173 / 176
第2章 暁の竜神
第11話 ルーチェvs紅蓮飛竜隊 2
しおりを挟む
闇夜の空が紫がかり、徐々に赤みがかっていく。雲ひとつ無い、澄み渡るような綺麗な空が見え始めた頃。ネズミ色の煉瓦で高く造られた壁、通称関所の前に彼らは立っていた。ここは国境の境目。イース・ディードとサウス・グリードを隔てる壁である。
「良い空だ。我らが駆けるに相応しい」
先頭に立つのは、紅色の甲冑を着たローレンだった。鎧に着いた朝露を指で払いながら、空を見上げて満足げに頷く。その後ろには、十万を超える兵たちが控えていた。全て彼の率いる部隊、紅蓮飛竜隊である。各々個体差はあれど、そこら辺を飛ぶ鳥たちとは比べ物にならない立派な翼を持っていた。
「各員に告ぐ、時は来た!」
招かれざる客の彼は、関所を守る兵たちに見つかることすら恐れず大声を張り上げた。見付からなくて当然だからだ。既に先行部隊が片付けてしまっているのだから。
「これより我らは、世界の脅威である魔王を討ちに出る! 全軍、翼を広げよ!」
「お待ちください、ローレン様」
兵たちの中から、皆を代表するように1人の兵が進み出る。ここまで準備され、後はもう出るだけという状況だ。警備兵を殺している以上、後戻りもできない。今更何をどう言おうとも変わりようはないものの、兵たちの中にはためらう者も少なくない。
「ナディア様が宣言された開戦の日まで、まだ1日あるように思うのですが」
そう、ローレンはナディアの言葉を無視している。戦うことを拒絶するのではなく、その一点が気になっていたのだ。
彼らにとって、代表のナディアの言葉は絶対だ。一方で、ローレンの命令もまた無視できない。そんな葛藤の中、全責任は俺が負うと彼が宣言したことで渋々付き従って来ているだけ。それにも関わらず、いや、だからこそなのかもしれないが、こうして直前になってためらいを見せていた。
「いいのだよ、ナディア様は開戦を宣言されている。別にイース・ディードへ声明を出した訳でもなし、どこよりも早く手柄を挙げる絶好の機会だ」
「ローレン様がそう仰るならば……」
彼らは否定するかもしれないが、心の底からナディアの言葉を重んじる者はいない。まずは自己保身。罪を問われた時に弁解するための材料が欲しかったのだ。勿論、そのように自覚できている者は多くはない。だからこそ臆面もなくためらい、それっぽい理由を得られればもう迷わなくなる。目的はひとつ。魔王を討つ。亡き上司や友人、中には家族を失った者も少なくない。そんな憎しみの象徴を一刻も早くどうにかしたかったから。
「つまらんご託は輝かしい戦果の前に屈するものだ。我らの敗北を予感した弱者だけ引き返すがいい」
そんな彼らの弱さをローレンは熟知しており、それをどうにか利用できないかと考え、煽り、先導し、背中を押してきた。その結果、ほら、もはや彼の私兵と言っても過言ではない軍隊を手に入れるに至った。後は功績を得るのみ。そうすれば彼の地位は不動のものとなる。
「何を仰るのですか。我らは誇り高き紅蓮飛竜隊ですよ」
「ふ……知っているさ。あえて聞かせて貰ったのだよ。要らぬ揺らぎなど無いかどうかをな」
もはやためらう者は皆無。誰もが、今か今かと開戦の言葉を待ち望んでいた。ナディアのものではなく、ローレンの言葉を。そんな彼らの面構えをぐるりと見回してから、ローレンは大変に良い気分でより一層声を張り上げた。
「よし、では紅蓮飛竜隊……出撃だ! 我に続け!」
「おぉっ!!」
竜人たちは雄叫びを上げながら翼を広げ、一斉に飛び立つ。高さ10メートル程度の壁など飛べれば障害でもなんでもない。まして彼らは空を駆けることに特化している。易々とイース・ディードへ侵攻を開始した。
