もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

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第2話 もふもふと一緒に、初めての買い物

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 翌朝、ログインと同時に、目の前に白い毛玉が飛び込んできた。

「……おはよう、シエル」

 もふもふは僕の腕に飛び込むようにしてすり寄ってきた。温かくて柔らかくて、しかもほんのり花のような香りがする。撫でるとぷぅっと喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を細める。

 昨夜、ログアウトする直前までずっと僕の膝の上で丸まっていたシエルは、ログイン後も変わらず僕のそばにいてくれるらしい。

「ログアウト中、どこで待ってたんだろう……」

 ゲーム上の仕組みなのか、それともこの子自身の意思なのか。よくわからないけど、帰ってきた瞬間に再会できるのは、ちょっと嬉しい。

 今日は朝のうちに村の市場に行ってみるつもりだった。
 調理師としてやっていくには、食材や調味料の調達が重要になる。

 とはいえ、所持金はほとんどない。初期所持金は銀貨5枚と銅貨10枚。パンひとつで銅貨2枚程度だから、贅沢はできない。けど、食材の値段や品ぞろえを知るだけでも十分だ。

 石畳の道を歩いていると、村のあちこちから「おはよう」の声がかかる。NPCたちは本当に自然で、生きているみたいに温かい。

「おはよう、坊や。今日もいい天気だねぇ」
「お、もふもふちゃん、また一緒かい? 可愛いのぅ」

 肩に乗ったシエルが「ふぁ」と小さくあくびをして、それに周囲が微笑む。
 どうやら僕は、“もふもふと一緒に歩く小さな料理人”として少しずつ認識されてきているようだった。

 市場は、村の中心部にある広場に面していた。木の屋台が並び、それぞれに野菜、果物、卵、肉、調味料などを扱う商人たちが元気に声を張っている。

「今日はジャガイモが採れたてだよ!」
「珍しい香草が入ったよ、香りが違うんだ!」

 商品を見ているだけでも楽しくて、僕はシエルを抱えたまま、ひとつひとつの屋台をじっくり見て回った。触れると手触りまでわかるし、香草の香りは鼻腔をくすぐる。

「すごいな……全部リアルだ……」

 現実のスーパーと違って、ここでは売り手との会話も買い物の楽しみの一部だ。

「おや、初めて見る顔だね。旅人さんかい?」

 果物を並べていた中年の女性が声をかけてくる。胸元には色とりどりの果実が描かれた布製のエプロン。

「はい。昨日、アスティア村に来たばかりです」

「まあ、それはようこそ! 何か探してるのかい?」

「料理をしていて……よかったら、おすすめの食材を教えてもらえませんか?」

「ふふ、えらいねぇ。あんたみたいな子がちゃんと作る料理は、きっとあったかくておいしいんだろうねえ」

 そう言いながら、女性は木箱からひとつ、赤く熟した小さな果実を取り出して僕に差し出した。

「これは“スノーベリー”。甘みと酸味がちょうどよくて、煮込みにもジャムにもなるんだよ」

「……いい香り……ありがとうございます」

 そっと手に取ると、指先にしっとりとした感触。
 これでスイーツを作ったら、きっとシエルも喜ぶはずだ。

 財布の中の銅貨を数えながら、数個だけ購入した。
 そのほかにジャガイモと卵、香草を少し。ぜんぶ合わせて銅貨9枚。

 財布の中はすっかり軽くなったけど、不思議と不安はなかった。
 むしろ、心の中は温かくて満ち足りていた。

 村の炊事場に戻り、さっそく調理を始める。
 今朝は「香草入りの卵焼き」と「甘く煮詰めたベリーのソース」を作ってみる。

 薪に火をくべ、鉄鍋を温めると、卵に刻んだ香草と少しの塩を加えてかき混ぜ、そっと流し込む。
 ジュウッという音が心地よく響く。

「……いい感じ」

 焼ける香りが鼻に抜ける。
 ベリーは砂糖の代わりに少量の甘味草と合わせて、弱火で煮詰めていく。ぐつぐつと泡が立ち、色が深くなっていく過程はまるで魔法のようだった。

 完成した卵焼きをひとくち味見してみると、香草の爽やかさが卵のまろやかさに絶妙に絡み合い、ふわふわの食感が口に広がった。

 ベリーソースは香り高く、ほんのり酸味と深い甘さが心地よい。パンケーキや焼き菓子にも合いそうだ。

「……やっぱり、料理っていいな……」

 ふと見ると、シエルが目を輝かせて尻尾をふっていた。

「うん、君の分もあるよ」

 木の小皿に取り分けた卵焼きを差し出すと、ぺろりとひと舐めした後、うっとりした表情で身体を丸めて寝転がる。
 小さな手で皿をちょんと叩いて、もっとほしいと訴えてくる様子に、思わず笑ってしまった。

 そこへ――

「うわぁ、すごくいい匂い……」

 背後から、柔らかい声がした。

 振り返ると、三人の子どもを連れた女性のNPCが立っていた。
 その背後では、子どもたちがじっとこちらを見ている。

「あの、もしよかったら……少し、分けていただけませんか? もちろん、お代は払います」

「いえ、よければ召し上がってください。まだ作れますから」

 そう言って、小皿を用意し、同じ料理をもう一度作って出した。
 女性は深くお辞儀して、子どもたちと一緒にそれを口に運んだ。

「……ふわっふわ……!」
「うまっ……!」
「なんかあったかい……!」

 言葉は拙いけれど、純粋な感想が心に沁みる。

 女性は目元を緩めて、こう言った。

「……なんだか、旅人さんの作った料理には……心がある気がしますね」

 その言葉に、胸がじんとした。
 料理って、こんな風に人を笑顔にできるものだったんだ――改めて、そう思った。

 まだこの世界に来て二日目。
 なのにもう、こんなに幸せを感じてしまっていいのだろうか。

 この先、もっといろんな料理を作りたい。もっとたくさんの“もふもふ”に出会いたい。そして、もっと多くの人に笑ってもらいたい。

 ――その願いは、思いがけない形で、広がっていく。

 知らないところで。
 知らない誰かが、僕の作った料理と、傍らのもふもふを語りはじめていた。
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