3 / 20
第3話 もう一匹、増えました。
しおりを挟む昼下がり。風が心地よく、どこか懐かしい木の匂いがする。
僕は村の炊事場で、再びフライパンを手に取っていた。
今日のテーマは「焼き菓子」。
市場で少しだけ高価な小麦粉と、甘味草の蜜、そして木の実を買ってきた。おかげで所持金はとうとう銅貨3枚になったけれど、買ってよかったと思っている。焼き菓子があれば、朝でも昼でもちょっとしたおやつにもなるし、なにより……
「シエルがまたぺろぺろしたくなるようなものを作りたいんだよね」
と、僕の足元で丸くなっていた白もふが、にゅっと顔を出してこちらを見上げた。
「きゅぅ?」
「うん、ちょっと待ってて。今回は“ふわふわ木の実クッキー”って名前にしようかな」
卵と粉をまぜ、香ばしく炒った木の実を加えて、少量の甘味草蜜を垂らす。
生地をこねる手には熱が伝わり、粉の感触が細かく指に絡むのがわかる。これだけでも、このゲームの凄さがわかる。現実と変わらない……いや、それ以上に“集中できる”世界だ。
焼き上がりを待つ間、ふと、木の陰に誰かがいる気配がした。
だけど、視線を向けた時にはもう誰もいなかった。
「……気のせい?」
薪のパチパチとした音が戻り、僕は再び焼き台に目を戻した。
丸く整えたクッキー生地の表面に、うっすらと焦げ目がついている。
「よし、もうちょっとで完成」
その瞬間だった。
「……ふが?」
聞き慣れない、低いような高いような――ちょっと変な声がした。
シエルがぴょこんと顔を上げ、耳をぴくぴくさせる。
茂みの奥から、もぞもぞと何かが動く気配。
次の瞬間、白くないもふもふが姿を現した。
「……え、茶色?」
それは、シエルより少しだけ大きいサイズのもふもふだった。色はくすんだキャラメル色。毛並みはややくせっ毛で、動くたびにぼわんと揺れる。
丸い目と、垂れた耳。口元はたぷんとしたフェレットみたいで、どこか気の抜けた顔をしている。
「ふが……っふ、ふがが」
やたら息が荒い。というか……目がクッキーを見てる。
「……君も、お腹空いてる?」
「ふがふがふが!」
答えるように飛びついてきた。けど、僕の身体めがけてまっすぐ来るのではなく、ぴょんぴょん跳ねながら、やたら不器用にこちらへ近づいてくる。
どすっ――もふっ――ごろん!
跳ねては転び、転んでは起き、最後は頭から僕の膝に突っ込んできた。
「うわ、わっ!」
抱え込むように受け止めた僕の膝に、キャラメルもふもふがズドンと乗っかる。そのままゴロゴロ喉を鳴らし、尻尾をくねくね動かしている。
【《もふもふ種・モカ》があなたを気に入りました】
【テイム成功! モカが仲間になりました】
「……また?」
しかも、なにもしてないのに。
というか、料理職って、こんなに簡単にテイムできる職だったっけ……?
疑問を抱きつつ、モカにもクッキーを一枚割って差し出してみた。
途端に、ぱあっと目を輝かせ、両前足でがっちりクッキーを掴んでかぶりついた。
「ふがっ! ふがががががっ!!」
めちゃくちゃ興奮してる。
どうやらこのクッキー、モフ系にとっても大ヒットだったらしい。
気づけば、炊事場の奥にいたNPCの老職人が、腕を組んでこちらを見ていた。
「ほほぅ……おぬし、なかなかの腕前じゃのう。焼きの火加減、完璧じゃ」
「え、ありがとうございます……」
「この村で焼き菓子をこんなに丁寧に焼ける者は、わしとおぬし以外にはおらんぞい」
「(自分で言うんだ……)」
とはいえ、その視線は厳しくも優しい。そして何より――僕の手の動きを見ている。
料理人としての技術に、ちゃんと注目してくれている気がした。
「うむ。あの子ら――もふもふどもが懐くのも、なるほど納得じゃ。料理には心が宿るからの」
「心……ですか?」
「味だけでない。色、香り、手触り、音……そして、作り手の“気持ち”じゃよ」
そう言って職人さんは笑った。
そして、ぽんと僕の頭をひと撫でして、歩いていってしまった。
「……なんか、ほんとにNPCなんだよな……?」
五感完全再現型VRMMO《リアルコード・アース》。
ただの“遊び”としてこの世界に足を踏み入れたはずなのに、そこには確かな人との交流と、温かさがあった。
現実じゃ味わえなかったものが、ここにはある気がする。
とはいえ、これはゲームだ。現実世界の生活もちゃんとあるし、ログアウトしたら戻らなきゃいけない。
でも――
せめてこの世界では、料理人として、もふもふたちと一緒に、楽しく過ごしてみたい。
そう思いながら、僕は今日の残りのクッキーを、木皿にそっと並べて広場の縁に置いた。
「誰か、食べてくれたらいいな……」
それは、試しにやってみた“無人お裾分け”。
