世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第二十八話 責任という名の影

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第二十八話 責任という名の影

王都の掲示板に貼り出された一枚の文書は、派手さもなく、説明も最小限だった。
――旧王太子ルイス、王位継承権を永久に放棄する。
その下にある署名は、確かに本人のものだった。

法的には、すでに決着がついている内容だ。それでも、この文書が与えた印象は小さくない。王家が切り捨てたのではなく、本人が自ら名乗り出た。その事実が、人々に一つの確認を与えた。

「逃げなかった、ということか」

誰かがそう呟き、周囲も黙って頷く。同情でも称賛でもない。ただ、責任が宙に浮いたままではない、という確認だった。

王城では、新王フィリップがその報告を受けていた。側近から経緯を聞き終えると、彼は静かに息を吐く。

「強制ではないな?」

「はい。何度も意思確認を行いました。本人の判断です」

それで何かが救われるわけではない。だが、責任の所在が曖昧なまま残るよりは、はるかにましだった。フィリップは理解している。王家にとって重要なのは、感情的な清算ではなく、政治的な整理だ。

「これで、彼は完全に過去の人間だ」

王の言葉に、側近は何も返さなかった。その沈黙が、答えだった。

一方、修道騎士団領。
ルイスは、自分の署名が王都に貼り出されたことを知らない。知る必要もないと思っていた。彼は井戸のそばで水を汲み、畑へ運ぶ作業を繰り返している。単調で、確実に終わりのある仕事だ。かつて、決断に終わりの見えなかった日々を生きていた彼にとって、その感覚は新鮮だった。

責任は重い。だが、逃げ場がない分、正直でもある。自分が何を壊したのか、何を理解していなかったのか。それを考え続けるしかないという現実を、彼は受け入れていた。

修道院の地下で、マリアは相変わらず王国の動きから切り離されている。彼女のもとに、王太子の決断が伝わることはない。それ自体が、この国の選択だった。もはや彼女は、政治の計算に含まれない存在だ。

ブリテン王国では、アリエノールが王都から届いた定期報告に目を通していた。王太子の継承権放棄も、その中の一項目に過ぎない。彼女は表情を変えず、書類を閉じる。

「責任を取った、ですか」

短く呟き、視線を外す。

「遅すぎますわ」

彼女が求めていたのは、誰かの反省でも謝罪でもない。二度と同じ事態が起きない構造だった。個人の覚悟で補える問題ではないことを、彼女は最初から理解している。

掲示板の前で、人々は一瞬立ち止まり、そして去っていく。怒号も歓声も上がらない。それが、この結末にふさわしい温度だった。

責任とは、罰ではない。
生き方が狭まり、選択肢が減り、それでも生き続けなければならないことだ。

ルイスはそれを引き受けた。マリアは引き受けることすら許されなかった。そしてアリエノールは、最初から逃げなかった。

その違いだけが、静かに、この国の底に沈んでいた。
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