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第2章 暁の竜神
第5話 竜神祭 後編 7
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さてと、それを信じるか信じないかは別として、竜神自体を見られないのなら、これ以上の情報は得られそうにない。後はフェンリスたちが満足するまで付き合って帰ろうかな、と踵を返そうとした時だった。
「5年前の大災厄……」
まだ話は終わらないと言うように、メイリンは語り出す。だが生憎と、これ以上付き合いたいとは思えない。色々と聞かせてくれたのはありがたいが、結局は何もかもに証拠なんて無かったから。それに、ここまでの話が全て嘘という事もあり得る。何なら、メイリンは俺を魔王と知って接触して来ている要注意人物でもある。
それなのに、どうしてだろうな。どうして足が止まる。耳を傾けてしまう。あぁ、そうか。これまでと打って変わって、メイリンの雰囲気が激変したんだ。決して無視できないオーラのようなものが感じられたんだ。
「我ら紅竜同盟も出撃しました。ナディア様の御父上様、つまり先代の代表が指揮を執られ、竜神の御姿になられています」
1枚の写真を見せられる。思わず息をのんだ。そこに写っていたのは、あの神輿そのもの。荘厳な赤い竜が天を舞っていた。細長い体躯。ギロリと剥かれた頼もしい茜色の目。そして大空を覆い隠しそうなほど巨大な両翼。これはまさしく神。そう名乗るに相応しい神々しい姿だ。
「ナディア様も先代の血を、そして御力を受け継いでおられます。だからこそ皆が集うのです。絶対的な守護があるのだと、そう心から信じられるから」
「……そ、そうか、実際にこれを見たらわかる気がするよ」
でも、今となっては竜神ですらどうでもいい。この子は一体、誰だ。ただの街娘と言ったな。それこそ嘘。あってたまるか。俺がただの街娘から、これだけのプレッシャーを感じるはずがない。でもステータスは、数値は雑魚だと言っている。なんだ。何がこの子に、これほどの力を与えている。
「ただ、滅多にこの御姿にはなられません。そのために竜神祭があるのです。竜神様の加護を受けているのだと、皆が確かめるために」
「なぁ……お前は一体、誰だ?」
ウロボロスも異変を感じ取ったのだろう。俺を背中の後ろに押し込めて、厳しい目付きで前に立ってくれる。明らかな敵対心をむき出しにしていた。カルマ、アザレアも同様である。この異変に周囲の観光客たちは遠のき、恐らく兵士らしい竜人たちが飛び出して来る。
「お前たち、何をやって……っ!」
誰に睨まれたのか、それとも全員にそうされたのか。竜人たちは見てわかる程に肩を跳ね上げ、委縮する。尻もちを着き、這うようにして逃げ出していった。後はもう誰も残らない。辺りからは人1人さえ残らずいなくなってしまう。
「……未だ、世界は未曾有の危機に瀕しています」
ここまで明らかに異常なのに、まだメイリンは微塵も臆した素振りを見せず、堂々と言葉を紡ぐ。その唇すら一切震わせずに、スラスラと、流暢に。俺の問いかけに答えず、一方的に。
「おのれ、我が君の質問を無視するとはっ!」
「待て、ウロボロス。いいだろう、付き合ってやるよ、その話に。それは5年前の大災厄ってやつだろう?」
「はい。悲しいことに多数の犠牲者を出しながらも根本的には何も解決していません。しかし、私たちはまだ生きています。手を取り合い、わかり合わねば……行き着く未来に希望はあり得ません」
その詳しいところはわからないが、少なくとも、アデルが犠牲になってしまった程の何かが起きたのは事実。それも、国を挙げて後始末に躍起になる程の事態だった。それを乗り越えるためには協力し合わなければならないと。そういえば、ローレンが言っていたな。人間は卑怯な種族だと。恐らく、種族間でいがみ合っていたんだろう。そんな場合ではないと、そう言いたいのか。
