魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
146 / 176
第2章 暁の竜神

第5話 竜神祭 後編 7

しおりを挟む
さてと、それを信じるか信じないかは別として、竜神自体を見られないのなら、これ以上の情報は得られそうにない。後はフェンリスたちが満足するまで付き合って帰ろうかな、と踵を返そうとした時だった。

「5年前の大災厄……」

 まだ話は終わらないと言うように、メイリンは語り出す。だが生憎と、これ以上付き合いたいとは思えない。色々と聞かせてくれたのはありがたいが、結局は何もかもに証拠なんて無かったから。それに、ここまでの話が全て嘘という事もあり得る。何なら、メイリンは俺を魔王と知って接触して来ている要注意人物でもある。
それなのに、どうしてだろうな。どうして足が止まる。耳を傾けてしまう。あぁ、そうか。これまでと打って変わって、メイリンの雰囲気が激変したんだ。決して無視できないオーラのようなものが感じられたんだ。

「我ら紅竜同盟も出撃しました。ナディア様の御父上様、つまり先代の代表が指揮を執られ、竜神の御姿になられています」

 1枚の写真を見せられる。思わず息をのんだ。そこに写っていたのは、あの神輿そのもの。荘厳な赤い竜が天を舞っていた。細長い体躯。ギロリと剥かれた頼もしい茜色の目。そして大空を覆い隠しそうなほど巨大な両翼。これはまさしく神。そう名乗るに相応しい神々しい姿だ。

「ナディア様も先代の血を、そして御力を受け継いでおられます。だからこそ皆が集うのです。絶対的な守護があるのだと、そう心から信じられるから」
「……そ、そうか、実際にこれを見たらわかる気がするよ」

 でも、今となっては竜神ですらどうでもいい。この子は一体、誰だ。ただの街娘と言ったな。それこそ嘘。あってたまるか。俺がただの街娘から、これだけのプレッシャーを感じるはずがない。でもステータスは、数値は雑魚だと言っている。なんだ。何がこの子に、これほどの力を与えている。

「ただ、滅多にこの御姿にはなられません。そのために竜神祭があるのです。竜神様の加護を受けているのだと、皆が確かめるために」
「なぁ……お前は一体、誰だ?」

 ウロボロスも異変を感じ取ったのだろう。俺を背中の後ろに押し込めて、厳しい目付きで前に立ってくれる。明らかな敵対心をむき出しにしていた。カルマ、アザレアも同様である。この異変に周囲の観光客たちは遠のき、恐らく兵士らしい竜人たちが飛び出して来る。

「お前たち、何をやって……っ!」

 誰に睨まれたのか、それとも全員にそうされたのか。竜人たちは見てわかる程に肩を跳ね上げ、委縮する。尻もちを着き、這うようにして逃げ出していった。後はもう誰も残らない。辺りからは人1人さえ残らずいなくなってしまう。

「……未だ、世界は未曾有の危機に瀕しています」

 ここまで明らかに異常なのに、まだメイリンは微塵も臆した素振りを見せず、堂々と言葉を紡ぐ。その唇すら一切震わせずに、スラスラと、流暢に。俺の問いかけに答えず、一方的に。

「おのれ、我が君の質問を無視するとはっ!」
「待て、ウロボロス。いいだろう、付き合ってやるよ、その話に。それは5年前の大災厄ってやつだろう?」
「はい。悲しいことに多数の犠牲者を出しながらも根本的には何も解決していません。しかし、私たちはまだ生きています。手を取り合い、わかり合わねば……行き着く未来に希望はあり得ません」

 その詳しいところはわからないが、少なくとも、アデルが犠牲になってしまった程の何かが起きたのは事実。それも、国を挙げて後始末に躍起になる程の事態だった。それを乗り越えるためには協力し合わなければならないと。そういえば、ローレンが言っていたな。人間は卑怯な種族だと。恐らく、種族間でいがみ合っていたんだろう。そんな場合ではないと、そう言いたいのか。

「それは……難しい話だな」

 何度も言うが、互いに手を取り合うなんて夢のまた夢。さっきはウロボロスたちを引き合いに出したが、あんなのは可愛いものだ。実際はもっと熾烈で、過酷で、無情。スイッチひとつで国が滅ぶという恐怖の中、今日を生きる糧を奪い合い、親も子も関係なく殺し合う。それが現実だった。俺が元いた世界では、それが日常茶飯事の出来事らしい。らしいと言うのは、俺の国は平和だったのだ。満腹だからと平気で飯を残し、水でも電気でも豪勢に安価で使いたい放題。そんな楽園であったにも関わらず、日々、喧嘩はあちこちで起こっていた。殺人事件もあった。今日を問題なく生きられるのに、俺たちは争いを辞められなかった。そんな現実を見て来てさ、どうして皆が手を取り合えると思える。

「えぇ、本当に。それでいて、例え皆が手を取り合えたところで打開できるとも限らないのですから。しかし、座して死を待つ気は毛頭ありません。歴史を、そして真実を語り歩くことが私の役目。ここが私の立つ戦場なのですよ」

 理解した。とてもよく理解した。この子はただの語り部と思ったけど、実際は違う。なぜ恐れないのかと奇妙にさえ思ったけど、そうか、この子にとってここは戦場。ルーチェを思い出せ。どんなに絶望的な状況であろうとも、一切ためらいなく槍を振るい続けた。この子も同じ。状況は違っても本質は同じ。命をかけてでも成し遂げたい事があればこそ、死への恐怖など二の次だ。頭の中を支配するのは、どうすれば俺に話が伝わるのか、その思考のみ。だからこそ、その本気の姿勢を見せられればこそ、これまで言われた事全てがどうしようもなく信じられた。

「メイリン……と言いましたね」

 うつむき加減のウロボロスが、低い声を発した。怒っている。いや、警戒しているのかもしれない。脅威に感じたのだとすれば、ま、まさか危害を加えるつもりじゃないだろうな。この子は駄目だ。滅多にいないぞ、これほどまでに傑出した存在は。

「待て、ウロボロス。いくらお前でも、この子に危害は……」
「ご安心を、我が君」

 ウロボロスはニコリと微笑むと俺の腕からすっと離れて行き、メイリンの前に立った。あぁ、そうかと恥じた。俺はあいつを何だと思っていたのだろう。その横顔はとても凛々しく、戦士そのもの。馬鹿げた事などするはずがないじゃないか。信じて見守ろう。何をするつもりだ、ウロボロス。

「この世界の住人たちにどれ程の価値があるのか、私にはわかりません。いえ、正確には極一部の者を除き、見下してすらいます」
「あなた方ほどの強者ならば、それも仕方のないことかと」
「いいえ、私は心の醜さについて嘆いています。弱者を攻撃し、自分にのみ都合良く生きる……そんな悪鬼供を嫌悪しているのです」
「否定はできませんね。私に言い返せることがあるとすれば、そんな世界を変えられればと、常日頃思っています……とだけ」
「貴女の思いは確かに伝わりました。貴女が、今の貴女の心を失わない限り、私もまた、今日という日を決して忘れないと誓いましょう」

 そうか。境遇を顧みれば、この世全てを恨んでも仕方ないはずのお前が、そんなことを言ってくれるようになったか。くそ、目頭が熱くなってきた。変わったな。変わったよ、ウロボロスは。とても良い方向に傾いている。

「ありがとうございます。それだけで……今の私には過ぎた幸せです」

 これだけのことをしておいて、なんて謙虚な姿勢なんだ。紅竜同盟か。こんな子もいるんだ。きっと、ナディアを初めとする多くの志は立派なんだろう。もっと話がしたい。そう思えた。まんまとメグの思惑にはまったかもしれないが、まぁ、わかり合えるきっかけになるならそれで良い。
 だが問題はローレンの方だ。あんな奴もいる以上、事を構えるかもしれない。もしもそうなった時、できるのか、俺に。そしてウロボロスたちに。そんな不安を抱きながら、神輿の運行を眺めるのだった。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

処理中です...