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第38話 何もしない私が、最後の切り札にされている件について
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第38話 何もしない私が、最後の切り札にされている件について
――嫌な予感というものは、
たいてい当たる。
その日、私は朝から理由の分からない違和感を覚えていた。
屋敷の空気が、いつもより静かすぎる。
使用人たちの動きが慎重で、
視線が、妙に私を避けている。
「……マーガレット」
「はい、お嬢様」
「何か隠してる?」
即答で否定されると思った。
だが、彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……王都から、
緊急の使者が来ております」
「でしょうね」
私はため息をつく。
やっぱり来た。
「内容は?」
「……各派閥が、
最終調整で行き詰まっておりまして」
「私に判断させる気?」
「……いえ。
“ご意見だけでも”
と」
それはつまり、
判断させる気満々ということだ。
「断って」
「すでに……
“レイラ様は中立であるからこそ”
という前提で話が……」
「それ、
中立じゃなくて
便利な存在って意味よ」
マーガレットは、
小さく息を呑んだ。
昼前。
結局、王都の使者は
応接間まで通されていた。
私は、
最低限の礼儀だけ整え、
椅子に腰かける。
「本日は、
どのようなご用件で?」
使者は深く頭を下げた。
「アーデルハイド公爵令嬢殿。
どうか、
この場で
“どちらが正しいか”
お示しいただけませんでしょうか」
――ああ。
やっぱり。
「それは、
私の役目ではありません」
「ですが、
貴女様は
どの派閥にも属しておらず……」
「属していないから、
選ばないのです」
私は淡々と言った。
「私は、
判断を下す立場に
なりません」
使者の顔が強張る。
「このままでは、
議会が停滞し……」
「停滞するなら、
それが今の実力です」
はっきりと言い切った。
「無理に進めるより、
止まったほうが
被害が少ない場合もある」
沈黙。
重い空気が、
部屋に落ちる。
「……それでも」
使者は、
縋るような声で言った。
「皆が、
貴女様の判断を
望んでおります」
私は、
そこで初めて
少しだけ声の調子を変えた。
「望んでいるのは、
責任の押し付け先でしょう?」
使者は、
答えられなかった。
「私は、
前世で
それをやらされて、
壊れました」
場が凍る。
「だから今世では、
同じことはしない」
私は立ち上がる。
「判断が必要なら、
当事者がやるべきです」
「……」
「私を
“最後の切り札”
にしないでください」
その言葉は、
想像以上に
強く響いたらしい。
使者は、
深々と頭を下げ、
何も言わずに去っていった。
午後。
父が、
珍しく難しい顔をして
私を見つめていた。
「……突き放しすぎではないか?」
「いいえ」
私は即答する。
「境界線を引いただけ」
「だが、
反感を買う可能性もある」
「それでも構いません」
私は、
ゆっくりと息を吐く。
「信頼より、
自分の人生のほうが
大事です」
父は、
しばらく黙り込み――
やがて、
小さく笑った。
「……強くなったな」
「壊れたくないだけよ」
夕方。
屋敷に、
静けさが戻る。
使用人たちも、
どこか安堵した表情をしていた。
「お嬢様」
マーガレットが言う。
「……正直、
もっと責められるかと
思っておりました」
「私も」
私は苦笑する。
「でもね」
カップを手に取る。
「誰かが
“やらない”
と言わない限り、
この世界は
ずっと誰かを
潰し続ける」
夜。
日記を開く。
『今日は、
“最後の切り札”
になることを
拒否した』
『信頼は、
便利な言葉』
『でも、
命より重くない』
ペンを置き、
窓の外を見る。
星は、
昨日と同じ位置で
輝いている。
何も変わっていない。
それでいい。
私は、
誰かのために
壊れるつもりはない。
――働かない令嬢は、
ついに
“頼られ役”
すら
正式に辞退した。
それでも世界は、
まだ崩れていない。
たぶん――
これで、
正解なのだ。
――嫌な予感というものは、
たいてい当たる。
その日、私は朝から理由の分からない違和感を覚えていた。
屋敷の空気が、いつもより静かすぎる。
使用人たちの動きが慎重で、
視線が、妙に私を避けている。
「……マーガレット」
「はい、お嬢様」
「何か隠してる?」
即答で否定されると思った。
だが、彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……王都から、
緊急の使者が来ております」
「でしょうね」
私はため息をつく。
やっぱり来た。
「内容は?」
「……各派閥が、
最終調整で行き詰まっておりまして」
「私に判断させる気?」
「……いえ。
“ご意見だけでも”
と」
それはつまり、
判断させる気満々ということだ。
「断って」
「すでに……
“レイラ様は中立であるからこそ”
という前提で話が……」
「それ、
中立じゃなくて
便利な存在って意味よ」
マーガレットは、
小さく息を呑んだ。
昼前。
結局、王都の使者は
応接間まで通されていた。
私は、
最低限の礼儀だけ整え、
椅子に腰かける。
「本日は、
どのようなご用件で?」
使者は深く頭を下げた。
「アーデルハイド公爵令嬢殿。
どうか、
この場で
“どちらが正しいか”
お示しいただけませんでしょうか」
――ああ。
やっぱり。
「それは、
私の役目ではありません」
「ですが、
貴女様は
どの派閥にも属しておらず……」
「属していないから、
選ばないのです」
私は淡々と言った。
「私は、
判断を下す立場に
なりません」
使者の顔が強張る。
「このままでは、
議会が停滞し……」
「停滞するなら、
それが今の実力です」
はっきりと言い切った。
「無理に進めるより、
止まったほうが
被害が少ない場合もある」
沈黙。
重い空気が、
部屋に落ちる。
「……それでも」
使者は、
縋るような声で言った。
「皆が、
貴女様の判断を
望んでおります」
私は、
そこで初めて
少しだけ声の調子を変えた。
「望んでいるのは、
責任の押し付け先でしょう?」
使者は、
答えられなかった。
「私は、
前世で
それをやらされて、
壊れました」
場が凍る。
「だから今世では、
同じことはしない」
私は立ち上がる。
「判断が必要なら、
当事者がやるべきです」
「……」
「私を
“最後の切り札”
にしないでください」
その言葉は、
想像以上に
強く響いたらしい。
使者は、
深々と頭を下げ、
何も言わずに去っていった。
午後。
父が、
珍しく難しい顔をして
私を見つめていた。
「……突き放しすぎではないか?」
「いいえ」
私は即答する。
「境界線を引いただけ」
「だが、
反感を買う可能性もある」
「それでも構いません」
私は、
ゆっくりと息を吐く。
「信頼より、
自分の人生のほうが
大事です」
父は、
しばらく黙り込み――
やがて、
小さく笑った。
「……強くなったな」
「壊れたくないだけよ」
夕方。
屋敷に、
静けさが戻る。
使用人たちも、
どこか安堵した表情をしていた。
「お嬢様」
マーガレットが言う。
「……正直、
もっと責められるかと
思っておりました」
「私も」
私は苦笑する。
「でもね」
カップを手に取る。
「誰かが
“やらない”
と言わない限り、
この世界は
ずっと誰かを
潰し続ける」
夜。
日記を開く。
『今日は、
“最後の切り札”
になることを
拒否した』
『信頼は、
便利な言葉』
『でも、
命より重くない』
ペンを置き、
窓の外を見る。
星は、
昨日と同じ位置で
輝いている。
何も変わっていない。
それでいい。
私は、
誰かのために
壊れるつもりはない。
――働かない令嬢は、
ついに
“頼られ役”
すら
正式に辞退した。
それでも世界は、
まだ崩れていない。
たぶん――
これで、
正解なのだ。
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