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第三十話 戻らない選択肢
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第三十話 戻らない選択肢
王宮では、小さな決定が積み重なっていた。どれも歴史に残るようなものではない。だが、その一つ一つが、確実に「戻らない」方向を向いている。
ユリウスは朝の会合を終え、廊下を歩きながら自分でも意外なほど落ち着いていることに気づいた。反発はある。調整不足もある。それでも、以前のように「誰かに整えてもらえばいい」という発想が、もう頭に浮かばない。
選択肢が減ったのではない。
戻る道を、自分で消しただけだ。
だからこそ、前を見るしかない。
執務室に戻ると、机の上にまとめられた報告書が置かれていた。数日前に滞った案件だ。今回は、修正案が添えられている。完璧ではないが、現実的だ。
「……これで進めよう」
声に出して言うと、不思議と迷いが消えた。責任の重さは変わらない。ただ、それを誰かに預けたいという衝動が、なくなっていた。
一方、王宮の外では、新しい婚約者が控えめな集まりに顔を出していた。孤児院の関係者と、支援の確認をするだけの短い時間だ。議題は少なく、変更点もない。
「今月は、現状維持で」
その一言で話は終わる。誰も落胆せず、むしろ安心した様子で頷いた。変えない判断が、信頼につながることもある。
彼女は帰り道、馬車の窓から街を眺める。自分がいなくても、明日は来る。その当たり前が、今は心地よかった。
ヴァイセル公爵家では、午後の静けさの中で、リュシエンヌが一通の書簡を手にしていた。王宮からではない。かつて縁のあった貴族からの、近況報告だ。内容は淡々としている。助言を求める言葉も、判断を仰ぐ文もない。
彼女はそれを読み終え、机に置いた。
返事を書く必要はない。
関係が切れたわけではない。
ただ、役割が終わっただけだ。
以前なら、その空白に不安を覚えただろう。今は違う。空白は、失われたものではなく、戻らない選択肢の証だ。
夕方、侍女が控えめに声をかける。
「お嬢様、明日の予定ですが……」
リュシエンヌは少し考え、首を横に振った。
「決めません。明日になってからでいいですわ」
即答しないことに、もう罪悪感はない。決めない自由を手放さないと決めている。
夜、王宮では小さな失敗が報告されていた。対応が遅れ、現場に混乱が出たという。ユリウスは報告を聞き、短く指示を出す。
「修正案を出してくれ。責任の所在は、私でいい」
誰かの名前を呼ぶことはしなかった。戻るための合言葉を、使わなかった。
同じ夜、新しい婚約者は孤児院から届いた簡潔な報告書に目を通し、問題がないことを確認してから灯りを落とす。何も起きなかった一日。それを、良い一日だと思えるようになっていた。
リュシエンヌは窓辺に立ち、夜風を感じる。遠くで何かが動いている気配はある。だが、ここまで引き寄せる必要はない。
戻らない選択肢があるから、迷わずに済む。
手放した役割があるから、今が軽い。
王宮でも、屋敷でも、同じ理解が静かに広がっていた。失ったのではない。選ばなかったのだ。そして、その選択は、もう後悔を伴わない。
世界は前に進む。
それぞれが、自分の足で。
王宮では、小さな決定が積み重なっていた。どれも歴史に残るようなものではない。だが、その一つ一つが、確実に「戻らない」方向を向いている。
ユリウスは朝の会合を終え、廊下を歩きながら自分でも意外なほど落ち着いていることに気づいた。反発はある。調整不足もある。それでも、以前のように「誰かに整えてもらえばいい」という発想が、もう頭に浮かばない。
選択肢が減ったのではない。
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「今月は、現状維持で」
その一言で話は終わる。誰も落胆せず、むしろ安心した様子で頷いた。変えない判断が、信頼につながることもある。
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返事を書く必要はない。
関係が切れたわけではない。
ただ、役割が終わっただけだ。
以前なら、その空白に不安を覚えただろう。今は違う。空白は、失われたものではなく、戻らない選択肢の証だ。
夕方、侍女が控えめに声をかける。
「お嬢様、明日の予定ですが……」
リュシエンヌは少し考え、首を横に振った。
「決めません。明日になってからでいいですわ」
即答しないことに、もう罪悪感はない。決めない自由を手放さないと決めている。
夜、王宮では小さな失敗が報告されていた。対応が遅れ、現場に混乱が出たという。ユリウスは報告を聞き、短く指示を出す。
「修正案を出してくれ。責任の所在は、私でいい」
誰かの名前を呼ぶことはしなかった。戻るための合言葉を、使わなかった。
同じ夜、新しい婚約者は孤児院から届いた簡潔な報告書に目を通し、問題がないことを確認してから灯りを落とす。何も起きなかった一日。それを、良い一日だと思えるようになっていた。
リュシエンヌは窓辺に立ち、夜風を感じる。遠くで何かが動いている気配はある。だが、ここまで引き寄せる必要はない。
戻らない選択肢があるから、迷わずに済む。
手放した役割があるから、今が軽い。
王宮でも、屋敷でも、同じ理解が静かに広がっていた。失ったのではない。選ばなかったのだ。そして、その選択は、もう後悔を伴わない。
世界は前に進む。
それぞれが、自分の足で。
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