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第2章 暁の竜神
第5話 竜神祭 後編 4
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それはそうと、来た道をそっと顧みると、あちこち閉店の看板が下がり、フェンリスに熱いエールを送る観衆、これ見よがしにひそひそと噂する野次馬、そして失禁して倒れている者たちで溢れ返っていた。そんな地獄絵図の中を荷物持ちのゴーレムや眷属たちが闊歩している。酷過ぎて頭が割れそうだ。
思わず盛大な溜め息を吐くと、ウロボロスが良くない反応を示した。外野に気分を害されたとでも思ったのだろう。言い寄って来た男たちに向けたものと同等のプレッシャーを周囲全体に与えて追い払ってしまう。端から見れば、俺、ヤクザのボスか何かだろうな。一応魔王ではあるんだけど。でも、こういう逃げられ方は嫌だなぁ。ただ、お陰ですっきりしたのもまた事実。それについては感謝かなぁ、なんて、そんな風に嘆いていると、ふと気が付く。誰も彼もが逃げ出した中でただ1人、こちらの様子を伺っている子がいる。しかも悠然と歩み寄って来たではないか。
「魔王様ですよね。大変にご活躍されているようで、評判になっていますよ」
「……貴女は?」
物静かな雰囲気の竜人の少女だった。淡い白金のブロンドヘア、真っ白な肌、宝石のように透き通った赤い目が特徴的だった。幻想的といえば良いのだろうか。ウロボロスたちも含めて、これまで出会ったどの人よりも妖精的な印象を受ける。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はメイリンと申します」
「我が君、お下がりください。一体、どのようなご用件でしょうか?」
すっと目を細めたウロボロスが割って入ってくる。今はこの守護がありがたい。メイリンからは敵意こそ感じられないが、俺を魔王なのだと認識した上で接触して来たのだ。加えてこの惨状とウロボロスからの圧力を物ともしないなんて、例え少女だろうと油断はできない。
こちらが警戒したのを意に介した様子もなく、メイリンは淡々と話を続ける。
「祭りを楽しむ道すがら、たまたま風に乗って噂が聞こえてきたもので。一度、この目で確かめてみたいと」
「身分を明かしなさい。まさか、ただの街娘とは言わないでしょう?」
「そのまさかで御座います。それを証明する術はありませんが、そうですね、あれを見て頂けると幸いです」
メイリンが指さした方向には、まだ遠くて小さく見えるものの、派手な神輿が迫って来ていた。あれは縦長の紅色をした竜を模したものだろう。流石に細かい装飾やその規模まではわからないが大体そんな感じである。
「あの神輿には、ナディア様を含めた有力者たちが乗っておられます。腕に自信がある者は警備に付いております」
「つまり……こんな所に私たちが危惧するような人はいないと、そう言いたい訳ですね? しかし偵察や暗殺者の可能性も残っていますが」
「でしたら、心行くまで身体検査なさってください。ただし私はただの街娘で、観光者たちに声をかけただけ。本来ならばそのようなことは認められません。何もなければ……」
確かにその通りだ。この子が本当にただの街娘なのだとしたら、そして難癖付けて裸にひん剥いたなんて広まったら、まず間違いなく戦争になる。ここで要らない禍根を生んでも仕方ない。
念のためステータスをチェックすると、なるほど、大した数値ではない。そこら辺を歩く奴の方がまだ身体能力が高い。強いて突出しているところを挙げるなら知力だが、それもこの世界基準で言えば、程度だ。仮にこれで暗殺者だとしてもウロボロスたちがいるなら問題ない。
ただし、完全に油断できると言い切れる訳でもない。この世界の住人たちは揃って大したステータスを持たない。つまり今わかるのは、戦闘になっても負けないことだけ。情報戦を目的とした紅竜同盟からの刺客である可能性は、どうしても否定できないのだ。話す内容にだけは注意を払わなければならない。
