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第二話 愛を語る王太子
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第二話 愛を語る王太子
王宮の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
燭台に灯る無数の光が、磨き上げられた床に反射し、色とりどりのドレスをまとった貴族たちを照らしている。音楽は穏やかで、笑い声は上品に抑えられ、すべてが「理想的な舞踏会」として整えられていた。
――少なくとも、表向きは。
リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルは、壁際に用意された席に静かに座り、その光景を眺めていた。
今夜の舞踏会の段取りは、すべて彼女が整えたものだ。招待客の配置、楽団の演奏順、料理が出されるタイミング、果ては誰と誰が顔を合わせないよう配慮すべきかまで。
完璧だった。何の波風も立たない――はずだった。
「……少し、騒がしいですわね」
小さく呟き、紅茶に口をつける。
周囲のざわめきは、いつもとは質が違っていた。期待と好奇心、それから、下世話な予感。
理由は、わかっている。
視線の先。
王太子ユリウスの隣に立つ、見慣れない令嬢。
淡い色のドレスは上質だが、貴族のそれとは微妙に違う。装飾が少なく、実用的で、どこか“頑張って選びました”という印象が拭えない。
平民出身の令嬢――噂の相手だった。
(なるほど。今夜でしたのね)
心の中で確認するように思い、リュシエンヌは表情一つ変えなかった。
驚きも、動揺もない。
ただ、予定通りの出来事を迎えたに過ぎない。
やがて音楽が止み、ユリウスが一歩前に出る。
視線が一斉に集まり、広間は不自然なほど静まり返った。
「皆、集まってくれて感謝する」
王太子らしい、少し気取った声。
リュシエンヌはその声を、何度も聞いてきた。重要な決断を下す場で使われる、あの調子だ。
「今日は、私から皆に伝えたいことがある」
ざわり、と空気が揺れる。
誰もが次の言葉を待ち構えている中で、ユリウスは一度、隣の令嬢に視線を向けた。
慈しむような、誇らしげな目。
「私は――愛を偽って生きることに、もう耐えられない」
その瞬間、いくつかの息を呑む音が重なった。
「これまでの婚約は、王家のためのものだった。だが、人は感情を持つ存在だ。私は、この方と出会い、本当の愛を知った」
令嬢が、少し震えながらも胸を張る。
周囲の視線を浴び、感動したような、怯えたような表情。
「だから――」
ユリウスは、はっきりと告げた。
「リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルとの婚約を、ここに破棄する」
広間が、ざわりと音を立てた。
驚愕、同情、好奇心、そして期待。
視線が一斉に、リュシエンヌへと向けられる。
泣くだろうか。
怒るだろうか。
取り乱して、醜態を晒すだろうか。
――そのどれもを、彼らは待っていた。
だが。
リュシエンヌは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
ドレスの裾を整え、背筋を伸ばし、静かに一礼する。
「承知いたしました」
それだけだった。
広間が、一瞬で静まり返る。
あまりにもあっさりとした返答に、誰もが言葉を失った。
「王太子殿下のお気持ち、理解いたしますわ。愛は尊いものですもの」
声は穏やかで、皮肉も混じらない。
本心からそう言っているかのように聞こえるほど、淡々としていた。
「ですから、この婚約破棄を受け入れます」
ユリウスは、わずかに眉をひそめた。
想定していた反応ではなかったのだろう。
「……それだけか?」
思わず漏れたような問いに、リュシエンヌは首を傾げる。
「ほかに、何か申し上げるべきことが?」
その問い返しに、周囲がざわつく。
王太子は言葉に詰まり、やがて強がるように言った。
「いや……分かってくれるなら、それでいい」
「ええ。わたくし、理解が早いのが取り柄ですの」
にこり、と微笑む。
それは王太子妃候補として何度も見せてきた、完璧な微笑だった。
だがその裏で、リュシエンヌの心は、驚くほど静かだった。
(終わりましたわね)
怒りも、悲しみもない。
あるのはただ、一区切りついたという感覚だけ。
愛を語る王太子の声が、どこか遠くに聞こえる。
彼がどれほど高尚な言葉を並べても、リュシエンヌの胸には、もう何も残らなかった。
――これで、わたくしの役目は終わり。
そう思った瞬間、肩から力が抜けるのを感じた。
誰も気づかないほど、小さな変化。
だが、それは確かに、彼女の人生が動いた音だった。
この夜を境に、王宮は変わる。
