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11話 聖女活動の縮小
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11話 聖女活動の縮小
神殿の中庭は、いつもより静かだった。
数日前まで、炊き出しの鍋から立ちのぼる湯気と、人々のざわめきで満ちていた場所だ。子どもたちが列を作り、修道女たちが忙しく立ち働き、聖女リリアがひとりひとりに微笑みかけていた。
だが今日は、鍋が一つ少ない。
列も短い。
空気に漂うのは、わずかな緊張だった。
「本日の配給は、これで終了です」
修道女の声に、並んでいた人々が戸惑いの表情を浮かべる。
「もう終わりなのか」
「いつもより早い」
小さな不満が、波紋のように広がる。
リリアは慌てて前に出た。
「申し訳ありません。来週には、また十分にご用意できるよう努めます」
微笑みは変わらない。
だが、その胸の奥には確かな不安があった。
神殿長の執務室では、別の会話が交わされている。
「支援金の振り込みが遅れている?」
「いえ、停止でございます」
帳簿を開いたまま、会計係が答える。
「ルヴァリエ基金からの次期分が、再審査扱いとなっております」
神殿長は眉をひそめる。
「再審査だと」
「はい。婚約解消に伴い、支援契約を見直すとの通知が」
婚約解消。
その言葉が、静かに重く落ちる。
リリアの活動は、純粋な善意の象徴として語られてきた。
だが現実には、活動資金の大部分がルヴァリエ家の基金を経由していた。
孤児院の運営費。
医療支援の物資。
炊き出しの食材。
それらは、見えない支えによって成立していた。
「聖女様には、まだお伝えしておりません」
会計係が小声で言う。
「……いや、伝えねばならぬ」
神殿長は立ち上がった。
リリアは祈祷室で一人、膝をついていた。
光がステンドグラスを通して床に落ちる。
その横顔に、神殿長が静かに声をかけた。
「リリア様」
「神殿長様」
彼女は微笑む。
だがその微笑みは、いつもよりわずかに硬い。
「資金の一部が停止しております」
「停止……」
「ルヴァリエ基金の次期支援が、再審査扱いに」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「それは……婚約の件と関係が」
「否定はできません」
リリアは視線を落とす。
自分が原因だとは思いたくない。
だが、王太子との距離が近づいたことが、王都の噂になっているのは知っている。
「活動は続けられますよね」
「規模を縮小すれば」
その言葉は、刃のようだった。
縮小。
救える人数が減るということ。
光が弱まるということ。
王宮。
「聖女活動が縮小している?」
アレクシスは報告に目を通す。
「資金不足が理由とのことです」
「王家が補填すればよい」
「現状の財政では困難です」
レオンが淡々と答える。
「港湾事業停止の影響で、余裕がありません」
アレクシスは黙る。
すべてが繋がっている。
婚約破棄。
保証停止。
融資凍結。
そして聖女活動の縮小。
「エルフィーナは……」
口に出しかけて、止める。
彼女は何もしていない。
ただ契約を見直しただけ。
だが結果として、リリアの活動が揺らいでいる。
「殿下」
レオンが静かに言う。
「光は燃料を必要とします」
「燃料が公爵家だと言いたいのか」
「一部は」
否定できない事実。
ルヴァリエ公爵邸。
エルフィーナは温室で新しい苗を眺めていた。
「神殿支援、次期分はどうなさいますか」
家宰が問う。
「再契約案が来るまで保留」
「停止ではなく」
「停止ではないわ」
彼女は苗に水を与える。
「突然止めれば混乱するもの。段階的に」
「聖女様の活動が縮小しております」
「知っているわ」
声は穏やか。
怒りも、優越もない。
「残念ね」
それは本心だった。
リリアの努力は本物だ。
だが仕組みを知らずに光だけを見れば、こうなる。
「お嬢様は、支援を再開なさらないのですか」
エルフィーナは少しだけ考える。
「条件次第」
「条件」
「透明性と契約主体の明確化」
善意ではなく、契約。
それが彼女のやり方。
「私は働かないわ」
静かな声。
「だからこそ、感情では動かない」
温室のガラス越しに、午後の光が差し込む。
王都では炊き出しの鍋が一つ減った。
孤児院の配給が減った。
聖女の活動が、わずかに縮小した。
誰も公爵家を責められない。
違法でも、不当でもない。
ただ、前提が変わっただけ。
夜。
リリアは一人、帳簿を見つめていた。
数字が足りない。
祈りでは埋まらない。
「私は、もっと努力します」
小さく呟く。
だが努力だけでは足りない現実がある。
一方、エルフィーナは寝台で本を閉じる。
「光は美しいわ」
静かに呟く。
「でも、燃料がなければ続かない」
彼女は何も奪っていない。
ただ、支えを再評価しただけ。
その結果、王都の光はわずかに弱まった。
