もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

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第16話「祝福の味と、神の視線」

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 イベント会場が、夕焼けに染まっていた。
 《食の祭典・第一幕》は無事終了し、参加者たちはそれぞれの成果を語り合っている。
 広場を包む香りはまだ消えず、湯気と笑い声が空を彩っていた。

 ――そして、その中央。
 小柄な少年が、二匹のもふもふと並んで立っていた。

「……終わったぁぁ……」
 コナタは深く息を吐き、思わず腰を抜かす。
 シエルが「きゅっ」と心配そうに頬をすり寄せ、モカは「ふがっ」と腹の上にどすんと座り込んだ。
「うわっ、ちょ、モカ重いって!」
 そんなやり取りに、周囲からくすくすと笑いが起こる。

 ゼクトが近づき、にやっと笑った。
「お疲れ、コナタ。最高だったな、あのパン」
「ありがと……みんなも見ててくれたの?」
「当然。だって俺たちの“仲間”だからな」
 ユリウスも頷きながら言葉を重ねる。
「香りが広がった瞬間、空気が変わった。……正直、鳥肌が立ったよ」

 照れくさそうに頬をかくコナタ。
「そんな大げさな……普通に焼いただけだよ?」
「その“普通”が特別なんだろうな」
 ゼクトの言葉に、ユリウスも笑いながら同意する。
「昔から変わらないよね。コナタの作るものって、なんか“心があったかくなる”」

 その言葉を聞いた瞬間、コナタの胸がじんわりと熱くなった。
 ――現実でも、同じことを言われたことがある。
 それが懐かしくて、嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

 その時、空中にシステムウィンドウが現れた。
 淡い金色の光を帯びた文字が、目の前に浮かぶ。

《特別評価:唯一無二の風味》
《“祝福の味”を生み出したプレイヤーに特別称号が与えられます》
《称号:陽光の調理人(サンライト・シェフ)》
《報酬:神格NPC・セオドールより個別メッセージを受信》

「えっ、称号? 俺が?」
「お前、やっば……マジで伝説になってるじゃん!」
 アレンが声をあげ、レオンが苦笑する。
「セオドール直々の称号って、歴代でも数人しかいないらしい」

 シエルが「きゅきゅっ」と鳴き、モカも「ふがっ」と尻尾を振る。
 彼らも誇らしげに見上げていた。

 コナタが“個別メッセージを開く”を選択すると、金色の光がふわりと溢れ、そこにセオドールの穏やかな声が響いた。

『コナタ。貴方の料理は、食べる者の心を照らす光を持っていました。
 それは神々が望んだ“癒し”の味。
 いつか、上の者たちも貴方の料理を求めるでしょう。――楽しみにしています』

「……上の者たち、って……神様のこと?」
 呟くコナタに、ユリウスが目を丸くした。
「やば。運営や神格存在にまで気に入られるとか、どんなプレイヤーだよ」
 ゼクトは笑いながら肩を抱き寄せる。
「つまり、“神々公認の料理人”ってことだな! すげぇよ、コナタ!」
「ちょ、ゼクト、近い近いっ!」
 慌てて身をよじるコナタを、もふもふ二匹が挟むように守る。
 シエルが「きゅっ」、モカが「ふがっ」と鳴いて、まるで「うちのご主人に触るな」と言っているようだ。

「おいおい、嫉妬してんのか?」
「きゅきゅっ!」
「ふがっ!」
「うわー、完全に怒ってる!」
 そんな賑やかな光景に、通りすがりのプレイヤーやNPCたちが次々と笑顔を向けた。
 もはやイベント会場の癒し枠と化したコナタ一行に、周囲の空気はどんどん柔らかくなっていく。

 ――そのとき。
 突然、視界の端にもうひとつのウィンドウが開いた。

《システム管理者からの通知があります》

「え、運営……?」
 戸惑いながら開くと、画面に現れたのはシンプルなメッセージだった。

『プレイヤー《コナタ》様へ。
 このたび、料理システムにおいて想定外の“味覚パラメータ変動”が検出されました。
 安全性に問題はありません。
 ただし、貴方の調理行動が一部の神格AIに影響を与えたため、観察対象プレイヤーとして登録いたします。
 今後とも《ワールド・アーク・オンライン》をお楽しみください。』

「……えぇぇっ!? 観察対象って何それ!?」
 コナタが思わず叫ぶと、ゼクトとユリウスが吹き出した。
「やっぱりな。お前、運営にも見つかってたか」
「神に愛され、運営にも監視される男……まさに問題児だな」
「ちょ、なんか言い方ひどくない!?」

 シエルが「きゅっ」と首を傾げ、モカが「ふがっ」と鳴く。
 コナタは二匹を抱き上げ、頬をすり寄せる。
「大丈夫だよ。俺たちは遊びに来ただけだもんね」
 優しく笑うと、もふもふ達は満足げに尻尾を振った。

 そんな温かな光景を見ながら、ゼクトがぽつりと呟く。
「……ほんと、不思議な奴だよな。
 ただ料理してるだけなのに、いつの間にか世界の中心に立ってる」

 ユリウスが頷く。
「けど、それが“コナタ”なんだと思う。
 昔から、みんな自然と笑顔になるんだよな。あいつの作るものって」

 ふたりの言葉に、コナタは気づかず、もふもふ達と笑い合っていた。
 小さな体に、大きな世界が少しずつ動き出していることを、まだ知らないまま。

 空を見上げると、夕陽が沈みかけていた。
 その向こう、ほんの一瞬だけ――金色の羽根をもつ存在が、雲の上から覗いていた。
 神々のひとりが、静かに微笑んでいる。

『――ようやく、見つけましたね。陽光の子。』

 風が吹き抜け、光が消える。
 シエルが「きゅっ」と鳴き、コナタは小さくくしゃみをした。

「……あれ? 今、誰かに見られた気がした」
「気のせいだろ、たぶん」
 ゼクトが笑い、ユリウスも肩をすくめる。

 だが――その予感は、確かに正しかった。
 次のイベント、“神々の晩餐”にて。
 コナタは運営も予測しなかった、新たな扉を開くことになる。
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