もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ

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第3話 もう一匹、増えました。

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 昼下がり。風が心地よく、どこか懐かしい木の匂いがする。
 僕は村の炊事場で、再びフライパンを手に取っていた。

 今日のテーマは「焼き菓子」。

 市場で少しだけ高価な小麦粉と、甘味草の蜜、そして木の実を買ってきた。おかげで所持金はとうとう銅貨3枚になったけれど、買ってよかったと思っている。焼き菓子があれば、朝でも昼でもちょっとしたおやつにもなるし、なにより……

「シエルがまたぺろぺろしたくなるようなものを作りたいんだよね」

 と、僕の足元で丸くなっていた白もふが、にゅっと顔を出してこちらを見上げた。

「きゅぅ?」

「うん、ちょっと待ってて。今回は“ふわふわ木の実クッキー”って名前にしようかな」

 卵と粉をまぜ、香ばしく炒った木の実を加えて、少量の甘味草蜜を垂らす。
 生地をこねる手には熱が伝わり、粉の感触が細かく指に絡むのがわかる。これだけでも、このゲームの凄さがわかる。現実と変わらない……いや、それ以上に“集中できる”世界だ。

 焼き上がりを待つ間、ふと、木の陰に誰かがいる気配がした。
 だけど、視線を向けた時にはもう誰もいなかった。

「……気のせい?」

 薪のパチパチとした音が戻り、僕は再び焼き台に目を戻した。
 丸く整えたクッキー生地の表面に、うっすらと焦げ目がついている。

「よし、もうちょっとで完成」

 その瞬間だった。

「……ふが?」

 聞き慣れない、低いような高いような――ちょっと変な声がした。
 シエルがぴょこんと顔を上げ、耳をぴくぴくさせる。

 茂みの奥から、もぞもぞと何かが動く気配。
 次の瞬間、白くないもふもふが姿を現した。

「……え、茶色?」

 それは、シエルより少しだけ大きいサイズのもふもふだった。色はくすんだキャラメル色。毛並みはややくせっ毛で、動くたびにぼわんと揺れる。

 丸い目と、垂れた耳。口元はたぷんとしたフェレットみたいで、どこか気の抜けた顔をしている。

「ふが……っふ、ふがが」

 やたら息が荒い。というか……目がクッキーを見てる。

「……君も、お腹空いてる?」

「ふがふがふが!」

 答えるように飛びついてきた。けど、僕の身体めがけてまっすぐ来るのではなく、ぴょんぴょん跳ねながら、やたら不器用にこちらへ近づいてくる。

 どすっ――もふっ――ごろん!

 跳ねては転び、転んでは起き、最後は頭から僕の膝に突っ込んできた。

「うわ、わっ!」

 抱え込むように受け止めた僕の膝に、キャラメルもふもふがズドンと乗っかる。そのままゴロゴロ喉を鳴らし、尻尾をくねくね動かしている。

【《もふもふ種・モカ》があなたを気に入りました】
【テイム成功! モカが仲間になりました】

「……また?」

 しかも、なにもしてないのに。
 というか、料理職って、こんなに簡単にテイムできる職だったっけ……?

 疑問を抱きつつ、モカにもクッキーを一枚割って差し出してみた。
 途端に、ぱあっと目を輝かせ、両前足でがっちりクッキーを掴んでかぶりついた。

「ふがっ! ふがががががっ!!」

 めちゃくちゃ興奮してる。
 どうやらこのクッキー、モフ系にとっても大ヒットだったらしい。

 気づけば、炊事場の奥にいたNPCの老職人が、腕を組んでこちらを見ていた。

「ほほぅ……おぬし、なかなかの腕前じゃのう。焼きの火加減、完璧じゃ」

「え、ありがとうございます……」

「この村で焼き菓子をこんなに丁寧に焼ける者は、わしとおぬし以外にはおらんぞい」

「(自分で言うんだ……)」

 とはいえ、その視線は厳しくも優しい。そして何より――僕の手の動きを見ている。
 料理人としての技術に、ちゃんと注目してくれている気がした。

「うむ。あの子ら――もふもふどもが懐くのも、なるほど納得じゃ。料理には心が宿るからの」

「心……ですか?」

「味だけでない。色、香り、手触り、音……そして、作り手の“気持ち”じゃよ」

 そう言って職人さんは笑った。
 そして、ぽんと僕の頭をひと撫でして、歩いていってしまった。

「……なんか、ほんとにNPCなんだよな……?」

 五感完全再現型VRMMO《リアルコード・アース》。
 ただの“遊び”としてこの世界に足を踏み入れたはずなのに、そこには確かな人との交流と、温かさがあった。

 現実じゃ味わえなかったものが、ここにはある気がする。

 とはいえ、これはゲームだ。現実世界の生活もちゃんとあるし、ログアウトしたら戻らなきゃいけない。

 でも――

 せめてこの世界では、料理人として、もふもふたちと一緒に、楽しく過ごしてみたい。

 そう思いながら、僕は今日の残りのクッキーを、木皿にそっと並べて広場の縁に置いた。

「誰か、食べてくれたらいいな……」

 それは、試しにやってみた“無人お裾分け”。
 数分後、戻ってみると、皿は空になっていた。

 そして、代わりに――

 花のような飾りが添えられた小瓶と、手書き風のメモが置かれていた。

『とってもおいしかったです。また、たべたいです。』

 子どものような字。けど、ほんの少し、嬉しくて指が震えた。

 それと同時に、どこか別の場所――

 村の外れにある大きな塔の上。
 その塔の内部に設置された巨大な魔法装置のモニターに、僕の姿が一瞬だけ映っていた。

「……おや? また……想定外だね。予測より3日も早い」

 それを見ていたのは、フードを被った謎の存在。
 人間ではない。けれどこのゲーム内のとある“運営管理存在”であり、“神格”と呼ばれる存在のひとつ。

「ふふ……“彼”、面白い子だね。ちょっと注目しておこうか」

 それは、後に“神々の晩餐”と呼ばれるイベントへとつながっていく。
 だが、今の僕は――

「モカ、こっち来ちゃダメだよ、まだ熱いから!」

 もふもふに囲まれて、クッキーを量産しながら、小さく笑っていた。
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