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第2章 暁の竜神
第5話 竜神祭 後編 1
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あれからというもの、フェンリスの快進撃は留まるところを知らなかった。百発百中の輪投げ、水槽が空になる金魚すくい、彫刻のように美しい型抜きなど、脅威の戦果をこれでもかと挙げ続けている。
だが店側もただやられているだけではなかった。裏で情報共有しているのだろう。フェンリスが目を付けた店は、決まって過酷な勝負を仕かけてくるようになった。
「おじさーん、輪投げさせてください!」
「はははっ! 来たな、お嬢ちゃん! ここは強風が吹き荒れる輪投げなんだよ。それでもいいかい!?」
今は12店舗目の輪投げ屋だけど、今度の所は扇風機を20台左右に投入していた。恐らく全てが最強設定で暴風が吹き荒れている。軽いおやつやカードなんかは店の外へと飛んでいっている。
この採算度外視のパワープレイに挑もうとする猛者はいない。他の客は遠巻きに眺めているだけだ。こんなことをすれば二度と客が寄り付かなくなるかもしれないだろうに。見ろ、あのおじさんの顔を。理性のストッパーを全て取っ払い狂気に走ったような笑みを浮かべて、いや、待て。それは事実ではあるが真実ではない。あれは狂戦士の面構え。戦いのためなら自身の命さえ厭わない者のみが到達できる境地。今後の人生さえも棒に振りかねない捨て身の変態的な姿勢に、ある種の敬意すら感じられる。
「あはは、真剣勝負ですね! 受けて立ちますよ!」
一方、フェンリスは店を回るごとにより笑顔に、楽しそうにする。天使らしさは既に影も形もない。徐々に変化していったのだ。最初は純粋な楽しみ方だったのだろう。それこそ、子どもが玩具で遊ぶような感じ。でも今は違う。その本質は変わらず無垢な闘争心ではあるが、実際はこいつもまた狂戦士と化している。それもそのはず。これはもうただの真剣勝負。利益や損害など考慮にも値しない純粋な決闘。いや死闘。純粋な戦いを心から求めるフェンリスにとって、これこそ切望した心躍る舞台である。
「ふふん、良い度胸だ。さぁ、俺の風にひれ伏すがいい!」
両者、熱い火花を散らしているところを悪いが、やっぱり一旦冷静になって貰いたい。この戦いの果てに何があるというのか。何も無いはずだ。特に、あのおじさんには一切メリットなんて無いだろう。あり得ない話だが、仮にフェンリスを打ち倒してどうなる。勝利。その一時の栄誉に、この店すら投げ打つ程の価値があるのだろうか。断言しよう。あるものか。あってたまるか。もしもこの店の権利書を賭けているとか、この店に投資の話があるとか、そういう取り決めがあるなら話は別だ。その場合は大いに燃え上がってくれて構わない。でも生憎と、俺たちは敵情視察しに来ているものの、この店を征服する気なんて毛頭ない。たまたま目についたから立ち寄っただけのお客さんだ。こっちとしては、ここで踵を返して違う店に行っても何ら問題ないくらい、どうでもいい一戦なんだぞ。
「あ……あのさ、ちょっと待って……」
それに、これ以上閉店させる訳にはいかないんだよ。これ以上、そう、最初の一店舗目から始まって、少しの間はまだ良かった。でもそれ以降は、このおじさんみたいに勝負を挑み、本当に店を畳んだ人もちらほらいる。そんな事をする必要なんてないと説得している間に、フェンリスは次の店に飛び込んでしまうのだからたまらない。
でも今はこれまでと違う。そうやって繰り返された悲劇の中で、ようやく戦いの前にフェンリスに追い付いた、事前に止められる機会なんだ。逃してなるものか。声をかけようとしたところで、思わぬ伏兵が現れる。
「お待ちください、我が君。これは戦士と戦士の一騎打ち。声をかけるのは、いくら我が君であろうとも無粋だと思います」
ウロボロスがギュッと組んだ腕に力を込めて止めてきた。いかん、折れる。折れなくても細胞という細胞が圧死してしまう。ギブ、ギブと手をポンポン叩くと、何とか力を緩めてくれた。
たぶん、戦士としての血が騒ぐのだろう。これは予想外だった。むしろ逆、俺がこれだけフェンリスを気にしているのだから、怒って止めてくれるのでは、とも思えたのだが。
「申し訳ありません、我が君。少々力がこもってしまいました」
少々、なるほど、これで少しなのね。感情が爆発しようものならどうなるか、うぅ、考えるのも恐ろしい。本当に前へ出ようものなら腕が押し潰されたかもしれない。ひょっとすると千切れてしまったかもしれない。もう止めるなんて無理だ。ごめんな、おじさん。恨んでくれるなよ。
そして、その時がやってくる。今、ゆっくりと武器が、プラスチックの輪がフェンリスの手に渡った。まだお金を払っていないのに、おかしいね。
「おい、あの子が噂の……?」
「あぁ、あんな小さいのに凄腕の屋台荒らしか。でも、こんな風じゃ輪投げなんてやれないだろ」
「正気の沙汰とは思えないよな、あの子も店も」
「おい、僕のフェンリスたんに何てことを言うんだ!」
「そこの野郎ども、天誅を下す!」
フェンリスの快進撃はとても注目されていた。まぁ、あんな曲芸を披露しているんだ。黙っていても目に付くのだろう。何やかんやと言われながら、ギャラリーはどんどん増えていた。今や、コンサート会場か何かかと思ってしまう程に周囲はごった返している。中には気が触れた奴もいるようで、いつの間に用意したのか、「フェンリス・愛」と書かれたハチマキや法被を身に付けた輩まで現れていた。親衛隊気取りらしく、フェンリスを悪く言う不届き者がいれば、頼んでもいないのに乱闘を繰り広げてくれる。もう滅茶苦茶である。