その時だった。防壁の上に立つ1つの影が、ゆらりと動く。
「エアリアル・ストーム――!」
ローレンと共に先陣を切った竜人たちは、突如現れた緑色の竜巻に阻まれ止められる。それだけじゃない。竜巻から放たれる槍に翼を撃ち抜かれ、地面へと墜落していく。
そのどれもが峰打ち。雨あられのように飛び出しているものの、翼以外には当たらない。頭や首、胸、腹部といった急所は狙われていない。しかし、たった一撃だけ、明らかに殺意が込められた一刀がひっそりと放たれた。狙いは決まっている。だから彼の側にいた竜人は、
「お下がりください、ローレンさ――」
身を挺して槍を受けた。腹部を貫かれ、みなまで言う前にその竜人は絶命。ぐらりと姿勢を崩して地面へと落下していく。
彼のお陰でローレンは直撃を免れていた。貫通したのだから当たってもいいところだが、彼は貫かれながらも軌道を反らした。その咄嗟の判断。ローレンを守ろうという強い意志が、こんな奇跡を呼んだのである。
「おのれ……誰だっ!?」
ローレンはこれでも歴戦の戦士。その思いは確かに受け取っている。本心では敬礼し、最大限の感謝の意を示したいのをグッと堪えて敵を探す。死ねないから。こんなところで果ててしまえば、その並々ならぬ意思を無駄にしてしまうから。
「おかしいなぁ、直撃コースだと思ったんだけど。良い部下を持ったね、ローレンさん?」
城壁の上に立つのは1人の少女。白金色の甲冑を着込み、その周囲には7本の風の槍を展開している。他に敵影は無い。彼女1人の手によって、既に100人近くを落としていたのだ。こんなことができる人間、世界に何人いるだろう。性別や年齢を無視すれば、四大将軍のシャルディ、ロア、それからあと1人。
「お前は……ルーチェ!? 生きていたのかっ!?」
戦士ならば知らぬ者はいない程の若き実力者、ルーチェ。そう、彼女だけだ。そんな化け物染みた候補に挙がる者は。
「良い空だ。我らが駆けるに相応しい」
先頭に立つのは、紅色の甲冑を着たローレンだった。鎧に着いた朝露を指で払いながら、空を見上げて満足げに頷く。その後ろには、十万を超える兵たちが控えていた。全て彼の率いる部隊、紅蓮飛竜隊である。各々個体差はあれど、そこら辺を飛ぶ鳥たちとは比べ物にならない立派な翼を持っていた。
「各員に告ぐ、時は来た!」
招かれざる客の彼は、関所を守る兵たちに見つかることすら恐れず大声を張り上げた。見付からなくて当然だからだ。既に先行部隊が片付けてしまっているのだから。
「これより我らは、世界の脅威である魔王を討ちに出る! 全軍、翼を広げよ!」
「お待ちください、ローレン様」
兵たちの中から、皆を代表するように1人の兵が進み出る。ここまで準備され、後はもう出るだけという状況だ。警備兵を殺している以上、後戻りもできない。今更何をどう言おうとも変わりようはないものの、兵たちの中にはためらう者も少なくない。
「ナディア様が宣言された開戦の日まで、まだ1日あるように思うのですが」
そう、ローレンはナディアの言葉を無視している。戦うことを拒絶するのではなく、その一点が気になっていたのだ。
彼らにとって、代表のナディアの言葉は絶対だ。一方で、ローレンの命令もまた無視できない。そんな葛藤の中、全責任は俺が負うと彼が宣言したことで渋々付き従って来ているだけ。それにも関わらず、いや、だからこそなのかもしれないが、こうして直前になってためらいを見せていた。
「いいのだよ、ナディア様は開戦を宣言されている。別にイース・ディードへ声明を出した訳でもなし、どこよりも早く手柄を挙げる絶好の機会だ」
「ローレン様がそう仰るならば……」
