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第五話 断罪の準備は静かに進む
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第五話 断罪の準備は静かに進む
学院の朝は、いつもと同じ鐘の音で始まった。
だが、その音を聞いた瞬間から、空気が違うことに気づく者は多かった。
視線が集まる。
囁きが途切れる。
歩くたびに、背中に重さを感じる。
マリアは、その中心にいた。
「……おはようございます」
挨拶をしても、返ってくる声はまばらだ。
以前のような親しみではなく、どこか遠慮と緊張を含んだ表情。
それでも彼女は、微笑みを崩さなかった。
自分が誰かを困らせているとは、まだ思っていない。
一方、アリエノールの周囲は、奇妙なほど静かだった。
誰も近寄らない。
誰も話しかけない。
まるで、最初から「そこにいない者」であるかのように扱われている。
だが、それは彼女にとって想定内だった。
「沈黙は、断罪の前兆」
かつて父から教えられた言葉が、頭をよぎる。
事実が確認される前に、空気が結論を決める。
その結論に、後から理由が貼り付けられる。
そうして「正義」は完成する。
午前の授業が終わるころ、王太子ルイスは学院長の執務室を訪れていた。
同行しているのは、数名の貴族教師と、王太子付きの側近。
「状況は、思っていた以上に深刻です」
学院長は、慎重な口調で報告する。
「生徒間の対立が表面化しつつあります。
このままでは、学びの場としての秩序が……」
「原因は?」
ルイスは、即座に問いかけた。
学院長は一瞬、言葉を選ぶ。
「……聖女マリア様と、公爵令嬢アリエノール様の間に、認識の相違があったようです」
その言い方は、極めて穏健だった。
だが、ルイスは満足しなかった。
「認識の相違、ですか」
「はい。聖女様は、生徒の平等を重んじるお考えで……」
「それに対し、公爵令嬢は?」
一瞬の沈黙。
「……現実的な立場から、注意をなさったと聞いております」
その言葉を聞いた瞬間、ルイスの中で何かが確定した。
「注意、という名の抑圧ですね」
誰も、即座に否定できなかった。
否定するには、証拠が足りない。
だが肯定するには、噂と空気だけで十分だった。
「学院は、未来の貴族を育てる場です」
ルイスは立ち上がり、静かに言い放つ。
「弱き者を守れない場所に、未来はありません」
その言葉は、美しかった。
同時に、危ういほど単純だった。
その日の午後、マリアは王太子に呼び出された。
場所は、学院内の応接室。
形式ばった空間に、彼女は緊張した面持ちで足を踏み入れる。
「マリア、座ってください」
優しい声。
労わるような眼差し。
それが、彼女を安心させた。
「最近、辛い思いをしていると聞きました」
「……いいえ、そんな……」
否定しかけたマリアの言葉を、ルイスはやんわりと遮る。
「無理をしなくていい。
君は、この国の希望だ」
その言葉に、マリアの胸が締め付けられる。
「私は……ただ、正しいと思ったことを……」
「分かっている」
ルイスは、深く頷いた。
「だが、権力を持つ者の言葉は、時に人を傷つける。
それを理解しない者が、君の善意を踏みにじったのだ」
その瞬間、マリアの中で、何かが噛み合わなくなる。
――誰が、誰を?
だが、その疑問を口に出す前に、ルイスは続けた。
「安心してほしい。
私は、君を守る」
その言葉は、救いであると同時に、選択肢を奪うものだった。
同じ頃、アリエノールは父からの書簡を読んでいた。
短く、しかし重い内容。
『動くな。
王太子が動いた』
それだけで、十分だった。
「……やはり」
彼女は、書簡を静かに畳む。
父は、すでに全体を見ている。
そして、これは学院内の問題では終わらないことも。
夕刻、数名の貴族生徒が密かに集まっていた。
議題は一つ。
「このままでは、公爵令嬢が危険だ」
「だが、王太子が関与している以上……」
誰もが、声を潜める。
誰が正しいかではない。
誰が強いか、だ。
その夜、王太子ルイスは決断を下した。
「正式な場で、事実確認を行う」
それは、聞こえのいい言葉だった。
だが実際には、断罪の舞台を整えるという意味に他ならない。
証言者は、すでに揃っている。
空気も、世論も、正義も。
残っているのは、儀式だけだった。
アリエノールは、自室で静かにドレスを選んでいた。
「……なるほど」
鏡に映る自分の姿を見つめながら、彼女は小さく息を吐く。
「ここまで来たのですね」
彼女は知っている。
この国では、王太子が婚約破棄を口にした瞬間、
すべては不可逆になるということを。
誰も、止められない。
だからこそ――
「せめて、最後まで教えて差し上げましょう」
世界は、平等ではない。
そして、善意だけでは、生き残れない。
その現実を、
最も残酷な形で知ることになる者が、
もうすぐ現れる。
学院の朝は、いつもと同じ鐘の音で始まった。
だが、その音を聞いた瞬間から、空気が違うことに気づく者は多かった。
視線が集まる。
囁きが途切れる。
歩くたびに、背中に重さを感じる。
マリアは、その中心にいた。
「……おはようございます」
挨拶をしても、返ってくる声はまばらだ。
以前のような親しみではなく、どこか遠慮と緊張を含んだ表情。
それでも彼女は、微笑みを崩さなかった。
自分が誰かを困らせているとは、まだ思っていない。
一方、アリエノールの周囲は、奇妙なほど静かだった。
誰も近寄らない。
誰も話しかけない。
まるで、最初から「そこにいない者」であるかのように扱われている。
だが、それは彼女にとって想定内だった。
「沈黙は、断罪の前兆」
かつて父から教えられた言葉が、頭をよぎる。
事実が確認される前に、空気が結論を決める。
その結論に、後から理由が貼り付けられる。
そうして「正義」は完成する。
午前の授業が終わるころ、王太子ルイスは学院長の執務室を訪れていた。
同行しているのは、数名の貴族教師と、王太子付きの側近。
「状況は、思っていた以上に深刻です」
学院長は、慎重な口調で報告する。
「生徒間の対立が表面化しつつあります。
このままでは、学びの場としての秩序が……」
「原因は?」
ルイスは、即座に問いかけた。
学院長は一瞬、言葉を選ぶ。
「……聖女マリア様と、公爵令嬢アリエノール様の間に、認識の相違があったようです」
その言い方は、極めて穏健だった。
だが、ルイスは満足しなかった。
「認識の相違、ですか」
「はい。聖女様は、生徒の平等を重んじるお考えで……」
「それに対し、公爵令嬢は?」
一瞬の沈黙。
「……現実的な立場から、注意をなさったと聞いております」
その言葉を聞いた瞬間、ルイスの中で何かが確定した。
「注意、という名の抑圧ですね」
誰も、即座に否定できなかった。
否定するには、証拠が足りない。
だが肯定するには、噂と空気だけで十分だった。
「学院は、未来の貴族を育てる場です」
ルイスは立ち上がり、静かに言い放つ。
「弱き者を守れない場所に、未来はありません」
その言葉は、美しかった。
同時に、危ういほど単純だった。
その日の午後、マリアは王太子に呼び出された。
場所は、学院内の応接室。
形式ばった空間に、彼女は緊張した面持ちで足を踏み入れる。
「マリア、座ってください」
優しい声。
労わるような眼差し。
それが、彼女を安心させた。
「最近、辛い思いをしていると聞きました」
「……いいえ、そんな……」
否定しかけたマリアの言葉を、ルイスはやんわりと遮る。
「無理をしなくていい。
君は、この国の希望だ」
その言葉に、マリアの胸が締め付けられる。
「私は……ただ、正しいと思ったことを……」
「分かっている」
ルイスは、深く頷いた。
「だが、権力を持つ者の言葉は、時に人を傷つける。
それを理解しない者が、君の善意を踏みにじったのだ」
その瞬間、マリアの中で、何かが噛み合わなくなる。
――誰が、誰を?
だが、その疑問を口に出す前に、ルイスは続けた。
「安心してほしい。
私は、君を守る」
その言葉は、救いであると同時に、選択肢を奪うものだった。
同じ頃、アリエノールは父からの書簡を読んでいた。
短く、しかし重い内容。
『動くな。
王太子が動いた』
それだけで、十分だった。
「……やはり」
彼女は、書簡を静かに畳む。
父は、すでに全体を見ている。
そして、これは学院内の問題では終わらないことも。
夕刻、数名の貴族生徒が密かに集まっていた。
議題は一つ。
「このままでは、公爵令嬢が危険だ」
「だが、王太子が関与している以上……」
誰もが、声を潜める。
誰が正しいかではない。
誰が強いか、だ。
その夜、王太子ルイスは決断を下した。
「正式な場で、事実確認を行う」
それは、聞こえのいい言葉だった。
だが実際には、断罪の舞台を整えるという意味に他ならない。
証言者は、すでに揃っている。
空気も、世論も、正義も。
残っているのは、儀式だけだった。
アリエノールは、自室で静かにドレスを選んでいた。
「……なるほど」
鏡に映る自分の姿を見つめながら、彼女は小さく息を吐く。
「ここまで来たのですね」
彼女は知っている。
この国では、王太子が婚約破棄を口にした瞬間、
すべては不可逆になるということを。
誰も、止められない。
だからこそ――
「せめて、最後まで教えて差し上げましょう」
世界は、平等ではない。
そして、善意だけでは、生き残れない。
その現実を、
最も残酷な形で知ることになる者が、
もうすぐ現れる。
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