泣いて、笑って、恋した手のひら小話

猫戸針子

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生贄のはずが、天狗さまに溺愛されました

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もう幾日も雨が降らない。地面に手を当てると、カサカサとした手触りの土が手につき砂のようにこぼれ落ちた。

「この様子ではまた生贄いけにえを持ってこられるのかのぅ」

私は天狗てんぐ。たまたま近所の村にまつられているものの、厄祓やくばらいはできても飢饉ききんはどうにもならない。餓鬼がきに小言を言うくらいはできようが、あやつらも仕事ゆえ管轄外の私に規定外のこともできん。

それでも毎年のように人間達は豊作祈願やら雨乞いをしてくる。豊作ならば狐、雨乞いならば龍神だ。供物に普通の食い物ならまだしも、赤子や娘がにえとして捧げられるのは非常に困る。

「天狗が好んで人をかどわかすなどという伝説はどこで流れたのやら」

溜息を吐いても人間の耳には届くこともない。見えもしないのだから。

捧げられた人間達を家に返すと、気に入らなかったのだと勘違いされ、別の人間が捧げられる。仕方がないので贄は違う土地に置いてきている。
何となく気になり度々様子を見に行っているため、近頃は何やら忙しくなってしまった。



花酔いの晩。こうも雨が降らねば花も咲かぬ。今年は村での桜を拝むことは出来なそうだ。
気休めに笛でも吹こうとやしろの外に出ると、娘がひとり打ち捨てられるように置かれていた。月明かりが剥き出しのくるぶしを照らす。痛め付けられ、腱を切られていた。

「なんとむごい…」

自然と眉をひそめてしまう。なぜこうまでするのか。私に雨を降らす力があるならとうの昔に大地は潤っていよう。できぬことが分からぬのか。
私は娘に近寄り、縛られている縄を解くと、抱きかかえた。

「大事ないか?」

(聞こえるはずもないか。だが…美しい娘だ)

痩せてはいるが豊かな髪に長いまつ毛。月明かりに輝く柔らかな面差し。着物から出る素肌は傷はあれど白く、見惚れている内に手を離すのが惜しいという思いが込み上げてきた。
ゆっくりと目を開ける娘の瞳の澄んだ輝きは得難き宝珠のようだ。

自分が人の目に映らぬことがこれほど寂しいと感じたことがなかった。できることなら…言葉を交わしてみたかった。
ふと、娘と目が合っているような気がした。そんなはずはないと思い直しても、やはりこちらを見ている。

「天狗様?」

娘は驚くでもなく、私の羽根に手を伸ばしてきた。こちらが驚いたが、娘が触りやすいように羽根を前に傾けた。

「本当にいたんだね」

声が弱々しい。

「ずっとおったぞ」

羽根に触れた娘は満足したのか、力なく崩れるように手を落とす。私は咄嗟とっさに手を握った。か細いその手を。

「拐われるのは怖かったけど、あんたならいいって気がしてきた」

私が事情を説明すると、娘は小さく少し笑った。

「あたしらの勘違い、か。そうだよね。あたしも生贄でどうにかなるならとっくに毎年豊作だよ、って言ったから…それでこのざまさ」
「…すまんな」
「謝るなんて、おかしな神様…」

よほど弱っているのか、娘はそこまで話すと目を閉じた。掴んでいる手の頼りなさに、一刻も早くこの村から遠ざけたくなった。

「そなたは浮世へ連れてゆく。今は桜が見頃で飢えも老いもせず…」

そこまで話しかけた時、騒々しい足音が聞こえ、私は娘を抱えまま社の中に戻り扉を閉めた。



「娘がいないぞ!」

松明を片手に農機具を持った男衆が現れた。おおかた、降らぬ雨に業を煮やしたといったところだろう。

「こんな社燃やしちまえ!」

向こうから追い出してくれるならここから離れるのは容易たやすくなる。可笑しくて堪らず、クックッと笑った。

「私をいらぬと言うなら去るまで。娘はもらってゆくぞ」

一応断りは入れた。この地での勤めもこれで終いにできるだろう。火の手が上がった臭いがする。長居は無用だ。

私は娘を連れ、その地を去った。



娘が目を開けると、先ほどの天狗が満開の桜の下で自分の身体を支え、心配そうな顔で見つめている。いつの間にやら身体中の痛みもなくなり、空腹もなくなっていた。

「ここは?」
「私の里だ。そなたを気に入ったゆえ、そばに居てもらいとうなった」

お人好しな神様は命令するでもなく、少し不安そうな顔になった。娘は柔らかい笑みを浮かべる。

「いいよ。あたしも気に入ったから」

月明かりに桜の花びらが舞う下で、天狗と娘は手を取り合った。

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