そして、彼女自身も。
まだ誰も、その本当の意味を知らないままに。
王宮の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
燭台に灯る無数の光が、磨き上げられた床に反射し、色とりどりのドレスをまとった貴族たちを照らしている。音楽は穏やかで、笑い声は上品に抑えられ、すべてが「理想的な舞踏会」として整えられていた。
――少なくとも、表向きは。
リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルは、壁際に用意された席に静かに座り、その光景を眺めていた。
今夜の舞踏会の段取りは、すべて彼女が整えたものだ。招待客の配置、楽団の演奏順、料理が出されるタイミング、果ては誰と誰が顔を合わせないよう配慮すべきかまで。
完璧だった。何の波風も立たない――はずだった。
「……少し、騒がしいですわね」
小さく呟き、紅茶に口をつける。
周囲のざわめきは、いつもとは質が違っていた。期待と好奇心、それから、下世話な予感。
理由は、わかっている。
視線の先。
王太子ユリウスの隣に立つ、見慣れない令嬢。
淡い色のドレスは上質だが、貴族のそれとは微妙に違う。装飾が少なく、実用的で、どこか“頑張って選びました”という印象が拭えない。
平民出身の令嬢――噂の相手だった。
(なるほど。今夜でしたのね)
心の中で確認するように思い、リュシエンヌは表情一つ変えなかった。
驚きも、動揺もない。
ただ、予定通りの出来事を迎えたに過ぎない。
やがて音楽が止み、ユリウスが一歩前に出る。
視線が一斉に集まり、広間は不自然なほど静まり返った。
「皆、集まってくれて感謝する」
王太子らしい、少し気取った声。
リュシエンヌはその声を、何度も聞いてきた。重要な決断を下す場で使われる、あの調子だ。
「今日は、私から皆に伝えたいことがある」
ざわり、と空気が揺れる。
誰もが次の言葉を待ち構えている中で、ユリウスは一度、隣の令嬢に視線を向けた。
慈しむような、誇らしげな目。
「私は――愛を偽って生きることに、もう耐えられない」
その瞬間、いくつかの息を呑む音が重なった。
「これまでの婚約は、王家のためのものだった。だが、人は感情を持つ存在だ。私は、この方と出会い、本当の愛を知った」
令嬢が、少し震えながらも胸を張る。
周囲の視線を浴び、感動したような、怯えたような表情。
「だから――」
ユリウスは、はっきりと告げた。
「リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルとの婚約を、ここに破棄する」
広間が、ざわりと音を立てた。
驚愕、同情、好奇心、そして期待。
視線が一斉に、リュシエンヌへと向けられる。
泣くだろうか。
怒るだろうか。
取り乱して、醜態を晒すだろうか。
――そのどれもを、彼らは待っていた。
だが。
リュシエンヌは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
ドレスの裾を整え、背筋を伸ばし、静かに一礼する。
「承知いたしました」
それだけだった。
広間が、一瞬で静まり返る。
あまりにもあっさりとした返答に、誰もが言葉を失った。
「王太子殿下のお気持ち、理解いたしますわ。愛は尊いものですもの」
声は穏やかで、皮肉も混じらない。
本心からそう言っているかのように聞こえるほど、淡々としていた。
「ですから、この婚約破棄を受け入れます」
ユリウスは、わずかに眉をひそめた。
想定していた反応ではなかったのだろう。
「……それだけか?」
思わず漏れたような問いに、リュシエンヌは首を傾げる。
「ほかに、何か申し上げるべきことが?」
その問い返しに、周囲がざわつく。
王太子は言葉に詰まり、やがて強がるように言った。
「いや……分かってくれるなら、それでいい」
「ええ。わたくし、理解が早いのが取り柄ですの」
にこり、と微笑む。
それは王太子妃候補として何度も見せてきた、完璧な微笑だった。
だがその裏で、リュシエンヌの心は、驚くほど静かだった。
(終わりましたわね)
怒りも、悲しみもない。
あるのはただ、一区切りついたという感覚だけ。
愛を語る王太子の声が、どこか遠くに聞こえる。
彼がどれほど高尚な言葉を並べても、リュシエンヌの胸には、もう何も残らなかった。
――これで、わたくしの役目は終わり。
そう思った瞬間、肩から力が抜けるのを感じた。
誰も気づかないほど、小さな変化。
だが、それは確かに、彼女の人生が動いた音だった。
この夜を境に、王宮は変わる。
そして、彼女自身も。
まだ誰も、その本当の意味を知らないままに。
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