「それは……難しい話だな」
何度も言うが、互いに手を取り合うなんて夢のまた夢。さっきはウロボロスたちを引き合いに出したが、あんなのは可愛いものだ。実際はもっと熾烈で、過酷で、無情。スイッチひとつで国が滅ぶという恐怖の中、今日を生きる糧を奪い合い、親も子も関係なく殺し合う。それが現実だった。俺が元いた世界では、それが日常茶飯事の出来事らしい。らしいと言うのは、俺の国は平和だったのだ。満腹だからと平気で飯を残し、水でも電気でも豪勢に安価で使いたい放題。そんな楽園であったにも関わらず、日々、喧嘩はあちこちで起こっていた。殺人事件もあった。今日を問題なく生きられるのに、俺たちは争いを辞められなかった。そんな現実を見て来てさ、どうして皆が手を取り合えると思える。
「えぇ、本当に。それでいて、例え皆が手を取り合えたところで打開できるとも限らないのですから。しかし、座して死を待つ気は毛頭ありません。歴史を、そして真実を語り歩くことが私の役目。ここが私の立つ戦場なのですよ」
理解した。とてもよく理解した。この子はただの語り部と思ったけど、実際は違う。なぜ恐れないのかと奇妙にさえ思ったけど、そうか、この子にとってここは戦場。ルーチェを思い出せ。どんなに絶望的な状況であろうとも、一切ためらいなく槍を振るい続けた。この子も同じ。状況は違っても本質は同じ。命をかけてでも成し遂げたい事があればこそ、死への恐怖など二の次だ。頭の中を支配するのは、どうすれば俺に話が伝わるのか、その思考のみ。だからこそ、その本気の姿勢を見せられればこそ、これまで言われた事全てがどうしようもなく信じられた。
「メイリン……と言いましたね」
うつむき加減のウロボロスが、低い声を発した。怒っている。いや、警戒しているのかもしれない。脅威に感じたのだとすれば、ま、まさか危害を加えるつもりじゃないだろうな。この子は駄目だ。滅多にいないぞ、これほどまでに傑出した存在は。
「待て、ウロボロス。いくらお前でも、この子に危害は……」
「ご安心を、我が君」
ウロボロスはニコリと微笑むと俺の腕からすっと離れて行き、メイリンの前に立った。あぁ、そうかと恥じた。俺はあいつを何だと思っていたのだろう。その横顔はとても凛々しく、戦士そのもの。馬鹿げた事などするはずがないじゃないか。信じて見守ろう。何をするつもりだ、ウロボロス。
「この世界の住人たちにどれ程の価値があるのか、私にはわかりません。いえ、正確には極一部の者を除き、見下してすらいます」
「あなた方ほどの強者ならば、それも仕方のないことかと」
「いいえ、私は心の醜さについて嘆いています。弱者を攻撃し、自分にのみ都合良く生きる……そんな悪鬼供を嫌悪しているのです」
「否定はできませんね。私に言い返せることがあるとすれば、そんな世界を変えられればと、常日頃思っています……とだけ」
「貴女の思いは確かに伝わりました。貴女が、今の貴女の心を失わない限り、私もまた、今日という日を決して忘れないと誓いましょう」
そうか。境遇を顧みれば、この世全てを恨んでも仕方ないはずのお前が、そんなことを言ってくれるようになったか。くそ、目頭が熱くなってきた。変わったな。変わったよ、ウロボロスは。とても良い方向に傾いている。
「ありがとうございます。それだけで……今の私には過ぎた幸せです」
これだけのことをしておいて、なんて謙虚な姿勢なんだ。紅竜同盟か。こんな子もいるんだ。きっと、ナディアを初めとする多くの志は立派なんだろう。もっと話がしたい。そう思えた。まんまとメグの思惑にはまったかもしれないが、まぁ、わかり合えるきっかけになるならそれで良い。
