魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第2章 暁の竜神

第4話 竜神祭 前編 5

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 でも、無謀とわかりつつも挑むのなら全力を出し切って貰いたい。どうすればあれを落とせるか真剣に考えてみる。可能性があるとすれば、少しずつ後方へ動かしていって、最後に頭の方を狙い撃ってバランスを崩して落とす。これしかあるまい。もっとも、その動かすところが難しい。狙いどころを間違えれば棚の上で倒れてしまう。あの大きさだ。横になったらもう落とせない。バランスを保ちながら後ろへ押し込むなら、やはり足元を狙うしかないか。

「フェンリス、あれは少しずつ動かすしか……」
「一発で落ちないなら、こうするしかありません!」

 何をしようというのか、フェンリスは合計14発の弾を縦に積んで、顔の高さのところまで持ち上げる。そしてニヤリと笑うと、弾から手を離した。

「スキル、雷速豪拳――!」

 弾の装填、射撃、そしてまた装填。これを光の速さでこなす。どういう原理か知らないが、撃鉄を初めとする発射機構がその速度に付いて行っていて、目の前で起きた事をそのまま説明すれば、それはもう単発式の銃ではない。散弾銃だ。
 合計で14発の散弾を一度に浴びせられたぬいぐるみは綺麗に後ろへ吹き飛び、壁に叩き付けられ、ずるりと床へ落下した。

「やったー! 落ちましたよ、魔王様!」
「流石はフェンリスです! やはり、オラクル・ナイツに不可能はありませんね、我が君!」

2人が心底嬉しそうにハイタッチするのを見ながら、俺とおじさんは同じ事を言ってしまった。

「な……何だ、そりゃ」

 確かに、スキルは魔法じゃない。別に弾や銃、景品に細工をした訳でもない。ある意味で正攻法、しかし反則的な力押し。認められるのか、これは。身内ながらこれはない。あっちゃいけない。でも、最終的に決めるのは店主のおじさんだ。怒声罵声を浴びせられるのを覚悟して、恐る恐る聞いてみる。

「あのー……どうなりますか?」

 そろり、とおじさんの視線が壁に向く。温度計のような手のひらサイズの計測器がかけられていた。その針はスピードメーターのようになっており、今は0を指し示している。

「ま……魔法関知センサーは……動いていないか。インチキにしか見えないが……ルール違反はしていない……も、持っていってくれ!」

 あれは渡す予定の無い展示品のような、例えば店に飾られた木やポスター的な物じゃないのか。それでもいいんだ。ちゃんと商売してくれるんだ。そりゃあさ、ルール違反はしていないのだから獲得した事にはなっただろう。でも、明らかにこれはモラル的な大切な何かに反している気がしてならない。心苦しい気持ちでいっぱいだ。

「え……で、でも」
「いいんだ、持って行け!」

 おじさんの謎の熱意に負けて、差し出されるままに受け取っちゃったけど、滅茶苦茶気まずいんですけど、この状況。ほら、竜人たちが集まってきてヒソヒソ話し始めたぞ。

「今の魔法じゃないの……?」
「でもブザーは鳴らなかったよな」
「じゃあ、あれが人間技?」

 落ち着きたまえ、諸君。光の速さで手を動かせる子どもがいてたまりますか。正解はスキルです。魔法じゃないけど立派な反則だと俺ですら思います。
 そうだ、やっぱりこれは返そう。このまま受け取ったら気分が悪い。フェンリスにはこういう屋台では魔法、スキルの類の使用を控えるよう注意しなければ。

「魔王様、ください!」

 決意を固めたのだが、フェンリスが両手を広げて屈託の無い笑顔で待っているのが見えた。駄目だ。これはいくら何でも駄目。大人として、魔王として、きちんと教えなくちゃと言いたかった。でも気が付くと、自然と手渡し終えていた。可愛過ぎ。抗えない。はっと我に返って、待ったをかけようとしたが、ぬいぐるみは大切そうに抱き締められている。

「ありがとうございます、魔王様!」

 その様子は可愛らしくて、やっぱり天使にしか見えなかった。ここからどうする。まさか取り上げるのか、今のフェンリスから。おもちゃを貰って嬉しそうにする天使ちゃんから引ったくれるか。無理ゲー。観衆よ、そしておじさんよ、許してくれ。意思の弱い俺が全ての元凶だ。

「なぁ、兄ちゃん」

 肩を叩かれる。罵られるのかとドキドキしながら振り返ると、おじさんはなぜか目に涙を浮かべていた。そんなに悲しいのか。まさか、あの犬のぬいぐるみには相当な思い入れでもあったのか。と、あらぬ妄想を膨らませていると、おじさんは赤くなった鼻を擦りながら頭を下げてきた。

「俺はさ、店を畳むよ。あんな良い子に……俺ぁ……なんて酷い商売をしていたんだろうな……」

 いや、貴方は大変に良い商売をしていたと思うよ。ほら、周りを見て。粗悪とはいえ笛やストラップ、おもちゃの指輪なんかをゲットして嬉しそうにする子、ひとかけらのお菓子を親と半分こしている子、何も取れなくても貰える飴を口の中で転がしている子、様々いる。得られた景品にかなりの差があるものの、それでも間違いなく射的を楽しめていたはずだ。絶対に落とせない景品ばかりを並べる悪徳な店ではないという証じゃないか。今回悪いのは全面的にこっち。俺たちなんだよ。だから頼むよ、そんな悲しそうな顔で、そんな寂しい事を言わないでくれ。
 でも、これを何て言葉にしたらいいんだろう。いたたまれなくて、うまく文章にできない。このままではおじさんが本当に店を閉めてしまうというのに。
 その時だった。フェンリスがすっと俺たちの間に割って入って来る。そしておじさんの手を握ると、笑顔でこう言った。

「おじさん、また遊ばせてくださいっ!」
「また……と? お嬢ちゃん、また遊びたいって、そう言ってくれるのかい?」
「はい、是非っ!」
「そうか、そうか……そう言ってくれるのか。お嬢ちゃんにそう言われたんじゃあ、まだまだ辞められないな」

 おじさんは両の手でしっかりとフェンリスの手を包み込み、何度か上下に振って、熱く握手を交わす。思い直してくれてくれたらしい。良かった。今時こんな良心的な店はそうそう無い。まぁ、元の薄汚れた世界に毒され過ぎていて、本当はどこもこんな感じなのかもしれないけどさ。それでも、このおじさんは心からいい人なんだとわかる。だからこそ良かった。
 これでもかと手を振り合いながら和やかに射的屋を後にした。アザレアを忘れて行ったことに気付いたのは、それからしばらくしてからである。
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