だが店側もただやられているだけではなかった。裏で情報共有しているのだろう。フェンリスが目を付けた店は、決まって過酷な勝負を仕かけてくるようになった。
「おじさーん、輪投げさせてください!」
「はははっ! 来たな、お嬢ちゃん! ここは強風が吹き荒れる輪投げなんだよ。それでもいいかい!?」
今は12店舗目の輪投げ屋だけど、今度の所は扇風機を20台左右に投入していた。恐らく全てが最強設定で暴風が吹き荒れている。軽いおやつやカードなんかは店の外へと飛んでいっている。
この採算度外視のパワープレイに挑もうとする猛者はいない。他の客は遠巻きに眺めているだけだ。こんなことをすれば二度と客が寄り付かなくなるかもしれないだろうに。見ろ、あのおじさんの顔を。理性のストッパーを全て取っ払い狂気に走ったような笑みを浮かべて、いや、待て。それは事実ではあるが真実ではない。あれは狂戦士の面構え。戦いのためなら自身の命さえ厭わない者のみが到達できる境地。今後の人生さえも棒に振りかねない捨て身の変態的な姿勢に、ある種の敬意すら感じられる。
「あはは、真剣勝負ですね! 受けて立ちますよ!」
一方、フェンリスは店を回るごとにより笑顔に、楽しそうにする。天使らしさは既に影も形もない。徐々に変化していったのだ。最初は純粋な楽しみ方だったのだろう。それこそ、子どもが玩具で遊ぶような感じ。でも今は違う。その本質は変わらず無垢な闘争心ではあるが、実際はこいつもまた狂戦士と化している。それもそのはず。これはもうただの真剣勝負。利益や損害など考慮にも値しない純粋な決闘。いや死闘。純粋な戦いを心から求めるフェンリスにとって、これこそ切望した心躍る舞台である。
「ふふん、良い度胸だ。さぁ、俺の風にひれ伏すがいい!」
両者、熱い火花を散らしているところを悪いが、やっぱり一旦冷静になって貰いたい。この戦いの果てに何があるというのか。何も無いはずだ。特に、あのおじさんには一切メリットなんて無いだろう。あり得ない話だが、仮にフェンリスを打ち倒してどうなる。勝利。その一時の栄誉に、この店すら投げ打つ程の価値があるのだろうか。断言しよう。あるものか。あってたまるか。もしもこの店の権利書を賭けているとか、この店に投資の話があるとか、そういう取り決めがあるなら話は別だ。その場合は大いに燃え上がってくれて構わない。でも生憎と、俺たちは敵情視察しに来ているものの、この店を征服する気なんて毛頭ない。たまたま目についたから立ち寄っただけのお客さんだ。こっちとしては、ここで踵を返して違う店に行っても何ら問題ないくらい、どうでもいい一戦なんだぞ。
「あ……あのさ、ちょっと待って……」
それに、これ以上閉店させる訳にはいかないんだよ。これ以上、そう、最初の一店舗目から始まって、少しの間はまだ良かった。でもそれ以降は、このおじさんみたいに勝負を挑み、本当に店を畳んだ人もちらほらいる。そんな事をする必要なんてないと説得している間に、フェンリスは次の店に飛び込んでしまうのだからたまらない。
でも今はこれまでと違う。そうやって繰り返された悲劇の中で、ようやく戦いの前にフェンリスに追い付いた、事前に止められる機会なんだ。逃してなるものか。声をかけようとしたところで、思わぬ伏兵が現れる。
「お待ちください、我が君。これは戦士と戦士の一騎打ち。声をかけるのは、いくら我が君であろうとも無粋だと思います」
ウロボロスがギュッと組んだ腕に力を込めて止めてきた。いかん、折れる。折れなくても細胞という細胞が圧死してしまう。ギブ、ギブと手をポンポン叩くと、何とか力を緩めてくれた。
たぶん、戦士としての血が騒ぐのだろう。これは予想外だった。むしろ逆、俺がこれだけフェンリスを気にしているのだから、怒って止めてくれるのでは、とも思えたのだが。
「申し訳ありません、我が君。少々力がこもってしまいました」
少々、なるほど、これで少しなのね。感情が爆発しようものならどうなるか、うぅ、考えるのも恐ろしい。本当に前へ出ようものなら腕が押し潰されたかもしれない。ひょっとすると千切れてしまったかもしれない。もう止めるなんて無理だ。ごめんな、おじさん。恨んでくれるなよ。
そして、その時がやってくる。今、ゆっくりと武器が、プラスチックの輪がフェンリスの手に渡った。まだお金を払っていないのに、おかしいね。
「おい、あの子が噂の……?」
「あぁ、あんな小さいのに凄腕の屋台荒らしか。でも、こんな風じゃ輪投げなんてやれないだろ」
「正気の沙汰とは思えないよな、あの子も店も」
「おい、僕のフェンリスたんに何てことを言うんだ!」
「そこの野郎ども、天誅を下す!」
フェンリスの快進撃はとても注目されていた。まぁ、あんな曲芸を披露しているんだ。黙っていても目に付くのだろう。何やかんやと言われながら、ギャラリーはどんどん増えていた。今や、コンサート会場か何かかと思ってしまう程に周囲はごった返している。中には気が触れた奴もいるようで、いつの間に用意したのか、「フェンリス・愛」と書かれたハチマキや法被を身に付けた輩まで現れていた。親衛隊気取りらしく、フェンリスを悪く言う不届き者がいれば、頼んでもいないのに乱闘を繰り広げてくれる。もう滅茶苦茶である。
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