数分後、戻ってみると、皿は空になっていた。
そして、代わりに――
花のような飾りが添えられた小瓶と、手書き風のメモが置かれていた。
『とってもおいしかったです。また、たべたいです。』
子どものような字。けど、ほんの少し、嬉しくて指が震えた。
それと同時に、どこか別の場所――
村の外れにある大きな塔の上。
その塔の内部に設置された巨大な魔法装置のモニターに、僕の姿が一瞬だけ映っていた。
「……おや? また……想定外だね。予測より3日も早い」
それを見ていたのは、フードを被った謎の存在。
人間ではない。けれどこのゲーム内のとある“運営管理存在”であり、“神格”と呼ばれる存在のひとつ。
「ふふ……“彼”、面白い子だね。ちょっと注目しておこうか」
それは、後に“神々の晩餐”と呼ばれるイベントへとつながっていく。
だが、今の僕は――
「モカ、こっち来ちゃダメだよ、まだ熱いから!」
もふもふに囲まれて、クッキーを量産しながら、小さく笑っていた。
444
あなたにおすすめの小説
【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
───────
自筆です。
アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞
【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。
────────
自筆です。
無能扱いされた実は万能な武器職人、Sランクパーティーに招かれる~理不尽な理由でパーティーから追い出されましたが、恵まれた新天地で頑張ります~
詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)
ファンタジー
鍛冶職人が武器を作り、提供する……なんてことはもう古い時代。
現代のパーティーには武具生成を役目とするクリエイターという存在があった。
アレンはそんなクリエイターの一人であり、彼もまたとある零細パーティーに属していた。
しかしアレンはパーティーリーダーのテリーに理不尽なまでの要望を突きつけられる日常を送っていた。
本当は彼の適性に合った武器を提供していたというのに……
そんな中、アレンの元に二人の少女が歩み寄ってくる。アレンは少女たちにパーティーへのスカウトを受けることになるが、後にその二人がとんでもない存在だったということを知る。
後日、アレンはテリーの裁量でパーティーから追い出されてしまう。
だが彼はクビを宣告されても何とも思わなかった。
むしろ、彼にとってはこの上なく嬉しいことだった。
これは万能クリエイター(本人は自覚無し)が最高の仲間たちと紡ぐ冒険の物語である。
過労死した家具職人、異世界で快適な寝具を作ったら辺境の村が要塞になりました ~もう働きたくないので、面倒ごとは自動迎撃ベッドにお任せします
☆ほしい
ファンタジー
ブラック工房で働き詰め、最後は作りかけの椅子の上で息絶えた家具職人の木崎巧(キザキ・タクミ)。
目覚めると、そこは木材資源だけは豊富な異世界の貧しい開拓村だった。
タクミとして新たな生を得た彼は、もう二度とあんな働き方はしないと固く誓う。
最優先事項は、自分のための快適な寝具の確保。
前世の知識とこの世界の素材(魔石や魔物の皮)を組み合わせ、最高のベッド作りを開始する。
しかし、完成したのは侵入者を感知して自動で拘束する、とんでもない性能を持つ魔法のベッドだった。
そのベッドが村をゴブリンの襲撃から守ったことで、彼の作る家具は「快適防衛家具」として注目を集め始める。
本人はあくまで安眠第一でスローライフを望むだけなのに、貴族や商人から面倒な依頼が舞い込み始め、村はいつの間にか彼の家具によって難攻不落の要塞へと姿を変えていく。
微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
リンダの入念な逃走計画
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
愛人の子であるリンダは、先妻が亡くなったことで母親が後妻に入り侯爵令嬢となった。
特に家族との確執もないが、幼い時に受けた心の傷はリンダの歩みを決めさせる。
「貴族なんて自分には無理!」
そんな彼女の周囲の様子は、護衛に聞いた噂とは違うことが次々に分かっていく。
真実を知った彼女は、やっぱり逃げだすのだろうか?
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる