28 / 40
第二十八話 静かな評価
しおりを挟む
第二十八話 静かな評価
王宮の朝は慌ただしい。書類は相変わらず積み上がり、人の往来も多い。ただ一つ違うのは、以前なら必ず名前が出ていた場面で、その名が呼ばれなくなったことだった。
決裁が遅れると理由が共有される。判断に迷いがあれば議論が起きる。完璧ではないが、止まってはいない。誰かの能力を前提に回る仕組みではなくなった、というだけの変化だ。
王太子ユリウスは会合で提出された案に目を通し、しばらく黙考したあと口を開いた。
「この方向で進める。修正は必要だが、差し戻しはしない」
その言葉に、場の空気が引き締まる。誰かの最終調整を待つのではなく、ここで決めるという意思がはっきり伝わったからだ。
不満が消えたわけではない。反対意見もある。それでも、判断を先送りにしない姿勢は、少しずつ周囲の前提を変えていた。
一方、王宮の外では、新しい婚約者が静かな役割を続けていた。孤児院への支援は、相変わらず地味だ。成果として語れるものは少ない。ただ、滞らない。必要なものが必要なときに届き、連絡が途切れない。
彼女は前に出ない。名を残そうともしない。続く仕組みを保つことだけを大切にしていた。その距離感は、現場の人々にとって心地よいものになりつつあった。
同じ頃、ヴァイセル公爵家の書斎では、リュシエンヌが市場で見た織物の帳簿を閉じていた。試作品はすでに手元にある。だが、判断はまだ出していない。
急がないことに、理由はない。ただ、今は決める時ではないと感じているだけだ。それが逃げではないと、彼女自身が理解していた。
午後、地方の商人が屋敷を訪ねてきた。以前なら、彼女の一言を期待して来ただろう人物だ。現状を説明し、最後に助言を求める。
リュシエンヌはすぐには答えず、話を聞き終えてから静かに言った。
「選択肢はあります。どれを選ぶかは、ご自身で決めてください。私は結果を引き受けませんが、経過を見ることはできます」
商人は一瞬戸惑い、それから深く頭を下げた。頼れないことが、かえって覚悟を促す場面もある。
王宮では、噂の形が変わり始めていた。
誰かがいないから困っている、ではない。いないのに回っている、という確認。それは称賛でも批判でもなく、ただの観測だった。
夕方、ユリウスは執務室の窓から中庭を眺めていた。決断の数は増え、疲労も確かにある。それでも、以前のような焦りはない。戻る選択肢が消えたことで、前に進むしかなくなったからだ。
夜、リュシエンヌは庭を歩く。風は穏やかで、灯りは控えめだった。何かを成し遂げた実感はない。ただ、何かを急がなかった確かさが残っている。
評価は、外から与えられるものではない。自分がどれだけ無理をしなかったかで測ればいい。
王宮の内でも外でも、同じ静かな評価が積み重なっていた。派手な称賛も、劇的な変化もない。ただ、前提が少しずつ書き換えられていく。
支えが消えても崩れないこと。動かなくても守れるものがあること。選ばない自由が、責任放棄ではないということ。
その理解は声高に語られないからこそ、静かに根づいていった。
王宮の朝は慌ただしい。書類は相変わらず積み上がり、人の往来も多い。ただ一つ違うのは、以前なら必ず名前が出ていた場面で、その名が呼ばれなくなったことだった。
決裁が遅れると理由が共有される。判断に迷いがあれば議論が起きる。完璧ではないが、止まってはいない。誰かの能力を前提に回る仕組みではなくなった、というだけの変化だ。
王太子ユリウスは会合で提出された案に目を通し、しばらく黙考したあと口を開いた。
「この方向で進める。修正は必要だが、差し戻しはしない」
その言葉に、場の空気が引き締まる。誰かの最終調整を待つのではなく、ここで決めるという意思がはっきり伝わったからだ。
不満が消えたわけではない。反対意見もある。それでも、判断を先送りにしない姿勢は、少しずつ周囲の前提を変えていた。
一方、王宮の外では、新しい婚約者が静かな役割を続けていた。孤児院への支援は、相変わらず地味だ。成果として語れるものは少ない。ただ、滞らない。必要なものが必要なときに届き、連絡が途切れない。
彼女は前に出ない。名を残そうともしない。続く仕組みを保つことだけを大切にしていた。その距離感は、現場の人々にとって心地よいものになりつつあった。
同じ頃、ヴァイセル公爵家の書斎では、リュシエンヌが市場で見た織物の帳簿を閉じていた。試作品はすでに手元にある。だが、判断はまだ出していない。
急がないことに、理由はない。ただ、今は決める時ではないと感じているだけだ。それが逃げではないと、彼女自身が理解していた。
午後、地方の商人が屋敷を訪ねてきた。以前なら、彼女の一言を期待して来ただろう人物だ。現状を説明し、最後に助言を求める。
リュシエンヌはすぐには答えず、話を聞き終えてから静かに言った。
「選択肢はあります。どれを選ぶかは、ご自身で決めてください。私は結果を引き受けませんが、経過を見ることはできます」
商人は一瞬戸惑い、それから深く頭を下げた。頼れないことが、かえって覚悟を促す場面もある。
王宮では、噂の形が変わり始めていた。
誰かがいないから困っている、ではない。いないのに回っている、という確認。それは称賛でも批判でもなく、ただの観測だった。
夕方、ユリウスは執務室の窓から中庭を眺めていた。決断の数は増え、疲労も確かにある。それでも、以前のような焦りはない。戻る選択肢が消えたことで、前に進むしかなくなったからだ。
夜、リュシエンヌは庭を歩く。風は穏やかで、灯りは控えめだった。何かを成し遂げた実感はない。ただ、何かを急がなかった確かさが残っている。
評価は、外から与えられるものではない。自分がどれだけ無理をしなかったかで測ればいい。
王宮の内でも外でも、同じ静かな評価が積み重なっていた。派手な称賛も、劇的な変化もない。ただ、前提が少しずつ書き換えられていく。
支えが消えても崩れないこと。動かなくても守れるものがあること。選ばない自由が、責任放棄ではないということ。
その理解は声高に語られないからこそ、静かに根づいていった。
2
あなたにおすすめの小説
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる