魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第18話 解答 2

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 消えた。そう思った時には、背後から果実や菓子とは違う独特な甘い香りがして、振り返る間もなく、ガッシリと背中から抱き締められていた。嘘だ。そこには玉座があったはずだろう。なのに、なんだよ、この背中全体で感じる間違いを犯してしまいそうな柔らかさは。

「ユウ様、前をご覧ください」

 耳元で妖艶な声でささやかれる。前、前って、俺は前を見ていたつもりだったのだが、気が付くと、独特な笑みを浮かべているルシファーと目が合っていた。頬が真っ赤で、口と目は三日月のようににんまりとしている。どうしてわかるんだろうと思ったら、どうやら後方を見ていたらしい。

「ふ……ふざけるなよ……?」

 だってそうだろう。目を離したら何をされるかわかったもんじゃないんだぞ。変なところに手が伸びて来るんじゃないかって思うと、本当はまだ見ている方が良かった。しかしどういう訳か、俺の頭に誰かの手が添えられて、無理にグイっと向けられる。痛い。首が痛い。すると、一体いつの間に準備されていたのだろう。三脚の上に本格的っぽいカメラを乗せて、今まさに撮影しようとしている神無月がいた。

「はい、チーズ」

 カシャリという音が鳴り響く。え、なに。どういうことなんだよ。と思いながら視界の端に白い物が見えて、視線を落とすと、俺は真っ白なタキシードを着ていた。まさか、と思いしっかりと振り返ると、ルシファーは純白のドレスを着ていて、なぜかその左手薬指には青い宝石の着いた指輪がされていた。

「わ、わ、我が君に対して何と無礼な! 離れてください、ルシファー様!」

 そういえばウロボロスはどうしたのかと思ったら、メイドたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げて、でもその度にゾンビのように復活されて足止めを食らっていた。手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、一歩たりとも進めそうにない。

「そうじゃぞ! 羨まけしからん! 離せ、離すのじゃ!」

 見ると、カルマも同じようにメイドたちに力ずくで押し込められていた。事態が事態だけに止めようとしてくれたんだろうが、流石にカルマの腕力ではどうしようもないらしい。もっともウロボロスですらあの状態なんだから、スキルや魔法を上手く使うという発想が浮かばなさそうなくらい興奮しているカルマに突破は困難だろう。

「ふふ、これで結婚式は済みましたね? あとは……」

 え、なに。あとって何。ハネムーンか。まさか初夜とは言うまいな。やめろ、やめろよ。俺はこんなんでも好きな人と一緒に添い遂げたいっていう思いがあるんだぞ。いや、ルシファーのことが嫌いという訳では勿論なくて、なんなら外観も性格もトップレベルで好みなんだけど、なぜか素直に受け入れたいとは思えないんだ。だから頼む。どうか穏便に、穏便に。
 その願いは届いたのか、届かなかったのか。ルシファーはゆっくりと顔を近付けてくると、キス、ではなく頬を頬にピタリと当てて頬擦りしてきた。いまだかつて見たことも聞いたこともないレベルの熱烈な頬擦りだ。ダメージこそないものの、顔が削れて無くなるんじゃないかって思えるくらいである。

「あぁ……ユウ様! ユウ様、ユウ様! あぁ、やっとお会いできました!」
「おのれ……ルシファー様! 我が君、我が君っ!」
「離れるのじゃ! おのれ離れろ、メイドがっ!」

 助かったと思う気持ち半分、何なのこれという疑問が半分であった。だってさ、第三者的な立場から見れば、まるで恋人の仇でも前にして怒り狂っているようなウロボロスとカルマがいて、尋常じゃない頬擦りをされている俺がいるだけだぞ。ほら、見ろ、あのルーチェの目を。滅茶苦茶ドン引きしているじゃないか。

「あ、あのさ、ルシファー? お客さんもいることだし、これはちょっとやり過ぎじゃ……」
「いいえ、折角お会いするのですから、一生心に残るようなサプライズは必要不可欠です。お気に召しましたか?」

 ぶっちゃけるとお気に召しません。でも否定したらどうなるだろう。せっかく偽装結婚式の写真撮影と頬擦りで満足してくれそうな雰囲気なのに、これで駄目となれば、俺を引きずりながら大人の階段を駆け上がってしまいそうな気がする。キスで済めば良し。そのまま純情を散らされてしまうかもしれない。今は、そのキスすら守れているのだ。ここで冒険するのは余りにもリスキー過ぎる。

「し、心臓が止まるかと思ったから……もう少しマイルドにお願いします」
「ふふ、ではサプライズ成功ですね。お褒め頂き光栄の極みに御座います」

 何がどう成功したのか、と突っ込みかけて自分で気付く。サプライズは驚かせて初めて意味がある。驚きにも程度はあるだろうが、心臓が止まりそうな程に驚かせたとなると、かなり上位にくる出来なのかもしれない。そう考えると俺は褒めてしまったことになるのだろうか。いや、ならないはずだ。俺のこの表情や口調を見れば一目でわかってくれてもいいんじゃないのか。

「戯れはこのくらいにしましょうか。騎士様がお待ちですので」

 誰のせいだと思っているんだ、誰の。そんな言葉をグッと飲み込む。
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