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第2章 暁の竜神
第3話 紅竜同盟の使者 2
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そんな言葉を受けて、水無月は小さく溜め息を吐いて答える。
「私とお話したいんですか? プライベートでしたら全てお断りしています」
「違う! お前たちの主とだ!」
見た目が似ていると中も似るのか。方向性は違えども、またしても話が進みそうにない。こいつも駄目かとローレンは肩を落としかける。
だが、これだけ疲れ果てても戦士としての血はしっかりと呼び覚ます。薄れかけていた警戒心を。これまでのふざけた様子から一変し、氷のような冷たさが徐々に室内を支配していく。その発生源たる水無月は不気味なほど口角を吊り上げて微笑んだ。
「ふふ、まずはお礼を言わねばなりませんね。雑魚の粋がる姿はとても滑稽で、見ていて飽きませんでしたよ」
「どういう……意味だ?」
ローレンは後ろの屈強な使者たちに目配せする。彼らはローレンの護衛であった。
各々、合図を送られずともこの異様な空気を察知していた。既に腰や背中に下げた剣や槍に手をかけ、臨戦態勢を取っている。
「おや、私は感謝の言葉を述べただけ。何か思うところがあるのなら、それはつまり心当たりがあるということでは?」
そんな竜人たちの対応を鼻で笑いながら、水無月は挑発的な返答をする。さして脅威ではないという意味も込めていた。
「ならば、こちらも言い返させて貰おうか。大体、これが使者に対する態度か? それともこれが返事と受け取って良いのか?」
「なんと無礼な。突然やって来たのはそちらではありませんか……と、少々失礼」
水無月は左耳を手で押さえて微動だにしなくなる。その目からは生気が失われ、くすんだ色にさえなった。それから数秒後、目に光が戻ると、誰に対してのものか一度頷いてからローレンたちへ向き直った。
「ご許可を頂きました。そちらの要望通り、本題に入りましょうか」
「本題……まさか、お前が主か?」
「……貴方の目は節穴ですか?」
ローレンたちは一気に戦意を喪失しかけた。感じたのは更に純度を増した純粋な殺意。抜き身のナイフを首元に当てられたような、いや、そんな生易しいものではない。死へと誘う冷たい手で全身をなで回されたような、とにかく、もう殺されたのではないかと錯覚したほどの凶悪な圧力を受けたのだ。
「お……おい、お前たち!」
ただ立っているだけの水無月からはそんなオーラが放たれている。まだ武器を手にしている訳ではない。しかし恐怖に突き動かされたローレンは明確な交戦の意思ありと見なした。
彼の一声で互いに頷き合い、竜人たちは武器を握る手に力を込める。今まさに抜刀しそうな状態だ。一触即発。どちらかが妙な動きでもしようものなら戦場になりかねない。
さて、そんな状況にした張本人は微塵も脅威に思っておらず、クスクスと笑みをこぼす。当り前だ。水無月たちにとって彼らは雑魚。もしも彼らがドミニオンズに出現する敵モンスターだったら、最初のマップの片隅にひっそりと生息しているような相手なのだ。いや、ともすると戦闘に発展しない村人程度かもしれない。そんな奴らが一丁前に戦士っぽく振舞おうと何をしようとお笑い種でしかない。
そんな雑兵など眼中に無い水無月は真の脅威をしっかりと見つめていた。お目当ては、こんな状況でも一切取り乱すことなく佇んでいるあの子。フード付きのコートを頭から被っている小さい竜人であった。あの竜人からボロが出ないものかと、もう少し揺さぶりをかけてみることにする。
「……その名を口にするのも畏れ多い我らの絶対主様と私如きを間違えた罪は、万死に値します。しかしそうですね。粛清する前にこの湧いた興味を片付けておきましょうか。他の皆様が武器に手を伸ばしたというのに、貴女は随分と余裕ですね?」
「私は非戦闘員ですから……」
女の子の声だった。明らかに幼い声。ただ、そんな若さとは裏腹に震えている様子はない。むしろ凛々しくも聞こえる。