そして王太子の胸に、初めて明確な疑問が芽生え始めていた。
これは本当に、国のための選択だったのかと。
神殿の中庭は、いつもより静かだった。
数日前まで、炊き出しの鍋から立ちのぼる湯気と、人々のざわめきで満ちていた場所だ。子どもたちが列を作り、修道女たちが忙しく立ち働き、聖女リリアがひとりひとりに微笑みかけていた。
だが今日は、鍋が一つ少ない。
列も短い。
空気に漂うのは、わずかな緊張だった。
「本日の配給は、これで終了です」
修道女の声に、並んでいた人々が戸惑いの表情を浮かべる。
「もう終わりなのか」
「いつもより早い」
小さな不満が、波紋のように広がる。
リリアは慌てて前に出た。
「申し訳ありません。来週には、また十分にご用意できるよう努めます」
微笑みは変わらない。
だが、その胸の奥には確かな不安があった。
神殿長の執務室では、別の会話が交わされている。
「支援金の振り込みが遅れている?」
「いえ、停止でございます」
帳簿を開いたまま、会計係が答える。
「ルヴァリエ基金からの次期分が、再審査扱いとなっております」
神殿長は眉をひそめる。
「再審査だと」
「はい。婚約解消に伴い、支援契約を見直すとの通知が」
婚約解消。
その言葉が、静かに重く落ちる。
リリアの活動は、純粋な善意の象徴として語られてきた。
だが現実には、活動資金の大部分がルヴァリエ家の基金を経由していた。
孤児院の運営費。
医療支援の物資。
炊き出しの食材。
それらは、見えない支えによって成立していた。
「聖女様には、まだお伝えしておりません」
会計係が小声で言う。
「……いや、伝えねばならぬ」
神殿長は立ち上がった。
リリアは祈祷室で一人、膝をついていた。
光がステンドグラスを通して床に落ちる。
その横顔に、神殿長が静かに声をかけた。
「リリア様」
「神殿長様」
彼女は微笑む。
だがその微笑みは、いつもよりわずかに硬い。
「資金の一部が停止しております」
「停止……」
「ルヴァリエ基金の次期支援が、再審査扱いに」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「それは……婚約の件と関係が」
「否定はできません」
リリアは視線を落とす。
自分が原因だとは思いたくない。
だが、王太子との距離が近づいたことが、王都の噂になっているのは知っている。
「活動は続けられますよね」
「規模を縮小すれば」
その言葉は、刃のようだった。
縮小。
救える人数が減るということ。
光が弱まるということ。
王宮。
「聖女活動が縮小している?」
アレクシスは報告に目を通す。
「資金不足が理由とのことです」
「王家が補填すればよい」
「現状の財政では困難です」
レオンが淡々と答える。
「港湾事業停止の影響で、余裕がありません」
アレクシスは黙る。
すべてが繋がっている。
婚約破棄。
保証停止。
融資凍結。
そして聖女活動の縮小。
「エルフィーナは……」
口に出しかけて、止める。
彼女は何もしていない。
ただ契約を見直しただけ。
だが結果として、リリアの活動が揺らいでいる。
「殿下」
レオンが静かに言う。
「光は燃料を必要とします」
「燃料が公爵家だと言いたいのか」
「一部は」
否定できない事実。
ルヴァリエ公爵邸。
エルフィーナは温室で新しい苗を眺めていた。
「神殿支援、次期分はどうなさいますか」
家宰が問う。
「再契約案が来るまで保留」
「停止ではなく」
「停止ではないわ」
彼女は苗に水を与える。
「突然止めれば混乱するもの。段階的に」
「聖女様の活動が縮小しております」
「知っているわ」
声は穏やか。
怒りも、優越もない。
「残念ね」
それは本心だった。
リリアの努力は本物だ。
だが仕組みを知らずに光だけを見れば、こうなる。
「お嬢様は、支援を再開なさらないのですか」
エルフィーナは少しだけ考える。
「条件次第」
「条件」
「透明性と契約主体の明確化」
善意ではなく、契約。
それが彼女のやり方。
「私は働かないわ」
静かな声。
「だからこそ、感情では動かない」
温室のガラス越しに、午後の光が差し込む。
王都では炊き出しの鍋が一つ減った。
孤児院の配給が減った。
聖女の活動が、わずかに縮小した。
誰も公爵家を責められない。
違法でも、不当でもない。
ただ、前提が変わっただけ。
夜。
リリアは一人、帳簿を見つめていた。
数字が足りない。
祈りでは埋まらない。
「私は、もっと努力します」
小さく呟く。
だが努力だけでは足りない現実がある。
一方、エルフィーナは寝台で本を閉じる。
「光は美しいわ」
静かに呟く。
「でも、燃料がなければ続かない」
彼女は何も奪っていない。
ただ、支えを再評価しただけ。
その結果、王都の光はわずかに弱まった。
そして王太子の胸に、初めて明確な疑問が芽生え始めていた。
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