「改めて初めまして。俺は貴女の言う通り、魔王を名乗る者です。それで、そうと知りながら、一体どのようなご用件でしょう?」
「先ほど街娘と自称しましたが、私は語り部でもあるのです。失礼ながら、その役目についてはご存知でしょうか?」
「語り部……伝承や神話を現代に伝えるための人、という解釈でいいでしょうか?」
「流石は魔王様。聡明でいらっしゃいますね」
なるほど、語り部ね。元の世界にもいたな。戦争体験を語り聞かせてくれる人たちが、確かそんな呼ばれ方をしていた。
さて、迷うな。本当ならば悪い話ではなさそうだ。この世界に関する情報が足りない俺たちには、例え伝承であろうともありがたい。ただし、くどいようだが、この子の素性は知れない。紅竜同盟にとって都合の良い事を吹き込まれるかもしれないし、上と無関係だったとしても、何らかの怪しい宗教に関わっている恐れもある。
チラリと、ウロボロスを見る。うん、俺の腕をしっかりと胸に抱いているものの、その目は油断一切なしの本気モードのようだ。例え俺が引きずり込まれても、きっと助けてくれるだろう。聞いてみようか。虎穴に入らないと虎児は得られない。
「是非、嘘偽りの無い真実を聞かせてくれませんか? ただ……」
この話をしている間にも、フェンリスは次の屋台に狙いを定めたようだ。既にそのおじさんと火花を散らし、今にも走り出したそうにウズウズしている。警戒しろとは言わないが、せめて大切な話をしている間くらいは自制して欲しかったな。まぁ、フェンリスは子どもだ。テンションがあそこまで高まっていて、しかも難しい話なんてしていれば、仕方ないんだけどさ。
「屋台を荒らし……いや、回りながらでもいいですか?」
「えぇ、構いません。よろしくお願い致します」
思わず言い間違えてしまったけど、メイリンはさして思うところは無いらしい。深く頭を下げて一礼しただけで、眉ひとつ動かさない。同族の屋台をまた荒らしても何とも思わないのか。それとも、止められないと諦めてしまっているのか。もっとも、こんな些細なことであれこれ考え込んでも意味はないか。早速と言わんばかりに語り出した内容に耳を傾けよう。
思わず盛大な溜め息を吐くと、ウロボロスが良くない反応を示した。外野に気分を害されたとでも思ったのだろう。言い寄って来た男たちに向けたものと同等のプレッシャーを周囲全体に与えて追い払ってしまう。端から見れば、俺、ヤクザのボスか何かだろうな。一応魔王ではあるんだけど。でも、こういう逃げられ方は嫌だなぁ。ただ、お陰ですっきりしたのもまた事実。それについては感謝かなぁ、なんて、そんな風に嘆いていると、ふと気が付く。誰も彼もが逃げ出した中でただ1人、こちらの様子を伺っている子がいる。しかも悠然と歩み寄って来たではないか。
「魔王様ですよね。大変にご活躍されているようで、評判になっていますよ」
「……貴女は?」
物静かな雰囲気の竜人の少女だった。淡い白金のブロンドヘア、真っ白な肌、宝石のように透き通った赤い目が特徴的だった。幻想的といえば良いのだろうか。ウロボロスたちも含めて、これまで出会ったどの人よりも妖精的な印象を受ける。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はメイリンと申します」
「我が君、お下がりください。一体、どのようなご用件でしょうか?」
すっと目を細めたウロボロスが割って入ってくる。今はこの守護がありがたい。メイリンからは敵意こそ感じられないが、俺を魔王なのだと認識した上で接触して来たのだ。加えてこの惨状とウロボロスからの圧力を物ともしないなんて、例え少女だろうと油断はできない。
こちらが警戒したのを意に介した様子もなく、メイリンは淡々と話を続ける。
「祭りを楽しむ道すがら、たまたま風に乗って噂が聞こえてきたもので。一度、この目で確かめてみたいと」