だが問題はローレンの方だ。あんな奴もいる以上、事を構えるかもしれない。もしもそうなった時、できるのか、俺に。そしてウロボロスたちに。そんな不安を抱きながら、神輿の運行を眺めるのだった。
「5年前の大災厄……」
まだ話は終わらないと言うように、メイリンは語り出す。だが生憎と、これ以上付き合いたいとは思えない。色々と聞かせてくれたのはありがたいが、結局は何もかもに証拠なんて無かったから。それに、ここまでの話が全て嘘という事もあり得る。何なら、メイリンは俺を魔王と知って接触して来ている要注意人物でもある。
それなのに、どうしてだろうな。どうして足が止まる。耳を傾けてしまう。あぁ、そうか。これまでと打って変わって、メイリンの雰囲気が激変したんだ。決して無視できないオーラのようなものが感じられたんだ。
「我ら紅竜同盟も出撃しました。ナディア様の御父上様、つまり先代の代表が指揮を執られ、竜神の御姿になられています」
1枚の写真を見せられる。思わず息をのんだ。そこに写っていたのは、あの神輿そのもの。荘厳な赤い竜が天を舞っていた。細長い体躯。ギロリと剥かれた頼もしい茜色の目。そして大空を覆い隠しそうなほど巨大な両翼。これはまさしく神。そう名乗るに相応しい神々しい姿だ。
「ナディア様も先代の血を、そして御力を受け継いでおられます。だからこそ皆が集うのです。絶対的な守護があるのだと、そう心から信じられるから」
「……そ、そうか、実際にこれを見たらわかる気がするよ」
でも、今となっては竜神ですらどうでもいい。この子は一体、誰だ。ただの街娘と言ったな。それこそ嘘。あってたまるか。俺がただの街娘から、これだけのプレッシャーを感じるはずがない。でもステータスは、数値は雑魚だと言っている。なんだ。何がこの子に、これほどの力を与えている。
「ただ、滅多にこの御姿にはなられません。そのために竜神祭があるのです。竜神様の加護を受けているのだと、皆が確かめるために」
「なぁ……お前は一体、誰だ?」
ウロボロスも異変を感じ取ったのだろう。俺を背中の後ろに押し込めて、厳しい目付きで前に立ってくれる。明らかな敵対心をむき出しにしていた。カルマ、アザレアも同様である。この異変に周囲の観光客たちは遠のき、恐らく兵士らしい竜人たちが飛び出して来る。
「お前たち、何をやって……っ!」
誰に睨まれたのか、それとも全員にそうされたのか。竜人たちは見てわかる程に肩を跳ね上げ、委縮する。尻もちを着き、這うようにして逃げ出していった。後はもう誰も残らない。辺りからは人1人さえ残らずいなくなってしまう。
「……未だ、世界は未曾有の危機に瀕しています」
ここまで明らかに異常なのに、まだメイリンは微塵も臆した素振りを見せず、堂々と言葉を紡ぐ。その唇すら一切震わせずに、スラスラと、流暢に。俺の問いかけに答えず、一方的に。
「おのれ、我が君の質問を無視するとはっ!」
「待て、ウロボロス。いいだろう、付き合ってやるよ、その話に。それは5年前の大災厄ってやつだろう?」
「はい。悲しいことに多数の犠牲者を出しながらも根本的には何も解決していません。しかし、私たちはまだ生きています。手を取り合い、わかり合わねば……行き着く未来に希望はあり得ません」
その詳しいところはわからないが、少なくとも、アデルが犠牲になってしまった程の何かが起きたのは事実。それも、国を挙げて後始末に躍起になる程の事態だった。それを乗り越えるためには協力し合わなければならないと。そういえば、ローレンが言っていたな。人間は卑怯な種族だと。恐らく、種族間でいがみ合っていたんだろう。そんな場合ではないと、そう言いたいのか。
「それは……難しい話だな」