一方、ローレンたちは無様に震えている。さぞ腕には自信があるのだろうに、いや、覚えがあるからこそ敵わない相手だと本能が悟っているのだろう。
でもこの子は違う。全く動じていない。それは無知故の鈍感な態度ではない。もっとその先を見据えた堂々とした姿であった。
「先頭で威張り腐っていたので貴方が使節団のリーダーだと思いましたよ、ミスター・ローレン」
「お……俺のことを知っているのか!? それでそんな態度を取るなど……!」
知っているというレベルではない。水無月はローレンの素性もステータスも、なんなら生い立ちから趣味嗜好まで全てを把握している。当然、ここでの立場も知っていた。だからこそここまで強気の態度で挑発できるのである。
「勘違いなさらぬように。ここにいる全員、ものの数秒で片付けられることをお忘れなきよう」
「は……はっ! 俺を知っている割に大した自信だな!? 紅蓮飛竜隊の隊長に向かって……!」
一触即発の状況の中、竜人の女の子はどこまでも冷静だった。怯える様子は終始全くなく、じっと水無月の様子を観察していた。すると突然、ふっと諦めたように小さく溜め息を吐く。そしてローレンに対し、あくまでもお願いという姿勢で言葉を発した。
「落ち着いてください、ローレンさん。残念ながらその方の言うことは本当でしょう」
「止めるな、メグ!」
言葉は届かなかった。怒りに加えて死を予感する恐怖に支配されたローレンはとうとう剣を抜いてしまう。他の使者たちも同様だ。鏡のように磨きこまれた両手剣や槍を構える。
水無月もまたやれやれと剣と盾を取り出す。剣はタルワール。大きく曲がった細身の片刃刀だ。よく手入れされており、光に照らされて木目のように綺麗な波紋がうっすらと浮かび上がる。盾は逆三角形をした身の丈ほどある壁盾だ。その外面には悪魔のような文様が刻み込まれており、その目の部分だけが赤い光を帯びて鈍く光っている。
「あら、私と剣で会話すると? ふふ、正気ですか? その震え様、既に死を悟っているようですが?」
「い……良い度胸だ、このメイド風情がっ!」
水無月の剣と盾は一級品だ。ローレンたちのちゃちな武器など比べものにならない。そんな絶対不変の事実を教授するため、今まさに互いの剣が交錯しようとした。
「私とお話したいんですか? プライベートでしたら全てお断りしています」
「違う! お前たちの主とだ!」
見た目が似ていると中も似るのか。方向性は違えども、またしても話が進みそうにない。こいつも駄目かとローレンは肩を落としかける。
だが、これだけ疲れ果てても戦士としての血はしっかりと呼び覚ます。薄れかけていた警戒心を。これまでのふざけた様子から一変し、氷のような冷たさが徐々に室内を支配していく。その発生源たる水無月は不気味なほど口角を吊り上げて微笑んだ。
「ふふ、まずはお礼を言わねばなりませんね。雑魚の粋がる姿はとても滑稽で、見ていて飽きませんでしたよ」
「どういう……意味だ?」
ローレンは後ろの屈強な使者たちに目配せする。彼らはローレンの護衛であった。
各々、合図を送られずともこの異様な空気を察知していた。既に腰や背中に下げた剣や槍に手をかけ、臨戦態勢を取っている。
「おや、私は感謝の言葉を述べただけ。何か思うところがあるのなら、それはつまり心当たりがあるということでは?」
そんな竜人たちの対応を鼻で笑いながら、水無月は挑発的な返答をする。さして脅威ではないという意味も込めていた。
「ならば、こちらも言い返させて貰おうか。大体、これが使者に対する態度か? それともこれが返事と受け取って良いのか?」
「なんと無礼な。突然やって来たのはそちらではありませんか……と、少々失礼」
水無月は左耳を手で押さえて微動だにしなくなる。その目からは生気が失われ、くすんだ色にさえなった。それから数秒後、目に光が戻ると、誰に対してのものか一度頷いてからローレンたちへ向き直った。
「ご許可を頂きました。そちらの要望通り、本題に入りましょうか」
「本題……まさか、お前が主か?」
「……貴方の目は節穴ですか?」
