もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

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第1話 この世界で、料理人として生きていく

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 光の中を泳いでいるような感覚だった。

 浮遊感とともに、肌に風が当たる気配。ふわりと土の匂いが鼻先をかすめた。

 まぶたを開けると、そこには空があった。澄み渡る青と、ちぎれ雲。胸の奥まで清々しくなるような空気に、思わず深呼吸をする。

「……すごいな……」

 初ログイン直後の感想は、それに尽きた。

 ここは《リアルコード・アース》――五感完全再現型のVRMMO。
 五感再現と謳うだけあって、視覚だけでなく、空気の匂いや肌に触れる風、足元から伝わる地面の感触まですべてが本物と区別できないほどにリアルだった。

 僕の名前は蓮(れん)。二十歳を過ぎて社会に揉まれながらも、どうしてもこのゲームをやってみたくて、コツコツ働いてフルダイブ機器を揃えた遅咲きの初心者プレイヤーだ。

 ログイン地点は、ゲーム開始時に選んだ初心者向けの村――アスティア村。緩やかな丘に広がる木造の家々と石畳の道。畑には作物が実り、風に揺れている。NPCたちが家から家へと道具や野菜を運び、子どもらしき存在が走り回っている。

「……村って言うか、これはもう“世界”だな……」

 そう呟いて、自分の手を見下ろした。

 小さかった。

 現実の僕は身長もそこそこあるのに、ここではまるで小学生のような小さな手足。キャラクタークリエイトで選んだ“童顔・小柄”設定の通りとはいえ、思った以上に“ちっちゃい”。自分で見ても「可愛い」くらいだ。

「このサイズ、歩幅が狭い……」

 けれど、その不便さすら楽しく思えてくるのが、この世界の没入感だった。

 歩き出すと、靴の底が地面の石畳を叩く音がちゃんと響き、風が髪をふわりと揺らすのがわかる。

 道の脇に座っていた老婆が、ふとこちらを見て目を細めた。

「あらまあ、可愛らしい坊や。旅人さんかい?」

「はい、今日から……ここで暮らすことになりました」

「まあ、偉い子だこと。ひとりで大丈夫かい?」

 老婆の言葉に、思わず笑ってしまう。NPCとは思えない自然さ。声にはあたたかみがあり、僕を本当に気遣ってくれているように感じた。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「ふふ、ならよかった。お腹が空いたら、村の炊事場を使うといいよ。あんたみたいな子は、きっと料理が似合う」

 そう言って、老婆は懐からひょいと小さな布袋を取り出して差し出した。中には綺麗なオレンジ色のニンジンが三本、ころころと転がっていた。

「うちの畑で採れたニンジンさ。甘くておいしいよ」

「……いただきます。ありがとうございます」

 ニンジンの表面にはうっすらと土がついていて、指先にかすかにザラつきが伝わる。それすらリアルで、ゲームということを忘れそうになる。

 炊事場は村の真ん中、井戸の近くにある開放型の施設だった。屋根だけの小屋のような造りで、石のかまどがふたつ、木の調理台、そして食材と調味料が入った木箱が並んでいる。

 薪をくべ、かまどに火を点けると、ぴちぴちと乾いた音が響いた。
 煙の匂いが鼻に届く。現実としか思えない。

 僕がこの世界で選んだ職業は「調理師」だった。

 戦士でも魔法使いでもなく、料理人。
 攻撃スキルなんて一切ない。でも、それでいい。

「料理が好きだから、こっちの方が僕には合ってると思う」

 ゲーム開始直後から戦闘なんてするつもりはない。まずは食材を見て、触って、匂いを嗅いで、切って焼いて味わう。それがしたかった。

 調味料箱には塩、胡椒、そしてオリーブオイル。木箱の中には、ジャガイモ、タマネギ、そしてさっきもらったニンジン。

「……これだけでも、十分作れるな」

 包丁を手に取る。持ち手の木の質感が指にしっくり馴染む。使い込まれたような道具のリアルさに、息を呑んだ。

 まずはジャガイモとタマネギを刻み、油を引いたフライパンで軽く炒める。塩をひとつまみ、胡椒をぱらり。最後にニンジンを入れて、彩りよく仕上げた。

 炒めていると、野菜の甘い匂いが立ち上り、鼻腔をくすぐる。
 火加減は自分で調整。かまどの熱が手の甲に感じられる。

 やがて、出来上がった料理がフライパンの上でこんがりと輝いた。

【野菜炒め・基本】
品質:★★★
効果:満腹度回復/HP回復(微)/味わい◎

「……やった」

 僕は木皿にそれを盛りつけ、試しにひとくち食べてみた。

「……っ、美味しい……」

 タマネギの甘みとジャガイモのホクホク感。ニンジンの香りがそれを引き立てている。塩味も控えめで、素材の味がちゃんと生きていた。

 まさかゲームの中で、こんなに“ちゃんと”した料理ができるなんて。

 感動していたその時――背後で「くぅぅ~ん」というかすかな鳴き声がした。

 振り向くと、そこにいたのは――
 ふわっふわの白い毛玉だった。

「えっ……なに、これ……」

 まるでリスとウサギと猫を足して、もふもふを3倍にしたような、夢のような生き物。体長は30センチくらいで、目がくりくりしていて、白い毛に淡いピンクが混じっている。

 その毛玉は、僕の作った野菜炒めに視線を釘付けにしていた。

「……もしかして、お腹空いてる?」

 僕がそう聞くと、ふわ毛玉はふるふると首を振った……ように見えたけれど、目の前までふわりと浮いてきて、ぺろりと皿の隅を舐めた。

「わっ……!」

 目を細め、頬を染め、くるんと丸まって僕の足元に寄ってくる。

【《もふもふ種・シエル》があなたを気に入りました】
【テイム成功! シエルが仲間になりました】

「……テイム、成功……? えっ、料理職でもテイムできるの……?」

 驚きのあまり声が出なかった。

 でも、確かに僕の前には、嬉しそうにしっぽをふるふる振るシエルがいて――

「……かわいい」

 その一言が、素直にこぼれた。

 気づけば、炊事場の周りには数人の村人が立ち止まっていた。

「おやまあ、なんて可愛い子」
「あの子、料理がとっても上手ね……」
「もふもふを一発で懐かせるなんて、只者じゃないわ」

 視線が集まっていることにようやく気づいて、僕は頬を赤くした。

「……やばい、注目されてる……」

 けど、不思議と嫌な気分ではなかった。温かい視線。優しい言葉。
 ここは、本当に“もう一つの居場所”になるかもしれない。

 
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