141 / 176
第2章 暁の竜神
第5話 竜神祭 後編 2
しおりを挟む
とにかく、外野はそんな風になりながらも応援してくれている。盛り上がり方は半端ではない。止められないのなら、いっそ、折角の祭りだ。思う存分暴れて貰うしかあるまい。
「フェンリス! もう止めないぞ、完膚なきまでに叩き潰せ!」
「はい、魔王様! じゃあ……いっきまーす!」
フェンリスが構えると、しんと外野が静まり返る。聞こえるのは遠くの喧騒と、扇風機の風の音だけだ。
おじさんを見ると、生唾を飲み込みながらじっと見守っている。その額には汗が浮かび、目玉が飛び出るのではないかと思うほど大きく見開き、見つめている。
静寂に包まれた中で、そっと、フェンリスが動く。膝を使い、手首のスナップを効かせ、全身で輪を投げる。ひとつ、またひとつと。
プラスチックの輪は軽い。風に飛ばされてあらぬ方向へと行ってしまう。これにはおじさん、思わずガッツポーズ。かと思いきや、まだ動かない。そう、勝負はまだ決していない。輪が地面に落下して、初めて勝敗が決するのだから。
さて、輪は暴風に弄ばれて大きく方向を変えられてしまっている。投げ出してしまってから輪に干渉するのはルール違反。ここから軌道修正はできない。できるのは祈ること。おじさんも、外野も、手を合わせて祈るしかない。まぁ、そんなものに意味はないけどな。なにせ確定した結果が覆ることなど、あり得ないのだから。
「――あ」
誰がそう口にしたのか。その驚きの声は一斉に広まり、決着を告げる。ひとつ目の輪が一番端の棒へと引っかり、カランと音を立てて、くるくると回転しながら落ちた。見事。入った。文句なし。
だがまだだ。まだ慌てる時間じゃない。それはひとつに限らない。ふたつ目、みっつ目と、次々と、乱立する棒へと綺麗に収まっていく。まるで吸い込まれるかのように、たったひとつさえも外れない。外さない。
全ての棒に輪が収まるまでの間、誰一人として微動だにしなかった。おじさんですら固まっていて、敗北したのだと理解するまでに時間がかかったのだろう。それほどまでに美しく、完璧に、風すら計算に入れてフェンリスは攻略してみせた。振り返って笑顔のVサインを見せてくれると、俺よりも先に外野が湧く。
「す……すげぇ……すげぇよ、あの子!」
「嘘だろ!? パーフェクトだぞ!?」
「フェンリスたん、最高だ! 愛している!」
余りに大きな歓声に耳がおかしくなりそうだ。でも悪い気はしない。だって、フェンリスがこんなにも多くの人に応援され、それに応えられたのだ。こんなにも嬉しいことはない。
ただ、当の本人はこれで満足はしないのだろう。あの振り返ってのポーズこそ、その証拠。フェンリスは狂戦士だ。勝利を得たなら吠えるはずだ。まだまだ物足りないらしい。
「ば……馬鹿な……こんなことが……」
それでも勝敗が着いたのは事実。この結果におじさんは膝から崩れ落ちた。余程の自信があったのだろう。
悪いな。種明かしするつもりはないが、そっちには万に一つの勝ち目も無かったんだよ。最上級パッシブ・スキル、自然の理を知る者。物理現象によるものならば、フェンリスは全て完璧に把握できる。それはもう未来予知、いや、未来操作とでも言えるだろう。例え銃弾の雨あられであろうとも、抜け道が一本でもあればフェンリスは全弾回避してみせる。それを可能にするだけの身体能力も有しているからだ。さっきの射的もそうだが、この程度の輪投げの攻略など、赤子の手をひねるようなもの。
「お……俺も負けたというのか……」
おじさんもまた店を畳むとか言い出すかと構えたが、どうやらこれまでの奴らとは様子が違う。むくりと起き上がり、ゆっくりと上げた顔からは、悲壮感は全く見て取れない。逆に晴れやかな表情であった。忘れていたな。このおじさんは狂戦士。持てる力の全てをぶつけたのだから、何も後悔することなんてないんだろう。
「良い勝負だった。お嬢ちゃん。また来てくれ!」
「はい、またいつかお願いします!」
2人は熱い握手を交わし、周囲から割れんばかりの拍手や歓声を浴びる。そして、ここまできたらもはやどうでもいい、むしろ要らない景品の授与が行われる。
景品。そう、店内に辛うじて残っていた玩具やぬいぐるみ、そこらに吹き飛んだカードやお菓子なんかがまとめて袋に詰め込まれ、ひとつ、またひとつと手渡される。その総数は、言うまでもないが店にある品物全てだ。スーパーの大きな袋にギュウギュウに詰め込んでも、どんなに頑張っても10袋は下らないだろう。
なぜ予想が付くかっていうと、ここに至るまで数えたくない程の店でこの光景を目の当たりにしただけでなく、受け取る係までしたのはこの俺だからな。返却したいと申し出て、いや持って行ってくれと、そんな押し問答を繰り広げたけど結局駄目で、全て持ち帰る羽目になっている。この店は交渉すら受け付けてくれなさそうだな。あんなにこやかに景品を渡しているし。