ローレンたちは一気に戦意を喪失しかけた。感じたのは更に純度を増した純粋な殺意。抜き身のナイフを首元に当てられたような、いや、そんな生易しいものではない。死へと誘う冷たい手で全身をなで回されたような、とにかく、もう殺されたのではないかと錯覚したほどの凶悪な圧力を受けたのだ。
「お……おい、お前たち!」
ただ立っているだけの水無月からはそんなオーラが放たれている。まだ武器を手にしている訳ではない。しかし恐怖に突き動かされたローレンは明確な交戦の意思ありと見なした。
彼の一声で互いに頷き合い、竜人たちは武器を握る手に力を込める。今まさに抜刀しそうな状態だ。一触即発。どちらかが妙な動きでもしようものなら戦場になりかねない。
さて、そんな状況にした張本人は微塵も脅威に思っておらず、クスクスと笑みをこぼす。当り前だ。水無月たちにとって彼らは雑魚。もしも彼らがドミニオンズに出現する敵モンスターだったら、最初のマップの片隅にひっそりと生息しているような相手なのだ。いや、ともすると戦闘に発展しない村人程度かもしれない。そんな奴らが一丁前に戦士っぽく振舞おうと何をしようとお笑い種でしかない。
そんな雑兵など眼中に無い水無月は真の脅威をしっかりと見つめていた。お目当ては、こんな状況でも一切取り乱すことなく佇んでいるあの子。フード付きのコートを頭から被っている小さい竜人であった。あの竜人からボロが出ないものかと、もう少し揺さぶりをかけてみることにする。
「……その名を口にするのも畏れ多い我らの絶対主様と私如きを間違えた罪は、万死に値します。しかしそうですね。粛清する前にこの湧いた興味を片付けておきましょうか。他の皆様が武器に手を伸ばしたというのに、貴女は随分と余裕ですね?」
「私は非戦闘員ですから……」
女の子の声だった。明らかに幼い声。ただ、そんな若さとは裏腹に震えている様子はない。むしろ凛々しくも聞こえる。
一方、ローレンたちは無様に震えている。さぞ腕には自信があるのだろうに、いや、覚えがあるからこそ敵わない相手だと本能が悟っているのだろう。
でもこの子は違う。全く動じていない。それは無知故の鈍感な態度ではない。もっとその先を見据えた堂々とした姿であった。
「先頭で威張り腐っていたので貴方が使節団のリーダーだと思いましたよ、ミスター・ローレン」
「お……俺のことを知っているのか!? それでそんな態度を取るなど……!」
知っているというレベルではない。水無月はローレンの素性もステータスも、なんなら生い立ちから趣味嗜好まで全てを把握している。当然、ここでの立場も知っていた。だからこそここまで強気の態度で挑発できるのである。
「勘違いなさらぬように。ここにいる全員、ものの数秒で片付けられることをお忘れなきよう」
「は……はっ! 俺を知っている割に大した自信だな!? 紅蓮飛竜隊の隊長に向かって……!」
一触即発の状況の中、竜人の女の子はどこまでも冷静だった。怯える様子は終始全くなく、じっと水無月の様子を観察していた。すると突然、ふっと諦めたように小さく溜め息を吐く。そしてローレンに対し、あくまでもお願いという姿勢で言葉を発した。
「落ち着いてください、ローレンさん。残念ながらその方の言うことは本当でしょう」
「止めるな、メグ!」
言葉は届かなかった。怒りに加えて死を予感する恐怖に支配されたローレンはとうとう剣を抜いてしまう。他の使者たちも同様だ。鏡のように磨きこまれた両手剣や槍を構える。
水無月もまたやれやれと剣と盾を取り出す。剣はタルワール。大きく曲がった細身の片刃刀だ。よく手入れされており、光に照らされて木目のように綺麗な波紋がうっすらと浮かび上がる。盾は逆三角形をした身の丈ほどある壁盾だ。その外面には悪魔のような文様が刻み込まれており、その目の部分だけが赤い光を帯びて鈍く光っている。
「あら、私と剣で会話すると? ふふ、正気ですか? その震え様、既に死を悟っているようですが?」
「い……良い度胸だ、このメイド風情がっ!」
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