婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

文字の大きさ
17 / 30

第17話 会えない王太子

しおりを挟む
第17話 会えない王太子

 王国側の使節が帝国を去ってから、三日後。

 皇城の執務室で、私は資料に目を通していた。
 以前なら難解に感じた文言も、今では自然に頭に入ってくる。

(……慣れって、怖いわね)

 そんなことを考えていると、女官長が控えめに扉を叩いた。

「失礼いたします」

「どうぞ」

 彼女は一歩進み、声を落とす。

「……王国より、再度の連絡が入っております」

 ペンを置く。

「今度は、誰から?」

「王太子殿下ご本人です」

 一瞬だけ、空気が止まった。

(……来た)

 だが、心は驚くほど静かだった。

「要件は?」

「『直接、話がしたい』とのことです」

 その言葉を聞いた瞬間、
 思わず小さく息を吐いてしまった。

(……直接?)

 何を、今さら。

 女官長は、私の表情を慎重に読み取っている。

「陛下は、
 あなたの判断に委ねると仰せです」

 それは、
 会ってもいいし、会わなくてもいい、という意味だ。

(……ずいぶん、対等な扱いになったものね)

 私は、少し考えてから答えた。

「会いません」

 即答だった。

 女官長が、わずかに目を見開く。

「理由を、お聞きしても?」

「話すべきことは、
 すでに謁見の場で伝えました」

 それだけで、十分だ。

「個人的な感情を整理するために、
 私の時間を使う理由はありません」

 女官長は、静かに頷いた。

「その旨、陛下へお伝えします」

 数時間後。

 皇帝から短い伝言が届いた。

『王太子の面会要請は、却下した』

 簡潔で、余計な感情はない。

(……それで終わり、のはずだった)

 だが、王太子は引き下がらなかった。

 翌日。

 今度は、“非公式”な形での打診が入る。

「共通の知人を通じて、
 文を預かりました」

 女官長が差し出した封書には、
 見覚えのある紋章が刻まれていた。

(……本当に、しつこい)

 私は、受け取らなかった。

「返してください」

「中身を確認なさらなくても?」

「必要ありません」

 視線を上げる。

「彼が今、
 何を書こうとしているかは、想像がつきます」

 謝罪。
 後悔。
 言い訳。

 どれも、
 遅すぎる。

 女官長は、少しだけ困ったように微笑み、封書を下げた。

「分かりました」

 その日の夕方。

 皇城の中庭を歩いていると、
 不意に人の気配を感じた。

 視線を向けると、
 回廊の向こうに、見覚えのある後ろ姿がある。

(……え?)

 黒髪。
 王国の正装。

 そして、あの――
 背筋の通った立ち姿。

(……まさか)

 だが、距離がある。

 さらに、その間には、
 帝国の近衛兵が立っていた。

 王太子ケーニグセグ。

 彼は、こちらを見ていた。

 だが――
 近づけない。

 私は、足を止めなかった。

 視線を逸らすこともなく、
 ただ、通り過ぎる。

 彼の表情が、歪んだのが見えた。

(……ああ)

 今、理解した。

 これは、
 「拒絶」ではない。

 無関係だ。

 呼び止める声は、聞こえなかった。
 というより、
 発せられなかったのだろう。

 皇帝の許可なく、
 ここで声をかけることはできない。

 私は、そのまま歩き続けた。

 背中に、視線を感じながら。

 夜。

 執務を終えた皇帝が、私に言った。

「見たそうだな」

「……はい」

「会いたかったか?」

 少し考える。

「いいえ」

 即答だった。

「もう、
 話す言葉がありません」

 皇帝は、短く笑った。

「それが、一番効く」

 翌日。

 王国側から、最後の連絡が入った。

 ――王太子殿下、帰国。

 理由は、
 “体調不良”。

(……便利な言葉ね)

 私は、報告書を閉じ、窓の外を見た。

 帝国の空は、澄んでいる。

(会えなかった)

 それだけのこと。

 だが、
 彼にとっては違う。

 かつて、
 見下し、切り捨てようとした相手に。

 今は、
 会う資格すら与えられない。

 それが、現実だ。

 私は、静かに息を吸い、吐いた。

 もう、振り返らない。

 過去は、
 追いかけてくることすらできなくなった。

 それで、十分だった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜

鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。 しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。 王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。 絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。 彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。 誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。 荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。 一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。 王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。 しかし、アリシアは冷たく拒否。 「私はもう、あなたの聖女ではありません」 そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。 「俺がお前を守る。永遠に離さない」 勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動…… 追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

処理中です...