、ウロボロスは目を伏せて天上を仰いだ。
「私たちは……データでした。生まれも育ちも一般的な生命とは全く異なります。この体も、力も、もしかするとこの思いすら、誰かの手で作られています。私たちの幸運な出会いすら、自らの意思では叶わなかったでしょう」
言うなればウロボロスもカルマも、いや、オラクル・ナイツの全員は髪の毛一本から血の一滴に至るまで、つまり、自分が自分だと認識できるもの全てが、他人の意思によって創造されている。子が親を選べない、なんて生易しい話ではない。なぜならデータだから。何もかもを創造されて導かれて初めて存在できるから。これは絶対に逃れられない運命である。
「私は我が君と皆の盾、皆は我が君と私の頼もしい矛。如何に強大な敵すらことごとく打ち倒し、晩年の私たちは常勝無敗でした。嬉しかった。勝利をもぎ取るだけの作業ですら、その繰り返しが嬉しかったのです。だから……見誤ったのです」
ウロボロスは敗北した。一撃を入れられれば負ける、そんな一方的な条件とはいえ、こちらはありとあらゆる分野で圧倒していたから。それに何より、ユウに育まれたこの身が、常勝無敗の誇らしいチームの盾である自分が、どうして負けるはずがあろうかという自信を持っていたから。だから負けるはずがないと舐めていた。考えようともしなかった。とても大切なことを。
カルマはシャンプーを泡立たせると、頭頂部から黄金色の髪の毛先まで、入念に泡を馴染ませていく。そして頭皮マッサージをするように、自分の髪ではここまで気を遣わないだろうというくらい優しく、丁寧に洗っていく。
「……そんなに気を遣わなくても良いですよ、カルマ?」
「む、バレてしまったかのう」
普段はここまで丁寧にやらないのを無理にしたからだろう。どこか動きがぎこちなく、ウロボロスに悟られてしまう。しかし、だからといってカルマは手を止めたりしない。急がせるために始めたことだが、先ほど自分に言い聞かせたように、ウロボロスには言葉では言い表せない程の恩がある。今はその恩に多少なりとも報いる数少ない好機と言っていい。ゆっくりとする時間は無いものの丁寧にやりたいと、カルマは努めて気を払うのを止めない。
「……ありがとうございます、カルマ」
その心遣いを感じ取ったウロボロスは、それ以上は何も言わず、黙って目を閉じて身を委ねる。
会話は無い。浴場には湯が溜まっており、湯の継ぎ足しも無い。しゃわしゃわと、優しく髪を洗う音だけが静かに鳴り響く。
「……のう、ウロボロス」
この優しい静けさにもっと浸っていたい。そう思いながらも、先に破ったのはカルマだった。ふと気付いたのだ。これは甘えや逃げの類だと。いつも戦場で見慣れている大きな背中は、改めてよく見ると、とても女性らしくて小さい。そんな当たり前のことを、いつも守られながら見ていたはずなのに気付けなくて、頼ってばかりで。このままではまた縋ってしまう。また倒れさせてしまう。それだけは絶対に嫌だと、思いをぶつけることにした。
「主は……自分が大切ではないのか?」
優しかったはずの手付きに力まで篭ってしまったのだろう。髪が引っ張られてウロボロスは痛みを感じる。しかし痛がったりはしない。その思いが言葉以上に、痛い程に伝わってくるから。
ウロボロスは少しの間、思案する。何て答えるべきなのだろうと。ありがとう、ごめんなさい。いや、違う。そんな気持ちを口にしては同じことの繰り返しだ。きっとまたカルマを苦しめてしまうだろう。なら素直な気持ちを言うことにした。どう転ぶのかわからないものの、今一番求められている答えだろうから。
「私は……我が君のことが一番大切です。その次に大切なのは貴女たち。自分自身が割り込むなど、考えたこともありませんでした」
「ワシらは……まだ頼りないかのう? まだ主に守られねばならないかのう?」
カルマは言葉だけでなく全身までも酷く震わせた。
強くなった。オラクル・ナイツの称号を得て、守られるだけのお荷物ではなくなったのだと、隣に立てるだけ強くなったと、そう思ったのに。それなのに、ウロボロスはまだ自分たちを優先させていたなんて。
「いえ、とても頼りにしているつもりですよ」
「ならばもっと頼ればよかろうに……なぜ、お主はそうのじゃ。なぜ、こんなにも頼りたくなってしまうのじゃ。なぜ、そんなに強いのじゃ……っ!」
これはお湯の音ではない。もう滴るほどの汗もかいていない。それでも、ぽたり、ぽたりと雫が垂れ落ちる音がする。
ウロボロスは今、ようやく理解した気がしていた。自分は馬鹿だなぁ、とも思っていた。強く、もっと強く。そう願い努力しているのは自分だけではないのだと、もう理解していたつもりだったのに。あれだけの痛みを伴って学んだことなのに、まだ、こんなにも見えていなかったのだ。
「これを口にするのは少々恥ずかしいのですが……貴女になら聞いて貰いたいと心から思えます。どうか聞いて頂けないでしょうか?」
返答は無い。だからといってもう一度聞いたり、後ろを振り返ったりするのははばかられた。カルマなら頷いてくれている。そう信じて、ウロボロスは目を伏せて天上を仰いだ。
「私たちは……データでした。生まれも育ちも一般的な生命とは全く異なります。この体も、力も、もしかするとこの思いすら、誰かの手で作られています。私たちの幸運な出会いすら、自らの意思では叶わなかったでしょう」
言うなればウロボロスもカルマも、いや、オラクル・ナイツの全員は髪の毛一本から血の一滴に至るまで、つまり、自分が自分だと認識できるもの全てが、他人の意思によって創造されている。子が親を選べない、なんて生易しい話ではない。なぜならデータだから。何もかもを創造されて導かれて初めて存在できるから。これは絶対に逃れられない運命である。
「私は我が君と皆の盾、皆は我が君と私の頼もしい矛。如何に強大な敵すらことごとく打ち倒し、晩年の私たちは常勝無敗でした。嬉しかった。勝利をもぎ取るだけの作業ですら、その繰り返しが嬉しかったのです。だから……見誤ったのです」
ウロボロスは敗北した。一撃を入れられれば負ける、そんな一方的な条件とはいえ、こちらはありとあらゆる分野で圧倒していたから。それに何より、ユウに育まれたこの身が、常勝無敗の誇らしいチームの盾である自分が、どうして負けるはずがあろうかという自信を持っていたから。だから負けるはずがないと舐めていた。考えようともしなかった。とても大切なことを。
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