【改稿版】光を忘れたあなたに、永遠の後悔を

桜野なつみ

文字の大きさ
19 / 26

第18話 君のもとへ(後編)

しおりを挟む
旅が、始まった。

リュシアンはただの旅人として、ルシエルの隅々を歩いた。
水晶に浮かぶ人々の顔を見つめ、見覚えのある人物に出会えば、胸の中で静かに祈った。

──「どうか、あなたの罪の一部を、私に分けてください」

その足元には、誰にも気づかれないような、小さな光草を、ひとつずつ植えていく。

それは誰にも気づかれぬ祈りのしるし。
贖罪ではなく、記憶として。
人々が抱える痛みを少しずつ背負いながら、彼は静かに歩みを重ねた。

やがて旧ルシエルを歩き終えると、彼はセラフィム国へと入った。
一歩一歩に、贖罪と感謝の想いを込めて進む。
水晶の中に知った顔を見つけるたび、また祈る。

──「あなたたちの家族が奪われた苦しみの一部を、私に分けてください」

そうしてまた、小さな光草を植えてゆく。

ある村の子どもが、その草に気づいてつぶやいた。
「お母さん、これ、きれいだね」

その母は、名も知らぬ草にそっと手を合わせた。

──それが誰の手によって植えられたのかを知らなくても。
その淡い光は、たしかに希望として根づいていた。

いつしかその草は、村から村へと静かに広がり、
リュシアンが歩いたあとには、どこにも似たような光がそっと咲いていた。

誰もが名を知らず、気づかぬうちに心を癒されていたその草は──
やがてルシエルとセラフィムの国土すべてを、
そっと、静かに包み込むようになっていた。



七年が過ぎた。

リュシアンは、老いていた。

まだ三十八歳──だが、背は丸まり、歩幅は小さく、髪には白が混じる。
彼の老いは年齢によるものではなかった。
それは、旅の中で出会った人々の痛みを、ひとつひとつ、背負ってきた証だった。

赦しを乞うのではなく、共に生きた証をその身に刻みながら、彼は歩いた。
誰に気づかれることもなく、ただ黙々と、祈りを足元に植え続けながら。

そして、旅の終わり。
彼の足は、あの湖へとたどり着く。

かつて、フィアナと何度も語り合った場所。
子どものころから、何度も、何度も訪れた、約束の湖。

そのほとりの小さな丘に、変わらぬ墓があった。

リュシアンは、震える手で胸元からロケットペンダントを取り出し、そっと外した。
それは、かつて自分がフィアナに揃いで贈った、ロケットのうちの片方。
彼女が最期まで大切に身につけてくれていた、かけがえのない形見だった。

もう片方のロケットは、旅立ちの前にカリスへと託してある──
必ず戻るという、約束の証として。

墓標にロケットをかける。

「ようやく……帰ってこられたよ、フィアナ」
「君も一緒に行きたいと思って、連れて行ってしまっていたんだ。……ごめんね」

そう言って微笑み、墓に手を合わせる。

そして、彼はその傍らに座り込み、手で土を掘る。
最後の光草の種を、そっとそこへ埋めた。

──その瞬間だった。

光が、ふわりと湧き上がった。
光草の種を植えたその場所を中心に、柔らかな光が差し込み、小さな芽が顔を出す。

芽からあふれるように放たれたあたたかな輝きが、そっとリュシアンを包みこんでいく。

光に包まれたその途端――
歩むたびに軋んでいた足の痛みが、すっと消えた。
光草を植えるたびに傷めていた指や掌の痛みもやわらぎ、
重くこわばっていた背や肩は、不思議なほど軽くなる。