何度も言うが、互いに手を取り合うなんて夢のまた夢。さっきはウロボロスたちを引き合いに出したが、あんなのは可愛いものだ。実際はもっと熾烈で、過酷で、無情。スイッチひとつで国が滅ぶという恐怖の中、今日を生きる糧を奪い合い、親も子も関係なく殺し合う。それが現実だった。俺が元いた世界では、それが日常茶飯事の出来事らしい。らしいと言うのは、俺の国は平和だったのだ。満腹だからと平気で飯を残し、水でも電気でも豪勢に安価で使いたい放題。そんな楽園であったにも関わらず、日々、喧嘩はあちこちで起こっていた。殺人事件もあった。今日を問題なく生きられるのに、俺たちは争いを辞められなかった。そんな現実を見て来てさ、どうして皆が手を取り合えると思える。
「えぇ、本当に。それでいて、例え皆が手を取り合えたところで打開できるとも限らないのですから。しかし、座して死を待つ気は毛頭ありません。歴史を、そして真実を語り歩くことが私の役目。ここが私の立つ戦場なのですよ」
理解した。とてもよく理解した。この子はただの語り部と思ったけど、実際は違う。なぜ恐れないのかと奇妙にさえ思ったけど、そうか、この子にとってここは戦場。ルーチェを思い出せ。どんなに絶望的な状況であろうとも、一切ためらいなく槍を振るい続けた。この子も同じ。状況は違っても本質は同じ。命をかけてでも成し遂げたい事があればこそ、死への恐怖など二の次だ。頭の中を支配するのは、どうすれば俺に話が伝わるのか、その思考のみ。だからこそ、その本気の姿勢を見せられればこそ、これまで言われた事全てがどうしようもなく信じられた。
「メイリン……と言いましたね」
うつむき加減のウロボロスが、低い声を発した。怒っている。いや、警戒しているのかもしれない。脅威に感じたのだとすれば、ま、まさか危害を加えるつもりじゃないだろうな。この子は駄目だ。滅多にいないぞ、これほどまでに傑出した存在は。
「待て、ウロボロス。いくらお前でも、この子に危害は……」
「ご安心を、我が君」
ウロボロスはニコリと微笑むと俺の腕からすっと離れて行き、メイリンの前に立った。あぁ、そうかと恥じた。俺はあいつを何だと思っていたのだろう。その横顔はとても凛々しく、戦士そのもの。馬鹿げた事などするはずがないじゃないか。信じて見守ろう。何をするつもりだ、ウロボロス。
「この世界の住人たちにどれ程の価値があるのか、私にはわかりません。いえ、正確には極一部の者を除き、見下してすらいます」
「あなた方ほどの強者ならば、それも仕方のないことかと」
「いいえ、私は心の醜さについて嘆いています。弱者を攻撃し、自分にのみ都合良く生きる……そんな悪鬼供を嫌悪しているのです」
「否定はできませんね。私に言い返せることがあるとすれば、そんな世界を変えられればと、常日頃思っています……とだけ」
「貴女の思いは確かに伝わりました。貴女が、今の貴女の心を失わない限り、私もまた、今日という日を決して忘れないと誓いましょう」
そうか。境遇を顧みれば、この世全てを恨んでも仕方ないはずのお前が、そんなことを言ってくれるようになったか。くそ、目頭が熱くなってきた。変わったな。変わったよ、ウロボロスは。とても良い方向に傾いている。
「ありがとうございます。それだけで……今の私には過ぎた幸せです」
これだけのことをしておいて、なんて謙虚な姿勢なんだ。紅竜同盟か。こんな子もいるんだ。きっと、ナディアを初めとする多くの志は立派なんだろう。もっと話がしたい。そう思えた。まんまとメグの思惑にはまったかもしれないが、まぁ、わかり合えるきっかけになるならそれで良い。
だが問題はローレンの方だ。あんな奴もいる以上、事を構えるかもしれない。もしもそうなった時、できるのか、俺に。そしてウロボロスたちに。そんな不安を抱きながら、神輿の運行を眺めるのだった。
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