【改稿版】光を忘れたあなたに、永遠の後悔を

桜野なつみ

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第13話 赦しの門

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「では、次だ……」

カリスの声が、今しも崩れかけた空気を断ち切るように響いた。

「この国に何が起こっていたのか、辛い現実ではあるが、しかと受け止めよ」

「逃げてはならぬ。
見なければならぬ。
罪を裁くだけでは終わらぬのだ」

カリスの言葉とともに、水の精霊の鏡が波紋を広げる。
鏡には“過去”の断片が、静かに映し出されていく。

過去の記憶ーその“情報の源”となったのは、光の精霊たちだった。
黒霧に呑まれ、命を落としたセラフィムの民に常に寄り添っていた、あの小さな存在たち。
彼らは“宿主”を失った後も、枯れ残った光草のそばで細々と生き延び、互いの記憶を引き継いでいた。
そして今、すべての記録がカリスのもとに集められたのだった。

最初に映るのは、王宮の一室。

薄暗く、どこか寒々しい食堂の隅で、ひとり静かに座るフィアナの姿。
食卓に用意されたはずの食事は、彼女の前にはない。

「食事なんて、この女に必要ないわ」
聖女の冷たい声が響く。

すぐ隣では、使用人が豪勢な皿を笑いながら口に運んでいる。
「残してもったいないですしねえ」
まるで何でもないことのように、フィアナの食事を奪って笑う顔。

その背後、誰にも見えぬ影のように寄り添っていた光の精霊が、小さく震えながらもすべてを見つめ、記録していた。

場面は切り替わる。

リュシアンが、冷たく言い放つ場面。

「彼女はもう、王妃ではない」
「子どもたちには近づけさせるな。気が狂っているのかもしれん」

魅了の影響を受けながらも、それが“王の言葉”として扱われていた恐ろしさ。
愛したはずの人を、知らずに傷つけ、否定する言葉。

そして──

今度は、王都の外。
セラフィムの民が住まう地区、もしくは混血の子どもたちが育てられていた郊外の村。

王国の各地で「祝福」と称された儀式が映し出される。

連れて行かれるのは、男でも女でも関係なかった。
そして、子どもも例外ではなかった。

ある場所では、セラフィムの血を引く父親が、無理やり捕らえられている。
その前で、魅了にかかった母親が、涙ひとつ流さず言う。

「この子も一緒に連れて行ってください。私たちの“祝福”ですから」

けれど、捕らえられた父親は叫ぶ。

「やめてくれ……この子だけは……! この子だけは……!」

その声は、誰にも届かなかった。

別の場面では、セラフィムの母親が子どもを抱きしめながら、泣き叫んでいた。
「この子だけは、連れて行かないで……私が代わりに行くから……!」

だが、魅了された父親の手が、妻と子を冷たく差し出す。
「さあ、行け。これも国のためだ」

母親は、その言葉を聞き、無言で子を抱いて黒霧の中に入っていく。
愛していた人に裏切られた、絶望の表情と共に。
その背に、幾重もの影が重なり、呑み込んでいった。

その頭上には、誰にも見えぬ光の精霊たちの姿。

彼らは叫びを聞き、嘆きを聞き、祈りを聞き、それでも何もできず、ただ記録を刻み続けていた。

場面は次々と切り替わる。

ーセラフィムの血を引く者たちが、次々に消えていく記録

ー聖女がその様子を見ながら「これで国が救われるのよ」と笑い、話す記録

すべては光の精霊が見ていたもの。
すべては“事実”として積み重ねられていた。

そして、最後に映ったのは――
一輪、踏み荒らされた花のそばで、光を灯す小さな光草。

その根元に、精霊が宿っていた。

かつてフィアナが蒔いた、小さな希望の種。

黒霧の中でも、光草のそばで命を繋ぎ、生き延びていた彼らだけが、“誰も語らなかった真実”を、こうして今、映し出していた。



映像が終わる。
沈黙の中で、すすり泣く声だけが広場を包んでいた。

カリスが声をあげる。

「聞け、ルシエルの者たちよ――」

その声は、風の精霊によって王国全土に響き渡った。

「お前たちは、操られていた。
心を奪われ、判断を奪われ、知らぬうちに罪をなしていた。

だが、今、目覚めたのであれば、それを“終わり”にするな。
自ら命を絶つことで、全てを帳消しにできるなどと思うな。

生きよ。そして、見つめよ。
自らが信じ、差し出してしまったものを。
二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、記憶せよ。

……それこそが、セラフィムの光たちが遺した教えである。」

涙を流す王国の民。
鏡の向こうで嗚咽を漏らすセラフィムの王と王妃。
その傍らで、レティシアが静かに祈りを捧げていた。

リュシアンもまた、頭を垂れていた。
彼の目から、静かに涙がこぼれていた。

ふたりの子ども――リュミエールとアレクシスは、カリスの顔を見つめていた。
その彼らの目は、もう幼子とは言えない強い意志が宿っていた。

カリスは沈黙する人々を見渡し、静かに語った。

「……さあ、行け。
赦しの門は、そなたたちの訪れを待っている。
寿命が尽きるその日まで、必死に生きよ。
それが、この国に希望を残す、唯一の方法だ」

風がそっと吹き抜けた。
その場にいた誰もが、涙を流しながら──それでも、立ち上がるために目を上げた。

赦しとは、罰の終わりではない。
生きることを選び続ける者にだけ、開かれる扉だった。

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