普通の呼吸すら苦しかった胸の奥も、するすると詰まりがほどけるように、楽に息ができるようになっていった。

そして気がつけば──
彼の身体は、かつての若き日のままに戻っていた。

「……リュシアン」

その声は、春の陽だまりのように、優しく降ってきた。

彼がゆっくりと振り返ると、そこに──
フィアナがいた。

淡い光に包まれた彼女は、昔と変わらぬ微笑みをたたえながら、ただ、そこに立っていた。

「フィアナ……」
言葉にならない声が、喉から零れる。

「……会いたかった。……ごめん、ごめんよ……ずっと、謝りたかった……」

震える声でそう言って、彼は彼女を抱きしめた。

フィアナは、何も言わなかった。
ただ、彼の背をそっと撫で、ゆっくりとその手を取る。

そして、ふたりは歩き出す。
光草の淡い光が広がる中──その先にある、赦しの門へと。

リュシアンが、かつてすべての人に誓った、「また会おう」と願った、その場所へ。



朝日が、湖畔のほとりを照らし出す。
淡い光の中、フィアナの墓のそばにひとりの男が、まるで愛しい人と添い寝をするかのように、静かに眠っていた。

それは、かつて王と呼ばれた男、リュシアン。
その顔には、ただ穏やかな微笑みが浮かんでいた。

胸元の袋からのぞく水晶が、朝の光を受けて淡く輝く。
そこには、旅立ちのときにあった曇りや濁りなど、ひとかけらも残されていなかった。

ただ、澄みきった光だけが静かに宿っていた。

その輝きには、もう痛みも、嘆きもなかった。
ただ祈りと赦し、そして深い愛の気配だけが、息づいていた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

あなたが捨てた花冠と后の愛

小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。 順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。 そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。 リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。 そのためにリリィが取った行動とは何なのか。 リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。 2人の未来はいかに···

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

初恋の人を思い出して辛いから、俺の前で声を出すなと言われました

柚木ゆず
恋愛
「俺の前で声を出すな!!」  マトート子爵令嬢シャルリーの婚約者であるレロッズ伯爵令息エタンには、隣国に嫁いでしまった初恋の人がいました。  シャルリーの声はその女性とそっくりで、聞いていると恋人になれなかったその人のことを思い出してしまう――。そんな理由でエタンは立場を利用してマトート家に圧力をかけ、自分の前はもちろんのこと不自然にならないよう人前で声を出すことさえも禁じてしまったのです。  自分の都合で好き放題するエタン、そんな彼はまだ知りません。  その傍若無人な振る舞いと自己中心的な性格が、あまりにも大きな災難をもたらしてしまうことを。  ※11月18日、本編完結。時期は未定ではありますが、シャルリーのその後などの番外編の投稿を予定しております。  ※体調の影響により一時的に、最新作以外の感想欄を閉じさせていただいております。

【完結】その約束は果たされる事はなく

かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。 森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。 私は貴方を愛してしまいました。 貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって… 貴方を諦めることは出来そうもありません。 …さようなら… ------- ※ハッピーエンドではありません ※3話完結となります ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

ワガママを繰り返してきた次女は

柚木ゆず
恋愛
 姉のヌイグルミの方が可愛いから欲しい、姉の誕生日プレゼントの方がいいから交換して、姉の婚約者を好きになったから代わりに婚約させて欲しい。ロートスアール子爵家の次女アネッサは、幼い頃からワガママを口にしてきました。  そんなアネッサを両親は毎回注意してきましたが聞く耳を持つことはなく、ついにアネッサは自分勝手に我慢の限界を迎えてしまいます。 『わたくしは酷く傷つきました! しばらく何もしたくないから療養をさせてもらいますわ! 認められないならこのお屋敷を出ていきますわよ!!』  その結果そんなことを言い出してしまい、この発言によってアネッサの日常は大きく変化してゆくこととなるのでした。 ※現在体調不良による影響で(すべてにしっかりとお返事をさせていただく余裕がないため)、最新のお話以外の感想欄を閉じさせていただいております。 ※11月23日、本編完結。後日、本編では描き切れなかったエピソードを番外編として投稿させていただく予定でございます。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

処理中です...