もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

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第6話 “ふわふわパン”と、銀の耳の少女

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 朝、炊事場に着くと、すでに小さな紙袋が置かれていた。

 中身は、前日に僕が作った“甘草パン”。きれいに包まれて、添えられていたメモには子どもらしい文字でこう書かれていた。

『かえすね! すごくおいしかった。いつか、ぜんぶたべてみたい!』

「……うん。なんか、こういうの、いいな」

 お金じゃない。
 けど、“ありがとう”のやりとり。

 気づけば、毎日のように炊事場に誰かが“何か”を置いていってくれるようになっていた。野菜、果物、小麦粉、香草、布袋。中には、手作りの飾りや絵の手紙なんかもある。

 それが嬉しくて、僕はその日、パンをもう少しだけたくさん作った。
 甘草を練り込んだふわふわの生地に、りんごに似た果実“レドン”を刻んで入れる。少しだけ焼き色を強くして、表面に香ばしさを出した。

「……シエル、どう?」

「きゅるっ♪」

 すぐさまくるんと寝転がり、前足で顔を押さえてくねくねする。最高評価だ。
 続いてモカにも一口分。すると「ふがぁ……」と鼻息荒く、口の周りをぺろぺろ舐めてくる。

 よし、このレシピ、看板メニュー候補だ。

 お昼前になると、パンの香りにつられて村の子どもたちがちょこちょこ集まり出す。
 炊事場の隅に設けた“お裾分け皿”にパンをそっと置いておくと、数分もせずに空になる。

 空いた皿の近くには、また何かしらの“お返し”がそっと置かれていた。
 ある日は花束、ある日は鉛筆画の似顔絵。今日は、ひときわ綺麗な赤い果実だった。

「……これは、アスティアアップル……?」

 高級果実だ。市場でも滅多に見かけないやつ。
 お裾分けの範囲を超えてきてる。

 そのとき――

「それ、あげたのは私」

 背後から、透き通るような声がした。

 振り向くと、そこにいたのはひとりの少女だった。
 髪は銀色。耳は長くて、ふわふわした毛に覆われている。大きな瞳は薄い紫で、どこか人懐こさと警戒が混ざった不思議な目つき。頭にはフードがかかっていたけれど、隠しきれないもふもふの耳と尻尾が揺れていた。

「……獣人族、だよね?」

「うん。私はノア。あのパン、すっごく美味しかった。お母さんが、久しぶりに笑ってた」

「……そう、だったんだ」

 そう言いながら、彼女はゆっくりとパンを見下ろしていた。
 どこか言葉を探しているようで、けれど目はまっすぐ。

「あなたの料理には……なんか、温かさがある。わたし……好き」

「ありがとう」

 僕がそう答えると、ノアはほんの少しだけ微笑んだ。

「……あなた、屋台を出すの?」

「まだ、出してないよ。……でも、考えてるところ」

「そっか。……出したら、毎日通うから」

 それだけ言って、ノアはふわりと身を翻して、風のように去っていった。

 その背中に、銀の尻尾がひらりと揺れていた。

 

◇ ◇ ◇ 

 

 その日の夕方。

 再び長老が炊事場に現れた。
 僕は少しだけ緊張していたけれど、彼はゆっくりと微笑んだ。

「もう少し考えてみる、という顔じゃの」

「はい……もうちょっとだけ。気持ちが、追いつくまで」

「うむ。あの子――ノアからも話は聞いた」

「……え?」

「おぬしの料理は、あの子の母親にも笑顔を取り戻したそうじゃ。おぬしの思いが、味になって届いたんだな」

 長老は言葉を切り、少しだけ遠くを見るような目をした。

「人の心を動かすのは、剣や魔法だけではない。“日々の食卓”が、命を救うこともある。……それが、料理というものじゃ」

 その言葉が、静かに胸に染みた。

「……ありがとう」

 言うと、長老は軽く頷き、背を向けて帰っていった。

 夕焼けの中、シエルとモカが僕の肩と足に丸まり、眠っている。

「……屋台、出してもいいのかもしれないな」

 そうつぶやいたときだった。
 どこか、遠く離れた別の場所で――

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……また噂だよ、“ちびっこ料理人”」

 黒髪の青年が、ギルド内の掲示板を眺めながらそう呟いた。
 すらりとした体躯。艶やかな髪を後ろでひとつに束ね、深紅の装飾が光る黒装備。モデルのような整った顔立ちは、振り返る者が思わず見惚れるレベル。

 ギルド内でも上位ランカーとして名を馳せる男、シュヴァルツ。
 その横で、金髪の快活な美形男――ユリウスがからかうように言う。

「童顔ちびっこに、もふもふに、料理? しかもパンとクッキーで村中とろけてるって、どんな設定だよ」

「……普通に考えたら、ネタ垢の釣りだな」

「でも、ゼクトが昨日言ってただろ? “もしかしてあいつかも”って」

 その言葉に、ふたりは顔を見合わせる。

「……まさか。ログインがあいつより遅かったって言ってたし」

「だけど、もふもふに好かれて、料理で無双してて、小さくて可愛いって……共通点、あるだろ?」

 そして静かに口を開いたのは、紅の瞳を持つ麗人――レイア。

「……私は、なんとなく信じたいな。あいつなら、きっとそんな風に楽しんでる」

 風が吹き抜け、掲示板の紙がふわりと揺れた。

 そこには、アスティア村の投稿。
 “もふもふと料理で人を笑顔にする、小さな料理人の話”。

 三人の視線が、その一文にそっと重なる。
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