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第13話 イベント前夜、もふもふと仲間たちと
しおりを挟む夜風が、春の花の香りを運んでくる。
村の広場には、プレイヤーやNPCたちが集まっていて、焚き火の火があちこちで灯っていた。
明日はいよいよ「新エリア解放イベント」の開始日。
けれど、僕たちは喧騒から少し離れた丘の上にいた。
星がよく見える、僕の“お気に入りスポット”だ。
「……落ち着くね、ここ」
レイアが風に髪をなびかせながら微笑む。
その隣でユリウスが寝転び、両腕を後ろに組んで空を見上げた。
「明日、どんなイベントになると思う?」
「また料理関係が絡んできたら、君が主役確定だな」
「いやいや、そんなわけ――」
「いや、ある」
ゼクトが即答した。
「お前の屋台システム、あれ運営に直接ピックアップされてた。“プレイヤー独自機能の活用例”として」
「えっ……!? そんなの聞いてない!」
「SNS掲示板で話題になってたぞ」
「……えぇぇ……」
まさか、ただ遊びで作った屋台が、そんな注目を浴びてたなんて。
でも、悪い気はしない。
「ほら、やっぱり“うちの坊や”はすごいねぇ」
ユリウスがわざと年寄り口調で僕の頭を撫でる。
「やめてってば!」
「うりうり~」
「だからやめてぇぇぇ!」
もふもふ達まで真似して頭の上で転がる。
シエルがふわふわの羽をばさばささせ、モカが膝の上に乗ってきて、完全に“癒し圧”がすごい。
「もう……みんな僕のこと子ども扱いしてるでしょ」
「扱ってるんじゃなくて、愛でてるの」
「レイアまで!?」
「だって、可愛いし」
ぐぅの音も出ない。
この世界では背の低さも童顔も“仕様”として再現されている。
現実では普通なのに、こっちでは完全にマスコット扱いだ。
「でもさ、こうしてみんなと過ごすの、やっぱり楽しいね」
僕がぽつりと呟くと、ユリウスが横目で笑った。
「うん、俺も。リアルの時間じゃたった数時間だけど、体感だと一日がすごく濃い」
「この世界、五感の再現度もだけど……人との距離感が妙に心地いいよな」
ゼクトがマグカップを傾ける。
その中には、僕が作った“甘草茶”が湯気を立てていた。
「これ、飲むと落ち着く……」
レイアが両手でカップを包み込むように持ち、ふぅと息を吐く。
「じゃあ、今夜の締めは夜食にしようか」
「でた、料理人の血」
僕は笑いながら立ち上がり、携帯コンロを設置する。
取り出したのは、今日試作したばかりの新レシピ――《芽吹き茸と風花蜜のリゾット》。
鍋にオイルを垂らし、風花蜜で軽く香りづけをしてから、刻んだ茸と米を入れる。
じゅわっと立ち上る香ばしい音に、みんなの視線が一斉に集まった。
「この匂い……反則」
「もう我慢できない」
「早いって、まだ煮込み途中!」
でも、煮込んでいくうちに、夜風にのって漂う香りが丘の上に広がっていく。
甘くて優しい香りに、NPCたちまでちらほら見に来るほどだ。
「……できた!」
小皿に盛りつけると、ほんのり桜色のリゾットが完成した。
表面に風花蜜を一滴垂らすと、ふんわりと光が走る。
「これ、食べ物っていうよりアートだね」
「味は保証するよ」
一口、口に入れた瞬間――
「……っ、やば。優しいのに深い」
ユリウスが目を丸くする。
レイアは頬を押さえて、「幸せすぎて泣きそう」と呟いた。
ゼクトでさえ、ほんの少し目を細めて「完成度が高い」と言ってくれた。
「君の料理、ほんと“世界の味”だね」
「そんな大げさな……」
「いや、マジでそう。NPCたちの会話にも“噂の料理人”って出てるし。イベントで確実に絡むと思う」
「うわぁ……プレッシャー……!」
でも、内心はうれしかった。
ただの遊びが、みんなを笑顔にできる。
それだけで、胸があったかくなる。
そのとき――
「……あれ、空」
レイアが指を指す。
夜空の一角に、淡い光の粒が集まっていく。
やがて、それは文字を形づくった。
【システム告知:明日午前10時、イベント《黎明の門》解放】
瞬間、広場の方から歓声が上がった。
僕たちの頭上にも、金色の光がひとすじ流れる。
「……本当に、始まるんだね」
「いよいよ、か」
ユリウスが立ち上がって、僕の肩を軽く叩く。
「どんなイベントでも、俺たちは一緒だ。な?」
「うん」
気づけば、もふもふ達もこくこくと頷いていた。
「明日は、もふもふ隊の晴れ舞台だな」
「ふがっ!」
「きゅるる!」
笑い声が夜空に溶けていく。
丘の上に吹く風は少しひんやりしているのに、心の中は不思議とあたたかかった。
「……よし、明日はみんなで思いっきり楽しもう」
そう言って僕は、空を見上げる。
星々の間に浮かぶ光の文字が、まるで新しい冒険を祝福するように瞬いていた。
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