永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

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第3章‐4『静かな午後、静かならざる想い』

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第3章‐4『静かな午後、静かならざる想い』

 訓練場での一件から数日が過ぎ、イソファガス家の邸宅には、ようやく穏やかな日常が戻ってきていた。
 剣戟の音も、張り詰めた空気もなく、領内は春の陽気に包まれている。

 その日の午後——
 庭園の奥にある藤棚の下で、キクコは銀のティーセットを前に、ゆったりと紅茶を楽しんでいた。

 紫の花房が風に揺れ、甘い香りが静かに漂う。
 柔らかな春風が、彼女の銀髪と淡い色のレースの袖をそっと持ち上げ、また静かに落ち着かせた。

「……やっぱり、この時間が一番好きだわ」

 キクコはカップを傾けながら、小さく息をつく。

「戦いも騒ぎもない、ただ静かな午後。こういう時間こそが、何よりの贅沢よね」

 紅茶の温もりが喉を通り、心までほどけていく。
 だが、その穏やかな空気を切り裂くように、視界の端にひとつの影が差し込んだ。

「キクコ様、失礼いたします」

 低く、よく通る落ち着いた声。
 振り返れば、そこに立っていたのは、凛々しい軍服姿のジャン・リヒターだった。

「ジャン様?」

 キクコは驚いた様子もなく、穏やかに問いかける。

「こんな時間に、どうかなさったのかしら?」

「いえ……お茶の邪魔をするつもりはありません。ただ、どうしても少し、お伺いしたいことがありまして」

 その言葉に、キクコは小さく微笑み、隣の椅子を指し示した。

「よければ、座って。一緒にお茶でもいかが?」

「恐縮です。では……失礼いたします」

 ジャンは一礼すると、背筋を正したまま椅子に腰掛ける。
 差し出されたカップを両手で受け取り、しばし紅茶の香りを味わってから、意を決したように口を開いた。

「……キクコ様は」

 一瞬、言葉を探すように視線を伏せる。

「どのような殿方を……お好みなのでしょうか?」

 その問いに、キクコの動きがわずかに止まった。
 紅茶を口に運びかけていた手が、ぴたりと静止する。

 だがすぐに、彼女はくすりと笑みを浮かべた。

「それはまた、ずいぶん突拍子もない質問ね」

 ジャンを横目で見やりながら、軽く首を傾ける。

「貴方、まさか……縁談でも考えているのかしら?」

「い、いえっ! そ、そういうわけでは……っ!」

 ジャンは一瞬で顔を赤くし、慌てて否定する。その様子があまりにも分かりやすく、キクコは思わず小さく笑った。

「冗談よ。そんなに慌てなくても大丈夫」

 そして、少しだけ真剣な表情になる。

「でも……そうね」

 カップを受け皿に戻し、藤棚の向こうに広がる空を仰いだ。

「わたしを守ってくれるような……強くて、優しい方かしら」

 その言葉を聞いた瞬間、ジャンの瞳に、一瞬だけ強い光が宿る。

「……もし、私にその器があるのなら」

 低く、しかし迷いのない声で告げる。

「キクコ様。あなたに、証明してみせたい」

「——あら?」

 キクコは意外そうに目を細め、彼を見つめた。

「証明って……どうするつもり?」

 ジャンは深く息を吸い、覚悟を決めたように言い切る。

「キクコ様。私と——剣の試合をしてください」

「……試合?」

「はい」

 強くうなずき、続ける。

「私には、まだ未熟な点も多いでしょう。ですが、それでも——あなたを守る力があるのだと、示したいのです」

 キクコはしばし沈黙した。
 藤の花が揺れ、紅茶の湯気が静かに立ち上る。

 やがて、彼女は小さくため息をついた。

「本当は、試合を望んでいるわけではないのだけど……」

 ちらりとジャンを見る。

「でも、そこまで真剣なら……お付き合いしないわけにもいかないわね」

「……ありがとうございます」

 ジャンは深く頭を下げた。

「ただし」

 キクコは、指先で扇子を軽く叩きながら付け加える。

「一つだけ、お願いがあるの」

「お願い……ですか?」

「ええ」

 彼女は自分のドレスを一瞥し、にこりと微笑んだ。

「このまま、ドレス姿で構わないかしら?」

「……えっ?」

「わざわざ着替えるのも億劫ですし」

 さらりと言ってのける。

「それに、わたしの動きを見るなら……このままの方が、都合がいいのよ」

 一瞬、ジャンは戸惑ったように眉をひそめた。
 だがすぐに表情を引き締め、背筋を正してうなずく。

「……承知しました」

 強い決意を込めて、はっきりと告げる。

「服装に関係なく、全力で向き合わせていただきます」

 藤棚の下、静かな午後。
 だがその空気の奥では、確かに次の嵐の気配が芽吹き始めていた。


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