「身分を明かしなさい。まさか、ただの街娘とは言わないでしょう?」
「そのまさかで御座います。それを証明する術はありませんが、そうですね、あれを見て頂けると幸いです」
メイリンが指さした方向には、まだ遠くて小さく見えるものの、派手な神輿が迫って来ていた。あれは縦長の紅色をした竜を模したものだろう。流石に細かい装飾やその規模まではわからないが大体そんな感じである。
「あの神輿には、ナディア様を含めた有力者たちが乗っておられます。腕に自信がある者は警備に付いております」
「つまり……こんな所に私たちが危惧するような人はいないと、そう言いたい訳ですね? しかし偵察や暗殺者の可能性も残っていますが」
「でしたら、心行くまで身体検査なさってください。ただし私はただの街娘で、観光者たちに声をかけただけ。本来ならばそのようなことは認められません。何もなければ……」
確かにその通りだ。この子が本当にただの街娘なのだとしたら、そして難癖付けて裸にひん剥いたなんて広まったら、まず間違いなく戦争になる。ここで要らない禍根を生んでも仕方ない。
念のためステータスをチェックすると、なるほど、大した数値ではない。そこら辺を歩く奴の方がまだ身体能力が高い。強いて突出しているところを挙げるなら知力だが、それもこの世界基準で言えば、程度だ。仮にこれで暗殺者だとしてもウロボロスたちがいるなら問題ない。
ただし、完全に油断できると言い切れる訳でもない。この世界の住人たちは揃って大したステータスを持たない。つまり今わかるのは、戦闘になっても負けないことだけ。情報戦を目的とした紅竜同盟からの刺客である可能性は、どうしても否定できないのだ。話す内容にだけは注意を払わなければならない。
「改めて初めまして。俺は貴女の言う通り、魔王を名乗る者です。それで、そうと知りながら、一体どのようなご用件でしょう?」
「先ほど街娘と自称しましたが、私は語り部でもあるのです。失礼ながら、その役目についてはご存知でしょうか?」
「語り部……伝承や神話を現代に伝えるための人、という解釈でいいでしょうか?」
「流石は魔王様。聡明でいらっしゃいますね」
なるほど、語り部ね。元の世界にもいたな。戦争体験を語り聞かせてくれる人たちが、確かそんな呼ばれ方をしていた。
さて、迷うな。本当ならば悪い話ではなさそうだ。この世界に関する情報が足りない俺たちには、例え伝承であろうともありがたい。ただし、くどいようだが、この子の素性は知れない。紅竜同盟にとって都合の良い事を吹き込まれるかもしれないし、上と無関係だったとしても、何らかの怪しい宗教に関わっている恐れもある。
チラリと、ウロボロスを見る。うん、俺の腕をしっかりと胸に抱いているものの、その目は油断一切なしの本気モードのようだ。例え俺が引きずり込まれても、きっと助けてくれるだろう。聞いてみようか。虎穴に入らないと虎児は得られない。
「是非、嘘偽りの無い真実を聞かせてくれませんか? ただ……」
この話をしている間にも、フェンリスは次の屋台に狙いを定めたようだ。既にそのおじさんと火花を散らし、今にも走り出したそうにウズウズしている。警戒しろとは言わないが、せめて大切な話をしている間くらいは自制して欲しかったな。まぁ、フェンリスは子どもだ。テンションがあそこまで高まっていて、しかも難しい話なんてしていれば、仕方ないんだけどさ。
「屋台を荒らし……いや、回りながらでもいいですか?」
「えぇ、構いません。よろしくお願い致します」
思わず言い間違えてしまったけど、メイリンはさして思うところは無いらしい。深く頭を下げて一礼しただけで、眉ひとつ動かさない。同族の屋台をまた荒らしても何とも思わないのか。それとも、止められないと諦めてしまっているのか。もっとも、こんな些細なことであれこれ考え込んでも意味はないか。早速と言わんばかりに語り出した内容に耳を傾けよう。
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