また荷物が増えるのかとガックリ肩を落としていると、横腹をツンツンとつつかれる。カルマだった。
「フェンリス! もう止めないぞ、完膚なきまでに叩き潰せ!」
「はい、魔王様! じゃあ……いっきまーす!」
フェンリスが構えると、しんと外野が静まり返る。聞こえるのは遠くの喧騒と、扇風機の風の音だけだ。
おじさんを見ると、生唾を飲み込みながらじっと見守っている。その額には汗が浮かび、目玉が飛び出るのではないかと思うほど大きく見開き、見つめている。
静寂に包まれた中で、そっと、フェンリスが動く。膝を使い、手首のスナップを効かせ、全身で輪を投げる。ひとつ、またひとつと。
プラスチックの輪は軽い。風に飛ばされてあらぬ方向へと行ってしまう。これにはおじさん、思わずガッツポーズ。かと思いきや、まだ動かない。そう、勝負はまだ決していない。輪が地面に落下して、初めて勝敗が決するのだから。
さて、輪は暴風に弄ばれて大きく方向を変えられてしまっている。投げ出してしまってから輪に干渉するのはルール違反。ここから軌道修正はできない。できるのは祈ること。おじさんも、外野も、手を合わせて祈るしかない。まぁ、そんなものに意味はないけどな。なにせ確定した結果が覆ることなど、あり得ないのだから。
「――あ」
誰がそう口にしたのか。その驚きの声は一斉に広まり、決着を告げる。ひとつ目の輪が一番端の棒へと引っかり、カランと音を立てて、くるくると回転しながら落ちた。見事。入った。文句なし。
だがまだだ。まだ慌てる時間じゃない。それはひとつに限らない。ふたつ目、みっつ目と、次々と、乱立する棒へと綺麗に収まっていく。まるで吸い込まれるかのように、たったひとつさえも外れない。外さない。
全ての棒に輪が収まるまでの間、誰一人として微動だにしなかった。おじさんですら固まっていて、敗北したのだと理解するまでに時間がかかったのだろう。それほどまでに美しく、完璧に、風すら計算に入れてフェンリスは攻略してみせた。振り返って笑顔のVサインを見せてくれると、俺よりも先に外野が湧く。
「す……すげぇ……すげぇよ、あの子!」
「嘘だろ!? パーフェクトだぞ!?」
「フェンリスたん、最高だ! 愛している!」
余りに大きな歓声に耳がおかしくなりそうだ。でも悪い気はしない。だって、フェンリスがこんなにも多くの人に応援され、それに応えられたのだ。こんなにも嬉しいことはない。
ただ、当の本人はこれで満足はしないのだろう。あの振り返ってのポーズこそ、その証拠。フェンリスは狂戦士だ。勝利を得たなら吠えるはずだ。まだまだ物足りないらしい。
「ば……馬鹿な……こんなことが……」
それでも勝敗が着いたのは事実。この結果におじさんは膝から崩れ落ちた。余程の自信があったのだろう。
悪いな。種明かしするつもりはないが、そっちには万に一つの勝ち目も無かったんだよ。最上級パッシブ・スキル、自然の理を知る者。物理現象によるものならば、フェンリスは全て完璧に把握できる。それはもう未来予知、いや、未来操作とでも言えるだろう。例え銃弾の雨あられであろうとも、抜け道が一本でもあればフェンリスは全弾回避してみせる。それを可能にするだけの身体能力も有しているからだ。さっきの射的もそうだが、この程度の輪投げの攻略など、赤子の手をひねるようなもの。
「お……俺も負けたというのか……」
おじさんもまた店を畳むとか言い出すかと構えたが、どうやらこれまでの奴らとは様子が違う。むくりと起き上がり、ゆっくりと上げた顔からは、悲壮感は全く見て取れない。逆に晴れやかな表情であった。忘れていたな。このおじさんは狂戦士。持てる力の全てをぶつけたのだから、何も後悔することなんてないんだろう。
「良い勝負だった。お嬢ちゃん。また来てくれ!」
「はい、またいつかお願いします!」
2人は熱い握手を交わし、周囲から割れんばかりの拍手や歓声を浴びる。そして、ここまできたらもはやどうでもいい、むしろ要らない景品の授与が行われる。
景品。そう、店内に辛うじて残っていた玩具やぬいぐるみ、そこらに吹き飛んだカードやお菓子なんかがまとめて袋に詰め込まれ、ひとつ、またひとつと手渡される。その総数は、言うまでもないが店にある品物全てだ。スーパーの大きな袋にギュウギュウに詰め込んでも、どんなに頑張っても10袋は下らないだろう。
なぜ予想が付くかっていうと、ここに至るまで数えたくない程の店でこの光景を目の当たりにしただけでなく、受け取る係までしたのはこの俺だからな。返却したいと申し出て、いや持って行ってくれと、そんな押し問答を繰り広げたけど結局駄目で、全て持ち帰る羽目になっている。この店は交渉すら受け付けてくれなさそうだな。あんなにこやかに景品を渡しているし。
また荷物が増えるのかとガックリ肩を落としていると、横腹をツンツンとつつかれる。カルマだった。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる