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第10話 屋台のこと、ちょっと前向きに考えてみる
しおりを挟む「で、今日はなにを作ってくれるのかな?」
炊事場の裏手にある木陰のテーブル。そこに座る美形3人――ゼクト、ユリウス、レイア。
その視線が、全力で僕に向かっている。
期待と信頼と、「推しが作る初ごはん」みたいな雰囲気まで漂ってるのは、気のせいじゃない。
「ちょっと、そんなに見られるとやりづらいんだけど……」
「でも見る。可愛いし、作ってる姿も好き」
レイアのストレートな言葉に、思わず手が止まる。
「……そ、そんなこと言ってもごはんは待っててくれないし」
そう言って誤魔化しつつ、作業に集中する。
今日のメニューは、昨日の残りのアスティアアップルを使った“りんごの温サラダ”と、“ふわふわハーブスープ”。主役はあくまで素材の味。香草と少量の甘味草で、ほっとする香りを引き立てる。
火加減を見ながら具材を刻み、オイルを回して香りを引き出してから煮込む。パンも添えて、三人分の木皿を丁寧に並べた。
「お待たせ。いただきます、で」
「「「いただきます!」」」
反応は一瞬だった。
ゼクトがスプーンを動かした瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……これ、……現実より美味いな」
静かに言いながら、次の一口へ。
隣ではユリウスがパンをちぎってスープに浸していた。
「やっば……なんだこれ、胃に染みる……。仕事帰りに食べたい……いや、ログアウト後でも余韻残るぞこれ……」
「リンゴの甘みと、香草の香りがすごくやさしい……。これが、レンの味だね」
レイアが小さく微笑んだ。
嬉しい。嬉しいけど、照れる。
それを見透かしたように、シエルが僕の肩にぴょんと飛び乗って「きゅ~」と鳴いた。
「君は毎日食べてるから、そんな反応しないの!」
◇ ◇ ◇
食後、木陰でまったりしていると、ユリウスが何気なく尋ねてきた。
「そういえばさ。屋台の話、どうなったの?」
「……まだ、悩んでる」
素直にそう答えた。
「人に料理を出すのは好きだけど、ずっと張り付いて販売するのは……このゲームって、リアルとの兼ね合いもあるし、少し怖い」
そもそも、僕は戦闘職じゃない。
強いモンスターと戦って護衛してもらわないと動けないことも多いし、屋台を出すにしても、どこまで続けられるかわからない。
「……なるほど。それなら、“無人屋台”っていう手もあるよ」
「無人屋台?」
ゼクトが頷いた。
「このゲームのシステムで、屋台用の設置アイテムを使えば、販売NPCを配置できる。自分がその場にいなくても、販売と接客を“自動”で行ってくれる」
「えっ、そんな便利なシステムがあるの……?」
「うん。俺たちもそれ使ってる。素材屋、ポーション屋、装備の展示販売まで。全部“自動”設定で動かせるよ」
「商品補充は?」
「遠隔でもできる。アイテムボックスに一定量を設定しておけば、自動で補充されるし、必要に応じて遠隔操作も可能」
僕はぽかんと口を開いたまま聞いていた。
そんなシステムがあるなら……
負担なく続けられるかもしれない。
常に人と向き合う必要もなく、自分のタイミングで料理を作って補充すればいい。
「……それ、教えてくれてありがとう」
「いいって。むしろ、早く開いてほしいな」
「俺たち、毎日買いに行くから」
「え、でも……」
「絶対行く」
「うん、毎日でも食べたい」
また愛でられそうな勢いで身構えたけど、今回はとりあえず微笑まれて終わった。
「じゃあ……一度、試してみようかな。無人屋台」
自分でも、意外なほど自然に言葉が出てきた。
そのくらい、心が動いていた。
誰かに食べてもらいたい気持ち。
無理なく続けたい現実とのバランス。
それを両立させる方法が、ここにはある。
「設置場所とか、何か注意点ある?」
「いくつかあるけど、設置できる街や村は限られてる。アスティア村はOK。あと、初回だけ販売登録料がかかるけど、村からの補助金が出る場合もある」
「アイテム扱いの屋台は俺が持ってるから、貸すよ。仮に“撤収”したくなっても、一瞬で仕舞えるし」
「……じゃあ、それ借りてもいい?」
「もちろん!」
3人が笑顔で頷く。
そのとき、ほんの少しだけ、胸の奥に温かい灯が灯った気がした。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
僕は炊事場の隅で、試作品の甘味クッキーを焼いていた。
ちょうどその時、村の長老がふらりとやってきた。
「おお、屋台を考えておるそうじゃな?」
「えっ、なんで知って……」
「ふむ。うわさじゃ」
うわさ早いな……!
「人に勧められたからやる、では長続きせん。自分が“やってみたい”と思ったら、その時にやればよい。無理せず、自然に、楽しめばええ」
そう言って、長老は焼きたてのクッキーをひとつ取った。
もぐもぐ。
くちゃくちゃ。
ごくん。
「うむ。これ、売ればよい。断言する」
「ええええ……」
「しかも、名前は“もふクッキー”じゃ。間違いない」
それ、勝手に決まってません……?
「ではな!」
颯爽と帰っていく長老の背中を見送るしかなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
もふもふたちと焚き火を囲みながら、僕はぽつりと呟いた。
「……やってみよう、屋台」
シエルが「きゅ~」と鳴き、モカが「ふがっ」と相槌を打つ。
この小さな決意が、きっと、また何かを変えていく。
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