彼らは否定するかもしれないが、心の底からナディアの言葉を重んじる者はいない。まずは自己保身。罪を問われた時に弁解するための材料が欲しかったのだ。勿論、そのように自覚できている者は多くはない。だからこそ臆面もなくためらい、それっぽい理由を得られればもう迷わなくなる。目的はひとつ。魔王を討つ。亡き上司や友人、中には家族を失った者も少なくない。そんな憎しみの象徴を一刻も早くどうにかしたかったから。
「つまらんご託は輝かしい戦果の前に屈するものだ。我らの敗北を予感した弱者だけ引き返すがいい」
そんな彼らの弱さをローレンは熟知しており、それをどうにか利用できないかと考え、煽り、先導し、背中を押してきた。その結果、ほら、もはや彼の私兵と言っても過言ではない軍隊を手に入れるに至った。後は功績を得るのみ。そうすれば彼の地位は不動のものとなる。
「何を仰るのですか。我らは誇り高き紅蓮飛竜隊ですよ」
「ふ……知っているさ。あえて聞かせて貰ったのだよ。要らぬ揺らぎなど無いかどうかをな」
もはやためらう者は皆無。誰もが、今か今かと開戦の言葉を待ち望んでいた。ナディアのものではなく、ローレンの言葉を。そんな彼らの面構えをぐるりと見回してから、ローレンは大変に良い気分でより一層声を張り上げた。
「よし、では紅蓮飛竜隊……出撃だ! 我に続け!」
「おぉっ!!」
竜人たちは雄叫びを上げながら翼を広げ、一斉に飛び立つ。高さ10メートル程度の壁など飛べれば障害でもなんでもない。まして彼らは空を駆けることに特化している。易々とイース・ディードへ侵攻を開始した。
その時だった。防壁の上に立つ1つの影が、ゆらりと動く。
「エアリアル・ストーム――!」
ローレンと共に先陣を切った竜人たちは、突如現れた緑色の竜巻に阻まれ止められる。それだけじゃない。竜巻から放たれる槍に翼を撃ち抜かれ、地面へと墜落していく。
そのどれもが峰打ち。雨あられのように飛び出しているものの、翼以外には当たらない。頭や首、胸、腹部といった急所は狙われていない。しかし、たった一撃だけ、明らかに殺意が込められた一刀がひっそりと放たれた。狙いは決まっている。だから彼の側にいた竜人は、
「お下がりください、ローレンさ――」
身を挺して槍を受けた。腹部を貫かれ、みなまで言う前にその竜人は絶命。ぐらりと姿勢を崩して地面へと落下していく。
彼のお陰でローレンは直撃を免れていた。貫通したのだから当たってもいいところだが、彼は貫かれながらも軌道を反らした。その咄嗟の判断。ローレンを守ろうという強い意志が、こんな奇跡を呼んだのである。
「おのれ……誰だっ!?」
ローレンはこれでも歴戦の戦士。その思いは確かに受け取っている。本心では敬礼し、最大限の感謝の意を示したいのをグッと堪えて敵を探す。死ねないから。こんなところで果ててしまえば、その並々ならぬ意思を無駄にしてしまうから。
「おかしいなぁ、直撃コースだと思ったんだけど。良い部下を持ったね、ローレンさん?」
城壁の上に立つのは1人の少女。白金色の甲冑を着込み、その周囲には7本の風の槍を展開している。他に敵影は無い。彼女1人の手によって、既に100人近くを落としていたのだ。こんなことができる人間、世界に何人いるだろう。性別や年齢を無視すれば、四大将軍のシャルディ、ロア、それからあと1人。
「お前は……ルーチェ!? 生きていたのかっ!?」
戦士ならば知らぬ者はいない程の若き実力者、ルーチェ。そう、彼女だけだ。そんな化け物染みた候補に挙がる者は。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる